信長公記異世界録   作:日ノ本太郎の助

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ガンガル平原の戦い

 

共暦1549年【冥暮の月】1日。

 

エウロイ郡南東、ダイスン郡との郡境付近に広がる平野………ガンガル平原。ここで、織田信長軍3000余と、バカーモ・オローグ及びクズン・ミーゴ連合軍6000余は対峙した。

 

事実上、スータント地方の支配権を賭けた決戦。信長にとっては【クロトン城の戦い】に続いて2度目の本格野戦かつ“今世”においては初の大規模野戦となることも踏まえると、歴史的にも信長個人にとっても非常に重要な戦いであった。

 

………だが、後世の史家たちも、大半の史書も。口を、或いは筆を揃えてこの戦についてこう評する。

 

「─────第六天魔王!!織田、信長!!!推参なり!!!!」

 

この戦いは……その“第一声”で、勝負は決したと。

 

「の、ノブナガ・オダ!?バカな、やつはシャブトゥン郡にいるのではないのか!!?」

 

「何故奴が戦場に出てきているのだ!!誰ぞ説明せぬかぁ!!」

 

魔法の一つでも使っているのではないかと疑いたくなるほどの、戦場の隅々にまで届く大音声。その名乗りを耳にしただけで、バカーモもクズンも酷く狼狽して近習に喚き散らす。当然その動揺は将校に伝播し、兵たちに伝播し、あっという間に6000の軍勢を揺るがしていく。

 

「………名乗っただけでこの人数を怯えさせるなんて、すっかり有名人ね第六天魔王様は」

 

「カカカ、ま、都合三ヶ月でこんだけ派手にやらかし暴れてりゃああそうもなろう。しかも、向こうは猿めの噂に踊らされ、俺が帰ってこられない、こられたとしても間に合わないことを前提に兵を起こしたからな。

 

………さぁて!」

 

呆れ半分、感心半分で敵陣の様子を眺めていたアイリーンに、信長は笑いながら視線を向ける。

 

「アイリーン!我が“国盗り”のきっかけとなった女よ!!我が野望の魁よ!!

 

主の弓隊の一射をもって、その仕上げにして始まりの幕を切って落とせぃ!!」

 

「………!!」

 

国盗りの、きっかけ。

信長の、覇道の魁。

 

信長自身から自分がそう思われている。その事実に胸が躍ってしまっている自分を自覚しつつ、アイリーンは高揚に身を任せ目一杯息を吸い込む。

 

「弓衆、放て!!!!」

 

「こ、こちらも放て!放てぇ!!」

 

クロトン城の時より幾分も“サマになった”号令のもと弓衆300余による射撃が開始される。

バカーモも慌てて応じ矢を放たせるが、そのもやしを思わせる貧弱な体型も相まって寧ろこちらのほうがそこら辺の村人に号令をかけさせたのかと疑うほどに響きが情けない。

 

「あぎっ…」「うがっ!?」

 

両“将”の号令の勢いは、矢合わせにそのまま反映される。まさにクロトン城でのものを規模を増やして再現したかのように、連合軍側の矢は逸れ、弾かれ、信長側に殆どまともに届かない。

翻ってアイリーン指揮下の弓隊が放った矢は、嵐の中の豪雨の如く力強く振り注ぎ、次々と連合軍を穿っていく。

 

「第2射のち、各個自由射撃に移行!!隊列大きく広げつつ前進なさい!!」

 

「「「はっ!!!」」」

 

「いぎぃっ!?」「ぉ゛ぅ゛っ……」

 

いきなりの劣勢で敵がもたつく間に、追撃の斉射。そこからクロトン城でも見せた、弓衆の多くを構成する“冒険者”たちの腕前と勘を活かす散兵射撃へ。

機先を制された上に、正確かつ強力な矢が次々と放たれ隣の同僚を撃ち抜いていく有様に、前衛が浮き足立つ。反射的に前を譲り合い、互いを盾にしようと押し合いへし合い、林立していた槍襖が揺らぎ乱れて収拾がつかなくなる。

 

「そらぁっ!!!」

 

