ラッセル・バーナード
元クシャロー家家臣。かつては帝都ロンドリアにて直衛騎士団を担っていた。
万事に如在なく軍政両面で実直に様々な役割をこなす姿を信頼され、後に“小麦のラッセル”の異名を取る。
統率-83
武勇-75
魔力-32
智略-77
政治-89
魅力-78
クズン・ミーゴ
ダイスン郡を治める貴族。スータント地方攻略に際し一応の功があったが、残敵掃討に近く前線でのまともな兵力運用経験はない。
統率-28
武勇-25
魔力-17
智略-31
政治-10
魅力-25
バカーモ・オーログ
グンシャ郡領主。一揆鎮圧に尽力したとされるが、実態は自らの圧政で反旗を翻した領民を数の差で押しつぶしたに過ぎない。
統率-32
武勇-29
魔力-2
智略-25
政治-17
魅力-24
「アイリーン様ってノブナガ様にもう抱かれたr」
勢いよく吹き出されたホットミルクが、顔面にかかる。ポタポタと足元に白い水滴が落ちる中、リナは眼前で身体を折り激しく咳き込むアイリーンを恨めしげな表情で眺めた。
「……………アタシ、アイリーン様には深く、それはもう深ーーーーーーく感謝してます。けれど、たった1つ質問しただけでこの仕打ちは幾らなんでもあんまりじゃないですか?」
「ごほっ、げほっ、げほっ……ご、ごめんなさいリナ………でも、貴女が変な質問をするからでしょう!!もう!!」
なんとか咳を収めて反論するアイリーンは耳の先まで赤面しており、タコかリンゴかはたまたバラの花弁か、といった有様だ。
クロトン城陥落から、4日。信長は何かを待つように動きを止め、軍の再編とシャブトゥン郡内の統治強化を進めている。
そうした中、寝室として充てがわれた部屋で久しぶりにリナと二人きりで話をと部屋に呼んだのだが………その開幕はかなり波乱のものとなった。
「はぁ…………あのねぇ、先ず貴女にそんな話は早すぎるわ。まだまだ子供なんだから」
「えー?でもお貴族様は15歳から成人の儀をなされますよね?冒険者だってなろうと思えば12歳からなれますし、実際ノブナガ様なんて14歳で銀冒険章持ちですよ?」
手拭いで顔を拭いてやりつつ窘めれば、リナはぷくっと頬を膨らませベッドの横で脚をぶらつかせながら如何にも不満気な表情を見せる。
「それにほら、ノブナガ様自身言ってたじゃないですか。滅せぬ者のあるべきや、死のうは一定って。アタシたち皆が死ぬまでに何を成すかで価値が決まるなら、早くから恋に生きるのだって一つの選択でしょ?」
「……なに信長の言葉を俗な解釈してるのよ貴女は」
妙な思考の柔軟性を発揮するリナに溜息をつき、改めて向かいのベッドに腰をかけホットミルクが入ったマグカップを手に取る。
「大体、その言い方じゃ貴女は信長に抱かれたいみたいに聞こえるわよ?」
「ええ抱かれたいでs」
噴出量、かかった量共に一度目を大きく上回り、リナの顔の前半分が白く染まる。
「あな、貴女!!今度こそ間違いなく早いわ!!そんな破廉恥な考え方、私は絶対許しませんからね!!」
「いや、何潔癖症の母親みたいなこと言ってるんですか……」
今度は自分で顔を拭いつつ、リナはやや剣呑に眉を顰める。
「まぁ抱かれたいは少し過激というか言い過ぎな気はしますけど、少なくとも好意は本当に持ってますよ。
だって、ノブナガ様まずお顔は涼やかさと逞しさが同居してますし♡お身体はよく鍛えられてますし♡お声もよく通るし♡お強くて、聡明でもあらせられて♡何よりアタシたちラルカ村の救世主♡惚れない方がおかしくないですか?♡」
「……まぁ、確かにそう材料を並べ立てられるとさもありなんって頷きそうにはなるけれど」
ある意味年頃の娘らしいとは思いつつ、呆れを浮かべアイリーンは自身の頬に手を添える。
「とはいえ、私たちとあの人の関係なんてたかが二カ月じゃない、物凄い濃さだったからなかなか実感ないけど。
それに忘れたのリナ?あの人は私たちのことを、野望のために“利用する”と言って憚らないのよ?そんな……」
「………何か悪いですか?それ」
