カントーの潮風を追って 作:mochiato
ハナダシティに来てから、数日が過ぎた。
ヤマトは、毎日のように同じ場所へ通っていた。
街の外れにある水辺。
そこまでエレキッドを連れていき、野生のメノクラゲを待つ。
メノクラゲが現れれば戦う。
倒せば、次を探す。
それを繰り返す。
最初の日こそ、エレキッドにとっては何もかもが新しかった。
自分がどんな技を使えるのか。
どのくらいの距離から攻撃できるのか。
相手が動いたとき、どう対応すればいいのか。
ヤマトにとっても同じだった。
知識としてポケモンのことを知っていても、実際に隣にいるポケモンを動かすのは初めてだった。
だから最初は、一つ一つを確かめながらの戦いだった。
「でんきショック!」
エレキッドが両手を突き出す。
バチィッ!
電撃が水面を走り、メノクラゲへ命中する。
メノクラゲが大きく揺れる。
「よし!」
それで終わる。
次のメノクラゲを待つ。
また現れる。
「でんきショック!」
バチィッ!
倒す。
また待つ。
最初のうちは、それだけでも十分だった。
だが、ヤマトはすぐに気づいた。
この世界には、ゲームのような「レベル」という数字が目に見えて存在するわけではない。
経験値が表示されるわけでもない。
それでも、強くなる方法そのものは変わらない。
戦うこと。
何度も戦うこと。
そして、戦った分だけ身体に経験を積ませること。
ならば――。
やることは決まっていた。
徹底的に戦わせる。
それだけだった。
◇
朝。
ポケモンセンターで目を覚ます。
食事を済ませる。
必要な道具を確認する。
エレキッドを連れて外へ出る。
いつもの水辺へ向かう。
メノクラゲを探す。
戦う。
休む。
また戦う。
夕方になればポケモンセンターへ戻る。
エレキッドの身体を休ませ、自分も休む。
そして翌日。
また同じことをする。
最初の数日は、ヤマトも一戦ごとに戦い方を考えていた。
メノクラゲとの距離。
電撃を撃つタイミング。
相手の動き。
エレキッドの動き。
どこまで自分の指示が必要なのか。
どこから先は、エレキッド自身に任せればいいのか。
何度も戦ううちに、少しずつ分かってくる。
エレキッドも同じだった。
最初はヤマトの声を聞いてから動いていた。
「でんきショック!」
声に反応して攻撃する。
けれど、何度も同じことを繰り返しているうちに、その必要がなくなっていった。
メノクラゲが水面から姿を現す。
エレキッドが相手を見る。
両手を構える。
ヤマトが口を開くより先に――。
バチィッ!
電撃が飛ぶ。
メノクラゲへ命中する。
「……」
ヤマトは少しだけ目を見開いた。
エレキッドが振り返る。
「キッド!」
「今の、自分で撃ったのか?」
「キッド!」
胸を張るエレキッドを見て、ヤマトは笑った。
「そうか」
こういうところなのだろう。
知識だけでは分からない。
何度も実際に戦わせて、初めて分かることがある。
エレキッドがどのくらい動けるのか。
どのくらいの距離なら攻撃できるのか。
どういうタイミングなら自分から動けるのか。
そうしたものは、戦闘を繰り返すことでしか身につかない。
◇
一週間。
二週間。
三週間。
日々は、驚くほど単調に過ぎていった。
相手はほとんど変わらない。
メノクラゲ。
またメノクラゲ。
その次もメノクラゲ。
同じ場所で。
同じような戦いをする。
傍から見れば、面白みのない訓練だった。
派手な技を使うわけでもない。
新しい場所へ行くわけでもない。
珍しいポケモンを探すわけでもない。
ただ、戦う。
それを繰り返す。
ヤマト自身も、ときどき思った。
――地味だな。
けれど、やめようとは思わなかった。
むしろ、この世界でポケモンを育てるなら、これくらいでいいのではないかと思うようになっていた。
危険のある旅なのだ。
自分は十歳の子供で、エレキッドも生まれたばかりのポケモンだ。
これから先、どんな相手と戦うことになるか分からない。
そのときになってから「もっと鍛えておけばよかった」と思っても遅い。
ならば、今できるうちにやっておく。
多少退屈でも。
同じことの繰り返しでも。
強くなるために必要なら、やる。
ヤマトには、それしか考えられなかった。
◇
エレキッドの戦い方も、少しずつ変わっていった。
でんきショックを撃つ。
メノクラゲが動く。
それを見て、次の攻撃を考える。
最初はただ電撃を撃っていただけだった。
今では、相手の動きを見るようになった。
メノクラゲが水面から触手を伸ばす。
エレキッドが横へ動く。
毒針が飛ぶ。
避ける。
距離が開く。
そして――。
バチィッ!
