城門を開き、騎馬兵と歩兵に囲まれた馬車が城を出ていく。
このクッショー城の主、スケィビィ・クシャローが乗る馬車だ。日の出もようやく始まったばかりの時刻だが、まぁ確かに今から全速力で駆けさせれば昼頃には彼の目的地・ラルカ村には着くだろう。
周りを固めているのはナラーン指揮下の“親衛隊”のみ50人ばかりで、その人数の少なさも機動力の向上へと繋がる。
(これが例えば、賊に襲われた村を救うため、といった具合なら良かったのだがな……)
実態は、二年間も尻を追いかけ回していた女の体がようやくその手に入るから、というのだから乾いた笑いも起きない。
クッショー城の城番、ラッセル・バーナードは切り揃えた口ひげを震わせつつ陰鬱な気持ちで一応は主君である男の馬車一行を城壁の上から見送る。その姿は、とても齢32とは思えないほど老け込んで見える。
かつて帝都ロンドリアの防衛騎士団に勤めていた頃は、自身がこんなにも無様な生を送るなどとは夢にも思っていなかった。世界に冠たる偉大な祖国の中心・大帝都の守護を担う精鋭の一人として任についていた頃は、自身が気高く崇高な守護者として最後まで任につき続けると信じて疑わなかった。
流れが変わったのは5年前、ロンディア繁栄の祖にして中興の英雄・ロンディウス2世の崩御から。元々謳歌される繁栄の影で激しく火花を散らしていた“武断派”と“魔導派”の対立が一気に表面化し、汚職の濡れ衣を着せられて“地方治安の強化”の名目で左遷された。
そして、ここで“現実”を突きつけられる。
統治とは名ばかりで、収税を謳い略奪を繰り返す領主たち。バンテニー大陸勢力からの侵攻があった際の緩衝地帯として扱われ、被征服民故に最初から“棄民”に等しい扱いを受けるスータントの民。怠惰で自ら動くことをせず、酷いと積極的に領主による収税の“おこぼれ”を貪る兵士たち。
ラッセルが目にしたそれらはまさに、帝国の栄光に照らし出された悲惨な“陰”の縮図であった。
着任当初は、これを是正しようと様々に働きかけた。スケィビィを幾度も諌め、他の貴族のもとにも軍政改革や内政改革を上奏し、兵士たちの志を正そうと教育にも乗り出した。
だが、“根腐れ”が極まったこの地においては、清純な水が濁る方が遥かに簡単で、早い。
かつては“帝都騎士団”の一人であったという肩書の加護で、除かれることはなかった。だが疎んじられ、鬱陶しがられ、階級名だけは昇格させられたが直属の部下は与えられず、何もさせてもらえぬ日々。
ラッセルの志が“濁る”までに、そうかかることはない。いつしか彼はスケィビィらの悪行に自ら与することはないものの、それに目を瞑り、目を背けるようになった。
(ラルカ村を“占拠”したアイリーン殿は、無法の簒奪者である。帝国法に基づくならそれは正しい。確かに正しい…………)
だがその帝国法で言うなら、年貢以外にも身勝手な税を度々収奪し、近隣の婦女子をさらっては手籠めにし、ナラーンのような無法者共を次々と雇い入れて気に入らぬ者を暴力で従わせるような連中は、法に触れていないとでも言うのか。村を可能な範囲で収奪から守り、慈愛を以て村民から慕われていると聞くアイリーンと醜悪なスケィビィら“四貴族”の、どちらが為政者として正しい姿か。そんなもの、明らかではないだろうか。
「あの少年には……期待したのだがな………」
思わず、独り言がこぼれる。
ネイブ・ナガン。最年少の銀冒険章持ちということで、ラッセルは実のところ比較的早くからその存在を認知していた。既に帝都での華々しい飛躍が約束されているような経歴ゆえに、彼が所属していた冒険者ギルドを辞してあろうことかスケィビィの依頼を受けたと聞いた時は、思わず首を傾げた。
そして、ラルカ村の現状や地理を説明するようスケィビィに命じられ、対面した時…………その“眼”を見た。
野望にギラついた、燃え上がるような眼。物事の本質を見極める冷静さも併せ持ちつつ、何か巨大なことを考えている事がうかがえる、強烈な光。
その眼を目の当たりにし、ラッセルの胸のうちには…………微かな“期待”が芽生えた。故に彼は、ネイブに村の様々な情報を与えた。
彼ならそれらの情報とアイリーンの人望を合わせれば、特に「挂」にあたる古城の地形をうまく利用すれば、彼が眼の奥に秘めていた“野望”の下で何かを起こしてくれるんじゃないかと渇望した。
だが……結果はこれだ。ネイブ・ナガンは順当に、アイリーンを捕らえた。ラルカ村もまた、完全にスケィビィに屈服するだろう。
アイリーン自身の身がどのように扱われるか、これまで事実上逆らってきたラルカ村がどのような末路を辿るかは、想像に難くない。
「見込み違い、だったか………」
項垂れ、失意と共に吐き出された呟きは、吹きすさぶ朝の秋風の中に消えていった。
共暦1549年、【清涼の月】19日の正午。信長の下に、村へと至る山道を見張らせていた村人の一人が、息せき切って駆け寄ってくる。
「スケィビィの馬車とナラーンたちが来やす!!もう間もなく着くかと!!」
「数は」
「ざっと見た限り、50!!顔ぶれを確認しやしたが、ほぼ全員がナラーンの直下の連中です!!
……ノブナガ様が言われていた、切り揃えた口髭の鎧騎士とやらは居ませんでした!」
「…………デ、アルカ」
その報せを聞き、信長の瞳が怜悧に輝く。
今回の策最後にして最大の障壁──それは、依頼を受けた際に村の現況説明の為引き合わされた、口髭の騎士が参戦すること。信長は“2つの理由”から、彼の参戦だけはなんとしても避けたかった。
だが、ナラーンの配下連中だけなら……全ては、信長の理想通りだ。
策、成れり。
「───皆配置につけ!!良いか、俺の策の通りに動けば必ずや勝てる!!主らが自由と尊厳を手にするか否かは、この“戦”に勝つことで決まると心得よ!!」
信長の指示が飛んだ瞬間、周りに集まっていた村人たちが弾かれたように散っていく。決して一糸乱れぬ、とは言えないが、調練初日からは比べものにならないほどその足取りや動きはしっかりとしている。
「………アイリーンよ、準備はいいな」
「……………ええ。緊張してないと言えば嘘になるけど、もう、とっくの昔に肚は括ってる」
信長の傍らで、広場の中央に傅くアイリーン。彼女の顔色は些か青いものの、それでも引き結ばれた唇には決意が表れている。
「やってやるわよ、アンタの言う通り、“国盗り”をね」
馬車が、騎馬騎士たちを従えつつ村の入口に殆どドリフトに近い動きで停車する。
アイリーンの眼は真っ直ぐに、馬車を見据えた。