眼を瞬きながら、心底不思議そうに放たれた問。アイリーンの動きが、ピタリと止まる。
「確かに、ノブナガ様と出会って日は浅いです。でも、その人となりを全部知らなきゃ好きになっちゃだめってわけじゃないでしょう?もしかしたらその先で幻滅して気持ちが潰えることもあるかもしれないし、逆にますます熱を上げるかも知れない。でも、“今”好きなら先ずはそこを大事にすべきだと思います」
「…………利用、されているのに?」
「そうです。だってノブナガ様の“利用”って、ちょっと………なんだろう……違うじゃないですか」
リナの瞳は、言葉は、揺るがない。キラキラと輝きながら、真っ直ぐにアイリーンを……そして、リナ自身が抱く気持ちを見つめている。
「ノブナガ様はご自身が成し遂げようとしていることに対して、アタシたちに利用価値があったからこそ救ってくれた、それは間違いありません。アタシだって、あの方がラルカ村で語った言葉がかえって嘘偽りないことぐらい解ります。でも、そうとして“しか”見てないわけじゃないと思うんです。
例えばスケィビィやブッヒルは、私たちのことをお金やご飯を搾り取り慰み者にして、それこそ自分の欲を発散するための“道具”かそれ以下としてしか見ていませんでした。
でも、ノブナガ様は違います。何ていうんでしょう……あの人は、アタシたちの利用価値を“人として”の中で見てると思うんです」
「人と、して………」
「はい。一人一人、一個の人間として見て、そこにどんな力が、意思があるか、それがどれほどの強さなのかをつぶさに見極めて、その上で“使える”人達を好む。確かに私達と価値観は大きく違いますけど、その価値観の中であの人は、間違いなくアタシたちを“人間”として見て、捉えてくれてます。
じゃなかったら、アタシ達がアイリーン様を見殺しにしかけていた時に、あれだけ蔑んだ眼でアタシ達のことを見なかったと思います」
力強くはっきりと述べられるリナの言葉に、迷いも疑いもない。
あるのはただ、男女としての恋慕と───それ以上に深く強烈な、織田信長という“主君”に対する絶対的な忠烈と信頼。
「降伏したがってた賊を容赦なく焼き殺してますし、冷徹なところもあるとは思いますよ。ノブナガ様の中で“合理”が情を上回れば、その時はどんな相手でも、それこそアタシたちだって切り捨ててしまうんだろうなって。
……だけど、きっとあの方は、ノブナガ様は。冷徹だけど“冷酷”じゃないから。
そうせざるを得ないと判断するしかなくなるその瞬間までは、アタシたちを見捨てずにいてくれるんじゃないかって感じるんです。
ラルカ村で、最初にノブナガ様がアタシたちに対してあれだけ怒ったのも………自分の計画がズレそうだったことよりも、一時の恐れに負けて非合理と不義理を選ぼうとしたから、だったんじゃないかなって」
「………………」
ずっと、漠然と違和感を抱いていた。
利用するコマだと面と向かって言われているのに。実際にひどいこと、傍若無人なことを幾度もさせられ、またされているのに。
それでも信長が語りかけてくる時、何故声にあれほど力と熱を込められるのか。その力と熱が、何故自分たちの側にも伝わってくるのか、と。
その理由がリナによって言語化されたことで、アイリーンの中で織田信長という人間の像が急速に実体を帯びていく。
あくまで信長は、村人たちも、アイリーンも、“人として”利用するために見ていた。だから彼の言葉は、真剣に“人”を見て放たれる彼の叫びは、人々の心を、魂を震わせ、惹きつけるのだと。
…………同時に、理解する。これまでで、リナの言っている内容に、漠然とでも“気づいていた”からこそ、自身も信長に惹かれ、その隣を歩みたいという願うようになり、彼に認められた時心が高揚したことに。
同時に、自覚する。今、自分が信長に対して抱く感情が………何という名前のものであるかを。
(……………〜〜〜〜〜ッ!気の迷いよ、気の迷いに決まっているわ!!この私が、大サキュバスの血を引くこの私が、転生とは言えただの人間の男に心奪われるなんて、こ、恋ごk…………認めてなるものですか!!!)
