信長公記異世界録   作:日ノ本太郎の助

21 / 22
募兵

共暦1549年【清涼の月】27日。クッショー城の陥落から、丁度一週間が経つ。

 

翌21日に信長が行った、“撫で斬り”の効果は絶大であった。スケィビィ及びナラーン一党がたった2日で根絶やしにされたという事実は目論見通りあっという間に広がり、翌日の昼までには近隣の村々や市街で童に至るまで知るところとなった。

此度の支配者は何かが違うと感じ取った各地の長たちは続々とクッショー城を目指し、その動きがまた別の村や市に“新たな為政者”の噂話をもたらしていく。

 

この日までに、信長のもとに協力や恭順を申し出たは、村7つに市町2つ。賊徒集団の降伏申し出や食い詰めていた冒険者パーティーからの雇入れ志願もぼちぼち届き始めている。この速度なら、エウロイ郡の掌握が名実共に成るも間もなくのことだろう。

 

───だが、エウロイ郡どころかスータントの統一さえ通過点の信長にとって、それは別段一喜一憂するほどのことではない。

自身の名声をより広く確固たるものにすべく、恭順の流れをさらに加速させるべく、信長は自ら先頭に立ち近隣の賊徒鎮圧や魔物の討滅へ毎日のように小規模な出兵を繰り返していた。

 

 

 

『『『『ぎゃきききききききっ!!!』』』』

 

「信長、来たわ!!」

 

「おう」

 

この日の出兵もまた、その一環にあたる。目的は、長らく放置されて規模が肥大化し、根絶やし以外での収拾がつかなくなったゴブリンの巣の討滅。

 

『ギィっ、ギギギギギギ』

 

「おーおー、すっかり【魅了】にかかっていきり立っとるなぁ」

 

ゴブリン。緑色のゴツゴツとした表皮ととがった耳、ひょろりと伸びた長い手足、ぎょろりと飛び出した黄色い瞳という醜悪な外観が特徴で、通常種の場合身の丈は生体でも4尺と少々。

異種族間繁殖を可能とするほど高い生殖能力を持ち、単体だと女子供と互角程度の膂力しかなく脅威度は低い。

 

だが魔物の中ではかなり知恵が回る種族であり、自分たちの脆弱さをよく理解して単体で動き回ることは極めて稀。特に自分たちの縄張り内に踏み込まれた場合、囮役を用いた簡易な野臥戦法に始まり巣穴の中に袋小路を作っての誘引包囲、夜襲、罠の設置など人間顔負けの多様な戦術で激しい抵抗を見せる。

一見はただの雑魚だが、気を抜くとたちまち汎ゆる意味で“食い物”にされるという点から、一定規模以上の群れや巣穴の討伐は冒険者たちにとっての登竜門と見られることが多い。

 

今回討伐の対象となった巣穴、ねぐらとしている群れの規模は推定500体強。本来なら、既に冒険者数人の手に負えるものではない。銀冒険章持ち以上が率いる高練度のパーティでもない限り冒険者ギルドが丸ごと対応するか、さもなければ帝国の地方駐屯軍が魔法師随伴要請の上で出動する案件である。

 

「ほれ」

 

『『『『ぐぎゃあああっ!!!?』』』』

 

だが………そこはそれ。此度の手勢を率いるは、まさに最年少銀冒険章所持者にして“二度目の下天”を謳歌中の第六天魔王。

 

『げっ、げっげっ……!』

『ぐほっ、ごへぇっ………!』

『げほっ、ごほおぅ……』

 

すり鉢状になっている巣穴の入口が風下であるタイミングを見計らい、アイリーンによる【魅了】魔法を発動。蠱惑的な“匂い”に誘われて数十体のゴブリンたちがわんさかと巣穴から飛び出してくると、すかさず信長は火炎魔法を発動して巨大な火玉を群れのド真ん中で炸裂させる。

吹き飛ばされたゴブリンたちの死体がそのまま“薪”となり、湧き出した煙が巣穴に大量に流入していく。

 

「弓衆、放てぇい!!」

 

『ぐぎっ!?』『ぎぁあっ!!』『ぎへぁっ……』

 

【魅了】が届かなかった個体が次々と燻し出されてくると、その頭上に弓兵20名が雨のごとく矢を降らせる。煙のせいで視界も効かず、呼吸もままならず、命からがら出てきたところで矢嵐に襲われたとあれば、すばしこく狡猾なゴブリンと言えど手も足も出ない。

おまけに矢に射抜かれて巣穴の近くに転げ落ちれば、燃え盛る死体の山に新たに“薪”が加わり益々火勢が強くなる。

 

