ピグレルト家家臣。
誠実かつ温厚で民想いな性格として知られ、スータント地方支配層としては例外的に民に人気がある。
統率-70
武勇-52
魔力-10
知略-63
政治-60
魅力-71
最初は、ただ怖かった。敵も、味方も、等しく自身の“野望”のための駒とするその姿が。救われる立場で烏滸がましいと自覚はありながらも、魔王を自称し、冷徹に手を打っていく有様が怖くて仕方なかった。
共に戦っていく内、恐怖は薄れていった。“野望”に関わる時は合理を突き詰めすぎるきらいこそあるけれど、彼なりの情も仁義もあることが──その発露の仕方が独特というだけで、寧ろ情については人より厚くすらあることが解ってきたから。
クッショー城へと向かう道すがらで幻視した“かつての姿”は、或いはそうした情に合理を遮られ、最期を迎えたのかも知れない。
そして………あの“舞”を見た。
織田信長という人間の、“野望”に向かう意思の強さそのものを体現したかのような力強い舞を。その指揮下に集った人々全てが、そこに“生きる”意味を得るような痛烈な言葉を。身体の、魂の芯に刻み込まれた。
(…………あの時から、ずっと熱が下がらない。体温じゃなくて、胸の内に灯り、心の臓を炙るような、息苦しいのに心地よい、熱が)
ずっと、傍にいたいという。彼の“野望”を、ただ見届けるのではなく。そこに至る道を、共に歩みたいという奇妙な熱。
アイリーンは、戸惑いつつもその感情を自覚していた。
だが、彼女はその感情をなんと呼ぶべきか、名をまだ知らなかった。
シャブトゥン郡北部鎮護兵団指揮官、ダントン・ギムレット。この男の容姿を一言で言い表すなら、「優しいおじさんの外観の模範解答」といったところだろうか。
七三に分けて樹脂で律儀に固めた髪、フッサリと口元を覆うラッセル・バーナードより一段濃い口髭、垂れ下がったこれもフサフサの眉に、細くシワが寄った眦、丸みを帯びた顔の輪郭。全てが対する相手に温厚な印象を与え、無条件で信頼感を抱かせる。
「む………ぅ……………」
だが今は、その柔和な表情を苦しげに歪め、眉間に筋を刻みつつ低い唸り声を上げ続けている。
「────どうでござろうか、ダントン様」
眼前に座るは、猿のような顔立ちが特徴の小柄な青年、ヒディ。
その口元には、快活で人懐こく………しかし、どこか悪辣で感情の“底”が見えない笑みを浮かべている。
「これなら、貴殿としても十分に“ご納得”がいただけるのではないかと考える次第」
「…………………しかし、だな」
恐らくはあわや二周りは歳が離れていようかという両者。身分にしろ、明確に帝室から騎士としての洗礼を受けているダントンと現状単に“得体のしれない無頼漢”の子分でしかないヒディとでは雲泥の差。
本来会談は愚か目通りさえこちらから持ちかけるのは許されない立場であり、無碍にされていないのはただヒディがその“得体のしれない無頼漢”の関係者だから、に過ぎない。
しかし、今の両者の表情はさながら互いの立ち位置がまるごとそっくり入れ替わったかの如くだ。
「ダントン様、貴方様はずーーーっと繰り返されておりました。
自身はあくまでロンディア帝国の騎士、帝室に仕える身。故に、その帝室の威光に泥を塗るような、ブッヒル・ピグレルトの今回の戦には参陣する気は起きぬ。さりとてゆえにこそ、帝室から正式に所領を拝されたわけではないノブナガ様に着くこともできぬ、と」
「そう………だな……」
「では、改めてこの書状をみてくだされ。アンガル地方のザンデム・アルストル卿が、ノブナガ様によるスケィビィ・クシャローの討伐を“追認”すべしとの中央への嘆願を我らにお約束してくださる、という書にございます」
「……………見ているとも、何度も確かめたが、間違いなくアルストル卿のお印だ」
ダントンの額に、脂汗が幾筋も浮かぶ。アルストル卿は決して大貴族と言える存在ではないが、少なくともそうした働きかけが起きているという時点で相当な大事件だ。それはとりも直さず、スータント地方の惨状があまりにも酷すぎて地方外から是正が入り始めたという証左だからだ。
(───げに恐ろしきお方よ、ノブナガ様)
一方のヒディはといえば、すっかり青ざめたダントンを一見澄まし顔で見つめつつ、内心では寧ろ自らの主の智謀に戦慄する。
アルストル卿からの書類自体は、実際嘘偽りなく本物である。問題は信長がこれを入手した経路と経過。
彼は銀冒険章持ち時代の人脈を利用して渡りをつけると、“帝室と帝国政府に働きかけている、と書いた書状のみを送ってくれ”とガメついアルストル卿に金を握らせつつ依頼したのだ。
(正規の帝国による認可など間に合うはずもないが、故にこそ“働きかけている貴族がいる”という情報だけでもスータント内の連中からすればかなりの重大事。確かに権威主義の連中を寝返らせるに使えるかもしれん、というのは道理じゃ。
が………クッショー城を落とした直後にはもう使者を出してるってのがイカれてら。何十手先を見越されてたんかのぉ)
「───んよぉし……!!決めたぁ!!!決めたぞ、ご使者殿!!」
改めて信長の凄さに陶酔に似た感情をヒディが抱く中、ダントンの掌がパァンっ!!と太腿を打った。
「このダントン・ギムレット………ノブナガ・オダ様にお味方いたす!!すぐにも兵を挙げる故、急ぎこのことノブナガ様にお伝えされよ!!」
「おおっ!!よーーーぉ決心なされたぁあ!!!」
拳を握りしめソファーから立ち上がったダントンの肩を、ヒディが心底喜びつつ何度もバシバシと叩く。
後に史書において“敵調略すること之名人の所業”と記される手腕は、この頃から既にその片鱗を見せていたのである。
「この、大戯けがぁあ!!」
「…………っ!」
一方、クロトン城。怒りに満ちたブッヒル・ピグレルトの叫び声とともに、ワイングラスがアドラに向かって投げつけられる。幸い狙いは逸れたが、近くの柱に当たってグラスが弾け、破片がパラパラと頭上から振り注いだ。
さらにズカズカと歩み寄ってきたブッヒルは、アドラの髪を掴むとその頭を引き寄せ何度も前後に振る。
「アイリーンたんが眼の前にいながら捕らえられず、おめおめと兵を失い、さらにはサンカッド市以南を丸ごと失って退いてきただと!!?
