信長公記異世界録   作:日ノ本太郎の助

20 / 22
統治

織田信長という英傑を語る上で、評価の俎上に上がる要素は様々に存在する。

 

例えば、五大陸各地で歴史に名を刻む大魔法士たちと比較しても、遜色ない圧倒的な魔力量。

 

例えば、“転生”故の高い想像力と高魔力の合わせ技が織り成す、特に火炎魔法で顕著な驚異的な魔法の威力。

 

例えば、いざとなれば前線に自ら立って敵陣に斬り込み、幾多の騎士たちとも単身で渡り合える武勇とそれを助長する勇猛さ。

 

例えば、様々に革新的な政策を推し進める発想力と、他者の思想政略もよいと見れば吸収し自らの糧とする柔軟性。

 

無論、伝わる話を紐解く限り欠点もまた多く抱える人物であったことは間違いないだろう。

だが、それを補って余りある利点と魅力が人々を引きつけ、また当人に事を成させたからこそ、英雄とはただの一個人とならず英雄たらしめられる。

 

その上で、ことさらに信長を“英雄”たらしめた要素として、後世の多くの史書・資料が共通して指摘しているのは────

 

「おう、全員もう集めたか?」

 

「は、はい……。城に仕えていたメイド、使用人は皆、大広間に集まりましてございます。兵の皆様も、牢から解いて武具のみ取り上げた上で252名全員が」

 

「デ、アルカ。ご苦労」

 

───その万事につけて驚異的な“速度”と、無尽蔵と言われても信じられるほどの“体力”。

 

ヒノモト国史書【創国記】においては、1549年【清涼の月】21日………即ちクッショー城攻略の翌日には、早くも信長がエウロイ郡の統治者として精力的に動き始めていたことが記されている。

 

「ね、ねぇ信長、私は何をすればいいの?私、呼ばれたってあんな大人数にできること」

 

「あー、いい、いい。何もせんと、立っていれば構わん。それだけでお前は役割を果たす」

 

不安げなアイリーンからの問いかけに、信長は生返事に近い応答で雑に返しつつメイドに案内されて大広間へと続く扉を開ける。

かつてはスケィビィが座っていた玉座──ゴテゴテと無駄にくっついていた装飾と宝玉は全て昨日の内に引っ剥がさせた──までズカズカと歩み寄っていくと、即時その姿に大広間中の視線が集中した。

 

「あれが……」「あんなに若いのに……」「あ、ちょっとかっこいいじゃない?」「言ってる場合かよ」「関所をふっ飛ばしたって……」「何かの間違いだろ」「でもスケィビィとナラーンは本当に死んでた」「いやそもそもあの爆発はお前も観ただろ」「隣の女の人めっちゃ綺麗じゃないか?」「アンタ私というものがありながら……!」「ラルカ村のアイリーン殿か?」「あの男、銀冒険章持ちって本当かね?」「アイリーン様だで」「ノブナガ様と共になにかするだべか?」

 

「ち、ちょっと……信長……」

 

使用人、200余名。軍兵及び騎士、ナラーン一党を討ち残250余名。ラルカ村からついてきた連中50余名。大広間に集められたクッショー城の占めて500人余りの間で、石を投げ入れた水面に波紋を立てるが如くざわめきが広がる。

好奇、疑心、不安、期待、様々な感情を乗せた500人分の眼光を浴びせかけられ、アイリーンは益々萎縮しながらオロオロと信長に視線をやる。

 

「織田信長である!!!!」

 

───間髪を入れず放たれた、昨日の“降伏勧告”に勝るとも劣らぬ大音声。空気が塊となってたたきつけられたが如き衝撃に、一瞬でざわめきの声が消失した。

 

「主らが城勤めを続けたくば残れ!!辞したくば“組頭”を通じて申し伝えよ!!辞したき者は止めぬ!!

 

犯さんし、殺さんし、殴らん!!金も払う!!今後の俸禄についちゃ各“組頭”より追って沙汰する!!

 

“組頭”連中は後で執務室に順次呼び出すゆえ心構えを!!

