改めて、尋常ならざる巨躯である。
信長とて別段、貧弱矮小なわけではない。寧ろ短期間に銀冒険章持ちまで上り詰める過程で数多の修羅場をくぐった結果、体躯は自然と鍛え抜かれかなりの精悍さだ。
背の高さは、正確に測ったことはないがおそらく5尺と7、8寸程度か。こちらも体感的には(肉体年齢的な意味での)同年代と比較して平均かやや高い方に位置する。
だが、眼前の男───グイン・ゴーンのそれは背丈だけでもおそらく7尺に迫るか、それを少し超える。おまけに肩は盛り上がり、背中と胸板は分厚く、足腰も長く根を張る大樹の如くがっしりと太い。
腕は丸太のようで、拳はその先端に手頃な石でもくくりつけたのかと疑いたくなるほどゴツゴツと隆起している。ゴブリン程度なら殴っただけで頭をかち割ることができそうだ。
まさに、巨人。無論身の丈だけでも3〜4丈にも達する本物の巨人にかなうわけではないが、全体的な体躯の“分厚さ”が織り成す存在感、威圧感は、それらに匹敵するものがある。
「改めて、お初お目にかかるノブナガ・オダ殿。グイン・ゴーンと申す」
グインはそう言って、自らの巨躯を縮めて膝を着く。髪はすっかり白髪に染まっており、目尻や頬には皺が深く刻まれる。肌の張り具合なども合わせて見るに、恐らくは齢50を少し超えたところだろうか。
武人としては十分老齢と言っていい時期に差し掛かってきているはずだが、身体つきにはこれっぽっちも衰えの様子が見られない。
「そこなラッセルなる者が言う通り、かつてはロンディア帝国軍に士官していた身だわい。
とはいえ、それはあくまで数年前までの話。今はしがない浪人よ」
「浪人か。なれば、この先誰かに再び士官するということもあり得るのか?」
「がっはっはっ!いやいや、宮仕えはもう凝りましたからのぉ」
それとなく問い掛ければ、グインは大笑いしつつ体躯通りの巨大な掌をブンブンと顔の前で振る。その動きだけで、信長の髪が軽く風で靡いた。
「歳も歳じゃからな、今から立身出世を目指すわけにもいかん。息子も嫁もおらんので、まぁ、1人気ままな隠遁生活と決め込んでおる」
「その隠遁先に、こんな貧乏村を選ばれたんじゃたまったもんじゃありませんや!!」
信長麾下の兵士達に飲ませる水瓶を運んできながら、話に割って入るのは村長のヒンヅメ。ただでさえジャガイモのような顔をますます大きく歪めつつ、心底嫌そうにグインを見る。
最もその感情が、目元まではたどり着いていないことに信長は目敏く気づいたが。
「用心棒をやってくれるって言うし、見るからにまあ喧嘩はできそうだから村に置かせてもらいやしたがね。これが来る日も来る日も食っちゃ寝食っちゃ寝……服だって無駄にデカい身体だから用意すんのに一苦労。麻が何人分必要だって話でね!」
「おいおい。代わりにブッヒルの手合いや賊徒共は追い払ってやったろう。騒ぎになっても面倒じゃから顔は隠したが、ワシが出ていっただけで連中尻尾を巻いて逃げ帰ったじゃろうが」
「割に合わんっちゅーのよ、わ・り・に!!アンタブッヒルからこそぎ落とされるのとあんま変わらん量食うでしょうが!!畑仕事や大工仕事もやってくれんならまだしもねぇ!!」
「おい、そりゃちょっと聞き捨てならんぞ!最近はちいと食う量減らしてだなぁ!」
「50個食われるパンを49個に減らされたところでろくな足しになりゃしねえんだよ!!」
グインの“元大将軍”という地位が判明しても、ヒンヅメはまるで怯まず食って掛かる。彼はガチャガチャと瓶の周りに乱暴に柄杓を散らばらせると、グインに向かって勢いよく指を突きつける。
「今回この村はノブナガ様に着くって決めたかんね!!ショーグンさん、今までのツケ精算してもらうよ!!ノブナガ様の元で戦って、ブッヒルの野郎を攻め滅ぼしてくんな!!」
「い゛っ!?」
とんでもないことをいい出したヒンヅメに、グインが巨躯に見合わぬ情けない声を上げながら目を剥く。
