カントーの潮風を追って   作:mochiato

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第8話 雨上がり

 朝、目を覚ますと、窓の外から雨音が聞こえてきた。

 

 屋根を叩く雨は思っていたより強い。

 

 ヤマトはカーテンを開け、灰色の空を見上げた。

 

「今日は無理だね」

 

 後ろから母の声がした。

 

「うん」

 

「海は危ないから」

 

「分かってる」

 

 ヤマトはもう一度だけ窓の外を見てから、カーテンを閉めた。

 

 こんな日まで港へ行こうとは思わない。

 

 波も高いだろうし、約束を破る理由もなかった。

 

     ◇

 

 午前中は家で過ごした。

 

 ニャースが足元へ来て、前足でズボンをちょんちょんと叩く。

 

「遊ぶ?」

 

「ニャー」

 

 毛糸玉を転がす。

 

 ニャースは勢いよく追いかけ、器用に前足で止めた。

 

「上手だね」

 

「ニャ」

 

 しばらく遊んだあと、本棚から絵本を一冊取り出す。

 

 読み終える頃になっても、雨は止まなかった。

 

 窓を開けると、ひんやりとした空気が部屋へ流れ込む。

 

 港の方角には、まだ厚い雲が広がっていた。

 

「今日はずっと雨かな」

 

 誰に言うでもなくつぶやく。

 

 ニャースが足元で小さく鳴いた。

 

「明日は晴れるといいね」

 

「ニャ」

 

 返事をするような鳴き声だった。

 

     ◇

 

 翌日も雨だった。

 

 昨日より少し弱くなっていたが、止みそうにはない。

 

「もう一日だけ我慢ね」

 

 母が洗濯物を見ながら言う。

 

「うん」

 

 ヤマトは窓から港のある方角を見つめた。

 

 あのコイキングは何をしているだろう。

 

 そんなことを少しだけ考えた。

 

 けれど、海の中なら雨くらい平気なのかもしれない。

 

 そう思うと、少し安心した。

 

     ◇

 

 三日目の朝。

 

 カーテンを開けると、青い空が広がっていた。

 

「晴れた」

 

 思わず声が漏れる。

 

 朝食を食べ終えると、ポケモンフードの袋を持って立ち上がる。

 

「行ってきます」

 

「行ってらっしゃい」

 

 玄関を出る。

 

 雨上がりの道は少しだけ濡れていた。

 

 水たまりを避けながら、いつもの道を歩いていく。

 

 港へ近づくにつれ、潮の香りが風に乗って流れてきた。

 

 いつもと同じ匂いだった。

 

     ◇

 

 岸壁へ着く。

 

 海は静かだった。

 

「おーい」

 

 ヤマトが海へ向かって声を掛ける。

 

 一秒。

 

 二秒。

 

 何も起きない。

 

「あれ?」

 

 そう思った、そのときだった。

 

 バシャーンッ!

 

 目の前で大きな水しぶきが上がる。

 

「わっ!」

 

 赤い体が高く跳び上がる。

 

 太陽の光を受けながら、大きく弧を描く。

 

 そして勢いよく海へ飛び込んだ。

 

「久しぶり」

 

 ヤマトが笑う。

 

 コイキングは返事をするように、もう一度跳ねた。

 

「元気だった?」

 

 また跳ぶ。

 

 今度は少しだけ高く。

 

「そんなに跳んだら疲れちゃうよ」

 

 それでもコイキングは止まらない。

 

 水面を泳いでは跳び、泳いでは跳ぶ。

 

 以前よりも高く。

 

 以前よりも力強く。

 

 ヤマトは思わず笑ってしまった。

 

「今日はすごいね」

 

 袋からポケモンフードを取り出す。

 

「はい」

 

 一粒投げる。

 

 コイキングは勢いよく跳び上がり、空中で受け止めた。

 

 着水。

 

 大きな水しぶき。

 

「上手」

 

 もう一粒。

 

 また跳ぶ。

 

 何度も何度も。

 

 まるで、この二日間を取り返すようだった。

 

「待ってたの?」

 

 コイキングは答えない。

 

 代わりに、今日一番高く跳び上がった。

 

 ヤマトは少しだけ目を丸くし、それから笑った。

 

「ふふっ」

 

 理由は分からない。

 

 けれど、今日はいつもより楽しそうだった。

 

     ◇

 

 昼が近づき、ヤマトは袋をしまった。

 

「今日は終わり」

 

 コイキングは名残惜しそうに岸壁の近くを泳ぐ。

 

「また明日ね」

 

 手を振る。

 

 コイキングも尾びれで水面を叩き、小さなしぶきを返した。

 

 ヤマトは港をあとにする。

 

 帰り道。

 

 少しだけ振り返る。

 

 コイキングはまだ岸壁の近くを泳いでいた。

 

 その姿を見て、ヤマトは安心したように笑う。

 

「また明日」

 

 小さくつぶやき、家へ向かって歩き出した。

 

 港には、雨上がりの澄んだ青空が広がっていた。

 

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