信長公記異世界録   作:日ノ本太郎の助

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怠慢

 

 

共暦1549年【豊穣の月】、12日。既に頭上の太陽は昇りきっているというのに、ブッヒル軍先鋒600余は未だ動かずにいた。

 

別段、何かしらの妨害や支障があるわけでもない。

天気は雲1つなく明朗、道形は平坦で、近くに──あくまで知覚できる範疇では──敵勢がいるわけでもなく、兵たちは皆健康である。何なら一部のならず者上がりの兵たちは、駐屯地であるヒガイン村で“楽しんだ”ため通常より気力が漲ってすらいる。

 

然るに、何故彼らはとどまり続けるのか。実のところ、その答えは解りきっている。

 

「ふがっ、ふぁあああ〜〜〜…………あっ………」

 

ただ単に、彼らの───とりわけ、指揮官の怠惰によるものだ。

 

「ねっむいのぉ〜〜〜。それに、身体も重い。流行病かも知れぬし、休むべきかもしれんのぉ」

 

「………いやいや、ドンデラスさんよぉ」

 

接収した民家の1つで、菓子をつまみながらゴロゴロと寝転がるドンデラス・ガルガゼラ。

その主君たるブッヒル・ピグレルトに勝るとも劣らぬ肥満体を眺めながら、副官であるマリントン・ザキーラはやや呆れ気味に自身の金髪を掻き上げる。

 

「ピグレルト卿からは、“一刻も早くエウロイ郡に討ち入れ”っつわれてんだろ?まだ、その気になれば城からギリギリ見えるぐらいしか離れてねえじゃねえか。

こんなんじゃ郡境にたどり着くまでにさえあと何日かかるか解ったもんじゃありませんぜ?」

 

「その、“一刻も早く”というのがいかんのよ」

 

ドンデラスはマリントンから窘められて、露骨に不快を顔に出しつつごろりとまた1つ回転する。

 

「兵はせっ………なんかあったじゃろ?速いほうがよくて遅いとダメ、とか。だがな、あの諺は人それぞれのペースってもんを見とらん。我が兵の疲労や士気を考慮すれば、これは十分ワシらにとっての“一刻も早く”なのじゃよ」

 

「………兵は拙速なるを聞くも、未だ巧久なるを睹ざるなりっすねそれを言うなら。しかも、諺じゃなくて兵法だし、教えの意味も“戦そのものをダラダラ長引かせるべきじゃねえ”ってやつだし」

 

ドンデラスの言い分にツラツラとツッコんだあと、その最後に“アンタがサボりたいだけじゃねえか”の一言を付け加えかけてなんとか堪える。

 

「まぁ下の連中疲れさせたら意味ねえってのは一理ありやすけど、にしても手ぇ抜きすぎっすよ。この間にエウロイ郡のノブナガとかいうやつが、アドラさんの懸念通り守り固めちまったらどうするんスか」

 

「そも、そのノブナガなる男を警戒しすぎなのだよアドラ殿は」

 

マリントンの懸念に、ドンデラスは殊更にわざとらしくフンっと鼻を鳴らす。

 

「エウロイを取ったあと、確かに兵を集めているらしいな。だがあやつ、そこらのどこの馬の骨とも知れぬ冒険者連中や村人から登用した者共にどんどん俸禄を払い、果てにはたかが使用人のマギィとやらに銀8000を約束したと聞く。素性すらろくにない卑しき者共に金をばらまいて雇い入れるなど、暗愚の所業ではないか」

 

「いやいや………」

 

マリントンは思わず首を振る。それなら、スケィビィもピグレルトも公然と山賊まがいの連中を雇い入れて自領内で略奪に近い“徴税”を繰り返している。その方が余程“暗愚の所業”じゃないのか。

 

「やつの兵力は元々はたったの300余、そこに金でかき集めた下賤の連中など何人合わせたとて恐れるに足らんわ。

 

……ま、もういくらかしたら出立するゆえ、お前は準備でもしておけ」

 

「……………。へい、かしこまりやした」

 

マリントンは内心の様々な不満を何とか押し殺し、しっしっとハエでも追い払うように退出を命じるドンデラスに従い民家をあとにする。

 

「親分!」「どうですかい、首尾は?」

 

民家を出て少し離れると、あっという間に数人直属の部下が駆け寄ってきた。早速かけられる質問に、マリントンは顔をしかめて首を振る。

 

「……ダメだ。ドンデラスの野郎、サボれる限りサボるつもりだぜ」

 

「マジですか……そんなんノブナガとかいうやつに準備の隙を与えるだけだと思いやすけど」

 

「俺もそれは言ったよ。だが、奴さんはまるで話を聞きながらねぇ」

 

腰に手を当て、深くため息をつく。

 

「……まぁ、仕方ねぇ。とりあえず俺たちには俺達のできる準備をしておくぞ。

 

もうしばらくしたら出立するらしい、今のうちに武具の点検して隊列整えとけ」

 

「「「へい!」」」

 

(………………あーダメだわ。めっちゃ“嫌な予感”がする)

 

この手の時の“嫌な予感”は、よく当たる。マリントンが再びついたため息は、先程のそれよりはるかに深いものだった。

 

──結局、この日のドンデラス隊の出立は、たっぷり夕刻まで近くまでずれ込むこととなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、同じく【豊穣の月】12日、トンソック村。怠惰の限りを極めるドンデラス勢とは真反対に、信長軍は昼前には休息を終え、活動を再開している。

 