間髪入れず、信長が“左文字”を一閃。先のアイリーン指揮下の“矢嵐”に、自らの火炎魔法のイメージを乗せる。

 

「「「ぎゃああああああっ!!!?」」」

 

最下級魔法の【ファイヤーボール】、だがその数が尋常ではない。天空から10発20発と、それも一つ辺りで数人は吹き飛ばせる威力の火球が振り注ぎ、連合軍の陣列内で炸裂していく。悲鳴が木霊し、鎧が砕け、炎に包まれた人体が爆発音とともに舞い上がる。

 

「総寄せぇええええええ!!!!」

 

「「「「いぁらぁあああああああああっ!!!!」」」」

 

弓隊の猛射に一気呵成の魔法攻撃と、開幕から畳み掛けるような猛攻。広がる被害に崩れる隊列、信長は見逃すはずもなく左文字の切っ先で敵勢を指し示す。

鬨の声を轟かせ、信長勢3000余が猛然と連合軍に向かって押し寄せた。

 

「っがぁああっ!!!ごぁあああああっ!!!」

 

真っ先に飛び込んだルシアが爪を閃かせ、尻尾を振り被り、“小さき龍”の力を存分に見せつけ当たるを幸い敵兵をなぎ倒していく。

 

「その耳に刻み、そして死出の土産とするがよい、【冥府の戦鎚】が奏でし音を!!!」

 

グイン・ゴーンの大剣が唸る。振り下ろされる度に破滅的な轟音が空気を揺るがし、血煙が舞う。

 

「グイン殿、ルシア殿のこじ開けた穴に兵力を集中させよ!!平押では数の差が出る、中入して押し広げよ!!」

 

「ラッセル隊、マリントン隊に後続!!両翼は目標自由を維持し敵の陣形構築を阻害!!

 

中央、斉射三度!!敵中衛及び後衛からの兵力増強を防いで!!」

 

「アイリーンの姉御の弓衆が散兵で後続してきている!!槍衆、援護射撃に合わせて槍襖で敵陣両翼を抑えろ!!ラッセルの旦那の“中入”がなり次第内外からすり潰せ!!」

 

グインとルシアが“個”の力で突破口をひらけば、そこにラッセルとマリントン、アイリーンが“集”の動きを持ってつけ込む。

ラッセルとマリントンはそれぞれ自らも武具を振るいつつ、配下部隊を巧みに進退させ敵隊列の傷口をより深く、より広く刻み込む。アイリーンは弓隊への指示を淀みなく続け、連合軍の陣形に立て直す間を与えない。

 

「オルァアアッ!!マリントンの兄貴に、そしてノブナガ様にいただきしご恩!!返して、返して、返しまくってやるぜぇ!!!」

 

「ノブナガ様への恩だったらアタシだって負けない!!この槍にかけて、アタシ自身の命に賭けて!!必ずや、あの方が進む道を切り開いてみせる!!」

 

その“集”も、中に輝きを放つ“個”があればより強い力を発揮する。マリントンの指揮下でドンファが、ラッセル勢の先陣を切ってリナが、それぞれ“力”と“技”の元猛然と槍を振るい、敵兵を突き倒し、打ち払う。

 

「そりゃあーーー!!押せーーーーー押すんじゃあーーーーー!!!

 

皆、声を張り上げぃ!!そぉれ!!

 

怨敵退散、御味方勝利!!怨敵退散、御味方勝利ぃ!!」

 

「「「怨敵退散、御味方勝利!!怨敵退散、御味方勝利!!!」」」

 

いよいよ優勢定まる中、ヒディがよく通る声で叫ぶ。復唱を促された周囲の兵卒が続き、それは時を追うごとに何十に増え、何百に増え、やがて三千余名全体へと波紋のごとく広がっていく。

“勝利”を叫ぶ声は押している側の士気をますます掻き立て、押される側の士気をますます擦り減らす。

 

「バカな、バカな、バカな!!如何にノブナガ本人が現れたとは言え……!!」

 

「何故、何故6000もの軍勢が半分程度の敵にこうも突き崩される……!!!」

 

「お前さん方は、“軍勢”という言葉の意味を理解してねえな」

 