 

ラルカの連中も、戻りたい者は戻れ!!残りたい者は残れ!!以上!!」

 

……言うだけのことを言うと、間近で大音声を聞かされ殆ど物理的な衝撃で放心しているアイリーンの腕を取り、そのまま踵を返して大広間を出ていってしまった。

 

扉が閉まった瞬間、蜂の巣をつついたようにざわめきが再開されたのが2人の耳に入る。

 

「え……えっ!?ねえあれで、あんなんでいいの!?もっとこう……降伏したクッショー城の人達を安心させるような言い方とか言葉とか」

 

「昨日の今日で長々語ってんなもん耳に入るかよ。よしんば耳に入ったとして、即座に信じられるものでもねえしな」

 

数歩歩いたところでようやく我に返ったアイリーンが、青ざめながら信長の袖を引く。が、信長はまるで動じず次は執務室へと歩を進める。

 

「全体で最も重要なことは伝えた。腹落ちにゃ時間もかかるだろうが、故にこそ逆に細かいことが分かるまでは一旦城からは出まいて。

 

さ、次はその“腹落ち”をさせる連中を説き伏せにゃあいかん」

 

 

 

 

執務室に着いた信長は、そのまま先程広間まで案内してくれたメイドを通じて“組頭”───メイド長や執事長、料理長、兵士たちなら小隊長など指導的な立場にある人員おおよそ30余名を呼び集める。

これらを順に室内に呼び入れて“面談”をしていくのだが………そこでも、難しい話は殆どしない。

 

「俸禄は、スケィビィ時代から各役職に応じて一律倍。仕事の内容は基本変えないが、特にメイドが“伽”などの奉仕をしていた場合以後はその役割は誰に対してのものでも免除とする。

 

納得がどうしてもできんなら、見舞金を渡すゆえ城を辞して良い。故郷に帰るも良し、近場で手に職をつけるも良しだ」

 

この内容を口頭で伝えた上で、その場で文面でも手渡して指揮下の者たちに流布するよう申し付け、質問が仮に向こうから出れば応える。大半は2、3の、多くても十言程度のやり取りで次々と“面談”がこなされていく。

 

「………気前がいいのはとてもノブナガ“様”らしいですが、こんなにポンポン金を出してもよいものでしょうか」

 

ちょうど10人目の面談が終わったところで、アイリーンと共に同席していたシャームが首を傾げる。彼とリナ、ルシア、そしてオグリビンは先の大広間での宣言の前……クッショー城の陥落が成った直後には今後も信長に着いていくことを明言しており、顔合わせも兼ねて同席を許されていた。

もうすでに、シャームも信長を“様”付けすることに何の抵抗感も抱いていないようだ。

 

「あのスケィビィのクソッタレが金を貯めていたとは思えませんし、俺は政治に疎いですけど、今までのアイツラの“徴税”の仕方を考えるとすぐに税が集まるとも思えません。余り使いすぎると、すぐに素寒貧になったりしないんですか?」

 

「ああ、お前さんの心配はある程度もっともだ。実際、スケィビィは他欲にゃ吝く我欲にゃ奔放の典型だった。搾り取った税の大半は、くだらねえ装飾と飯や女に注ぎ込んでいやがった。

 

ただ、今は“隗より始めよ”ってやつでな。先ずは城内の人心を安んじ、俺がスケィビィやナラーンとは根本から違うってことを内外に喧伝する必要がある」

 

「…………それに、倍に“してあげないと”いけないところもあるわよね」

 

アイリーンが、手元に置かれていた羊皮紙からいかにも“ドン引き”の風で目を細めつつ顔を上げる。

 

「この城の人達の昨日までの俸禄、帝都とかまともな地方の相場のそれこそ半分以下よ…?よくこんなところに仕えてたわね………」

 

「そりゃあ、これでも城の外よりはマシだからな」

 

アイリーンの表情と顔色がおかしくて押し殺した笑い声を上げつつ、信長はひらひらと掌を揺らす。

 

「城の外じゃスケィビィや他の連中に搾られ、攫われ、犯され、売られ、下手すりゃ殺される。

 

だが圧政暴政を“為す”側の懐に入っちまえば、最低限度飯は食えるし、殺されずに済むし、男どもは何なら“お溢れ”に預かる機会も出てくる。

女衆にしろ、食うには困らない上で抱かれる機会もかえって抑えられ、気に入られ方によっては自分自身の“実入り”もよくなり家族や故郷の待遇を良くすることさえできる。

 

