カントーの潮風を追って   作:mochiato

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第9話 少し寒い朝

 

 朝の空気が、少し冷たくなっていた。

 

 ヤマトはいつもより厚い服を着て、玄関を出る。

 

 吐いた息が白くなるほどではない。

 

 けれど、春や夏とは明らかに違う。

 

「寒くなってきたな」

 

 誰に言うでもなく呟き、港へ向かって歩いていく。

 

 道端の木々には、黄色や赤に変わった葉が増えていた。

 

 風が吹くたび、何枚かの葉が地面へ落ちる。

 

 季節が変わった。

 

 そんなことを、ヤマトは少しずつ実感していた。

 

     ◇

 

 港へ着く。

 

「おはよう」

 

 海へ向かって声を掛ける。

 

 しばらくすると、水面が揺れた。

 

 赤い影が岸壁の近くへやってくる。

 

「来たね」

 

 ヤマトは笑い、ポケモンフードの袋を取り出した。

 

 一粒。

 

 いつものように軽く投げる。

 

 コイキングが跳び上がった。

 

 ぱくり。

 

 餌をくわえて、そのまま海へ落ちる。

 

 ぱしゃん。

 

 水しぶきは小さい。

 

「……今日は低いね」

 

 ヤマトは海面を見つめた。

 

 もう一粒。

 

 今度も少し低めに投げる。

 

 コイキングが跳ぶ。

 

 やはり、夏の頃ほど高くはない。

 

「疲れてるのかな」

 

 ヤマトは少し考えた。

 

 けれど、コイキングは元気そうに岸壁の近くを泳いでいる。

 

 具合が悪そうには見えない。

 

「じゃあ、今日は低めにしようか」

 

 少しだけ近い場所へ餌を投げる。

 

 コイキングは無理なく跳び、餌を受け取った。

 

 ぱしゃん。

 

 また海へ戻る。

 

     ◇

 

 何度か繰り返していると、コイキングが少しだけ距離を取った。

 

 水面が大きく揺れる。

 

「?」

 

 ヤマトが見つめる。

 

 コイキングは勢いをつけて跳び上がった。

 

 高さは、それほどでもない。

 

 けれど――

 

 バシャーンッ!

 

「わっ」

 

 着水した瞬間、大きな水しぶきが上がった。

 

 ヤマトの顔まで細かな水滴が飛んでくる。

 

「……あれ?」

 

 頬についた水を手で拭う。

 

 もう一度、海を見る。

 

 コイキングは何事もなかったように泳いでいる。

 

「今の、すごかったね」

 

 もう一度餌を投げる。

 

 コイキングが跳ぶ。

 

 そして、

 

 バシャーンッ。

 

 やはり水しぶきが大きい。

 

「高くはないけど……」

 

 ヤマトは少し考える。

 

「水しぶきは前より大きいね」

 

 コイキングは答える代わりに、もう一度跳んだ。

 

 バシャーンッ。

 

「ふふっ」

 

 ヤマトは笑った。

 

 春や夏の頃は、どれだけ高く跳べるかばかり気にしていた。

 

 今は高さが少し落ちている。

 

 それでも、前とは違うところがある。

 

 生き物にも、調子のいい日と悪い日がある。

 

 それは、きっとポケモンも同じなのだろう。

 

 そんなことを考えながら、ヤマトはコイキングを眺めていた。

 

「春になったら、また高く跳べるかな」

 

 コイキングは聞いているのかいないのか、また水面から跳び上がる。

 

 今度は少しだけ高かった。

 

     ◇

 

 昼が近づき、ヤマトはポケモンフードの袋を閉じた。

 

「今日は終わり」

 

 コイキングが岸壁の近くを泳ぐ。

 

「また明日ね」

 

 ヤマトは手を振った。

 

 コイキングは尾びれを動かし、水面に小さなしぶきを上げる。

 

「寒くなってきたから、風邪ひかないでね」

 

 そう言って、ヤマトは港をあとにした。

 

 帰り道、落ち葉を踏む。

 

 乾いた音がした。

 

 少し前までは緑だった木々も、今ではすっかり色を変えている。

 

 季節は、少しずつ進んでいた。

 

     ◇

 

「ただいま」

 

「おかえりなさい」

 

 家へ戻ると、母が迎えてくれた。

 

「今日ね、コイキングちょっと寒そうだった」

 

「寒そう?」

 

「いつもより高く跳ばなかった」

 

 靴を脱ぎながら答える。

 

「でも元気だったよ」

 

「そう。それなら大丈夫そうね」

 

 母は笑う。

 

 ヤマトは少し考えた。

 

「来年の春には、また元気になるかな」

 

「どうかしらね」

 

「もっと高く跳べるようになるかも」

 

「楽しみね」

 

 ヤマトは頷いた。

 

 来年の春。

 

 まだ少し先の話だ。

 

 けれど、きっとまた港へ行っている。

 

 コイキングと一緒に。

 

 そう思いながら、ヤマトは窓の外を眺めた。

 

 秋の風が、色づいた木の葉を揺らしていた。

 

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