その風貌、まことに異様という他ない。
般若像の如く釣り上がって深く生い茂る眉毛に、物理的に常人よりやや長い鼻の下。耳も大きく耳たぶは肩まで垂れ下がり、顔全体が少し前に突き出すように傾斜している。
ギョロリと大きな瞳は眼力凄まじく、しばらく睨んでいれば甲冑に穴を空けられるのではと錯覚してしまうほどだ。
衣服から露出する腕や脚も、濃くザラザラとした体毛に覆われ遠くから見ると肌の色そのものが黒い様にすら見えるほど。
まさに、猿というより他にない。信長自身、ここまで猿に似た人間を見たのは前世も含めて………“二人目”だ。
ただし、猿としての趣がことなる。“あちら”が時にハゲネズミなどと呼ばれていたやや貧相な男であったのに対し、目の前のこの男は身の丈こそやや小柄であれ体躯はかなりガッチリとしており、腕も足も太くしっかりと筋肉がついていて機敏さと力強さを感じさせる。
眼力の強さに代表されるように、顔立ちもどこか逞しい。
言うなれば、大猿。唐天竺の物語に出てくる妖猿や、日の本の山の神の遣いとしての猿を思わせる荒々しさと力強さが感じられる。
「…………ヒディ、と申したか。よい、思う所あるならば述べてみよ」
「はっ、されば恐れながら!!」
「…………んっ、んっ!」
しかしながら、いざ声を上げればその声色はしかと齢十半ばの青年の甲高さなのでだいぶん“落差”がある。先にボイヤの容姿を揶揄するような信長を諌めた手前自分が笑うわけにはいかないと、アイリーンは咳払いで慌ててごまかした。
「まず、次の戦が近いというノブナガ様の言、まっこと正しいかと存じます!スケィビィ討たれ村人一同あのクソったれからの無理難題より解放されたと言えど、周辺の連中も皆ことごとくバカでアホ!
特に隣郡、シャブトゥンを治めるブッヒル・ピグレルトはこれ強欲好色!スケィビィとはようつるんではおれど、スケィビィに勝るとも劣らずアイリーン様に欲情していたかの者はすぐにアイリーン様の元へ動くことができるスケィビィを妬んでいた節すらございます!
大変失礼、スケィビィがやつから見ての“無頼漢”に討たれたとあれば、それを大義名分に兵を起こすこれ必定なり!!なにせその無頼漢をぶちのめせば自分がアイリーン様を手に入れられるのだから!!
……というのが、ノブナガ様の鋭きご懸念であるかと」
「…!ほう」
ヒディを見る信長の視線が、俄然興味に彩られる。
言葉それ自体の正しさもあるが、それ以上にその“語り口”だ。朗々と、琵琶法師や吟遊詩人が物語を語るような軽快な拍子で朗々と、ハキハキと、そしてなるべく解りやすい単語を羅列して語られる言葉は、明らかに信長ではなく“周囲の村人”に聞かせることを主眼としている。
(こやつ、我が胸の内を“訳す”ことを買って出寄ったか)
信長を“無頼漢”呼ばわりする際に、先回って謝罪を差し込む心配りも小憎らしい。こんな事をされてしまえば、信長としても話を聞かぬという選択肢は霧散する。
「主の言い分、正しい。続けよ」
「ありがたき幸せ!
ブッヒルなどノブナガ様のお強さあれば容易く討てるでしょう、アイリーン様の色香に惑わされノコノコやってきたならば、バッタバッタと敵兵なぎ倒しあっという間に焼豚にされること間違いなし!……ではありますが、まず兵が少なくば向こうはノブナガ様を侮り、流石にノブナガ様単騎となると敵軍塵芥にするとしても些か時間がかかっちまいます。
何より、ブッヒルまで伸されたとあれば、北方四子爵の残る二人、クズンとバカーモ流石に黙らず!!わんさか兵隊集めて押し寄せてくるはずですから、そこへの備えも考えれば頭数必定なり!
故に、そこに向けての“備え”として───兵の“徴募”ではなく、“志願”と申したのではないか!
男衆を兵役で集めるのではなく、騎士様や御城の付き人がそうなさるように、俸禄を常に与え“戦の付き人”を作らんとする!!
そう、愚考いたす次第!!」
(こやつ────!!)
