カントーの潮風を追って   作:mochiato

6 / 19
第6話 コイキングが釣れた日

 

 朝の港は、今日も静かだった。

 

 波は穏やかで、潮の香りを乗せた風がゆっくりと吹いている。

 

「おはようございます」

 

 ヤマトは岸壁の端へ座る釣りのおじさんへ頭を下げた。

 

「おう、坊主。今日も早いな」

 

「うん」

 

「毎日飽きないもんだ」

 

「楽しいから」

 

 短く答え、ヤマトはいつもの場所へ向かう。

 

 父にもらった釣りざおを組み立て、餌を付ける。

 

 海へ向かって竿を振ると、浮きが小さな音を立てて着水した。

 

 ゆらり。

 

 波に合わせて浮きが揺れる。

 

 ヤマトはじっと見つめながら、空いている手でポケモンフードの袋を開いた。

 

 一粒だけ取り出し、軽く放る。

 

 水面の下を赤い影が走る。

 

 勢いよく跳び上がったコイキングが、空中で餌をぱくりとくわえた。

 

「おっ、今日も来たな」

 

 おじさんが笑う。

 

「うん」

 

 ヤマトも少しだけ笑った。

 

 コイキングは水面へ戻ると、岸壁のすぐ近くをゆっくり泳いでいる。

 

 もう、この距離が当たり前になっていた。

 

     ◇

 

 しばらくして、浮きが小さく揺れた。

 

 ヤマトはまだ動かない。

 

 父に教わった。

 

 慌てないこと。

 

 もう一度。

 

 浮きが沈む。

 

「……今」

 

 竿を立てる。

 

 ぐっと重みが伝わった。

 

「掛かった!」

 

 小さな体で一生懸命竿を持ち上げる。

 

 水面から飛び出してきたのは、一匹の赤いポケモンだった。

 

「コイキング!」

 

 ぱたぱたと跳ねながら宙を舞い、岸壁へ落ちる。

 

「おお、本当に釣れたな」

 

 おじさんが立ち上がる。

 

 ヤマトは慌ててコイキングを両手で抱えた。

 

 元気いっぱいに跳ねている。

 

「この竿で釣れるポケモンはコイキングだけだからな」

 

「お父さんの言ってた通りだ」

 

「ちゃんと覚えてたか」

 

 ヤマトはコイキングを見つめた。

 

 相棒ではない。

 

 知らないコイキングだ。

 

 口をぱくぱく動かしながら、必死にもがいている。

 

「苦しかったね」

 

 ヤマトは岸壁へ近づき、そっと海へ戻した。

 

「またね」

 

 ぽちゃん。

 

 コイキングは水の中へ消えていく。

 

「優しい坊主だ」

 

 おじさんが笑う。

 

「お腹すいてただけかもしれないし」

 

 ヤマトも笑い返した。

 

 そのときだった。

 

 水面の下を、見慣れた赤い影が勢いよく走る。

 

 ドンッ。

 

 海へ戻ったばかりのコイキングへ、たいあたりが決まった。

 

「えっ」

 

 押されたコイキングは驚いたように向きを変え、そのまま沖の方へ逃げていく。

 

 相棒のコイキングは、逃げていく姿をしばらく見つめていた。

 

「喧嘩しちゃダメだよ」

 

 ヤマトが声を掛ける。

 

 相棒のコイキングは一度だけヤマトの方を見た。

 

 けれど、すぐには近寄らない。

 

 ぷいっと顔を背けるように向きを変え、水面をゆっくり泳ぐ。

 

 まるで、

 

「僕は悪くない。」

 

 そう言いたげだった。

 

 数秒ほどしてから、何事もなかったように岸壁の近くへ戻り、口をぱくぱくと動かした。

 

 まるで、

 

「餌は?」

 

 と言っているようだった。

 

 ヤマトは袋からポケモンフードを一粒取り出した。

 

「喧嘩したら駄目」

 

 そう言いながら、海へ向かって軽く放る。

 

 相棒のコイキングは勢いよく跳び上がり、空中で餌を受け止めた。

 

 ぱしゃん、と水しぶきが上がる。

 

「……反省してるのか、してないのか」

 

 おじさんが苦笑する。

 

「分かんない」

 

 ヤマトも首をかしげた。

 

 コイキングは水面をゆっくり泳ぎながら、また岸壁の近くへ戻ってくる。

 

 さっきのことなど忘れてしまったような様子だった。

 

「縄張りでもあるのかねぇ」

 

 おじさんは海を眺めながら言った。

 

「縄張り?」

 

「魚でもポケモンでも、自分の居場所を守るやつはいるからな」

 

 ヤマトは海を見つめる。

 

 相棒のコイキングは相変わらず岸壁のすぐ下を泳いでいた。

 

「そうなのかな」

 

「まあ、本当のところはコイキングに聞いてみなきゃ分からん」

 

「うん」

 

 ヤマトは小さくうなずいた。

 

 なんとなくポケモンの気持ちは伝わる。

 

 けれど、それが全部分かるわけではない。

 

 今のたいあたりも、きっと何か理由があったのだろう。

 

 そう思うことにした。

 

     ◇

 

 もう一度竿を海へ投げる。

 

 浮きは波に揺れ、小さく上下を繰り返していた。

 

 しばらく待ってみたが、今度は何も掛からない。

 

 その間も、相棒のコイキングは時々跳び上がっては、ヤマトの姿を確かめるように岸壁の近くを泳いでいた。

 

「今日は一匹釣れたから十分だな」

 

 おじさんが笑う。

 

「うん」

 

 ヤマトも笑顔で答えた。

 

 初めてコイキングを釣った。

 

 それだけでも、今日は十分嬉しかった。

 

 昼が近づき、ヤマトは竿を片づけ始める。

 

「帰るね」

 

 海へ向かって手を振る。

 

 相棒のコイキングは勢いよく跳び上がり、空中で大きく体をひねった。

 

 以前よりも高く。

 

 以前よりも力強く。

 

 着水と同時に、大きな水しぶきが上がる。

 

「元気だなぁ」

 

 おじさんが目を細めた。

 

「また来るよ」

 

 ヤマトが笑う。

 

 コイキングは尾びれで水面を叩き、小さなしぶきを返事のように上げた。

 

     ◇

 

 帰り道。

 

 港を離れながら、ヤマトはさっきのことを思い返していた。

 

 初めてコイキングを釣ったこと。

 

 海へ返したこと。

 

 そして、相棒がたいあたりをしたこと。

 

「本当に縄張りだったのかな」

 

 小さくつぶやく。

 

 答える者はいない。

 

 潮風だけが静かに吹き抜けていく。

 

 港では今日も、どこかでコイキングが跳ねている。

 

 その中にはきっと、相棒も混ざっているのだろう。

 

 ヤマトは少しだけ笑い、家へ向かって歩き出した。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。