第六天魔王。異世界に“転生”してきた。二度目の生でも再び天下布武を臨む。
統率:110
武力:93
魔力:119
知略:95
政治:100
魅力:82
広場に集まった村人達。その手には、木の棒や物干し竿、先端が腐り落ちた鍬の残骸など、様々な“得物”が握られている。
調練のために、信長が村人に命じて持ってこさせた仮の武具だが……まぁそれにしても酷い有様だ。
(模造槍やら木刀なんて上等な物があるわけもねえのは解ってるが、にしたって“前の下天”じゃあ一揆衆だってもうちょいマシなモン使ってたがな)
尤も、特に“一向一揆”は石山本願寺という唸るほど銭を持っていた坊主の総本山が後ろ盾であったため当然といえば当然なのだが。広い意味では鉄砲傭兵集団雑賀衆も“一揆衆”に分類されるからたまらない。
(小土豪とはいえ、親父殿から受け継いだ織田家は肥沃な尾張の一角を治め、今川や斎藤ともある程度は渡り合える国力を端っから持っていた。それがこの下天じゃ、寒村の痩せぎすな百姓共が最初の俺の“手勢”か………)
信長の胸の内を満たすは、失望…………ではない。身体が微かに震えるのも、怒りや落胆とは違う。
寧ろ、その対極に位置する感情。喜悦と闘争心が、信長の中で漲り、荒れ狂い、その身体を自然と震わせる。
(おもしれぇ、おもしれぇなぁこういう“下天”も!猿めの如く、着の身着のままから成り上がってやるってのも一興よ!!)
「あ、あのぅ………ノブナガ様、皆揃っただが……」
「ん、あ、おう」
思わず“トび”かけていたところに、村人の一人から恐る恐る声を掛けられて我に返る。
いかんいかん、と信長は内心で首を振り自身を戒める。この上なく“生き甲斐”のある下天であることは間違いないが、にしてもその第一歩からこれではこの先身が持たない。
「………うむ。これより、おぬしらには俺の“組分け”を受けてもらう」
「くみわけ、でございますか?」
「あの古城の中を昨晩ひっくり返して武具を探してはみたが、やはり使い物になるのはほんの一握りしか見当たらんかった。鉄槍がせいぜい20本程度、剣も10振り、弓に至っちゃ弦が腐って1つたりとも使用に耐えるものはない。
故に、これらをお主ら全員に行き渡らせるのは無理だ。そこで、扱わせる者はある程度選ぶ」
「ははぁ、なるほど……」
「スケィビィらには、元よりアイリーンの【魅了】を攻略するに相応の備えをせねばならず、屈服させるには幾らか日を要すると伝えてある。とはいえ稼げる日付はせいぜいあと10日と少し、決して長くはない。
元より正規軍と真っ向勝負できるほどの精鋭に仕立て上げるつもりはないが、最低限“搦手”を使えば渡り合える程度の技量の奴ぁある程度揃える必要がある。
だから、その“筋”がある者をある程度絞るぞ」
言いながら、信長自身足元にあるほどよい長さの木の枝を拾い上げ、無造作に素振る。
スヒュンッと、風を切り裂く甲高い音が鳴った。
「よし、お前らそれらの得物で打ち込んでこい。男女も問わんし、老若も問わん。なんなら人数も不問だ。
逆に、最初から全く自信がない者は座っていろ。後で別途仕事を振り分ける」
かくして、信長による即席の実戦選抜試験が始まったのだが。
「おぎっ !?」
「きゃっ!!?」
「ごがっ!?」
「───次!!」
これがまぁ、強いこと強いこと。
「あぎぃっ!!?」
「ぎゃああああ………」
「ぞむっ………」
「ほれ次ぃ!もうちっと意地見せんか特に男衆!!」
木の枝一本を片手に無造作に構える信長に対して、挑みかかる村人たち。一応は腕力自慢の男衆や、かつて合戦や魔物討伐など戦闘経験のある者共が寄り集まって打ち掛かるのだが、そのことごとくを信長はほぼ1合で叩き伏せていく。