可憐な容姿とは裏腹な、さながら居酒屋で飲んだくれてる親父がビールを注がれた椀を掴むが如き荒々しさてマグカップを持ち、勢いよく残りのホットミルクを流し込む。
「はぁ〜、でもそうかー……アイリーン様とノブナガ様、特に親しそうだからもしかしたらって思ってたんだけど」
「………そう見えたとしたら!!貴女はすぐに鍛冶師に頼んで眼鏡の一つも作ってもらうべきだわ!!ええ、そうですとも!!!」
「残念です、ノブナガ様が閨でどんな風に責めてくるかとかぜひ聞きたk」
……三度目の噴出は流石にリナの逆鱗を大いに踏みにじってしまい、その機嫌を執り成すのにかなりの時間を要するのだった。
「俺ぁ、どうもこの“ちぇす”って遊びが好きじゃねぇ」
同刻、クロトン城執務室。信長とラッセル・バーナードが机を挟んで向き合い、“一局”打っている。
黒のポーンを前へと進めながらの信長の呟きに、ラッセルが僅かに眉を上げた。
「意外ですな、これほどお強いのに」
「好きと上手は別段等しくはならんよ。卓越した大工の腕前を持つが生きるために仕方なくこなす者、鍛冶師の才を持ちながら刀打ちなんざしたがらん者、戦上手だが戦嫌い、そんな連中は世にいくらでもいる」
言いながら、上野国1つより茶釜を欲した戦上手が一人いたなと“実例”が思い浮かんで苦笑いする。
「相手の駒を討つのみで、“採る”事が出来ん。敵をただただ殺すのみってのは、戦の幅が狭く俺としちゃ面白みに欠ける。以前は将棋より碁を好んでいたが……ちぇすをやるようになって、かえってアレの面白さに気づいたわ」
「ショウギにゴ……確か何れも、帝国と戦の最中である島国・大和の盤遊びでしたか。お名前の響から察しておりましたが、やはりノブナガ様は大和に系譜が?」
「あー、ま、そんなところだ。遠い縁戚とでも言おうかね」
正確な説明が面倒で適当に受け応えつつ、ラッセルが守りのために動かしたナイトの軌道をルークで塞ぐ。ラッセルの眉が、今度は悩ましげに下がる。
「将棋はいい。ただ駒を取るだけでなく、局面に応じて“この駒がほしい”“この駒を使いたい”とこちらのとりたい駒がコロコロと変わる。飛車を取りながら活かせぬ暗愚もいれば、ただの歩を万夫不当の豪傑に変えちまう輩もいる………まさに、“将”のあり方の縮図だ」
「………されば、此度も“ショウギ”の方式で?」
「いや、“ちぇす”で十分」
ラッセルが苦し紛れに進ませたポーンを、迷わずビショップでコツンと弾く。
「クズン・ミーゴにバカーモ・オローグ。どちらも一応は戦の指揮を経験しており、統率知略において幾らか“マシ”な節はある。だがそれは、単にスケィビィやブッヒルと比しての話。
加えて配下にも、主やアドラ、マリントンのような“粒”はない。いらん駒ばかりだ」
「…………………。準備は、しかと進んでおります」
長考の末に退かせたクイーンがまんまと信長の一手で動きを封じられて天を仰ぎつつ、それでも信長からの“言外の問いかけ”にラッセルが答える。
「兵は皆、いつでも動けます。盗賊ギルドとヒディ殿の工作も現在順調に進んでいる由。もう二週間ほどで、“動き”があるかと」
「ようやった。…………ま、こちらはよろしくないがな。ほれ、ちぇっくめいとだ」
「…………お見逸れしました」
キングの筋道をすべて潰され、ラッセルは苦笑いとともに頭を振る。そうしてしばしチェス盤を眺めた後、ふと、その表情が曇った。
「私は一度帝国に騎士としての魂を殺され、ノブナガ様と出会って再び生を賜った身。今後ノブナガ様がどのような道を歩もうとも、そこに付き従う覚悟にございます。
しかし今の我が軍の陣容、着々と厚みを増しておりますが………ノブナガ様のお考えを“共に”組み立てられる者がおらぬこと、少々懸念と感じておりまする。この先所領を広げていきますれば、ノブナガ様のお考えを隅々まで理解し、滞りなく実施でき、何よりもノブナガ様と“同じ高さ”で物事を見ることができる人材は、必須であるかと」
「………まぁ、そうだな」
ラッセルが口にした不安に、信長も真剣な表情で頷く。
