信長公記異世界録   作:日ノ本太郎の助

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魔剣

共暦1549年、【清涼の月】17日。

スケィビィとの約定が2日後に迫った日の夜。

 

既にこの日分の村人たちの調練は終わり、村全体は眠りについている。しかし信長は、寝室としてアイリーンから案内された古城の一室で燭台の灯りを頼りに“仕事”を続けていた。

 

獣脂蝋燭の劣悪な香りと貧弱な灯りを気に留める素振りもない。間近に迫った“一揆”に向けて、その準備状況を纏めた自作の帳簿を熱心に読み込み、思考を巡らせていく。

 

(槍衆の目処はたった。少なくともリナが中核にいれば、女連中は最低限の動きはこなせよう。弓矢の数も揃った。まぁ厳密には矢の数は物足りぬが、此度の戦にては最初に2、3射できれば十分に“役”をなせる。

 

男衆についてもひとまず斬った張ったを幾らかこなせる奴を30名ばかり用意できた。ルシアとシャーム、これに俺を勘定すれば、スケィビィの率いる人数次第では十分に勝ちの目は出る。

 

そして、奴の兵力を抑えるだけの下準備も施した。………うむ、改めて今のところ抜かりはないな)

 

兎角世間は、織田信長という人間について“苛烈にして大胆不敵な夢想家であり冒険家”という印象を抱きがちである。恐らくは第六天魔王という二つ名と、世にその名を知らしめたのが桶狭間という奇跡的な大番狂わせの印象がそうさせるのだろう。そして、本質的にそういった面は確かに存在する。

 

だがそれは、あくまで織田信長という人間の一面でしかない。

 

実際の信長は、徹底的な現実主義者であり慎重論者だ。彼は“前世”において、桶狭間をあくまで様々な要素が絡んだ末の“奇貨”であると割り切り、その後の合戦では常に戦う前の準備を重視した。

外交的な不利を造らず、兵力を徹底して集中し、武器も兵糧も潤沢に取り揃えた。一見大胆不敵に見える神速行軍も、「地の利を抑えればそれだけ有利に戦える」という至極当然の発想から行われる。

 

そして今回も、信長は“準備”を手を緩めることなく進めていく。それは当然スケィビィを討つためのものであり───同時に、“その先”を見据えたものでもある。

 

(一揆の準備については、明日の調練で最後に今一度村の連中に確認させるとしよう。さて…………む?)

 

帳票を閉じ、新たに懐から取り出した巻紙を机の上に広げた矢先、広間の入り口に立つ人の気配に気付く。

 

「おう、どっちだ?別に入って構わんぞ」

 

「…………鋭いわね」

 

「銀冒険章持ちをんな気配の消し方で欺けると思うな」

 

少し頬を赤らめて、バツの悪そうな表情で入ってきたアイリーンを嗤いながらからかう。

 

この2週間でお互いにある程度“信用”は置いており、アイリーンは信長が城の設備をどのように使っても何の文句も言わないし、信長は1週間ほど前から夜の拘束をやめてアイリーンに城の中での自由を許している。

 

「ちょっと喉が渇いて、井戸で水を飲んだら貴方の部屋に明かりがついていたのが見えたから。……こんなに夜も遅いのに、まだ一揆についての準備?」

 

「戦の前準備なんてのは、“過ぎたる”が存在しねえからな。寧ろ満足して手を止める時が一番危ねえ。

 

とはいえ、今はちょうど次の用事に取り掛かるつもりだったがな」

 

そう言って、信長が広げたのは……スータント地方全土を描いた、地図。

 

「スータントの地図……?これが、スケィビィを討つのと何か関係があるの?」

 

「おいおい忘れたか?俺は言っただろう、スケィビィを“踏み台”にするとな」

 

そう言って信長は、地図上に記された、スケィビィ以外の“三卿”………ブッヒル・ピグレルト、バカーモ・オローグ、クズン・ミーゴ、それぞれの名前を羽根ペンを用い順に丸印で囲っていく。

 

「………!まさか本当に正真正銘“国盗り”を、スータント地方を丸ごと取ろうっての!?」

 

「そりゃあたりめーだぎゃ。スケィビィ1人殺したところで、クッショー城1つじゃ“先延ばし”がちょいとばかり奥まっただけに過ぎん。寧ろブッヒル共は嬉々としてスケィビィの旧領をかっさらいに来るだろうな。ないと思うが、結託して分割にでも来られたらあっという間に“わや”だ」

 

「ま、まぁ確かにそうだけど……ああ、でも、ブッヒルやクズンとも戦になるなんて、村の人達が………」

 

「安心しろ、クッショー城さえ取れば俺の中で“アテ”はある。多少は、特にお前さんには手伝ってもらうことはあるかもしれんが、戦にまで参加するかどうかは任せるさ」

 