「おりゃああああーーーーーっぎゃんっ!?」
「勢いはよいが踏み込みは甘いわ!!次!!」
まさに、鎧袖一触。齢15かそこらのはずなのに、その太刀筋…否、枝筋は百戦錬磨の騎士のそれである。
「あいたぁっ!?」
「ほぇ〜〜〜」
「あうっ………………」
石台のところで、アイリーンとルシアは“選抜”の様子を見守っている。ちょうど20人目の村人が信長の面打ちで伸されると、ルシアは感嘆の声を上げながらパチパチと両手を叩き、アイリーンは痛ましげに顔をしかめ瞑目する。
「………まぁ、昨日大広間で見た時から思ってたけど」
「オマエ、ホントスッゲーつよいな!!そこはルシアみとめる!!」
「やかましいわ童が」
折れてしまった枝を変えるために石台に歩み寄ったところで、ふんすふんすと鼻を鳴らしながら興奮気味にまくし立てるルシアの額をペチンっと指で弾く。その身には、汗1つすら掻いていない。
「ま、そこはほれ、積み重ねの差だな」
難易度を問わず最低1つの討伐クエストを攻略するが授与条件の銅冒険者章。対し、銀冒険章は“30以上のクエストクリア”、“主要メンバーとしての討伐クエスト15個クリア”、“魔物討伐数200越え”など「質と量の両立」を求められる。正式な冒険者となってから僅か二年ほどでその銀章を手に入れた信長は、短期間で数え切れないほどの修羅場を経験し、戦闘の研磨を積んだ。
その上で、“前世”での経験値もまた豊富にある。
赤塚に始まり、萱津、村木砦、稲生、岩倉、桶狭間。大身となってからも大嶽砦に天王寺、そして何より本能寺。若くして織田弾正忠家当主でありながら、自ら刃を取り敵の武者に対して振るったことも一度や二度ではない。
特に稲生など、自ら敵将・林美作守と打ち合いその首級を挙げたほどだ。
人生、二回分の“積み重ね”。“現世”で肉体に、“前世”で魂に刻み込まれた血風と鉄撃の経験に、若く力漲る身体が合わされば如何に。
……今の光景が、その答えとなる。
「ぬんっ!!」
「ぎゃんっ」
「ほれ次、打ち込んでこい!!刻は決して無限ではないのだからな!!」
「………ねぇ信長、少しは加減してもいいんじゃない?」
優しさ──あるいは、甘さ──が顔を出したのだろう。叩きのめされた村人の数が30を超えたところで、アイリーンがおずおずと信長に申し出る。
「現役冒険者、それも“銀章”持ちの貴方と、戦ったことが殆どない村の皆とじゃ、力の差が大きすぎるわよ。これじゃあ訓練にならないわ」
「その加減とやらを、戰場で敵はしてくれんぞ」
まさに、一刀両断。次々と地面に転がっていく村人達を冷徹に眺めつつ、信長はまるで声を揺るがさない。
「俺自身がそれなりに“できる”方なのは自覚している。だが、いかなスケィビィの配下といえど同等やそれ以上の使い手がおらんとは限らん。
別に、俺と何合も渡り合えるほどになれとは言わんが、相応の使い手と事を構えた時にその刃を躱し、何とか逃げられる程度の“慣れ”は必要だ。
悪いがこいつらにゃ、打ち据えられ、痛みと恐怖によってそれを覚えてもらう必要がある。それすらできんやつを外す必要もあるしな」
とはいえ、やはり村人たちの大半は武器を構え、振るうのが精一杯。信長が最低限として求める、“数人がかりなら正規の騎士と渡り合える程度”の動きができる者も、片鱗でさえ現時点では指折り数えるほどの人数にしか見られない。
だが、その中に三人、信長の眼鏡にかなった者が現れる。
「がぁっ!!!」
「ぬぉっ……!?