「猿……ヒディは俺と近い考え方はできるが、あくまで俺の“意図を汲む”事に長ける。機転の効き方尋常ならざるも、手前味噌な言い方になるが“俺あっての猿”だ。
此度我が臣下に加わったアドラは相当キレようが、アレは本質的には武人。置くならば我が足下よりも前線にて槍をもたせた上でこそ生きる………さて」
スッと、信長の手がビショップの駒をつまみ上げる。
「どこかにおらぬものかねぇ。
この信長の、智嚢足り得る“駒”は」
────共暦1549年、【落枯の月】25日。一騎の早馬が、クロトン城へと駆け込む。
「クズン・ミーゴ、バカーモ・オローグ両卿、挙兵したる由にございます!!その数6000余、エウロイ郡へ向かっておりまする!!!」
信長の、待ち望んていた報せ。その一報が入った瞬間から、信長は瞬く間に準備を整え、馬を駆り、クロトン城を出た。
最早、アイリーンや臣下たちも慣れたもの。クロトン城を落とした翌日には初めていた、万一の出陣に備えての簡易な荷造り。シャブトゥン郡鎮護を命じられ残されたダントン・ギムレット指揮下の200余を除く全員が、それを引っ掴んで信長の後に直ぐ様続く。
本来、クロトン城からクッショー城まで通常7日はかかる。だが信長はこの距離を、約1300の兵力を引き連れて4日まで短縮して走破した。
「ノブナガ様!!」
「ノブナガ様、アイリーン様、よくぞご無事で…!」
「ノブナガ様、お待ちしておりました」
「うむ」
出迎えたクッショー城側の面々も、その“拙速”に驚かない。マギィも、シャームも、ボイヤも、若干の反応の違いはあれど一同落ち着いてそれを出迎える。この程度我らの主なら容易くこなす──そんな信頼が、彼らのあいだではすでに共有されていた。
同時に、自分たちの英邁なる主ならば───“第六天魔王”ならば。凡愚の貴族如きが率いる6000の兵力など、容易く叩き潰すとも誰もが確信していた。
「ニンジン、状況を申せ!」
「はっ。敵連合軍はダイスン郡内で合流。我らの領内へ向けて北進を続けております。既に郡境の村や町からは住人の避難は完了しておりますが、敵勢の位置から察するにこれらが連合軍の略奪に遭う前に迎撃することは十分に可能かと」
「シャーム、兵の調練状況は!」
「ノブナガ様とアイリーン様がいない間、ボイヤ殿共々できる限り鍛え上げました!!今クッショー城にいる2000余、皆十分に戦えまする!!」
「マギィ、兵糧と武具は!!」
「方方の商人や郡内の大農家より許す限り買い揃えさせましてございます。些か割高にはなりましたが………“2郡の値”と考えれば、安いかと」
「言い寄るわ、だがその通りよ!!
猿!!」
「ノブナガ様がシャブトゥンの統治安定に躍起になっており、今しばらくエウロイに戻らぬ旨、しかと流布を終えておりまする!!
また勝手ながら盗賊ギルドを通じ、“ノブナガ様慌てて戻るも間に合わず、エウロイ勢の士気とみに落ちたり”と噂も流させております!!」
「フハハ、小賢しい奴め!!アドラ、敵勢を迎え撃つべきはどの地と見る!!」
「………敵と我らの位置関係を鑑みますに、ガンガル平原こそ相応しいかと」
「ならそうしよう!!
ラッセル!!」
「クロトン城より付き従いし1300余、皆十分に余力を残しております」
「リナ、マリントン、ドンファ!!」
「乙女衆、皆意気軒昂!!」
「ま、マリントン・ザキーラ隊、ノブナガ様のご命令とあらば命に変えても!!」
「このドンファ、ノブナガ様にお引き立ていただいたご恩かならずやお返しいたします!!」
「アイリーン!!」
「……弓隊、皆軍装はしっかり整えてるわ。いつでも、いける」
「ルシア!!」
「おー、元気いっぱいだ!!のぶなががめいれーするなら、暴れるぞー!!!」
「デ、アルカァ!!」
“左文字”が、抜き放たれる。その切っ先が、真っ直ぐに天を指す。
まるで、まさに天を欲しているがごとく。
「───決戦は、ガンガル平原!!
スータントを………俺たちの“国”を、盗るぞぉ!!!」
「「「「ぉおおおおおおおおぉおおおおぅ!!!!!!」」」」
3000余の心を1つにした雄叫びが、城の内外で響き渡った。