カントーの潮風を追って 作:mochiato
第16話 新しい力
クチバシティを出て、しばらく歩く。
見慣れた街並みが少しずつ遠ざかっていく。
ヤマトは一度だけ振り返った。
十年間暮らしてきた街。
何度も歩いた道。
何度も通った港。
それらが、少しずつ小さくなっていく。
「……行くか」
ヤマトは前を向いた。
隣にはエレキッド。
昨日マチスからもらったばかりの、新しい仲間だ。
そして、もう一匹。
ヤマトは腰のボールを見る。
中にはギャラドスがいる。
昨日まで海面を跳ねていたコイキング。
それが今では、巨大なギャラドスになった。
旅立ってから、まだそれほど経っていない。
けれど、ヤマトには一つ気になっていることがあった。
「……そういえば」
足を止める。
「ギャラドスって、進化したとき何を覚えたんだっけ?」
前世の記憶を思い返す。
ポケモン図鑑があれば、すぐに確認できる。
けれど、そんな便利なものは持っていない。
自分の記憶だけが頼りだった。
「かみつく……だったよな」
たぶん。
いや、確かそうだった。
「それと……りゅうのいかり」
これも覚えたはずだ。
じしんは昨日覚えさせたばかりだから問題ない。
そして、たいあたり。
これはコイキングの頃からずっと使ってきた技だ。
「……よし」
ヤマトは歩き始めた。
まずは実際に試してみる。
◇
クチバシティを出てすぐの道。
六番道路。
少し進んだところで、草むらが揺れた。
「ん?」
ヤマトが立ち止まる。
ガサッ。
草の中からポッポが飛び出してきた。
「早速か」
ヤマトはボールを取り出す。
「ギャラドス!」
ボールから光が飛び出した。
巨大な青い身体が現れる。
地面には降りない。
長い身体をうねらせながら、ギャラドスは空中に浮かんでいる。
ヤマトは見上げた。
「……やっぱり大きいな」
昨日、進化したばかり。
何年も一緒にいたコイキングの面影は残っている。
けれど、こうして見ると別のポケモンにしか見えない。
ポッポが威嚇する。
「じゃあ、まずは……」
ヤマトは少し考える。
覚えているかどうかの確認だ。
「ギャラドス、たいあたり!」
ギャラドスが動いた。
巨大な身体が一気に前へ出る。
ドンッ!
ポッポが吹き飛ばされた。
「うん」
ヤマトは頷く。
「これは問題ないな」
何年も使ってきた技だ。
ギャラドスになっても、ちゃんと使える。
「次は……」
ヤマトは少し考えた。
「かみつく」
ギャラドスがヤマトを見る。
「使えるか試してみよう」
ポッポが再び飛び上がる。
「ギャラドス、かみつく!」
ギャラドスが空中を滑るように移動する。
大きな口が開く。
ガブッ!
ポッポを捉えた。
そのまま地面へ落とす。
「……よし」
ヤマトは小さく頷いた。
「覚えてる」
ギャラドスが空中へ戻る。
「進化したときに覚えたんだな」
ポッポは戦意を失い、飛び去っていった。
ヤマトはギャラドスをボールへ戻す。
「ありがとな」
ボールが小さく揺れた。
そのまま先へ進む。
◇
六番道路は、思っていたより野生のポケモンが多かった。
少し歩けば草むらが揺れる。
今度はコラッタだった。
「ギャラドス!」
再びボールから出す。
ヤマトはコラッタを見る。
ノーマルタイプ。
「じしん!」
ギャラドスが空中で身体を大きく揺らす。
次の瞬間。
ドンッ!
地面が大きく震えた。
コラッタが吹き飛ばされる。
「……これも問題ない」
昨日覚えさせたばかりの技。
実際に使ってみると、想像していた以上に強い。
ヤマトはギャラドスを戻した。
そして、また歩き出す。
◇
少し進んだところで、再び草むらが揺れた。
今度はナゾノクサ。
「ギャラドス!」
ボールからギャラドスが現れる。
ヤマトはナゾノクサを見る。
くさタイプ。
それから、どくタイプ。
「……じしんだな」
前世の記憶では、ナゾノクサの特性についても何となく覚えている。
けれど、細かいところまでは自信がない。
こういう部分は、実際に確認していくしかない。
ただ、タイプ相性なら分かる。
「ギャラドス、じしん!」
ドンッ!