ゾクリ。信長の背に、氷を突然滑り込まされたかのような感覚が走る。
このヒディなる男、単に近隣情勢や信長が兵を“今”欲する意味を理解しているどころではない。
兵農分離───信長がその“先”へ向けて目指すものを、この短いあいだで、それも誰も気づけなかったあの短い言葉の中で概念として既に理解している。
「ど、どういうことだべか……?」
「村長、今まではお貴族様や国主さまが軍を起こしたら、村は“義務”として兵隊になるモンを送ってただろ?当然男衆の頭数揃えようとしたら、長男だ次男だ言ってらんね、足腰立たねえ病人やじーさん以外根こそぎ槍持たせるしかなかった。
だが、ノブナガ様がおっしゃる“雇入れ”で兵が集まれば、そもそも百姓農民を戦のために集める必要がなくなるんだ。なんせ、常にノブナガ様のお手元で、ノブナガ様に付き従える兵がわんさかいるからな。
ノブナガ様は逐一徴兵の触れを出し集まるのを待つ必要がなくなる、俺達は男衆を戦の度に必要以上に取られずに済む!お互いにとっていいことだ!
ましてや、どの村も町も市も、この8年間ですっかり人の数が減っとるからな!」
返答は村長と村人たちに向けられつつ、ヒディのその力強い眼は信長に向けられ続けている。
……いや、続けてはいない。たまにちらちらとアイリーンに逸れている。まぁ、その辺りは信長としても同じ“ヒトのオス”故機微は理解するが、にしても露骨だ。
「だども、男手をずーーっと取られ続けちまうのは……」
「例えばだ村長、オラぁお父もお母も流行り病でおっ死んじまって、天涯孤独だ。一応畑はあっけども、継ぐ子供もこの男ぶりじゃできると思わねえだ」
「アンタが助平なのは村中にばれてるしね!アハハハ!」
「あ、アイリーン様とノブナガ様の眼の前でなんてこと言うんだ!!」
村女の一人のからかいにヒディが慌て、笑い声が広まって一時に緊張がほぐれる。その暖かな雰囲気が、このヒディなる男が村でどのような立ち位置にあったかを物語る。
「ま、まぁとにかく!オラみたいな天涯孤独以外にも、“あぶれもん”ってのはそれなりにいるだ。
喧嘩っ早くて浮いてるやつ、次男坊三男坊で家が継げなくて下働きばっかさせられてるやつ、単純にもっと金を稼ぎてえやつ………そういう奴らがノブナガ様のもとに集まって自分から兵に身を置けば、村もさほどは困らねえし行き場がなかった連中が野盗なんぞに身を落とすこともなくなる!
何より、ノブナガ様が負けちまったら結局スケィビィが治めてんのと変わらなくなっちまうでよ!今がお力の貸しどころだで!
それに信長様は御城の執事長だったマギィさんに銀8000を俸禄で出しとる!だとしたら、兵としてもかなりの金がもらえるで!」
「銀8000か…!」「まぁいきなりそこまでもらえるとは思えねが、そんなもらえたら、確かに食うにゃ困らねえど……!」「年貢がなくなるって考えりゃ、銀1000だって十分すぎらぁ…!仕送りすらできるでよ……!」
「………ふっ」
思わず、内心で歓喜に打ち震える。
エンガーオ村に来た意味は、さしてない。本当にたまたま、目に入ったから立ち寄っただけだ。
だがその結果……まさにかつての“猿”に勝るとも劣らぬ逸材を見つけることができようとは。
「てなわけでノブナガ様!先ずはこのヒディ、ノブナガ様の“志願”に一番乗りdうきぃっ!?」
信長が、馬の鞍から無造作に貨幣が詰まった袋を2つヒディの前に放り出す。ドスンっと明らかに尋常ならざる重さの音に、本当に猿のような声を上げてヒディが飛び上がった。
「銀二万、支度金だ」
「にまっ……!!?」
元は、“見せ金”として募兵の餌とすべく持ってきたもの。それを、惜しげもなく全てヒディに与える。
「ヒディと申したな。城にて待つ、準備が終わったら来い。その金は主に与えたゆえ好きに使え」
「え、ちょ、ま、お待ち、お待ちくだ……!」
それだけ言い置くと、アイリーンをともなってひらりと馬上に舞い戻り、大わらわとなったエンガーオ村を背に兵を連れて走り去っていく。
