馬車の外観は、如何にも“成り金”趣味の酷く俗っぽい物であった。
ゴテゴテと装飾はついていて色も金や赤など派手ではあるが、そこに“合理性”がない。
鹿の角、孔雀の羽、金箔が貼られた玉、それらをまるで物を知らぬ童が無造作に引っ付けたかのように寄せ集めた華美でありながら下品な馬車。まさに、持ち主であるスケィビィという男の表れと言える。
信長は、これを手にした暁には早々に装飾をバラして売り払うことに決めた。
「はぁ、はぁ、はぁ…!!♡♡」
馬車の扉を開けて、勢い良くスケィビィが転がり出てくる。日頃の鈍重尊大な動きからは想像もつかないほどの身軽さで瞬く間に信長のもとまで駆け寄ってくると、獣欲を隠そうともせず、舌なめずりせんばかりの勢いで周囲を見回す。
「お待ちしておりました、スケィビィ卿」
「ネイブ殿、本当にようやってくれたネイブ殿!!」
スケィビィはネイブ、すなわち信長の手を押し戴く。その姿勢はさながら、本城を囲う幾万の敵勢を蹴散らした増援の大将を迎えるが如し。
「アイリーンたn………ゴホン、謀反人・アイリーンを屈服せしめたというのは誠か!?」
「はっ、あの通りに」
信長は恭しく一礼し、背後の村の広場を指さす。
「………………」
「ほぁあああ〜〜〜♡♡♡」
スケィビィの視線を受け静かに傅くアイリーン。その服装は、いつもの紫を基調とした高貴なドレスではない。
胸元を大胆に開けた白いブラウスの上に、ウエストをきつく絞ったボディスを重ね、そこからふわりと広がるチェック柄のスカートが膝上まで短く切り上げられている。秋深まり涼しさが増している中でも露わにされた肩は昼の日光を浴びて白く輝き、いつもの名画のような美しさからは一風変化した、野性的な情欲を掻き立てる妖艶さを醸し出していた。
かつて村がまだしも大陸間交易路の入り口として繁栄していた折、村の女衆が行商人たちを“持て成す”ために作られた、催事用の衣装。
信長は、武具と合わせて古城の倉庫から引っ張り出したそれをアイリーンと、彼女の後ろで同様に跪くリナたち女衆21名に着せ、スケィビィに“献上”してみせたのだ。
「スケィビィ殿に馳走するにあたり、折角ですので少々着飾らせてみました。如何でしょう、お気に召されましたかな?」
「うむ、うむうむ!!気に入った、この上なく気に入ったぞ!!
あ、アイリーンたん!そなたがラルカ村ともども我が軍門に降ること、偽りないな!?」
スケィビィに促され、アイリーンは一瞬顔を上げたあと、スカートの裾をわずかに持ち上げながらゆっくりと礼を取る。
「はい………ネイブ様に打ちのめされ、スケィビィ卿の偉大さをつくづく身に刻まれまして御座います。
この上は村の娘たち共々、スケィビィ卿のお慈悲に縋りとう存じます……」
『油断させ、確実に討つ。その為にも、演技は決して気を抜くな』
殊勝に、健気に、か細く言葉を紡ぎつつ信長が事前に言い含めた指示がアイリーンの脳裏に蘇る。
『いいか?ぜーーーーったい気を抜くなよ。お主らの演技が見破られれば即座にナラーンたちが動く。そうなれば策は“ワヤ”で俺たちゃ尽く打首獄門だにゃ。お主らが如何にスケィビィを欺けるかに村民200名全員の命運が掛かっとる。ぜーーーーーーーーーーーーったいやり遂げろ、解ったな?』
(………って、どんだけ念押ししてんのよ!!どんだけ念押ししてんのよ!!いっそ失敗しろというフリかってくらい念押してきたわねあの男!!!)
(あんなに念押されてえへへー頑張りますーってなるかぁああああ!!いやぁああああ緊張するぅうううう!!緊張で顔ガッチガチになるぅぅぅぅ顎震えるぅうううう!!!)