別に、バカーモとクズンが本陣で上げる叫びが聞こえたわけではない。だが、まるでそれに答えるが如く、信長はほくそ笑みながら呟く。

 

「数はそりゃあ重要だ。俺だって特に美濃を取ってからは、如何に敵を圧倒する数を揃え、敵を兵数で押し潰すかと四六時中策を考えとった。

 

……だが、それでも時偶負けた。東美濃じゃ信玄坊主の倅に苦杯を嘗め、紀州じゃ雑賀の連中に掻き回され、北陸では権六が謙信めに手取川へと追い落とされ命からがらよ。

 

数は重要だが戦の“全て”に非ず。士気がなくば兵は兵たり得ず、将なくば軍は軍たり得ぬ。

 

(いくさ)ができる者の元、勢いをもって初めて数にもまた意味が出る。故に、兵法これ全て“軍数”と言わず“軍勢”と言う」

 

………最初の“第一声”を放ち、アイリーンの弓隊による斉射の後を追って【ファイヤーボール】の雨を降らせて以降、信長はこの戦に一切手を下していない。

“左文字”は総寄せの号令を下したあとは、鞘に収まり続けている。火炎魔法だってただの一発も放たれていない。指揮さえも、ラッセルとマリントン、アイリーンに任せ、ただ陣中から戦況を眺め続ける。

 

それでも、信長の軍はクズン・バカーモ連合軍を圧倒し、突き崩していく。

 

「俺の“軍勢”が、ただかき集めただけの人の群れ如きに負ける道理などあるものかよ」

 

一際大きな歓声と悲鳴が上がる。連合軍の前衛が限界ギリギリまで張り詰めた瞬間、隊が2つ信長側の陣列から突貫する。騎馬衆50余騎ずつでそれぞれ編成された二隊は、敵陣の只中に二筋の“道”を作りながらその切っ先をあっという間にクズンとバカーモの本陣へと届かせる。

 

「………おお、これはミーゴ卿。お久しゅうござる」

 

「あ、アドラ!?アドラ・ブレイメン殿か!!?」

 

左翼の騎馬衆を率いるは、アドラ・ブレイメン。ブッヒルの配下にいた頃は、クズンやバカーモとも軽く面識があった。見知った顔との思わぬ再会に、絶望一色だったクズンの顔に微かな希望が宿る。

 

「た、た、た、頼む!!ワシを助けてくれ!!さすれば……そうだ!!スータント内の一、二郡なら差配できる程度の権限を───ぉ゛っ」

 

喉笛を、槍穂先が貫く。

 

「失敬」

 

…………かつての“細やかな野望”を抱いていた頃のアドラなら、幾らかの逡巡は見せたかも知れない。

 

だが、生命を、生涯を賭すに足る“大望”に出会った今、その見苦しい申し出には爪の垢ほどの価値もなかった。

 

「我が主の元に戻らねばならぬので」

 

 

 

一方、右翼。

 

「ぉおおおおおおおおっ!!!!!」

 

腹の底から絞り出した雄たけびとともに、猛然と槍が振るわれる。芦毛の駿馬が力強く駈ける中で、槍穂先が閃くたびにその進路上から敵兵が吹き飛ばされ薙ぎ払われ道を開けていく。

 

騎馬衆の先頭を、シャームはただ一心に槍を振るい、ただ真っ直ぐに駆けていく。

燃え滾るその眼が見据えるは、一両の馬車。

 

「どけ、どけ、どけぇええええええ!!!!」

 

まさしく、“気炎”。信長の炎魔法にそのまま人の形をとらせたかのような苛烈な突貫。

兵たちに、馬車の主への忠節などない。皆シャームの鬼気迫る突進に気圧され、恐怖し、潮が引くように道を開け馬蹄から逃れていく。

 

「ひ、ひぃいいいいいい!!!!」

 

「バカーモ・オローグ!!その首………ノブナガ・オダ様が臣、シャームが貰い受ける!!!」

 

馬車から転げ出た痩せぎすの人影が、悲鳴を上げながら地べたを這いつくばって逃れようとする。

その背を追うシャームに、かつて父を殺され、母を嬲られ、憤怒と悲哀に歯を食いしばり、それでも何もできなかった少年の無力さは、もう見られない。

 