よくもおめおめと、吾輩に向かってそんな報告ができたものだな!!この無能が!!売国奴が!!!ノブナガから金でも受け取ったのかぁ!!?」
「……………………面目次第も、ありませぬ………!!!」
…………剣の柄に手が伸びかけるのを、髪を引っ張られる痛みともども必死に耐える。
何故、ここまでの恥辱を受けてまでこんな愚物の下にいることを堪えねばならぬのか。そも、この度の敗戦の最もたる要因がこいつの撤退命令だというのに。胸に沸きかけた疑問を、自身の“野望”を思い出すことで押し殺す。
ここまで、何のために堪えてきた。それに、敗戦に自身の至らなさがあったのも事実だ。短慮で今ブッヒルを殺したとて、一時の溜飲解放以外まともなメリットはない。
それより、今は敗戦を取り戻す手だてを考えることが自分自身のためにも先決だ。
「さ、幸い……郡外から兵を集めつつある他、ダントン・ギムレット殿に出兵を働きかけ続けております。現時点でも我々はノブナガに対して未だ兵力優勢であり、これら増援が来ればさらにそこを突き放せます……!!どうか、今少しご辛抱を……!!」
「ダントンだと……!!ふんっ!!!」
ようやくブッヒルの手がアドラの髪から離れるが、その眼は寧ろダントンの名を聞いて怒りを増幅させている。
「あの堅物が増援!?吾輩にあやつは事あるごとに楯突いているのだぞ、出てくるわけがなかろう!!」
「………実際可能性はありますが、状況が切迫しているため十分に動く可能性はあります。さらに催促もかけますので………」
「───ご注進!!ダントン・ギムレット、挙兵!!!」
「何!?」「おおっ!!」
やや言い淀みつつブッヒルの追及をなんとか躱そうとしていた矢先、伝令が大広間に飛び込んでくる。叫ばれたその内容に、ブッヒルは驚愕の、アドラは歓喜の声を上げる。
(正直“嘘から出た誠”に近いものを感じるほどだが、何はともあれ動いてくれたならいい!!これで、想定より早く防衛線を───)
使者を見下ろしながら………アドラの背を、サンカッド市の時と同じ“寒気”が襲う。
何故、コイツは顔を上げない。何故、耳や首筋が蒼白な、血の気が引いたかのような色合いなのか。
何故、こいつはただの一介の兵なのに、指揮官職に着く騎士相手に“様”とつけなかったのか。
「ダントン・ギムレット…………兵400をもって、我が軍の砦2つを相次いで“攻撃”、これを陥落せしめました!!
ノブナガ・オダ勢と、合流する由にございます!!!!」
「………………………………バカ、な」
それらの答えは、最も最悪な形で示された。
サンカッド市の中は、慌ただしくも落ち着いていた。
クッショー城からトンソック村へ。トンソック村からレツカツ市へ。レツカツ市からサンカッド市へ。幾度も信長が“拙速”を見せたことで、彼らは既に「いつ信長から出陣の命令が突然振ってきても良いように」と、ここ数日は常に全軍が万端の用意を重ねてきた。
故に、信長が出陣を命じた時には市内の800余は全軍が軍装を整えており、軍議さえやる余裕があった程だ。
「アイリーン。此度の戦、弓衆の指揮はお前が取れ」
「………………………え?」
その席で、信長からそう投げかけられて、アイリーンは一瞬呆然と瞬きを繰り返す。
先鋒に、グイン・ゴーン。乙女衆および槍衆の総括を、リナ。槍衆の内一隊をドンファに………といった具合に、役割を分けていく中での唐突な指名だった。
「俺が来る前からラルカ村にて自身の【魅了】と伏兵を掛け合わせる智略とその伏兵で実際に敵を伸してきた“帥”の力がある中で、主もまた戦の只中に身を置き采配というものをある程度飲み込めてきたはずよ。
何より、トンソックにて兵の情動を“肌”で感じたる才、天賦のものだ。兵の動揺を抑え、敵陣の崩しどころを見極めるに使えよう。
主もまた、俺の“将”だ。しかと励め」
「………………わかったわ、信長。
貴方の期待に、応えてみせる」
……………返事をなかなかできなかったのは、本当に“戦”をさせられるのが怖いからに他ならない。
決して、決して。信長に認められたことが嬉しかったからじゃない…………そう、アイリーンは必死に内心で自分に言い聞かせる。
時に、共暦1549年【落枯の月】2日。
シャブトゥン郡討伐戦が…………否。
「─────出陣ぞ!!此度の戦にて、ブッヒルが首必ずや落とすのだ!!!」
「「「おおおおおうっ!!!」」」
【スータントの乱】が、終焉に向かって動き始めていた。