門の前に立てば、古城は存外立派なものであった。
信長が“前”に生きた元亀天正の頃の日の本の城とは似ても似つかぬ作りだが、宣教師共から見せられた絵図で南蛮・西洋の城の作りについても多少は目にした。
“ラルカ城”はまさに絵図を覚えている限りそのままの形だ。
石造りの物見塔を備えた城壁で四方を囲まれ、中央には数本の尖塔が連なった天守を据えている。多少苔むしているが遥か北端の寒村に突っ立つものとしては城壁の状態も良く、何ならスケィビィが居城としていたクッショウ城よりも立派な造りでさえある。
周囲が森で囲まれた盆地に位置し、正門前のみなだらかな坂道で繋がった地形は兵法で言うところの「挂」にあたり、立地という点も悪くない。
(まぁ、このラルカが栄えていた頃の名残、と考えれば合点は行くか)
ラルカ村。
帝国領北端のスータント地方、その北端のエウロイ郡。……のさらに北の端の端。ファストゥル大陸と、隣接するバンテニー大陸とを繋ぐ半島、【大陸回廊】へと至る道すがらに存在する。
かつては貴重な大陸間の陸上交易路の出入り口に位置した兼ね合いからスータントを治めていた小国の中ではかなり栄えていた方らしく、村と名乗りつつ実際には市に迫る数の人が住んでいたと聞く。作りの堅牢さから見るに、恐らくはこの古城もその折に建てられたのだろう。
だが今は、ロンディア帝国が大陸外にも橋頭堡・植民地を築き上げつつある関係からセリカやパルスといったバンテニーの大国からの陸路交流が途絶えて久しく、またロンディア帝国そのものの国家方針も合わさって見る影もない。
村人の数も、ロンディア帝国による征服と統治が始まって以降の8年間凄まじい勢いで目減りを続け今や200をかろうじて超える程度でしかない。
つまり、村民からすれば帝国はある日突然降って湧いた侵略者だ。そこから日も浅く、統治とは名ばかりの搾取だけをされ続け、おまけに殆ど最初から棄民として扱われてきた。この上で帝国への忠節や服従など、抱けたならそちらの方がきっと気が触れている。
古城へ至るまでの道中で、疎らに畑仕事や家事炊事を行っていた村人たちからの視線を思い出して苦笑いする。よく言われる眼力とやらが本当に物理的な力を持つならば、恐らく信長はこの短い道中だけで七、八回は死を迎えていただろう。
(大層な懐かれようだな、アイリーンとやら)
この落ちぶれた北端の村に来る者など、今や周辺の貴族連中からの略奪まがいの税徴収か食い詰めて群盗化した者共の襲撃、そして──村の“簒奪者”、アイリーンの捕縛に訪れたスケィビィの配下やそのくえすとを受けた冒険者崩れぐらいしかいない。
恐らく信長の“目的”も、既に看破された上で村中に広まっているであろう。
実のところ、アイリーンが居座って以降のラルカ村にスケィビィが手を伸ばしたのは一度や二度ではない。信長以前にも近隣の冒険者やならず者を何人か雇って“討伐”に派遣し、ナラーンら配下を差し向け、果にはアイリーンの類稀なる美貌をモノにしようと自ら乗り込んでの説得にあたったことも一度や二度ではない。
だがその都度、アイリーンは「奇妙な魔法」を用いてそれらを躱してきた。スケィビィやナラーンに対してはその魔法によって前後不覚に陥る中でのらりくらりとはぐらかされ、相場より少し多めの「税」を渡して帰還させられる。冒険者やならず者は袋叩きの末身ぐるみを剥がされ村の外へ追い出されるのだと言う。
『アイリーンたん……アイリーン殿の近くにいるとの、ホワッという甘い香りが漂うてきて、頭がボワンっとなってなあ。
アイリーン殿の望みに何でも応えねばという気持ちになってしまい、そんでまぁ、手土産を渡されて二、三言甘い言葉を囁かれるとそれで税のそれ以上の徴収もアイリーンたんの我が元への輿入れの先送りも許してしまうのよ』
「ふむ…………」
スケィビィの──未だに鳥肌が止まらぬほど気色の悪い声色と口調の──証言を思い返しつつ、信長は束の間逡巡する。
ナラーンはこちらを異様に敵視しておりそもそも話を聞けなかった。だが、ラルカ村にアイリーン関連で訪れたことのある一部のスケィビィ配下兵の言い分にも一致するところがある。
直接的なダメージはなく効果時間も短いものの影響力は絶大であり、心理操作系魔法としては最強格に数え上げられることも少なくない。
いずれの条件に該当するのかは定かではないが、恐らくアイリーンはこの【魅了】を扱えると見て間違いないだろう。
【魅了】の使い手が種族としても個体としてもほぼ例外なく容姿の美麗さに突出したものがあるという点においても、特徴が一致している。
その上で、他のならず者や冒険者については武装を奪われ放り出されているのだ。アイリーン自身が【魅了】以外にも使える魔法を持っているか、村人たちの協力か、或いはもっと別の何かか。何れにせよ、武力での制圧も可能な何かしらも備えていると見たほうがよい。
(さて、どうしたものか)
実のところ、スケィビィたちに伝えた“秘策”は方便に過ぎない。
話を聞いた時点で“冒険者”としての積み重ねから【魅了】の使い手であることは想定していたが、そも使い手が限られる以上対策らしい対策はなかなか確立できるものではない。
噂によると無効化できる魔術道具は存在するそうだが、かなりの希少品であるらしく信長自身も実際に目にしたことは皆無だ。
ましてや、“ネイブ・ナガン”であった頃の直感に近い衝動からこの度の依頼を受けたので、例えば他の魔法士と「冒険者ぱぁてぃ」を組むとかそういった備えもしてこなかった。【魅了】に何かしらの対策を打てる魔法士を探すとなると、わざわざ帝都圏まで舞い戻って数週間は探す必要が出てくるだろう。既に2週間の刻を確約させている中でさらに準備のみで一月前後もとなれば、スケィビィたちが業を煮やして自分たちで動く方向に舵を切りかねない。
「まぁいい、入るか」
だが次の瞬間、信長は一人そう呟くと門を押し開く。誘い込むためか、少し力を込めると軋むような音を立てて門はあっさりと開いた。
…………合理を好み、非合理を嫌う。信長という人間のこの性分は、“生前”より変わっていない。
解決のしようがない問題に知恵を回すよりは、ネイブ・ナガンであったころの直感に従い動いた方が時を無駄にせず済む───それが、逡巡の中でくだされた結論だった。