「ぃぎっ──────」

 

突き下ろされた槍穂先が、バカーモの薄い背の皮膚を突き破り、心の臓を貫く。

 

「敵総大将は討った!!」

 

──果たされた復讐。だが、シャームは胸を満たす感慨に浸ることなく、そのままバカーモの屍を槍を振って投げ捨てる。

その眼は既に、“終わった復讐”等見ていない。

 

「敵をさらに追うぞ!!ノブナガ様に、必ずや勝利を!!!」

 

「「「「おおおおおぉうっ!!!」」」」

 

シャームの眼が今見据えるのは、たった一筋。ラルカ村にて槍を投げ渡された瞬間に刻み込まれた、“主”の歩まんとする覇道。ただそれだけだった。

 

 

───共暦1549年【冥暮の月】1日、正午。約三時間に渡る【ガンガル平原の戦い】は、信長の勝利に終わる。

 

無論、数千人規模の軍勢同士の激突となれば、これまで同様に無傷とはいかない。【創国記】には“ノブナガ勢、80余が討死し100余が手傷を負う”とあり、初めてまとまった人的被害が発生したことが伺える。

 

──だがその【創国記】では、同時にバカーモ・クズン連合軍の被害について、このように記載されている。

 

「………勝ち鬨を挙げよ!!!」

 

「「「「「

えい!!えい!!!おおおおおおおおおおおおぅうっっ!!!!!

」」」」」

 

総大将2卿の首級含め討死4000余。手傷を負わぬ者なし、と。

 

 

 

 

4日後、【冥暮の月】5日。信長はガンガル平原における勝利を旧四貴族支配区域に、さらにスータント全域に盛んに喧伝しつつ悠々とクッショー城に帰還した。

道中ではスータント各地の市町村落、賊集団、ジョブギルドが次々と帰順を表明する使者を送って寄越し、信長による支配は極めて迅速にスータント全域を掌握し始めていた。

 

そうした中でその日の午後。信長はアイリーンに命じ、ヒディ、マギィ、リナ、シャーム、ドンファ、ルシアの6人を“褒美を与える”として大広間へと呼びつける。

 

「─────姓、にございますか?」

 

「おう」

 

その“褒美”の内容を、ヒディがキョトンとした表情で聞き返す。

 

「生憎と、スータントの統一は成りつつあるとはいえ確定ではない。元々事実上統治者不在が長かった地、どれほど勲功定かであろうとも、突然同じ百姓や町人だった連中が領主ヅラして現れたとて言うことは聞くまい。

 

となるとしばらくは俺やグイン、ラッセルやアドラが切り盛りをしていくことになるが、単に俸禄をくれてやるだけでは主ら初期の功臣たちへの報いには不十分かと思ってな。よって────!!?」

 

ヒディの眼から、大粒の涙がボロンッとこぼれて床で爆ぜる。その有様に、信長は思わずギョッと眉を上げた。

 

「ひぐっ……」

 

「うっ、ぐっ、ぅっ………!」

 

ヒディだけではない。リナが、次いでシャームが、ヒディの涙をきっかけとしたかのようにボロボロと泣き崩れる。マギィやドンファは涙は浮かべていないが、それは感動が薄いというよりは望外すぎてかえって反応が取れていない、の方が正しいように見える。

 

「ど、どうした?仮に褒美に不満あらば、金銭での報奨は許す限りくれてやるが……」

 

「め、、滅相もなきことです……!!」

 

珍しく狼狽しかけた信長を、目元を拭いながらあわててヒディが制する。

 

「ただ………姓をいただける、即ちノブナガ様の“騎士”に正式にお認めいただけることが、猿めはまっこと嬉しゅうございます………!!エンガーオ村にてお取り立ていただき、僅か三ヶ月で地方一つを切り取りされるほどのお方の騎士として今後付き従えること、しがなき農民だったこの猿めにとっては正に身に余る光栄……!!」

 

「父も母も理不尽に奪われ、それでも何もできなかった俺に、戦う術を与え道を示してくださったのはノブナガ様です………!そのお側に正式にお仕えできる身となれるのに、不満なんてありません!!」

 

「アイリーン様とラルカ村を、アタシの故郷と恩人を……そしてアタシ自身を救ってくださったのは、ノブナガ様です!!どうかアタシを、ノブナガ様の騎士として存分に“お使い”ください!!

