カントーの潮風を追って 作:mochiato
朝の空気が、少し冷たくなっていた。
ヤマトはいつもより厚い服を着て、玄関を出る。
吐いた息が白くなるほどではない。
けれど、春や夏とは明らかに違う。
「寒くなってきたな」
誰に言うでもなく呟き、港へ向かって歩いていく。
道端の木々には、黄色や赤に変わった葉が増えていた。
風が吹くたび、何枚かの葉が地面へ落ちる。
季節が変わった。
そんなことを、ヤマトは少しずつ実感していた。
◇
港へ着く。
「おはよう」
海へ向かって声を掛ける。
しばらくすると、水面が揺れた。
赤い影が岸壁の近くへやってくる。
「来たね」
ヤマトは笑い、ポケモンフードの袋を取り出した。
一粒。
いつものように軽く投げる。
コイキングが跳び上がった。
ぱくり。
餌をくわえて、そのまま海へ落ちる。
ぱしゃん。
水しぶきは小さい。
「……今日は低いね」
ヤマトは海面を見つめた。
もう一粒。
今度も少し低めに投げる。
コイキングが跳ぶ。
やはり、夏の頃ほど高くはない。
「疲れてるのかな」
ヤマトは少し考えた。
けれど、コイキングは元気そうに岸壁の近くを泳いでいる。
具合が悪そうには見えない。
「じゃあ、今日は低めにしようか」
少しだけ近い場所へ餌を投げる。
コイキングは無理なく跳び、餌を受け取った。
ぱしゃん。
また海へ戻る。
◇
何度か繰り返していると、コイキングが少しだけ距離を取った。
水面が大きく揺れる。
「?」
ヤマトが見つめる。
コイキングは勢いをつけて跳び上がった。
高さは、それほどでもない。
けれど――
バシャーンッ!
「わっ」
着水した瞬間、大きな水しぶきが上がった。
ヤマトの顔まで細かな水滴が飛んでくる。
「……あれ?」
頬についた水を手で拭う。
もう一度、海を見る。
コイキングは何事もなかったように泳いでいる。
「今の、すごかったね」
もう一度餌を投げる。
コイキングが跳ぶ。
そして、
バシャーンッ。
やはり水しぶきが大きい。
「高くはないけど……」
ヤマトは少し考える。
「水しぶきは前より大きいね」
コイキングは答える代わりに、もう一度跳んだ。
バシャーンッ。
「ふふっ」
ヤマトは笑った。
春や夏の頃は、どれだけ高く跳べるかばかり気にしていた。
今は高さが少し落ちている。
それでも、前とは違うところがある。
生き物にも、調子のいい日と悪い日がある。
それは、きっとポケモンも同じなのだろう。
そんなことを考えながら、ヤマトはコイキングを眺めていた。
「春になったら、また高く跳べるかな」
コイキングは聞いているのかいないのか、また水面から跳び上がる。
今度は少しだけ高かった。
◇
昼が近づき、ヤマトはポケモンフードの袋を閉じた。
「今日は終わり」
コイキングが岸壁の近くを泳ぐ。
「また明日ね」
ヤマトは手を振った。
コイキングは尾びれを動かし、水面に小さなしぶきを上げる。
「寒くなってきたから、風邪ひかないでね」
そう言って、ヤマトは港をあとにした。
帰り道、落ち葉を踏む。
乾いた音がした。
少し前までは緑だった木々も、今ではすっかり色を変えている。
季節は、少しずつ進んでいた。
◇
「ただいま」
「おかえりなさい」
家へ戻ると、母が迎えてくれた。
「今日ね、コイキングちょっと寒そうだった」
「寒そう?」
「いつもより高く跳ばなかった」
靴を脱ぎながら答える。
「でも元気だったよ」
「そう。それなら大丈夫そうね」
母は笑う。
ヤマトは少し考えた。
「来年の春には、また元気になるかな」
「どうかしらね」
「もっと高く跳べるようになるかも」
「楽しみね」
ヤマトは頷いた。
来年の春。
まだ少し先の話だ。
けれど、きっとまた港へ行っている。
コイキングと一緒に。
そう思いながら、ヤマトは窓の外を眺めた。
秋の風が、色づいた木の葉を揺らしていた。