クソ野郎の元なのに、ってわけじゃない。クソ野郎の元だからこそ、その懐は需要がある場合も出てくる」

 

飯も栄誉も失った人間は、何にでも縋る──クッショー城の昨日までの有り様もまた、信長の持つこの哲学のある種の例示といえる。

 

………そういう意味では、信長はスケィビィに感謝すらしていた。なにせ“人並みの待遇”をするだけで彼らは次の為政者に心服し、エウロイ郡という地が荒れ果てている以上城の外にでるという選択肢も自然と消えるのだから。

 

「おしアイリーン、次を呼べ」

 

「ええ、わかったわ」

 

しかし無論、そんな内心は微塵も悟らせぬまま、信長は淡々と事務的に“再雇用”を勧めていく。

 

 

 

 

ほんの半刻程で“面談”は大詰めを迎え、残すところは後2人。

 

「───おう」

 

最初の1人が入ってきた瞬間、信長の口元は新夜の三日月のごとく釣り上がった。

 

「是非とも逢いたかったのだ、お主には。クシャロー家家宰、マギィよ」

 

「それは、光栄なことです」

 

信長からの視線と言葉を受けても、その男──マギィは冷静さを僅かたりとも崩さない。ぴしっと背筋を伸ばし、柔和な瞳で、しかし真っ直ぐに信長の眼光を見つめ返す。

年の頃は、ラッセル・バーナードよりもう何歳か上だろうか。白髪がわずかに混じり始めた髪をきっちりと七三で整え、ヒゲもラッセルとはまた別方向の几帳面さで左右均等に流し、伸ばしている。ひょろりと高い背は、線の細さも併せて柳の木も思わせる。

 

「正直な、俺ぁスケィビィの野郎の懐事情にゃこれっぽっちも期待しちゃいなかった。あいつ自身の私財は“私財”としてはそれなりだろうが、結局あの浪費具合じゃ統治を回せるほどの額になるとは思えない。当然郡庫なんざすっからかんだろうなと。

 

故に俺は、税収の安定をたて付けるまでは奴さんの買い漁った無駄遣いの群れを売り払って足しにしつつ、ちょいと中央に出て商人連中を脅しつけて無理やり借用し、しかる後統治の整備に動く……ぐらいの手間は覚悟してたんだ。ところがどっこい」

 

ドサッと音を立てて、分厚い羊皮紙の束が信長の手から机に投げ落とされる。

 

「昨晩の内に帳簿を見せてもらった。表じゃなくて、お前さんが真っ先に俺に献上した“裏”のやつをな。

 

あのカスのもとでよくもこんなに貯め込んだものだ。まさに表向きはスケィビィ自身の私財として、唸るほどの金貨銀貨銅貨が蓄えてある。しかもご丁寧に、書類上は郡内の民草から余分に搾り取ったことにして、だ」

 

「スケィビィ卿は、幸い真贋を見定められるほどの眼力をお持ちでありませんでしたから」

 

信長の言葉に、マギィはスルリと髭を撫でながら恭しく礼をする。

 

「食費、装飾品、宝物………密かに削ることができる場所は可能な限り削らせていただきました。あの方はひとまず、女を抱かせ飯を食わせておけば他事への関心を大いに下げられました故」

 

「それであの額を貯め込める胆力と手腕、なかなかのものよな。して、あの金は何に使うつもりだった?」

 

「スケィビィ卿のあのような治世、長く続くものではありません。帝国が統一事業を終えて外征が落ち着いた際に中央から手入れが入るか、先に民の暴発を受けて打ち殺さられか、何れにせよ碌な末路にはなるまいと元より思っていました。

 

………とはいえ、私もその暴政をまるで直接諌め、止める勇気はないまま、どれほど言い訳しようともお仕えし始めた5年前から傍観者でいたことは事実。故に、スケィビィ卿の治世終わりしとき、その後を請け負った方の“足し”になればと今日まで続けてまいりました」

 

そこまで語ると、マギィは首を自ら差し出すようにしてスッと頭を垂れた。

 

「真意がどうあれ、私がしたことは公費の着服。帝国法に基づけば、ギロチンが相当刑となります。覚悟はできております故どうz」

 

「銀貨8000枚」

 

「………は?」

 

「聞こえなんだか?銀貨8000枚。今後のお主の俸禄だ」

 

