実に、下らぬ依頼である。
スケィビィ一党とのやり取りを思い返しつつ、道中信長はつくづくと思う。
ロンディア帝国領、スータント地方。ファストゥル大陸の実に7割という、広大極まる帝国の所領の極北に位置する一角で、11の郡から成る。
この郡の内の一つ、エウロイ郡を“一応”治めていることになっている貴族、スケィビィ・クシャローからの依頼は、流れとしてはこうだ。
2年ほど前、自領であるラルカ村に一人の女が流れ着いた。その女はどうやら魔法使いの類らしく、スケィビィの私兵たちが税や労役の徴収に訪れると奇妙な術と自らのこの世ならざる美貌を用いて煙に巻き追い返してしまう。近頃は村人たちも女になつき、事実上の領主として崇め始め自分に従わないようになってきた。
そこで、この女の身柄を拘束して自身で“懲罰”を施し、同時に村の統治を取り戻しつつ未納の税や労役の差し押さえを執行したい。
───口さがなく言ってしまえば、ラルカ村を勝手に治めるようになった女を手籠めにしたいから攫い、自分に献上しろ。ついでに、税と労役も徴収しろ。ということだ。
(ま、曲がりなりにも天下に覇を唱える国の地方役人が貴族を騙って出していい“格”の依頼じゃあねぇわなぁ。自身の兵の柔弱さと人望のなさ、両方を曝け出してるようなもんだ)
しかも併せての依頼である“税の徴収”も、未納分を纏めてと推定しても明らかに額が常軌を逸している。寒冷地で、痩せ土地広がるスータントにおいてたった一つの村にこの税額では“食うのがやっと”でさえない。種籾まで根こそぎ渡しても足りぬほどだ。
労役とやらに至っては、村にいる25歳以下の女に限定と下心しか感じられずいっそ清々しくすらある。
(そして、近頃は栄華を極める帝都ろんどりあでさえ、このような依頼が“ぎるど”にポツポツと増えてきていた。末端の地方貴族による、私欲に塗れた見るに堪えぬ“くえすと”の数々。………それだけこの大帝国が“肥え太りすぎた”証左か)
『ネイブ殿、最早ネイブ殿しか頼れる者がおらぬのだ!!アイリーンたん………もとい、ラルカ村の人心を惑わす不届き者、必ず捕らえて我が下に引っ立ててくだされ!!』
こちらに秘策あり。その女の“魔術”を封殺できる。
そう伝えると、当初居丈高だったスケィビィは、肉の塊としか形容のしようがないそのツラを醜悪に媚びさせて何度も何度も手を取ってきた。正直、汚らしさのあまりその場で斬り伏せてやろうかと思ったのも一度や二度ではない。
そんな、やる前から解る不快な依頼に、何故心が踊り、わざわざ手に取ったのか。“ネイブ・ナガン”であった頃は、自分でもよく解らなかった。
───だが、今なら、“織田信長”である今ならば、その理由が解る。
「おお、あれか」
進む先に見えてきた、典型的な寒村。渡された地図に間違いがなければ、あれがラルカ村のはずだ。
村の外れに建つ、“術者”の女が寄る辺としている古城の存在も符合する。
「さぁて、始めるとするか」
何を、という主語は飲み込んで、信長は喜悦とともに古城へと歩を進めていく。