このクソガキ、さてはそっちも加減してねえな!?」
一人は、言うまでもなくルシア。古城の大広間でも見せた、柱を蹴って“横”に跳躍できるほどの驚異的な脚力と身体のバネを用い、縦横無尽に飛び回って襲いかかってくる。竜人族ならではの膂力の高さも相まって、振るわれる爪は一撃一撃が鎧武者でも耐えようのない必殺の威力だ。
信長も枝での迎撃など到底不可能で、ルシアとの交戦については真剣でこれを防がざるを得ない。
「あーーーーーーーーーん!!ノブナガがぶったぁ〜〜〜〜〜〜!!! 」
「ちょっと信長!!貴方本気でルシアのこと叩いたでしょ!?いくらなんでも大人げないわ!!」
「じゃかあしぃ叩き落としてなかったら俺の首筋が裂かれとったわ!!!こんのガキにゃあいい薬だぎゃあ!!」
……やはり使える“駒”だと改めて評価する。ただ、それはそれとして流石の信長といえど調練で殺されかけては余裕を維持することはできず、剣の“面”で思い切りぶんなぐってルシアを迎撃したあげく激怒したアイリーンと“お国言葉”が出てしまうほど激しい口論に陥るのだった。
「やぁ、とぉ!!!……あいた!?」
「………ふむ」
今一人は、リナ。あの時広場で、真っ先に信長に啖呵を切り、またアイリーンへの感謝を口にした少女。
槍に見立てた物干し竿を突く動き。型は当然めちゃくちゃだが、しっかりと腰が乗っていて、速い。信長は二回躱してすぐにはじき返したが、その速度自体には目を見張るものがあった。
「リナ、と申したか」
「そ、そうだけど……」
「なるほど、な………」
信長は、ドギマギするリナを眺めつつ思考を巡らす。
ショートカットにされた橙色の毛髪はやや癖がありほうぼうに跳ねているが、容姿それ自体は悪くない。鼻の頭のそばかすや口元から除く八重歯も、彼女の整った凛々しい顔立ちの中ではその健康的な魅力を寧ろ引き立てる。
………アイリーンを軸とした、今信長が考えている“策”をより完成度の高いものにするなら、リナの存在はまさにうってつけだ。
何よりこの策の中でなら、槍を“単身で”使えるようにする人物は1人用意するだけで済む。
「リナ、お主には特に槍を教える。それから、女衆の選抜は主に任す。二人一組、二人一組でいい。長槍を扱えるものを選抜し、20人ばかり集めよ。主が“組頭”だ、よいな」
「………っ!
あ、ああ!!アタシがやってやるさ!!」
………そしてもう一人。それは、今まさに信長と“打ち合って”いる少年。
「くっ、ぐっ……!」
「………ふっ」
防戦一方、ではある。どんどんと打ち込んでいく信長に対し、今のところ10余合、初手以外一撃たりとも少年側から放ったものはない。明らかに、その実力差は明白だ。
だがそもそも、他の村人たちは大半が一合すら受けられず全員叩き伏せられ、数合受けられたのもリナを始めごく一部に過ぎない。
「ぬんっ!」
「あうっ!………!!」
槍に見立てた長枝をはじき上げ、その首元に信長の持つ枝の先を突きつけて勝負あり。
しかし信長は、弾かれたあとも最後の希望でむしろこちらに踏み込もうとした少年の動きを見ていた。
「良き身体裁きだな童よ。それに、動きも鋭い」
「童なんて言うな!アンタと歳はさして変わらんだろ!!」
「おお、すまんな」
少年に食ってかかられ、苦笑いする。“今世”の自分がまだせいぜい15歳であったことを、しばしば忘れてしまう。
「して、筋がかなりいいな。名は」
「…………シャーム」
シャームと名乗ったその少年は、顔立ちの幼さから年の頃は14、5。まさしく今の信長と同い年程度には見える。
だがこのほぼ全員がやせ細ったラルカ村において、おそらくは天性のものなのかかなり体躯が厚く、背も今の信長と同等程度には高い。無論肉付きがよいわけではないが、ゆえになおさら骨や体の線の“天賦”の強固さが目につく。
そして、肌と髪の色が特徴的だ。村人たちは白い肌に、金髪や茶髪、リナのように赤みがかったものが主流である。だがその少年は、浅黒い肌とやや紫がかったしっとりとした黒色の髪を持っている。しかし瞳だけは、この大陸北方で多く見られる同様鮮やかな青だ。
