「あ、あ、あ、あ…………アイリーンたんの拘束に成功した、だとぉおおおおお!!!!?」
「なんだと……!?」
「へい……」
共暦1549年、【清涼の月】9日。スケィビィ・クシャローの居城クッショー城に、信長からの使いを名乗る一人の男が訪れる。
ラルカ村の民であるその男は顔に包帯をぐるぐると巻き付け、腕に添え木を当て縛り、意気消沈した様子で報せを謁見に(しぶしぶ)応じたスケィビィとナラーンに伝えた。
「いてて………ネイブ・ナガン殿は、アイリーン様、あいや、不逞の輩・アイリーンの魔術を見事に抑え込みやして、その身をふん縛り、村の古城に留め置かれておりやす……オラ達村の衆の中には逆らった者もおりやすが、ネイブ殿の屈強なることこの上なく、二、三十人は斬り伏せられちまいまして……。オラ達ラルカ村、ほとほと凝りましてごぜえやす。
今後は、スケィビィ様のお慈悲に従わせていただければと……」
「あーあーよいよい!許す許す許す!!」
口の中を切ってでもいるのかモゴモゴと服従を述べる使者に対し、腕を激しく振りながら文言を遮る。
スケィビィのただでさえ脂ぎった顔は今や火をつければ燃え出すのではないかというほど光沢を放ち、眼の奥には獣欲の光がギラついている。
「そ、そ、そそそそ、それで!アイリーンたん!アイリーンたんだ!!捕らえたということは、もう向かっていいのか!?ここから村まで馬車ならせいぜい半日で着くが、すぐにも発つか!?」
「そ、その件でごぜえやすが………ネイブ、殿のいうところによりやすと……いてっ………アイリーンの魔術を防いだのは、あくまで不意を打って出す暇さえ与えなかっただけ。未だ、その力は失われておらず。
どうやら【魅了魔法】って言うもんらしいんですが、スケィビィ様やナラーン様が再度下手に近づいてしまうと、今度は自分ごと籠絡されてアイリーンを逃がしてしまうおそれあり。最悪、今度の件があるとラルカを見捨ててスータントの外まで逃げ果せてしまうかもしれん、と……。
それで、少しばかり“魔力抜き”の期間を得たいんだそうでごぜえやす」
「う、うむむ、まぁ元々“2週間は時を要する”とは聞いておったが………」
「………とろくせえこと言ってやがんな」
ナラーンが、村人の言葉に目を眇める。
「【魅了魔法】ってのは俺も知ってる、確かにありゃあ特級も特級の魔法で、耐性を持つのが難しいのは間違いないぜ?
とはいえ、範囲は限定的な筈だ。俺やスケィビィの旦那をまとめて籠絡なんてなかなか起きねえぞ」
「へ、へぇ。オラにゃその辺よくわかりませんが、ネイブ殿によるとどうも従来のものより大層強力とのことでして……スケィビィ様やナラーン様には、魔力を節約するためかなり“絞って”術をかけていただとかなんとか。そんで、もしアイリーンが本気を出せば今度こそまとめて“イカれる”可能性も十分にあると……」
「まぁ……理屈は通っちゃいるが………」
「ええい、控えよナラーン殿!!」
尋問へと移行し始めたナラーンを、殆ど押し退けるようにしてスケィビィが遮る。
「こうして痛めつけられた村人が来ているのだ、ネイブ殿がやり遂げたというだけであろう!!