「うぷっ………」

 

「槍衆、剣撃衆、かかれぇい!!」

 

「「「おぉおおうっ!!!」」」

 

ゴブリンたちの屍が焼ける匂いにアイリーンが顔を青ざめさせる中、信長は冷静に燻しだされるゴブリンの数の変化を観察する。その数がいよいよ疎らになってきたところで、白兵戦力を前に押し出す。

 

『うぎぃっ!?』『ひぎゃっ………』

 

ラルカ村の住人たちと元スケィビィ配下を半々で織り交ぜた槍隊20名が、穂先を振り下ろして逃げ惑うゴブリンたちを突き転がす。

槍襖を縫って逃走を図る個体には、この日までに帰順してきた冒険者たちで構成された剣士隊10名が追いすがり斬り伏せていく。

 

「………お。弓衆、撃ち方やめ!撃ち方やめぇい!!」

 

システマティックな殺戮は、おおよそ半刻程続いた。巣穴から出てくるゴブリンが完全に途絶えたことに気づき、信長は弓隊に向かって声を張り上げる。

 

かくして500体にも及ぶゴブリンの群れは、信長指揮下の50名によってなす術なく殲滅されたのであった。

 

 

 

 

 

 

「…………正直、ゴブリンに同情する日が来るなんて思いもしなかった」

 

討伐を終え、クッショー城へと帰還する道中。信長に抱えられて馬上で揺られつつ、アイリーンは未だ青ざめた顔のままげんなりと首を振る。

 

「確かに単体の魔物としては最下級種だけど、あんなに大きな巣穴なら普通は正面攻略には最低でも150は人数が必要な筈よ。それをその1/3で、しかも素人も混じってる状態で殲滅するなんて……なんなら、そこに私自身が参加したというのさえ未だに信じられないわ」

 

「なぁに、あの程度易い易い。伊勢長島の時なんざ、兵糧攻めで城方を散々弱らせた後降伏の使者として出てきた下間頼旦めを撃ち抜き、怒り狂った坊主共を誘き出して」

 

「ああ、その、もういいわ信長。私貴方を好きになるつもりはないけど、かといって今後のことを考えると必要以上に嫌いたいとは思わないの」

 

「クカカ、デ、アルカ」

 

“前世”の凄惨極まる体験談を本気で嫌がるアイリーンの姿に奇妙なおかしみを覚えて笑い声を上げつつ、その視線を自らの騎馬のすぐ横に転じる。

 

「して、此度の働き実に見事であったな“ニンジン”よ」

 

「お褒め預かり、恐悦至極にございます」

 

ニンジンと呼ばれた男───今回のゴブリン討伐で剣撃衆に組み込まれていた元冒険者、ボイヤ・ミッドウェルは静かに頭を下げる。

 

「ちょっと信長、だから失礼よ貴方……」

 

アイリーンは顔をしかめて窘めるが………その風貌、確かに“ニンジン”は言い得て妙。顔は上下に面長で、顎はキリのように細く、逆に前頭部はやや盛り上がりカクテルグラスのように広がっている。

みょんと左右に伸びたヒゲが波打つ様子もどこか形状が“葉”と似ており、これで橙のペンキでも頭から被ろうものならまさしくニンジンに目鼻をつけたが如き容貌である。

 

尤も、信長としては別段小馬鹿にした思いからボイヤをそう呼ぶわけではない。

因果と言うか、順序が“逆”だ。

 

「今のゴブリン討伐、首級を自ら20以上も上げたのみならず、剣撃衆をよく取りまとめ一匹たりとも討ち漏らさぬ手腕実に見事。いち早くの我が手勢への加入と併せ、称賛に値する」

 

信長が“撫で斬り”を行った後、臣従の一番乗りを果たしたのは実はどこの村でも市でもなく、ボイヤと彼に率いられた冒険者パーティ4人であった。彼は財を叩いて馬を買うと翌日の昼にはわざわざ2つ離れた郡からパーティメンバーを率いて信長の下へはせ参じ、銀冒険章の返上とパーティの解散を申告した上で信長の兵として仕えることを申し出たのだ。

 

機を見るに敏の脚の軽さ、元銀冒険章持ちという実力、2郡も離れていながらこの速度で信長に関する情報を仕入れられる洞察力、組んでいた他の冒険者たちもボイヤの判断に疑問なく倣う統率。

この時点で、既に信長がボイヤを評価するには十分な材料が揃っている。

 

「ニンジン、明日から主は剣撃衆の組頭の1人だ。下にラルカ村や元スケィビィ兵の中で筋がいい連中を十人ばかり着ける、好きに育てろ。俸禄も役持ちとして新たに沙汰する」

 