……アイリーンも、リナも、他の女衆も、戦など録に見たことさえないずぶの素人である。ロンディア侵攻の折も主要な戦いはより南方で概ね完了しており、ロンディア軍の進駐も殆ど像を壊しに来ただけに近い形で終わった。
ただでさえ一足飛びに“参戦”することになった上で、さらに敵を欺くために完璧に演技しろなどと言われては心中穏やかではない。どんなに落ち着こうとしても後から後から演技がばれぬか、不審を抱かれぬかと不安が押し寄せ、身は細かく震え、顔は青ざめ、額を夥しい量の汗が流れ落ちていく。
(おーし、しっかりガチガチにビビり倒しとるな)
信長はそんなアイリーンたちの様子を見て、慌てるどころか「予定通りだ」と内心で頷く。
負けて慰み者にされる女が、幾ら“調教”を受けたとてたかが2週間やそこらでなんら抵抗なく従順になるなどあり得ない。下手に冷静でいられると、スケィビィはともかく修羅場はそれなりに慣れているナラーンには看破される恐れがある。
ならいっそ、徹底的にビビり散らさせて“恐怖に屈し服従した”という体に見えたほうが余程順当に話が進む………そう、“合理的”に判断した結果だった。
「見てくだせぇ、あのアイリーンがガタガタ震えちまって……こりゃあ、ネイブのやつ相当あのアマのこと痛めつけてますぜ」
「…………ケッ。クソガキが、調子に乗りやがって」
果たして、アイリーン達の迫真の“演技”はナラーンの目をも見事に欺いた。彼はネイブ・ナガンの“大手柄”を目の当たりにしその安っぽい誇りを痛く傷つけられ、直視することができず唾を吐きつつそっぽを向く。
………その様子を、信長は目敏く拾う。ナラーンの配下たち50余名も、頭に倣ってすっかりこちらに興味を失い始めており、三々五々に視線を散らし始める。
頃や、よし。
「おお、おお…………!!」
一方アイリーン達の緊張による震えは、スケィビィの方も必要以上に刺激する。スケィビィは“儚く震える美貌の女”の姿に、魅了の射程圏に踏み込む前からこの上ない興奮で打ち震えた。
「ぐふ、ぐふふふ………ようやく、ようやく、夢にまで見たアイリーンたんの身体を我が物に………♡♡」
「…………お喜びいただけたなら光栄の極みですな」
醜悪さに吐き気を催しそうになるが、恭しい礼のふりをして顔を背けるまでで耐える。
信長としてはこの時点で、唾の一つも顔面に吐き捨てて斬り伏せてやりたいところだ。だが、それを今してしまえば、護衛のナラーンたちとなし崩し的な交戦が勃発することになる。
無論この程度の人数山賊崩れの者たちが集まったとて、魔法すら使わず信長なら一掃できる。
しかし信長にとっては、ラルカ村の民たちを明確に“巻き込む”ことが、極めて重要だ。
だからこそ、村人達をこの2週間、手ずからに鍛え上げたのだから。
故に、あえて“回り道”に務める。その先の“大望”への道筋をこそ、合理的に効率的に歩むために。
「ネイブ殿、本当に助かったぞ!!これでアイリーンたんをワシのものに……もとい、税を納めぬ不届き者を捕らえることができた!!礼金は大いに弾むぞ!!」
「光栄です」
何を言いやがる、最初に邂逅した直後は如何にも“こんな若造が本当にアイリーンを捕らえられるのか”という疑いに満ちた視線を向けてきたくせに。そう内心苦笑いしつつ、剣の柄でアイリーンたちを指し示す。
「スケィビィ卿、改めて、依頼についてご報告申し上げます。
罪人・アイリーンを打ち伏せたことにより、ラルカ村全体がスケィビィ様に屈しました。アリスの裏に控えたるは、村の“綺麗所”20人ばかりです。
この者の“調教”が芳しくないときなど、“慰み”に丁度良いかと」
「うむ、うむうむ!!」
──“前世”にては、下剋上と尾張統一成るまでは形式上の上役だった斯波義統や織田信友にも面従腹背していたし、尾張国主となり天下統一に邁進してからも武田信玄、上杉謙信、果には志賀の陣に際して朝倉義景及び浅井長政と頭を下げた相手は実のところ数知れない。
スケィビィを気分良くさせることなど、信長からすれば朝飯前だ。
誇りや面目で降らぬ意地を張るほど、非合理なことはこの世にない。
この間にも信長は、アイリーンたちとの距離を詰め、ついにアイリーンの目の前までスケィビィを連れてくる。
──ナラーンら護衛のならず者たち50余名は、ナラーン自身が勤めてそうしているのもありこちらには全く近づいてこない。30メートルは離れており中には欠伸までかます者がいるなど油断しきっている。
「ささ、スケィビィ卿。この娘の身体が“傷物”になっていないこと、どうかその眼でお確かめを」
「───!」
接近を促す言葉。それは、アイリーンに事前に言い含めた、【魅了】発動の合図。
「う、うむ!ぐひ、ぐひひひひひ♡♡」
ふわりと広がる甘い香り。アイリーン自身の美貌と色香を強烈に後押しする、【魅了】のそれがスケィビィの──元より常人のそれよりはるかに乏しい──理性を焼き焦がす。
完全に興奮しきったスケィビィは、人目が、なんなら完全に他人である信長の眼が直ぐ側にあるにも関わらず、その場で組み伏せ、身体を貪ろうとアリスの着物に手をかけた。
─────その、瞬間。
「ほれっ」
「…………………………………………………え?」
トンッと、音がした。信長が、目にも止まらぬ早さで抜き打った“左文字”を振り切っている。
アイリーンの着物にかけられていた、スケィビィの両手が、手首から離れて地面にボトリと落ちた。