まぁ、貴殿はまる半年かけても籠絡されては追い返されるばかりだったがな!!!」
「………だから、そんで俺たちにできずあのネイブとかいうガキができたのがおかしいって話で」
「貴殿よりネイブ殿の実力が上だったと言うだけであろう、最年少銀冒険章持ちならさもありなん!!くだらん嫉妬でワシの興を削ぐでないわ!!!」
「っ…………!」
「ヒェッ」
屈辱と憤怒に顔を赤らめつつ、ナラーンが退く。八つ当たり気味に睨みつけられ、村人の喉から間の抜けた呼吸音が漏れた。
「そ、そ、そ、それで御使者殿!ネイブ殿は、“魔力抜き”に如何程の時を要すると言っていたのかな!?」
「(最初訪ねたときは“なんだこの下民が”とか言うとっただなぁこの人……)へ。オラが村から出たのが一昨日でござんすから、今日からですと……あと、10日ほどで終わると言っておりました」
「ぬは、10日!そおか、10日!10日でアイリーンたんがワシのものに!!」
スケィビィは口の端からダラダラとヨダレを垂らし、頬を紅潮させながら興奮で目を瞬かせる。
ある程度この男に慣れたナラーンでさえ、吐き気を催すような光景だった。
「まぁ元々2週間は掛かると言われてたからな!!全く、全くその程度の期間は待つぞ、私は!!」
「あ、ありがてえこってす……そんじゃオラは、ネイブ殿にもどるよう申し付けられておりますんでこれで……」
「うむ!!ネイブ殿に報酬は大いに弾むと伝えてくりゃれ!!
おおいマギィ、1人侍女を寝室によこせ!少し“発散”せねば、昼寝さえろくにできんわい!!」
「……………」
聞くに堪えない内容の叫び声と共にドスドスとスケィビィが城の奥に引っ込む中、ナラーンはその背を見届けたあと反対側へと歩を進める。
「───よぉ、久しぶりだなぁ。オグリビン」
「……………ひっ、な、ナラーン……さん………」
ちょうど城門から出たところで、先の村人に追いつき、抱えるようにして肩を組む。
「あ、あの……お久しぶりでございやす……今後は、どうぞお手柔らかに………」
「あーそうだなぁ。てめえらが俺やスケィビィの旦那に逆らわねえなら、お手柔らかにしてやるのも吝かじゃねーよ。………お前も、お前の妹もな」
「ひぎっ………」
………1年前、ナラーンは村の外れの森に薪を拾いに来ていたオグリビンの妹イルシアを手籠めにしている。それも、兄であるオグリビンを意識は残るよう叩きのめしたうえでその眼の前で、だ。
アイリーンやリナが献身的に寄り添ったおかげでようやく多少の回復は見せているが、それでも未だに1人で外出することができないほどのトラウマを抱えている。
そして、トラウマという点では大切な妹を守れず、どころか眼の前で純潔を蹂躙されたオグリビンも十分に深い。
「あっ、わっ、あっ、あああーーーーーー!!!!」
「おっと、今後は妹ともどもよろしく頼むぜぇ!!ギャハハハハハ!!!
……………さて」
精神崩壊寸前に追い込まれ、子供のように泣き咽びながら走り出すオグリビン。怪我のせいか不格好なその走りを嘲笑い多少の溜飲を下げたあと、ナラーンはすっと片手を上げる。
即座に、数人の部下が走り寄ってくる。
「オグリビンのやつをつけろ。あの感じ、少なくとも怪我をしたのまでは本当のようだがネイブのやつの動きがどうも鼻につく。きっちり探って、野郎の腹の中を明かしてやれ」
「へい、早速何人か見繕いやす」
「あのクソガキめ………俺様に恥をかかせやがって……!!」
「────とまぁ、手柄を“取られた”と感じたナラーンがこう動くのは目に見えていた。ああいった、知恵自体は多少回るが直情的な輩のほうがかえってやりやすい」
その日の、夜。ラルカ村へと続く山道に立ち、信長は冷酷な眼で足元を見下ろす。
転がるは、ナラーンが差し向けてオグリビンをつけさせていた手下たち。5名いたが、何れも信長からの強襲を受けて一太刀で斬り捨てられている。
「の、ノブナガ様、着替えてまいりやしたが………」
「うむ」
オグリビンから着ていた服を受け取ると、信長はそれを無造作に山と積んだ死体の上に放り投げる。