………ただし、将兵共に、何ならほぼ初対面に等しい村人たちでさえ、再び神速によって敵勢を強襲しこれを討ち果たすものと考え身構えていた中で。信長が降した指示は意外なものだった。

 

「掘れぇ、どんどん掘れぇ!!」

 

土木工事。信長が兵たちに命じたのは、トンソック村の拠点化だ。

堀を掘らせ、柵や櫓を立てさせ、民家の屋根を修繕させ、人を乗せるに足るよう強度を増させ、300余名の全てが大工仕事に従事する。

 

「ほれ、土嚢一つ一丁上がりだぎゃ!東の方に持って行けぃ!!」

 

そしてこの作業を、主君たる信長自身が率先してやるのだから兵たちはサボれず、また将も否応なく作業への参加を求められる。一丸となっての工事作業はすさまじい速度で進み、堀は深く穿たれ櫓は高く強靭に組まれていく。

 

昼を大きく過ぎた頃には、早くも簡易な砦と呼んで差し支えない程度の施設が整いつつあった。

 

「すごいと言えば、すごいんだがのぅ………」

 

グインは、まさに“突貫”工事が進む様子を驚き半分、当惑半分の表情で眺めている。

 

第六天魔王の戦を見ろ……などと大言壮語を吐くからには、グインもまた信長が苛烈にシャブトゥン郡に踏み込み、寡兵にも関わらずブッヒル軍を次々と打ち破っていくような光景が見られるものだとてっきり思っていた。

だが次の日、蓋を開けてみれば公言した張本人が自らトンソック村に亀のごとく籠る下準備を始めている。グインからすれば肩透かしもいいところだ。

 

「てっきりワシゃ、あの言い振りからするにスケィビィの如くあっという間にブッヒルめも攻め滅ぼしてシャブトゥン郡も手中に治める腹づもりかと思っとったが……何じゃ、トンソック村を取ったら終わる気か?」

 

手堅いと言えば、手堅い。だが、かつて大陸一つを20年と少しで統一一歩手前まで持ち込んだ偉大なる帝王を知るグインにとって、愚物が治めるたかが郡一つの攻略に守りの姿勢からじっくり入るというのは………些か、“浪漫”に欠けた。

 

(………いや、これはワシの基準がちいとイかれてるだけじゃな。あの英邁なるロンディウス陛下ほどの人物、そうそういてたまるものか)

 

寧ろ齢15〜6の、しかも冒険者上がりの身がいきなり領主を討ち果たし、ひと月と経たずに300余の兵と郡丸ごと1つの民草を手懐け、次郡の攻略にあたっては老獪に敵拠点を調略しつつしかと橋頭堡化に徹する。

仮にこのまま所領を広げきれずブッヒルやバカーモらに鎮圧されるようなことになったとしても、今の時点でさえ既に帝国史の片隅には名が刻まれる程度の事を成し遂げている。

 

そして、初動の順調さに奢らずこれだけ冷静な判断が下せるなら、或いは二〜三地方程度は切り取り大規模反乱の首謀者として名を馳せられよう。

帝国中央部が鎮圧を面倒がれば──正直その可能性は十分以上にあり得る──、“追認”する形でそれこそこのノブナガなる若者を貴族として列せさせることもあるかもしれない。

 

だがそれほどの才ですら、グインの胸のうちにある“帝王”の比較対象からすれば大きく色褪せるのだ。

 

(大人物であることは間違いないが……やはり、ワシの胸を大いに躍らせその戦場に駆り立てるほどではないな。やはり、此度の戦をこそ最後に改めて隠遁を──)

 

「何を言っていやがる」

 

諦観に等しいグインの思考を寸断する、信長の返答。

 

「トンソック村を取って終わり?そんな生温い真似をするはずがなかろうよ。

 

お主の言うとおりだグイン。俺は───ブッヒルを討ち、シャブトゥン郡を手中にする。この程度、とっとと駆け抜けにゃならん場所なのでな」

 

手ぬぐいで額に垂れる汗を拭き、鋤を再度地面に突き立てつつ………信長の眼は実際、“守勢”など微塵も考えていないことがありありと解る、攻撃的な光に溢れていた。

 

「この地をしかと固めるからこそ、ブッヒルの首根っこをこちらは最初から締め上げられるのさ。

 

────この村こそが、俺の“墨俣城”よ」

 

 

 

 

 

 

 

………ここで信長は、ふと怪訝な表情でアイリーンの方に視線を転じる。

彼女は先程からグインの傍らで、信長の方に………特に作業のために服を脱ぎ裸になっている上半身に、チラチラと視線を向けてはすぐに逸らすという奇妙な運動を繰り返していた。

 

「おいアイリーン。なんだおみゃあさんさっきから何度もこっちを見やがって。何か言いたいことがあるのか?」

 

「えっ、ええっ!?別に、見てなんかないわよ!?ええ、見てるわけないじゃない!!何かそんな、私が貴方に興味があるみたいに!!」

 

「………アイリーン、なんか顔赤くないかー?」

 

「赤くないわルシア。きっと貴方の気のせいか、或いは朝日のせいよ。ええ、間違いなく、ええ、そう、日光の角度ね」

 

「今は昼過ぎだたわけ」

 

この二年、目にしてきた男といえばスケィビィとその取り巻きのように贅肉だらけのだらしない体つきの者たちか、殆ど飯らしい飯を食べられず痩せぎすのラルカ村の人々という両極端な二択だったアイリーン。

 

そんな彼女にとって、鍛え抜かれ引き締まり、均整の取れた信長の鋼の如き筋肉をまとった裸体は、些か視覚的刺激が強すぎたのである。

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