───夜。信長“たち”は、古城の大広間にいた。
「ふむ………」
広間の中央。無造作に山と積まれるは、古城の地下倉庫に長らくしまわれていた剣や槍などの武具。それを信長は、使えそうなもののみどんどん選り分けていく。
因みに、鎧は最初から持ってこさせていない。この村に踏み入った時から、否、スケィビィの依頼を受けた時から。今回の“戦”では無用と信長の中で結論づけている。
「まぁ覚悟はしていたが、やはり使える分はそう多くはなさそうだな。大半は、錆びて曲がって欠けて“なまくら”になっちまってる」
「……でしょうね。なにせ8年前にここを治めていた王国がロンディアに攻め滅ぼされて以来、手入れどころか武器庫を録に開けた人間自体ほとんど居ないだろうし。勿論、私を含めて」
背後で玉座に座るアイリーンが、信長の呟きに応じる。彼女の両手は、一応の逃走を防ぐために縄で肘掛け部分に縛り付けられている。
「それにしても、正直なところ意外ね。あんなにもボロッカスに村のこと貶していたのに。確かに猶予を与えたとは言え、しっかり“一揆”の準備もするだなんて」
「別段、村人連中が間違いなく起つと信じたわけじゃねえ。だが、“その線”が皆無じゃなくなった以上は、そちらへ向けての備えは併せて進めるのが理に適う動きだろうよ。
その上で、今はそれなりに“目”があるとは踏んでるがな」
「やっぱり、リナがいたから?」
「無論あやつの存在はデカい。考えが未熟だろうが見通しが甘かろうが、ああいった跳ねっ返りが一人いると“衆”に一本芯が通るからな。……だが、俺がそうと踏んだ理由はまた別だ」
ニヤリ。信長の口元が、“一揆”の宣言をする直前のように悪辣な笑みで歪む。
「本来の人の芯ってのはな、飯と尊厳だ。
尊厳が無くとも飯があれば人は生きられる。飯が無くとも尊厳があれば人は耐えられる。
だが………両方無くなると、もはやどうでもよくなる。何にでも頼る。
飯はもとよりない。奴らは常に飢えている。それなのに、更なる飢えが目の前に迫っている。
なけなしの尊厳はその象徴を俺が奪い取った。搾取者共を手玉に取り一矢報い、僅かでも溜飲を下げてくれる存在だったお前とルシアを俺が叩き伏せ、取り上げた。
その上で、土壇場で生えた新たな“芯”は俺に利用されることについて肚を括ったらしい。
となりゃあ、奴等が空前絶後の腰抜けかこの世ならざる大うつけの集まりでもない限り………そう転ぶ、と踏むのは不自然じゃあねえだろう?」
「……………人でなしだわ、貴方」
「なにせ“第六天魔王”だからな」
アイリーンからの皮肉に笑い声を上げつつ、比較的状態がいい剣を持ち上げて指で弾く。
キィンッ、と澄んだ甲高い音が鳴り響いた。
「しかし俺は俺で意外の感がある。
お前、案外落ち着いてんだな。俺ぁてっきり、こうもはっきり駒扱いされたら怒り狂うもんだと思っとったが」
「そうね、腹立たしいとは思ってる。貴方の、人を人とも思わない言いざまは大っきらいよ。
でも………悔しいけど、正しい。村で言われたことも、今言っていたことも」
振り向けば、アイリーンの表情は苦しげに悲しげに歪められている。
だが彼女は、決して目をそらさなかった。今にも泣き出しそうな瞳で、それでも信長の視線と言葉を真っ向から受け止める。
「私たちが、この村が破滅を避けるには、もう貴方に“利用してもらう”他に道はない。
……そしてそれを招いたのは、私自身の無力であり、無策。その事から目を背けて、一方的に“救いの手”を詰るほど見下げ果てた存在じゃないわ」
「はっ。お前さんはお前さんで、やはり存外肝が据わってやがる」
……再度信長の口元に浮かんだ笑みに、今までのような嘲りはない。
底抜けの善人ではありながら、理想論に逃げず、歪みを直視し、濁りを受け入れる。信長が記憶する限り、かつて生き抜いた元亀天正の戦国乱世においては出会った覚えのない人種だ。
まだ、言葉をかわした時間は1日にも満たない。だがその間で、信長は手駒としての有用性以上に、アイリーンという人間それ自体に徐々に興味を喚起されつつあった。
「頭の回転だって悪かねえ中でそんだけの胆力がありゃあ、なんなら“前の下天”でも臣下にしたかもなぁ」
「前のケテン…?貴方、何を言って」
「おーい!持ってきたぞー!」
怪訝な表情でアイリーンが問い返そうとした矢先、大広間の扉が開き、2本の足を生やした“武器の山”が入ってくる。“山”は、ポテポテと揺れながら部屋の中央まで進むと、ガラガラと槍や剣、手斧などを撒き散らしつ一人でに崩落した。
「これで、持ってこれるもんはぜ~んぶ持ってきた!あとは鎧以外空っぽだ!!」
「おう、苦労なり」
崩れた“山”の向こうから現れたルシアが、ふんすと鼻を鳴らして腰に手を当てて胸を張る。
「しかしまぁ、アイリーンもだがお主についても意外だな。
暴れ散らしてアイリーンを奪還しにかかるか、マシでも部屋の隅でぶんむくれるかぐらいかと思うとったが、言いつけをちゃんと聞くか」
「かんちがいすんな!ルシア、オマエにくっしたわけじゃない!」
信長の言葉に、ルシアは目を怒らせつつビシッと人差し指を向ける。
「アイリーンと村の皆を“ひとじち”にされてるから、しかたなくオマエにしたがってるんだ!