「シャームよ、お主の体裁きに槍裁き、無論“本職”にゃぁ遠く及ばねえが若さだけでは説明がつかん研磨の跡が見えた」
「そりゃそうだ。俺は“四貴族”の連中をぶち殺したくて、8年前からずっと槍に見立てて木の棒を毎日振ってたから」
北方四貴族──信長も、この地方に来る過程で噂は仕入れている。
今回の標的であるスケィビィに、
ブッヒル・ピグレルト、
バカーモ・オローグ、
クズン・ミーゴ、
の3名を並べて総称した言葉。いずれ劣らぬ愚物で、いずれ劣らぬ暴君でもあり、スータント地方の住民たちからは忌み嫌われている。
「……俺の親父は、山で薪を切ってる時にスケィビィの家臣に狩りの獲物と取り違えられて射殺されました。
シンドゥラ人だった母さんは、水汲みに出ていたところをバカーモにさらわれて何日も慰み者にされ………そんで、帰ってきたら自分で首をくくっちまいました」
握りしめられたシャームの拳が、怒りと屈辱でブルブル震える。
「アイリーン様や、村のみんなのおかげで、飢えることなくここまで育つことができた。だけど、それでもアイツラへの恨みは、憎しみは、ただの一度も忘れたことはない……!!必ず、必ず!俺が親父と母さんの仇を取るんだ……!!」
「………」
苛烈な怒りに身を震わせるシャームの姿を、信長は冷静に観察する。
「シャーム………」
アイリーンが、涙ぐみながらその肩に手を添える。
「今まで、私もあの四人を宥めすかすことしかできなくてごめんなさい……貴方の辛さに、ずっと寄り添ってあげられなかった」
「いえ……アイリーン様は悪くありません……!寧ろ、もっと早くに野垂れ死んでいたかもしれない俺を、アイリーン様は救ってくれたんですから……!」
「──シャーム!!」
「えっ?! わっ!!」
アイリーンからの言葉にシャームが胸を熱くする中、信長が大音声で呼びかける。
城から持ってきた数本の鉄槍の内一本を投げ渡され、シャームはやや蹌踉めきながら受け取る。
「お主は明日からその槍を使え!加減はするが、俺が真剣を持って打ち合ってやる!
戦場で働くには、本物の武具の扱い方を身体で覚える必要がある故な。その槍、お主の命をつなぐものとしてしかとモノにせよ!!」
「………ははっ!!!」
───ラルカ村の住人・シャーム。後、“クロフォード”の姓を賜り、織田信長近習の筆頭格として名を天下に知らしめることになる。
【魔王の剛槍】シャーム・クロフォードは、信長と邂逅した時点で既に後世にも伝わるその武勇の片鱗を見せていたのである。
「んがー……んがー………」
「ねぇ、信長」
その日の夜。初日の調練を一通り終えた信長は、アイリーンたちとともに古城に戻る。大広間のソファーに寝そべり豪快に寝息を立てるルシアに毛布をかけながら、アイリーンが何処か不安そうな声で信長に問いかける。
「スケィビィの件だけど……本当に大丈夫なの?進捗の確認や逃げていないかどうかの監視のため、使者を寄越してくる可能性はないの?
……それに、あいつの配下のナラーンはかなり欲深いわ。手柄を取られないために、貴方に邪魔を差し向けるかもしれない。どちらにせよ、村をみられれば一揆が露見しかねないわよ」
「……………ほぉ」
やはり、この女は知恵が回るし、自分で考えることもできる。一度寝転んだ床から起き上がりつつ、信長は値踏みするような視線でアイリーンを見た。
「その心配、尤もだ。ナラーンは俺を敵視している節があったし、スケィビィはお前への執着が尋常ではなかった。そういった手合いが差し向けられる、というのは懸念として十分にあり得よう」
「じ、じゃあ急いで対策しないとダメじゃない!!私の【魅了】で動物を呼び寄せて………あ痛!?」
「落ち着け阿呆」
慌てふためき始めたアイリーンのもとに歩み寄り、その額を指で弾きつつ窘める。
「その程度のこと、俺が気づかず考えもしないとでも思うたか?明日にゃあ、そこにも一手打つ」
鋭い視線が、月明かり差し込む天窓の外に──スケィビィの居城・クッショー城の方角に向けられる。
「尾張で下剋上に明け暮れた時期にゃ、権謀術数も散々用いたからなぁ。
なぁに、手慣れたもんよ」