思わぬ一言に、聞き間違いかとマギィが顔を上げる。だが信長は、真顔で再度同じ内容をより詳しく告げる。

 

貨幣の質にもよるが、基本的に銅貨8枚で銀貨1枚と、銀貨20枚で金貨1枚と交換される。農夫1人の平均的な年収が銀貨1000枚前後、帝都で働くような腕の良い鍛冶職人や服飾士が銀貨3500枚程度と言われる中で、マギィに信長が提示した額は破格も破格だ。

 

「この銀8000を月毎にできるだけ均等に分けて支払う。働き著しき場合さらなる報奨は別でくれてやる」

 

「お、お待ちください!私は帝国に対して罪を犯した身!」

 

「罪?お前がいつ罪を犯した」

 

マギィの訴えに、信長はわざとらしく首を傾げる。

 

「家宰・マギィは、スケィビィが“法外の税徴収”にて不当に民からうばった財をいつか帝国に返すために取り上げていたに過ぎない。寧ろ、世の家宰すべてが見習うべき模範の行い。

 

おかげで俺は、荒み乱れたエウロイを建て直すに刻を無駄にせず済んだ。

 

その働き、実に見事。報いこそすれ、罰するなどあってなるものかよ」

 

「……………私が、私腹を肥やしていたことを隠すために演技をしていた、とは考えないのですか?ノブナガ様と私は、会って一日にも満たぬ筈ですが」

 

「会って一日だろうが十年だろうが四半刻だろうが、俺にはこの帳簿1つでお主を雇う万の理由を述べられる」

 

信じられないものを見るような表情で首を振るマギィに向かって、信長は不敵に笑いつつ帳簿の束を拳でトンっと叩いた。

 

「マギィ、以上の俸禄にて“織田家家宰”を引き続き命じる。納得できぬなら去るもよし。──直接は救えなかったエウロイの民にもし引け目があると言うなら、なおのことこの信長のもとで功を立て、国を肥やせ。ウジウジと官を辞して死を選ぶ何倍も、良き償いになるぞ」

 

「…………………。謹んで、承りまする」

 

 

 

 

 

 

「ふんっ」

 

「…………………………」

 

最後の一人──ラッセル・バーナードは、自らに縄をかけて配下に引かせつつ信長の前に現れた。

信長はその縄を、執務室に入ってきたラッセルが眼前に跪くとほぼ同時に“左文字”を抜き放って切り落とす。

 

「斬って捨てていただきたくこの場に出頭しましたが、アテが外れたようですな」

 

「ああ、まぁツマラン真似をされて大いに興は削がれたがな」

 

縄の残骸を払いながら見上げてくるラッセルに向かって、信長は不快げに鼻を鳴らす。

 

「俺は元より才ある者を好むが、今の俺にとっては仮に無能でも最低限の仕事がこなせるなら今すぐ欲しいぐらいだ。

 

そんな急場にあって、まさに“才ある者”に死にたがられては腹の1つも立つ」

 

「買いかぶりすぎでしょう。私は“都落ち”の騎士であり、この地にてもスケィビィ如きさえ止められませんでした」

 

「お前の自己評価など知ったことか。俺がラッセル・バーナードの才覚を評価し、俺が生かすと決めた。

 

この信長にとっては、それ以上もそれ以下もない」

 

“左文字”の柄頭をラッセルの顎の下に滑り込ませ、強引に持ち上げる。

 

あの最初の会談の時にも眼にした、煮えたぎるような野望に爛と輝く瞳が、ラッセルを射抜く。

 

「ラッセル・バーナード。スケィビィ・クシャローの暴政を見過ごし、間接的に民を虐げた罪、確かに許しがたし。なれどその後、城内に蔓延る“不逞の輩”尽く討ち平らげ、クッショー城を無事なまま俺に託した功、この罪減じて余りある大手柄なり。

 

よって、俸禄も立場も据え置きといたす。

 

………次に“死ぬべき罪”を背負うまでは、その命信長に預けよ。よいな?」

 

「……………………伏して、承りましてございます」

 

ラッセルと、マギィ。アイリーンらに続きこの両名を臣下に迎えたことは、この当時の信長にとってかくも得難き幸運であった。マギィについて信長は後年、度々「サダカツに勝るとも劣らぬ能吏を再度得られたこと、望外の喜びである」と語っていたと伝わる。