「ちょっと、ねぇ……あんな大金本当にぽんっ!とあげちゃってよかったの?」
信長の腕の中で、物を放り投げる仕草をしながらアイリーンが不安げに首を傾げる。
「あのヒディさんって人が、ものすごく頭がよさそうなのは解るわ。信長が欲しがるのだって理解できる。だとしても、郡庫が決して豊かじゃない中であんなお金を渡しちゃうのは……」
「何、仮に持ち逃げするような小物であったなら、この信長の見る目がなかっただけのことよ」
片手で手綱を握り、片手でなだめるようにアイリーンの頭を(本人が顔を赤らめて嫌がるのを無視して)撫でつつ、そう語る。───だがその瞳は、ヒディが必ずや自身のもとに馳せ参じると確信していた。
「だが、この世界における“藤吉郎”を雇えるのであれば、銀二万など賭け金として妥当よ。
さて、あやつが俺の期待に応えるか、見ものであるな」
数日後、信長の期待は大きく裏切られた。
ただし、遥か“上方”に。
「…………………ヒディ」
「は!!」
月が跨ぎ、共暦1549年【豊穣の月】1日の朝。
200近い集団がこちらに進んでくる、敵襲かもしれぬと城中が大騒ぎになる中、報を受けた信長もまた城壁上からその集団を目にした。
そして、その先頭を往く者──ヒディを目にした瞬間、殆ど飛び降りるようにして階段を駆け下り、城門の前でシャーム、アイリーン、ボイヤを伴い集団を出迎えて今に至る。
「その者らは、なんだ?」
「はっ!我がエンガーオ村及び、近隣の村3つより集わせましたる、志願兵211名にあいなりまする!!」
怪訝な顔で尋ねる信長に向かって、ヒディはいっそ小憎らしくなるほどの済まし顔で答えた。
「銀二万、いただきはしたものの某天涯孤独の身故、なかなかに使い道なく、どうせならノブナガ様のお役に立ちとうてそのように使わせていただきました!
先の銀二万、ノブナガ様の一の領であるスータント全域への支度金であると受け取り!一先ずは未だノブナガ様に服属ならざるであった隣村3つそれぞれに5000ずつ分け与え、先日のノブナガ様のお言葉お伝えした次第!するとノブナガ様の御威光皆よく理解し、服属の申し出と合わせてあれよあれよと兵が集まったのでございます!!
またノブナガ様のもとには、ラルカ村のリナ殿なる方の下女衆も戦に参加していると聞き及びました故、内30ほど腕っぷしや手先、体のキレに自信のあるおなごもつれてまいりました!!
これら、某を加えた志願兵200余名と、新たにトンナリ村、チッセ村、カザーミ村のノブナガ様への服属、ひらに馳走いたしまする!!!」
「………………フハハハハハハハハハハ!!!!」
今度こそ、信長は城内にまで響き渡るほどの高笑いを上げてしまった。
銀二万、かつての木下藤吉郎秀吉に近い人材が手に入るなら惜しくない、アイリーンに道中語ったこの言葉は本心だ。
だが………妥当どころか「安い」とは、本当に“今世の藤吉郎”といえる逸材を拾えるとは思わなかった。
「ボイヤ!!」
「はっ!」
「この者に剣の扱いを叩き込め!一週間で最低限モノになるよう、加減せずビシバシと鍛え上げろ!」
「御意に!!」
「猿!!」
「えっ?猿ってワシのこと……は、はぁ……」
「組頭じゃ、兵を十人つけてやるが武具がまるで使えなんだら話にならん!しかとボイヤに師事せよ!!」
「組………?!」
「俸禄は銀2500!立身出世せばさらに積む!!存分にはたらけ!!!」
「……………!!ははぁーーーーーーっ!!!!」
この日加わった猿顔の男、ヒディ。
機転が利き、利発なこの男がどこまで実際に上り詰めるのか、本当に“今世の藤吉郎”足り得るのかは、この場の誰にも分からない。
ただ、後世における“歴史的事実”をこの場で述べておく。
エンガーオ村の村人、ヒディ。後、ヨースターの姓を賜り、ヒディ・ヨースターを名乗る。
そしてこのヒディ・ヨースターの名は、ヒノモト四天王の筆頭格として───さらに、“その上”の存在として、五大陸の汎ゆる国の汎ゆる歴史書に刻まれることになる。