 

ノブナガ様の野望の礎として利用されるなら、どんな道を歩むことになろうとも嬉しいです!!」

 

「────…………」

 

………無論、完全な好意一辺倒で決めたことではない。雪崩を打って支配下に収まってくる各集団に対して“身分を問わぬ立身出世”を喧伝しつつ、“姓”を与えることで統治者としての権限を誇示し、さらには自身が最初の支配領としたラルカ村及びクッショー城に箔を付けることで自然と集権を成す──そんな、多層的な政治工作として、長期的な戦略のもと打った一手である。

 

だが一方で、僅か三ヶ月超という帰還で一地方11郡の統一を事実上成しつつある背景に、とりわけこの者たちの尽力が大きかったことは確かだ。

それに対しての“報い”が対外的な喧伝の強化にも繋がるなら、合理的であり無駄がない───ゆえにこその、姓の付与。

 

「………デ、アルカ」

 

だが、“合理の一貫”という理由付けをしてでも報いてやりたいと考えた家臣たちにこれほど心の底から喜ばれるというのは。

 

信長といえど、心に何か震えるものがあったことは否定できない。

 

「では、これより、我が軍の唯一無二の功臣たちに姓を与える!!猿!!」

 

「はっ!!」

 

「その変幻自在なる調略と類まれなる機転、ブッヒル討滅に際して大いに役立った!!とりわけ、ダントン・ギムレットの調略これ見事と言う他なし!!

 

主はこれよりヨースター、ヒディ・ヨースターぞ!!」

 

「ははーーーっ!!このヒディ・ヨースター、以後も粉骨砕身して勤めまする!!」

 

「リナ!!」

 

「はい!!」

 

「臆したラルカ村にて最初に啖呵を切り、村人たちの変心を促しアイリーンをも救いし豪胆さ、女人ながらにこの時点で功は大!!加えてスケィビィ・クシャローに一番槍をつけその首取り、クロトン城やガンガル平原でも奮戦せし勇姿古今比類なき!!

 

ラバナスタの姓を使わす、存分に励め!!」

 

「この身、どこまでもノブナガ様のお傍に!!」

 

「次、シャーム!!」

 

「はぁっ!!」

 

「ナラーン・ズンモン、そしてバカーモ・オローグを討ち取りし大功これでも報いきれぬほどよ!!その剛槍、今後も俺の下で振るうがいい!!

 

クロフォードを名乗り、我が近衛として武威を示せ!!」

 

「俺の槍、ノブナガ様の覇道に捧げます!!」

 

「ドンファ!!」

 

「へ、へい……!しかし、俺ぁシャームやリナより遥かに加入してから日が浅く……」

 

「アドラ・ブレイメンを捕らえ、ガンガル平原にて敵陣左翼を先鋒にて突き崩した功に日の浅さなど関係あるかよ。

 

ゴンゴルド、これが主の姓だ!!引け目に感じるなら、その分も上乗せして暴れよ!!」

 

「……………っ!!このドンファ・ゴンゴルド、謹んで承りやす!!!」

 

「マギィ!!」

 

「………ノブナガ様。私は皆様のように命をかけて戦ったわけではありません。いささか、過大評価かと」

 

「その命をかけるにあたり、武具と飯を揃え銭を回したは誰だ。最初期に空だったはずの郡庫を金子で潤し、俺の飛躍の礎をもたらしたは誰だ。主ほどの能吏、報わねば今後誰も来なくなるわ」

 

「…………………!」

 

「マギィ・デルターナ。これよりそう名乗れ、解ったな」

 

「…………………身に余る光栄、ありがたくお受けいたす所存です」

 

「ルシア」

 

「おー」

 

「………お主はどうも、姓を受ける意味を解っとらんようだな」

 

「ん!わかんない!!寧ろご飯もらえなくてがっかりしてる!!」

 

信長に苦笑いしながら問われ胸を張って答えたあと……信長を見上げながら、ニッと無邪気に笑う。

 