地面が大きく揺れる。
ナゾノクサがその場に倒れた。
「よし」
ヤマトは頷いた。
そしてギャラドスを戻す。
「特性は……まあ、今はいいか」
前世の知識も、何もかも完璧に覚えているわけではない。
細かいところは、こうして実際に確認していくしかない。
「ポケモン図鑑があれば楽なんだけどな」
ヤマトは苦笑した。
そんなものを持っているわけではない。
なら、自分で覚えている範囲でやるしかない。
◇
さらに進む。
今度はマンキーが飛び出してきた。
「また出てきたか」
ヤマトはボールを取り出す。
「ギャラドス!」
巨大な身体が現れる。
マンキーが突っ込んでくる。
「かみつく!」
ギャラドスが一気に前へ出る。
マンキーが横へ飛んだ。
「追って!」
ギャラドスが身体を翻す。
空中を泳ぐように動き、そのままマンキーへ迫った。
ガブッ!
マンキーが吹き飛ばされる。
「よし」
ギャラドスを戻す。
「かみつく、結構使いやすいな」
進化したばかりとは思えない。
いや。
コイキングの頃から積み重ねてきたものがある。
身体が変わったことで、それが一気に表へ出てきたような気がした。
「……やっぱり、君は強いな」
ボールの中から低い鳴き声が聞こえた。
◇
それからも、野生のポケモンは何度も現れた。
ポッポ。
コラッタ。
ナゾノクサ。
マンキー。
マダツボミ。
時にはプリンやニャースの姿も見えた。
ヤマトは向かってくるポケモンとは、一匹ずつ戦った。
相手のタイプを見て、使う技を選ぶ。
ひこうタイプには、じしんを使わない。
くさ・どくタイプには、じしん。
ノーマルタイプには、かみつくやりゅうのいかり。
まだ技の種類は少ない。
それでも、十分だった。
「ギャラドス、りゅうのいかり!」
ギャラドスの口から力が放たれる。
野生のポケモンが吹き飛ぶ。
「……これも使える」
ヤマトは小さく頷いた。
記憶違いではなかった。
「今のところは四つか」
たいあたり。
かみつく。
りゅうのいかり。
じしん。
これだけあれば、十分戦える。
「アクアテールは……まだだったよな」
ヤマトは考える。
進化してすぐではなかったはずだ。
もう少し先。
レベルが上がってからだった気がする。
「まあ、今はいいか」
ヤマトはギャラドスを戻した。
まだ旅は始まったばかりだ。
覚えられる技も、これから増えていく。
◇
「そこの君!」
声がした。
ヤマトが振り返る。
道路の先に、トレーナーが立っていた。
「ポケモン勝負をしないか?」
「いいですよ」
ヤマトは頷いた。
旅に出てから初めてのトレーナー戦。
少しだけ気持ちが引き締まる。
「行け!」
相手がボールを投げる。
出てきたのはコラッタだった。
「ギャラドス!」
ヤマトもボールを投げる。
巨大な身体が現れる。
相手のトレーナーが目を見開いた。
「ギャラドス!?」
驚くのも無理はない。
旅を始めたばかりの少年が連れているポケモンとしては、かなり目立つ。
ヤマトは少しだけ苦笑した。
「行こう」
ギャラドスが唸る。
「かみつく!」
ギャラドスが急降下する。
コラッタが逃げようとする。
けれど間に合わない。
ガブッ!