……まぁ、オマエが強いのはジジツだけども!!」
「ぬはは、デ、アルカ」
実際、信長への敵意が消えていないのは間違いないだろう。口調からも、視線からも、それはありありと解る。
だが、信長はルシアを正面から打ちのめし、かつ行動原理の根幹たるアイリーンの身柄を抑えた。そしてアイリーン自身は信長の“一揆”に乗ると肚を決めた。
竜人族は総じて誇り高く義理堅い。
事実上の“主人”であるアイリーンの顔に泥を塗り、一度明確に実力で負けた相手を騙し討ちにするような真似を取るとは考えづらい。
しかも、それを仮に実行してしまったのなら寧ろアイリーンはいよいよ追い詰められる。竜人族としては童と呼んで差し支えないほど幼いが、ここまでの言動をみる限りその程度の算盤を弾く知力は十分に備わっている。
ならば、少なくとも“一揆”が完遂するまではこちらも味方として勘定して問題はないだろう。
「………何だオマエ、こっち見てニヤニヤしやがって。キモチワル………いやこわい!ルシア、オマエの笑い顔こわい!!」
「おうおう好き勝手言いやがるな。てめぇ一揆の折には1人で敵陣に放り込んでもいいんだぞ?」
あとは、予定通り“手勢”を作ることができるか否か。
ルシアの泣き声混じりの罵倒を聞き流しつつ、信長の視線は天窓から村の方角へと向けられた。
翌朝。アイリーンとルシアを伴い城を出れば、正門の前には約定通り村人たちが集っていた。
「………無事だよな、アイリーン様は」
「見りゃわかるだろ。一応手足は縛っていたが、そうきつくはしなかったしな」
その先頭に立つのは、昨日信長に啖呵を切った少女………リナ。
「んで、決まったか?身の振り方は」
「ああ………アタシらラルカ村の民は、全員、アンタに………ノブナガ・オダに着く」
「んだ」「おお」「もう、やるっきゃねえべ……!」
リナの静かな、しかし力強い宣言。後ろに続く200余名の村人たちが、宣言に合わせて次々と首肯する。
「ノブナガさぁ、だっけか?アンタの言い分は気に食わねえだ、ようやく元服したかどうかの若造のくせに、オラたちのこと上から目線でボロッかすに言いやがって………だども、確かにオラたち、アイリーン様にすがってばっかでなーんも返してこれなかっただ………」
「リナちゃんはアンタに食って掛かったのに、アタイらはみーんな腰抜かしてへばって、情ねったらねぇ」
「仮にアンタがこなくても、どっかでアイリーン様はきっとスケィビィたちに手籠めにされちまってた。オラたちじゃ、なんも力がねえかんな。
考えようによっては、寧ろ渡りに船だべ!!銀冒険章持ちが、ルシアちゃんさえあっちゅーまにぶっ倒せるつえーお人がオラ達の味方になってくれるだからよ!!」
「ほうじゃ、これ以上アイリーン様とルシアちゃんだけに手ぇ汚させるような真似、男が廃るだど!!」
「アタイらはアンタの道具にして、使い捨てにしてくれて構わね……!だども、せめてスケィビィを打倒して、アイリーン様を助けてくんろ……!!」
「…………ノブナガ。アタシも、村の皆も、“生きのびる”のは辞めた。
アイリーン様のために、アタシたち自身のために…………アンタに利用されてでも、“生きる”事を選ぶ!!」
「皆…………」
きっと、これまでにも思うところはあったのだろう。口々に気炎を上げ、辿々しく思いと決意を口にする村人たちの姿に、そしてそれらを先頭に、力を込めて宣言するリナの姿に、アイリーンの眼にはみるみる涙が溜まる。
「───言いや良し!!」
そして信長は───最も待ち焦がれていた“手勢”の誕生に、激しい高揚とともに膝を打った。
「改めて言っておく!俺が主らを率いるは、義挙にあらず!!
哀れんでの救いでもなければ義憤に駆られての施しでもなく、ただおのが野望のため!!主らも、アイリーンも、ルシアも、俺が野望を、覇道を歩むための踏み台として使う!!
だが、使われるならその働きには必ず報いよう!!この村を基点に俺の“国”が成った暁には、お主らに自由をくれてやる!!略奪に怯えず、魔物に怯えず、賊に怯えずに済む、自由を必ずやもたらしてやる!!
故に、今は存分に俺に“使われろ”!!その先に、お主らの生を掴むために!!!」
口にされた内容は、無情非情と言う他ない。人を人とも思わぬ、“合理”に満ちた宣言。
だが信長の口にするそれは………不思議と、村人たちの胸に、強烈な熱を灯した。
「国盗りの始まりだ!!
スケィビィ・クシャローを、討つぞ!!」
「おおう!!」「んだ!!」「よぉし!!」「いくだぁよ!!」
吟遊詩人が語る物語のようにはいかない、不揃いで不格好な鬨の声。
だがそれでも、ここに、この世界における信長の“軍”が誕生したのは間違いなかった。
ヒラコー節は今後もちょくちょく引用やオマージュがあると思います