「ルシア、アイリーン、備えはできているか?」
「え、ええ……」
「ばんたんだぞー」
少し道から外れた藪の中には、木を組み合わせて造られた折が1つ置かれている。
中に伏せるは、荒い呼吸を繰り返し目をギラつかせる8匹の山犬。
「よし、開けよ」
檻の縄が斬られ、扉が開かれる。途端、ルシアに捕らえさせ、アイリーンの【魅了】を用いて欲情を掻き立てつつ酩酊状態に陥らせた山犬たちが、一斉に飛び出して屍の山に群がる。
「うぷっ………」
「オボロロロロロ………」
猛り狂った山犬達によってたかってたちまち引き裂かれ、肉塊に成り果てていく屍たち。そのあまりに凄惨な様子に、アイリーンは口元に手を当てて俯き、オグリビンは木にすがりついて嘔吐する。
「明日の昼頃には、この“成れの果”の存在がナラーンに届く。そしてそれより少し前に、俺の“仕掛け”もまた同時に奴さんのもとに届いているはずだ」
一方信長は、山犬たちの“狂宴”にも眉1つ動かさない。月あかりを浴びながら、静かに“肉片”が出来上がっていく様子を見つめる。
「これで、やつらを約定させた日まで完全に城内に縛り付けることができる。………あとは、こちらでしかと準備を進めるだけだな」
信長の見ている前で、ベリベリと音を立てて、屍となった男の顔の皮が山犬の牙に剥がされた。
「死体の損壊はヒデェ有様で、正直誰が誰やら見分けはつきません。ただ、近くに落ちていた服の切れ端の量や武具の数から察しますに、アラゴたちで間違いないとは思われやす………それと…………」
「………オグリビンの服の切れ端も、併せてそこに混じってた……ってんだろ?」
クッショー城、スケィビィ親衛隊団長室にて。恐る恐るといった風の部下からの報告に、椅子に腰掛けつつナラーンの眉間には深い皺が刻まれる。その視線は部下を一瞥したあと、テーブルの上に置かれた1枚の伝書に落とされる。
「…………マンティコアの目撃情報、ね」
獅子のような胴、狼と人間を掛け合わせたような顔、サソリの尾を持つ極めて凶悪な魔物の一種。性格は獰猛にして残忍で、食用ではなくただの娯楽で人間を殺害し、屍体を散々に損壊することもある。
ただマンティコアは寒冷地帯を好まず、基本的には南方に生息している魔物だ。しかもあまりにもタイミングが良く、ナラーンの内心では寧ろ疑いは深まっている。
(……つっても、わざわざ【政都・ヴェルリナ】の冒険者ギルドが出してんのがな)
地方の街酒場で掲示板に目をやれば、高危険度の魔物討伐を依頼する張り紙は吐いて捨てるほどある。しかしその大半……というかほぼ全ては、幽霊の正体見たりで見間違いであることが多い。
だが、冒険者ギルドが正式に出す注意報や警報の場合、特定の章級以上の冒険者からの情報共有によって出されている。無論誤報がないわけではないが、民間や個人が出す“依頼ベース”のものと比べてその比率は圧倒的に下がる。
本音をいうと、追加の偵察を出したい。しかし、完全に部下たちは“マンティコアの存在”に怯えてしまっている。そして、何より
「因みに、スケィビィの旦那が早く城の防備状況を報告しろと……」
(あのクソ、自分のムダに多い髪の毛でも城壁に詰めておけってんだ……!!)
マンティコアがスータント地方に現れたかもしれない、の報せに、完全にスケィビィが縮み上がっている。
あの男が、今の状態でわずかでも兵を動かすことを許可するとは到底思えなかった。
「…………ま、その“ギルドに情報を提供した冒険者”が、銀冒険章持ちのネイブ・ナガンであった……というオチなわけだ」
広場で訓練を重ねる村人達を監督しつつ、信長はほくそ笑む。彼には、スケィビィやナラーンの思考も動きも、クッショー城から離れつつも手に取るように読めていた。
「これで、やつらから監視の目が送られるのを封じた。
あとは、この10日と少しでいかに備えきるか、だなぁ。
さぁて、わりぃが根刮ぎ取らせてもらうぞ。ナラーン・ズンモン、スケィビィ・クシャローよ」