「でもルシア、もうのぶながのこと嫌いじゃないから!アイリーンのこと、村のことたすけてくれたのぶながを、ルシアはずっとたすける!!」

 

「……………デ、アルカ」

 

「えへへ〜♪」

 

飼い猫のように喉を鳴らすルシアの頭を撫でる信長の瞳は、この三ヶ月で見たこともないほど穏やかな光をたたえている。

 

「ルシア、主にはドラコニアの姓を与える。

 

ちと安直かも知れぬが、竜人としてのお主をよく表した名ぞ」

 

「わかった!!どらこにあ、だな!!かっこいいからよしだ!!」

 

「────アイリーン」

 

呼ばれるなどと、微塵も思っておらず。振り返った信長の言葉と視線に射抜かれて、アイリーンの肩が、ビクリと震える。

 

「ラルカ村を長らくその身を賭して守り続け、この信長の軍門に村民率いて降り、【魅了】の魔法と才知を以てスータントの統一の礎となりし働き、言葉に尽くしがたい格別の働きよ」

 

「信長、私は」

 

「よって」

 

有無を言わさぬ、強い口調に強い眼光が、アイリーンの反論を封じる。

 

「アイリーン、主にはオーディンの姓を与える。

 

アイリーン・オーディン、今後も、俺の下に仕えよ」

 

「───っ。

 

解った、わ………」

 

悦びと、戸惑いと、様々な感情が混ざり合う中でようやく返事を絞り出した時には、信長はアイリーンに背を向けて再びヒディたちに向き直っていた。

 

「以上をもって、論功を終える!!

 

この信長の覇道、野望!!益々の忠節をもって支えよ!!!」

 

「「「「「ははぁっ!!!」」」」」

 

ヒディ・ヨースター、ルシア・ドラコニア、シャーム・クロフォード、ドンファ・ゴンゴルド、リナ・ラバナスタ。

グイン、ラッセル、アドラと共に“ヒノモト四天王”に名を連ねるヒディは言うまでもなく、他の者達も以後信長軍の中核や近衛、マギィは政務を長く担い、何れも史書にその名を刻んでいく。

【ロンディア共和国前史】は信長の功罪について語るにあたり、何よりも褒め称えるべきはこれら忠勇の烈士を尽く集め得た眼力であると最初に述べている。

 

そして────アイリーン・オーディン。

 

彼女の名はある意味で、この中の誰よりも永く、深く、強く。

信長を“支えた”者として、後世に多くの人々が語り継いでいくことになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「珍しい………と言うか初めてね。貴方から、お酒に誘われるなんて」

 

その日の夜、クッショー城の一室。差し込んでくる月明かりの下でワイングラスを傾けつつ、アイリーンは信長とソファーに座って向かい合う。

 

「それにしても、意外な趣向ね。蜂蜜酒なんて」

 

「ああ、銅冒険章を勝ち取ったときに“ぎるど”の長にしこたま飲まされてな」

 

瓶を傾けて黄金色の酒をグラスに注ぎ、それが波打つさまを月夜に透かすようにして信長は見つめる。その頬は、心持ち赤いように思えた。

 

「下水に頭から突っ込むハメになってそん時ゃあ大層懲りたつもりだが、そんだけ飲んだってことはそんだけ美味かったってことなのか……今でも、昂ぶってどうしようもないときはこうして飲む。

 

それに、“前の下天”じゃあ俺は酒よりも甘味の方を好んだからな」

 

「…………“第六天魔王”が?」

 

「カカカ、悪いか?」

 

怪訝な表情を見せるアイリーンに、信長は少し照れくさそうに嗤う。

……確かに、高揚しているのは間違いないだろう。今まで見たこともない表情が、次から次へと現れる。

 

「だがまぁ、これも俺だ。

 

涙ながらに命乞いをする賊徒を容赦なく焼き殺すも、百姓どもを兵にするためにそれっぽい文句で焚き付けながらその“序いで”で村を救うのも、甘味に目がなく蜂蜜酒なんてもんを好んで飲むのも、全てが織田信長だ。織田前右府上総介信長だ。

 