電撃。
命中。
勝利。
「よし」
ヤマトは頷く。
エレキッドも嬉しそうに振り返る。
「キッド!」
「今のはよかったな」
以前なら、ヤマトが全部指示していた。
今では違う。
必要なところだけ声をかける。
エレキッド自身に任せられる部分が増えている。
それは、技が増えたからでもない。
何か特別なことをしたからでもない。
ただ、毎日の戦いを積み重ねた。
それだけだった。
◇
一か月。
二か月。
気がつけば、ハナダシティに来てから二か月近くが経っていた。
その間、ヤマトたちの生活は大きく変わっていない。
朝になれば起きる。
食べる。
準備する。
外へ出る。
エレキッドを鍛える。
疲れたら休む。
また鍛える。
そして夜になれば戻る。
そんな日々だった。
それでも、二か月前とは明らかに違う。
水辺に立つエレキッドの姿を見れば分かる。
身体の動き。
反応。
攻撃の速さ。
戦いの中での判断。
どれも、最初とは違っていた。
ヤマトはそれを見ながら考える。
――これが育てるってことなのかもしれない。
ゲームでは、ボタンを押せば戦闘が始まり、数字が増えていく。
だが、ここには数字がない。
強くなったことを知らせる表示もない。
だからこそ、目で見るしかない。
昨日より速く動けた。
昨日より強く攻撃できた。
昨日なら避けられなかった攻撃を避けられた。
昨日なら迷っていた場面で、自分から動けた。
そういう小さな変化を、一つずつ積み上げていく。
それが、強くなるということなのだろう。
◇
ある日の夕方。
いつものように、最後のメノクラゲとの戦いを終えた。
エレキッドがこちらへ戻ってくる。
「お疲れ」
「キッド!」
ヤマトはエレキッドの頭を撫でる。
「今日もよくやったな」
エレキッドは嬉しそうに笑った。
水面を見る。
夕陽を受けた水面が、赤く揺れている。
今日もたくさん戦った。
明日も、たぶん同じことをする。
メノクラゲを相手に。
何度も。
何度でも。
けれど――。
「そろそろ、次に進んでもいいかもしれないな」
「キッド?」
「まだ鍛えるけどな」
ヤマトは笑った。
この二か月は、決して無駄ではなかった。
エレキッドにとっても。
ヤマトにとっても。
戦うこと。
指示すること。
相手を見ること。
そして、勝つこと。
その全部を、少しずつ覚えてきた。
これから先は、メノクラゲだけが相手ではなくなる。
もっといろいろなポケモンと戦うことになる。
トレーナーとも戦う。
いつかはジムリーダーとも戦う。
そのために。
今日まで積み重ねてきたものを、次の戦いへ持っていく。
「帰るか」
「キッド!」
二人は並んで歩き始めた。
水辺を離れ、ハナダシティへ戻っていく。
派手な出来事はなかった。
大きな事件もなかった。
ただ、ひたすらに戦った。
それだけの二か月だった。
けれど、ポケモンを育てるということは、案外そういうものなのかもしれない。
一度の戦いで劇的に強くなるわけではない。
一日で何かが大きく変わるわけでもない。
昨日と今日。
今日と明日。
その僅かな違いを積み重ねていく。
いつか、それが大きな力になる。
ヤマトは隣を歩くエレキッドを見る。
「……明日もやるぞ」
「キッド!」
小さな電気ポケモンは、迷いなく返事をした。