「………はっ、謹んで承りまする」

 

その上で先のゴブリン討伐における見事な働き、名に実が備わっていることは十分に理解できた。

故にボイヤは、手っ取り早く“ニンジン”として信長の記憶に刻まれたのである。

 

他にも、ナラーン・ズンモンの手合いを嫌って官を辞して下野していた跳ねっ返りのジェルム・ガードナー、ラッセル同様武断派と魔導派の政争に巻き込まれて左遷され、失意のまま病と称し事実上隠遁していたモーサン・サヴィン等、スータント地方内で在野として燻っていた人材が徐々に信長の噂を聞いてその麾下に集まりつつある。

 

(ここにラッセルや、未だ年若いがシャームやリナも加えれば将はそれなりだ。………後は、兵だな)

 

そのように思考を巡らせていた矢先、視線の先に飯炊きの煙を立ち上らせる村が見えた。

 

自然、信長は手綱を引き、馬首をそちらへと向ける。

 

 

 

 

 

 

 

「兵の、徴募でございやすか?」

 

「おう」

 

エンガーオ村。つい一昨日信長に帰順したばかりの、ラルカ村よりは多少マシ程度の寒村。

そこに住まう400余名を尽く広場に集めたうえで、信長は「兵の志願」を求めた。

 

「その、ノブナガ様……ノブナガ様がスケィビィの野郎をとっちめて、大いに税を下げてくれたこと村の一同が深く感謝しております」

 

村長が恐る恐るといった風に申し出る。……まぁ下げたと言っても五公五民なのだが、スケィビィのもとの税率が八公二民という馬鹿げた比率だったため事実は事実だ。

 

「しかしながら、ノブナガ様の統治が始まってからまだ一週間程度で兵役というのは………い、戦が近いんでごぜえやすか?」

 

「まぁ近いと言えば近いな。いつかまでは断言できんが、俺は少なくともこの一月の内に起きると踏んでいる。

 

──だが、此度の募兵はそこが目的ではない」

 

信長は、村人達を鋭い眼光で見回し、言葉を続ける。

 

「此度志願した奴らには、以後“俺の軍”に加わり続けてもらう。村に戻ることは基本ねぇ。鍬を槍や剣に持ち替え、常に戦に備えてもらう」

 

「はぁ!?」「な、何を言ってるだべか……?!」「そんなこと、できるわけなか……」

 

「ち、ちょっと、信長……!」

 

村人たちが一気にざわめき、隣に立つアイリーンも慌てて信長の袖を掴む。

 

「貴方、何を無茶苦茶なこと言ってるのよ……!村の人達には畑仕事があるのよ!?税を収めるにも、食べていくにも、小麦や野菜を作ったり家畜を育てないと始まらないわ!!なのに、男手をずっと徴兵なんてされたら、村が立ち行かなくなるわよ………!」

 

(……………ちと、急いたか)

 

村人たちの動揺とアイリーンの焦燥に、信長は珍しく困り顔を浮かべて頭を掻く。

 

アイリーンの言う通り、農民兵を年中維持し続けるなど到底無理難題だ。兵糧や武具防具騎馬などのコストがどうのという話以前に、そうした諸々を支える生産人口自体の大幅な減少を招く。小麦、米、作物、家畜、これらを作るものがいなくなれば、軍も民も為政者も皆が飢える。

 

無論、信長とてその事を重々理解している。その上で、だからこそ信長は“志願”を募ったわけだが……。

 

(まぁ、これは俺がよう説明せなんだのが悪いにゃあ)

 

一先ずは、落ち着かせねばならん。そう、ため息とともに口を開こうとした矢先。

 

「あいやしばらく!!しばらく、しばらく!!!」

 

大音声が。信長でさえ一瞬目を見開くほどの、大音声が辺りに響く。

 

「皆の衆、しばらく、しばらく!!ちょいと通してくださりませ!!」

 

ズイズイと、村人達をかき分けながら声の主は前へと進み出る。髪をボサボサと好き放題に伸ばしたうえで荒縄で背中に括ったその小柄な男は、最前列まで進み出ると、信長の眼前にドカンと腰を下ろし一度深々と頭を下げる。

 

「ノブナガ・オダ様、このような村にお越しいただき、此度お目にかかれたことまっこと光栄!!

 

お話を中断したる無礼、平に平にお許しくださいませ!!」

 

そこまで語ったところで、バッと男が顔を上げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「某、エンガーオ村が農民、ヒディと申します!!以後、お見知りおきの程を!!!」

 

その風貌は───まるで、“猿”のようであった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。