存外、人間なんざそんなもんよ。一皮むけば別人のような性分が垣間見え、正面から見りゃ極悪人だったのが反対側から見れば劉備玄徳もかくやの人徳の持ち主なんてことがザラにある。故に、第六天魔王も蜂蜜酒好きも、どちらも俺なのさ」

 

「あらそう。じゃあ、私が惚れた織田信長はどの性分………」

 

「さぁな。アイリーン・オーディンを好いた織田信長であれば相思相愛といったところだが」

 

…………思わずこぼしてしまった、本音。だがそこに、信長が平然とより巨大な衝撃を上書きしてきて、思考が完全に止まった。

 

「は…………ぁ……………?」

 

「何だ意外か?だがこちとらしっかり男だぞ」

 

全身がさながら焚き火のように真っ赤になったアイリーンに対し、信長は悪びれもしなければ動揺もせずからかうような笑みを浮かべて言葉を重ねる。

 

「そりゃ容色この世ならざる美しさの女がいりゃあ、視線の1つや2つ奪われる。これはもはや性分というより性ゆえの理だ。

 

まぁ無論、ツラがいいだけなら歯牙にもかける気はなかったがな。

 

お主の場合、知恵が回り、義理人情を通し、さりとていざとなれば清濁併せ呑む覚悟もある。そりゃ、才も色も格も兼ね揃えた女、男たる者が惚れぬわけもなかろう。嫁にでもできりゃこれほど覇道を支える上で合理的な選択もない」

 

「ばっ!!!かじゃ!!!!ないの!!!!!?!?」

 

信長からまさか好意が向けられていようとはという嬉しさ、本当にこの男の気持ちを受け止めてよいのかという困惑………そしてそれらをぶっちぎる、色恋を“合理”で語るデリカシーのなさ。アイリーンは火にかけたやかんのごとく赤面しつつ、ソファーから立ち上がる。

 

「もう、もう、、信じられない!好いただのなんだの言いながらこの期に及んで“覇道のため”だなんて!!浮かれた私がばっかみたい!!もう寝───」

 

腕を捕まれ、引き寄せられる。目の前に、信長の笑みがあった。

 

その眼は………線上で見るときのように、獰猛にギラついている。

 

「信長」

 

「言っただろう。少し、“昂ぶっている”と」

 

「待って」

 

「待たん。………三月も待った、これ以上は待てん」

 

「だめ」

 

「ダメかどうか、決めるのは俺だ」

 

「信長」

 

「スケィビィにも言っただろう。

 

───お主は、“俺の女だ”と」

 

「信」

 

唇が、重ねられる。全身が、信長に包まれる。

 

甘い香りがした。それが、自身の放った【魅了】の香りか、信長のものなのかは解らない。

 

 

 

 

 

その夜は、世界にとっては、何の変哲もないごく普通の一夜として。

 

アイリーンにとっては、人生で一番長い、忘れられぬ夜として、過ぎていった。




シャーム・クロフォード
ラルカ村の若者。母親にシンドゥラ人を持つ。槍の扱いに長け、後に【魔王の剛槍】の二つ名を得る。
統率-75
武勇-81
魔力-27
智略-55
政治-28
魅力-47

リナ・ラバナスタ
赤毛の少女。アイリーンを慕い、そのアイリーンと自分たちを搾取構造から救ってくれた信長に強い忠誠を誓う。
統率-74
武力-79
魔力-1
知略-33
政治-25
魅力-87

ヒディ・ヨースター
猿を思わせる小男。立身出世を志し信長に仕えることを決めた。機転が利き、調略の腕前は達人級
統率-89
武力-63
魔力-55
知略-83
政治-91
魅力-95

マギィ・デルターナ
旧スケィビィ家執事長。卓越した財務手腕を持つ。暴君で浪費家だったスケィビィ時代からひそかに郡庫に財を蓄えており、その財は信長の飛躍の礎となった。
統率-33
武力-20
魔力-1
知略-74
政治-99
魅力-55

ドンファ・ゴンゴルド
マリントン一派の配下の若者。豪胆な槍捌きを信長に見出される
統率-48
武力-89
魔力-9
知略-39
政治-31
魅力-78
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