コラッタが吹き飛んだ。
「戻れ!」
トレーナーが慌ててボールへ戻す。
「次だ!」
今度に出てきたのはポッポ。
ヤマトは空を見上げる。
「ひこうタイプか……」
じしんは使えない。
「りゅうのいかり!」
ギャラドスが口から力を放つ。
ポッポが空中で体勢を崩す。
「もう一度!」
攻撃が決まり、ポッポが地面へ落ちる。
「……参った」
トレーナーがボールを下ろした。
「強いな、お前」
「ありがとうございます」
ヤマトは頭を下げる。
ギャラドスをボールへ戻した。
「よくやった」
ボールが小さく揺れる。
◇
その後も、六番道路では何人ものトレーナーと出会った。
ポケモンを出してくる相手。
こちらを見つけて勝負を仕掛けてくる相手。
ヤマトも断ることはなかった。
「お願いします」
「行け!」
出てくるポケモンを見て、技を選ぶ。
ギャラドスは空中を泳ぐように動き回った。
かみつく。
りゅうのいかり。
じしん。
時には、昔から使い続けてきたたいあたり。
相手のポケモンが倒れるたびに、ヤマトはギャラドスを戻す。
「次」
そして、また次の戦いへ。
六番道路を進んでいく間に、ヤマトは何度もポケモン勝負をした。
結果はすべて勝利。
野生のポケモンとの戦いも、負けはなかった。
「……思ったより戦ったな」
ヤマトは立ち止まった。
もう六番道路の終わりが見えている。
ギャラドスも何度も戦った。
けれど、まだ余裕はありそうだった。
「大丈夫?」
ヤマトがボールを見る。
返事の代わりに、ボールが少し揺れた。
「なら、もう少しだな」
◇
六番道路を抜ける。
しばらく歩いた先に、地下へ続く入口が見えてきた。
「ここが地下通路か」
ヤマトは中へ入る。
先ほどまでとは違い、静かだった。
野生のポケモンの気配もない。
トレーナーもいない。
「……静かだな」
エレキッドが隣を歩く。
「さっきまで結構出てきたからな」
ヤマトは笑う。
少し休むことにした。
水筒を取り出し、一口飲む。
エレキッドにも水を渡す。
「今日はいっぱい歩いたな」
「キッド」
「まだ初日なのに、結構戦ったし」
腰のボールを見る。
その中にはギャラドスがいる。
「ギャラドスも頑張ったな」
旅立ってすぐに、これだけの戦闘。
それでも、まだ余裕はありそうだった。
「……でも」
ヤマトはエレキッドを見る。
「次はお前も頑張らないとな」
「キッド!」
エレキッドが胸を張る。
「そうだな」
ヤマトは笑った。
◇
地下通路を抜ける。
今度は五番道路。
六番道路ほど野生のポケモンの気配はない。
草むらの横を歩いても、何も起こらない。
「こっちは静かだな」
ヤマトは辺りを見る。
少し歩く。
また歩く。
何も出てこない。
「……本当に出ないな」
エレキッドが首を傾げる。
しばらくして、ようやく草むらが揺れた。
野生のポケモンが飛び出してくる。
「出た」
ヤマトはボールを取り出しかけて、少し止まった。
ギャラドスは十分戦った。
今はまだ、無理に戦わせる必要もない。
「今日はもういいか」
ヤマトはそのまま歩き出した。
野生のポケモンも、こちらを見ただけで草むらへ戻っていく。
「まあ、そんな日もあるか」
ヤマトは笑った。
そして、前方を見る。
遠くに街が見えていた。
「……ハナダだ」
旅に出てから、最初の目的地。
ヤマトは少しだけ足を速めた。
◇
ハナダシティへ入る。
街の中には、水路が多い。
川が流れ、橋が架かっている。
クチバとはまた違った雰囲気だった。
「へえ……」
ヤマトは辺りを見回す。
そして、水辺へ目を向ける。
エレキッドがその隣に立っていた。
「……ここなら」
ヤマトは少し考える。
ギャラドスは、もう十分戦える。
今日一日だけでも、何度も戦った。
けれど、エレキッドはまだこれからだ。
マチスからもらったばかり。
まだヤマトとの旅も始まったばかり。
「エレキッド」
「キッド?」
「明日から、ちょっと鍛えようか」
エレキッドが目を輝かせる。
「キッド!」
元気よく返事をする。
ヤマトは笑った。
「ここなら相手も見つかりそうだしな」
水辺を見る。
そして、明日のことを考える。
ジムに挑戦するのは、その後でいい。
まずは仲間を強くする。
旅の最初にやることは決まった。
「今日はもう休もう」
ヤマトは歩き出す。
ハナダシティでの最初の夜が、始まろうとしていた。