「そうは言うけど、結局向こうから攻めてくる可能性があるならほとんど一択に近いじゃない……ああもう、本当にとんでもないことに巻き込まれたわ………」

 

思った以上に事態が大きくなり頭を抱えるアイリーン。………信長としては、さらに“その先”まで巻き込む算段も立てているのだが、流石にそのことは今は口にしない。

 

「……………」

 

一見、信長の視線は机の上の地図に落ちている。………だが真にその眼が見据えるは、地図の“外”。さらに、“先”。

 

(スータント地方は長らくまともな統治者が置かれておらず、故にこそ“北方四子爵”のような愚物が我が物顔でいられた。そしてこの四子爵も、こやつらの内政能力の欠如ゆえに居城とその周辺に蟠踞するのみで例えば居を置く郡の一つさえ統一できていない。

 

四子爵を討ち、空白地帯の多いスータントを平らげ、そして………“今の”帝国の現状を突けば、或いは)

 

或いは、紅蓮に包まれる本能寺の只中で、死の間際に抱いた“野望”を果たせるかもしれない───そんな思いが、胸中を過る。

 

「のぶながー、アイリーーーン」

 

「………んぉ」

 

「あら、ルシア?」

 

扉を乱雑に叩く、ドンドンという音で我に返る。アイリーンが扉に駆け寄り、すぐ外に立っていたルシアを出迎える。

 

「どうしたの?おしっこ?それとも急にお腹空いちゃった?もしそうなら夜食ぐらいは作れるけど」

 

「うんにゃ。なんかな、城の地下倉庫から変な気配がしたんで起きた」

 

「変な気配?」

 

「ん。で、行ってみたら………空っぽだったはずの倉庫の1つに、これが落ちてた」

 

ルシアがそう言って机に置いたのは、一振りの剣。

ぱっと見、そこに何の変哲もない。村人たちに決起を促し“猶予”を与えた晩に地下から引っ張り出した、多くの“なまくら”と大して変わらない普通の剣だ。

 

「何となく、それをノブナガに渡さないと行けない気がしたから持ってきた」

 

「おいおい、こんなもん持ってこられても使い道がねえぞ。普通に俺が持ってきた剣の方がよほど上等──」

 

言葉が、止まる。その“なまくら”を目にした途端、何故かそうせねばならぬという確信が胸を満たし、迷わず手を伸ばして柄を握る。

 

「うおっ……!」

 

「きゃっ!?」

 

「おおーー………」

 

途端、剣がバチバチと幾つか火花のごとく弾け、次いでまばゆい光を放つ。その光の中で、今まさに姿なき鍛冶師が鎚で叩き鍛えているかのように、みるみる内に形が変わっていく。

刃は、両刃から鋭さを増しつつ片刃に。無骨で地味だった柄には、孔雀の尾を思わせる艶やかな飾りが生えて柄そのものも心持ち長く握りやすく。刀身の色は、錆びた鈍色から艶やかでありながら透明感のある紫色に。

 

やがて、光が収まる。そこには紫色の鮮やかな刀身を煌めかせた、長さ4尺にはなろうかという野太刀が、微かに刀身と同じ色の魔力を立ち昇らせながら転がっていた。

 

「魔剣………」

 

一連の現象を目にしたアイリーンが、口元を押さえながら呟く。

 

「まさか、こんなところに現れるなんて………」

 

魔剣。信長も存在の噂は聞いたことがある。打ち手不明の奇妙な武具で、実際には剣以外にもさまざまな形状のものがあるが総称で便宜上そう呼ばれる、伝説的な魔術具の一種。元の種類自体は保ちつつも、持ち主の魔力や素養によってその形を様々に変化させると伝わる。

存在それ自体は間違いないのだが出現条件が全く不明であり、一説には魔剣それ自体に意思があり持ち主を選んで出現しているのではないかと噂される。

 

そして───かのパルス王国建国の祖、太陽王カイ・ホスローがその代表的な存在だが、魔剣の持ち主の多くはその名を歴史に刻んでいる。

 

「おーー!!ノブナガ、この剣めっちゃかっけー!!」

 

「くく、かかか………!なんのつもりか知らんが、こやつが仮に“自らの意思”で俺の手元に現れたってんなら、間違いなく慧眼だ」

 

ルシアが目を輝かせて魔剣を見つめる中、信長はそれを手に取り、頭上に掲げる。

 

「よかろう。お主に“左文字”の名を与える。他の持ち主同様に、お主が俺に歴史に名を刻むを望むなら…………俺は、そのさらに上を行くことを約束しよう。無論、俺自身の意志でな」

 

信長の言葉に応じるように、“左文字”の紫の刀身が、月明かりを受けてキラリと輝いた。

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