「ちょっと待ってくれ村長!いくらなんでも言ってることがめちゃくちゃ………」
「煩い煩い煩い!!これはね、決定事項!!ノブナガ様への協力を蹴るってんならもう村にゃ置いとかんからな!!」
「おい、待ってくれおい!!おおい!!………何だってんだ急に」
ヒンヅメは一方的に宣言を叩きつけると、肩を怒らせてそのまま去っていった。その背を、困惑とともにグインが見送る。
「……………はぁ、仕方ない。
てなわけだノブナガ殿、しばらく世話になるぞい。何、邪魔にはならんようにする」
「カカカ、お主のような偉丈夫があの村長の如き小男にタジタジと押し込まれるは些か愉快だな」
ため息を着くグインを軽く誂いながらも、その眼は改めて興味深げにグインの巨躯を眺めている。
「まぁ、お主ほどの大男なればたとえ素性を使わずとも軍内に一人置くだけで敵勢の動揺を誘えそうではある。士気の低いであろうブッヒル勢なら尚の事よ」
「おいおい、それじゃあワシがまるでタッパしか取り柄のない木偶の坊ではないか」
信長の言葉に、グインの眉が僅かに不満げに吊り上がる。
「大将軍に相応しかったかは自分では解からんが、少なくともロンディウス陛下より直々に勲章を賜る程度の戦働きはしてきた身だ。老いたりと言えど、少なくともブッヒルの手合などに遅れを取るような男じゃないぞい」
「………その点は、私からも保証いたしますノブナガ様。グイン閣下の武は、大将軍を辞した時点でも微塵も陰りはありませんでした」
横合いから、ラッセルが沈痛な表情で会話に割って入る。
「官を辞することになったのも衰えなどではありません。魔道派の者共が、自然と武断派の要のようになっていたグイン将軍を疎み、恐れ多くもロンディウス陛下のお怪我を利用してその責任は将軍にあるなどと……!!
その当時はるか遠方にいた将軍に、何ができるわけでもないと知りながら………!!」
「もう過ぎた話だ」
我が事のように悔しがるラッセルの様子に苦笑いしつつ、その瞳はどこか悲しげで、かつてを懐かしむように細められている。
「ワシとて、魔導派がワシを更迭せんと滅茶苦茶なことを言っているのは知っとった。だがワシは、ロンディウス2世陛下のあの圧倒的な武勇に、燃え盛る野望に、卓越した軍略に惚れ込んでその臣下として武器を手に取っていたのだ。
ロンディウス陛下が戦場に立てぬほどの傷を負った時点で、魔導派に追われるまでもなくワシ自身遅かれ早かれ官を辞していたよ。ましてや、その3年後には身罷られてしまったしな」
静かな口調でそこまで語った後、グインは気持ちを切り替えようとするように自身の膝をぽんっと打つ。
「確か、先鋒はドンデラス率いる600余だったな。
ノブナガ殿、ワシを好きに使ってくれ。こちらの先陣、側面攻撃、待ち伏せ、何でもやってやるわい。村から追い出されたら隠遁生活もクソもなくなるからのぅ」
「ん?ああ」
────信長の口元が歪み、そこに悪辣な笑みが浮かんでいるのを見て、ここひと月足らずで大いに“学習”したアイリーンは悟る。
(………この人、また碌でもないこと考えてるわね)
「一先ずは、いらん」
「…………あ?」
「ノブナガ様、な、何を……!?」
「いらんと言うとる。まずは、“大将軍”閣下に俺達の戦ぶりを馳走すべしと思うてな」
そう言う信長の胸中は、既にこの戦の勝利などという“決まりきったこと”についての興味は失われている。
あるのはただ………眼の前の、大陸に覇を唱えるほどの超大国において大将軍にまで上り詰めるほどの武を備えた男を、如何に自らの武勇と軍略で心踊らせ、籠絡するか。その一点のみ。
「グイン・ゴーンよ。
第六天魔王、織田信長が戦ぶり…………まずは、その眼に存分に焼き付けよ」
必ずや、この男を自身の臣下に加えてみせる。そんな決意が、信長の瞳の奥に激しく火を灯していた。