 

そして、ラッセル・バーナード。

後に“小麦のラッセル”の異名を取り、ヒノモト四天王にその名を数えられることになる名将。

 

信長の大胆不敵な旧クシャロー家人員吸収政策と徹底的な能力主義は、その初動で飛躍の礎を取り込むことに繋がっていたのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────そして、夕刻。

 

「ノブナガ様、オグリビンの組とリナの組が砦の退路を断ちました!敵勢の包囲、完了しています!!」

 

「ルシア、準備万端だ!暴れるぞー!!」

 

「ククク………デ、アルカ」

 

史書【創国記】によれば、ラッセルらとの“面談”を終えた信長は、この日の締めくくりになんと兵100余を率いての出陣までしている。

 

目的は、城の近郊に長らく放置されていた賊集団の拠点の攻略。スケィビィとつるんで利益を享受し、ナラーンの事実上の配下でもあった一党、凡そ70人ほどを討伐せんとするものであったと伝わる。

 

「ほんじゃま………とっとと片付けにゃあなぁ!!」

 

戦そのものの展開に、特筆すべきものはない。攻撃開始初頭に信長が膨大な魔力を以て大規模な火炎魔法を発動、砦を丸ごと呑み込んだ。紅蓮の炎に包まれた砦内は即座に地獄絵図となり、その時点で賊集団の半数近くが焼け死んだ。

 

「あちい、あちいよぉ!!」

 

「助けてくれ、降伏する!!命は、命だけは……!!」

 

「敵勢、壊乱状態にて逃げ出てまいりました!!」

 

「よぉし♪」

 

その後は、包囲していた部隊が残党を討ち取り勝利。ものの半刻と経たずに決した、史書にも僅か数行で書かれ名前すらついていない小規模な合戦。

 

ただ、【創国記】によれば。信長はこの戦にて、参戦した者たちに指示を飛ばす際に、

 

「撫で斬りぞ、根斬りぞ!!1人たりとも逃がすでない!!」

 

「「「おおおおおおぅ!!!!」」」

 

初めて、“撫で斬り”という言葉を用いたと記される。

 

撫で斬り。信長は敵勢力や集団の“完全な殲滅”を、老若男女を問わぬ徹底的な殺戮を命じる際に決まってその言葉を発した。

 

「うぎゃあああああ!!?」

 

「やめてくれ、やめてくれぇ………頼む、なんでだ……降るって言って……」

 

「ああ、すまん。お主らの命など俺はいらん故な」

 

織田信長は、有用とみれば身分が低かろうとも敵対的な存在であろうとも人格に難があろうとも、その能力を純粋に評価し重く用いた。また道義については度外視したわけではなく、寧ろ自身が高い関心を持った相手には誠実に、信長なりの礼を以て応じた。

 

………ただ信長は、能がなく礼を持つにも能わぬと評した相手に対しては、その敵味方を問わずどこまでも冷酷だった。

そして彼の突き詰められた合理性は、そうした相手を“撫で斬り”にすることによって、そこに政治的な付加価値を着けることをしばしば選択した。

 

「───うぎっ」

 

「お主らの無惨な死は、四方の賊徒たちや村落市街に瞬く間に広まろう。さすれば多少なりとも分別のある者共は自ら降り、跳ねっ返り共も命には変えられぬと勝手に逃げていく。民たちはこの信長の容赦なきやり方に恐れて税を自ら治め、また賊や魔物の跋扈が治まると信じて土地から離れるのをやめる。

 

お主らは、死んで初めて価値が出るのだ。故に──この信長のために死ねぃ!!」

 

「ぎゃっ………」

 

この“撫で斬り”もまた、「そう」であった。

 

スケィビィ・クシャローを討ち、クッショー城の新たな主となった男が、その旧家臣団を残らず飲み込んだ。さらにはその日の内に、ナラーンの残党を皆殺しにしてみせた──この報せはエウロイ郡のみならずスータント地方全土に野火のごとく広がっていき、一躍ノブナガ・オダの存在を近隣各地に知らしめたのである。

 

結果、エウロイ郡の治安回復と各村落・各市街による信長への帰順が急速に進み、その統治範囲を瞬く間に広げていくことになった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。