信長公記異世界録   作:日ノ本太郎の助

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楽市

 

 

 

 

 

 

「へい、らっしゃい、らっしゃい、らっしゃい!!

 

スータントじゃあ採れやしない夏野菜、【帝都圏】から氷魔法で保存しつつはるばるここまで届けた逸品だぁ!!ぜひぜひご賞味あれぇ!!」

 

「冒険のお供にカンナーモ商会の剣は如何でございましょうや!?かの【冥府の戦鎚】の得物と同じ鋼を使いたる強靭な一品!!」

 

「こちらぁ西方はアリアンテ地方より遥々訪れし魔法士ギルドの出張受付所だよ!!【帝都圏】防衛魔法団にも劣らない精鋭魔法士が選り取り見取り!!ご到着は飛行魔法を用いてたったの3日だよぉ!!」

 

「スータントだって負けてるわけじゃねえぜ、海の幸は如何かね!?身が引き締まり脂の乗ったブリ、鮮度も抜群!!さぁ買った買った!!」

 

商人たちの叫び声が、幾つも木霊する。彩り豊かな食物が道に並ぶ棚を満たし、鎚が力強く鉄を打ち付ける音を聞きつつ冒険者たちが鍛冶屋の屋台に列を成す。魔法士ギルドが構えたテントには、こちらも冒険者たちがひっきりなしに出たり入ったり。

料理に使われる油がパチパチと爆ぜ、肉や魚や野菜を煮込む湯気が濛々と空間を覆う中で、往来は何十何百という人々でごった返している。

 

「───ほぉ、美味いな」

 

「そうでしょうともそうでしょうとも」

 

菓子屋が出している屋台の前で、一人の若者が眼を丸くして手渡された甘味を頬張っている。

やや季節に似つかわしくないラフな格好をしているが、その凛々しい顔立ちと精悍な体躯から相当な実力の冒険者と睨んだ店主がここぞとばかりに弁を振るう。

 

「そちらの逸品、【絹の国】セリカの料理である饅頭の中に大和の“餡”という甘調味を組み合わせました。

蒸されふんわりとした生地に餡の甘みが混ざり合いまさに絶品!死と隣り合わせの冒険者稼業なればこそ、息抜きに我が店の新商品【餡饅】、ぜひ御購入を!!」

 

「おう、4つほど買うぞ」

 

「毎度ありがとうございます!1個銅貨12枚──でぇ!!!?」

 

「釣りはいらん、味への報奨故とっとけ」

 

ピンっと指ではじかれた金貨2枚がとんできて、店主が驚き慌てふためいて受け取る内にその“冒険者”は餡饅を抱えて店を離れてしまう。

 

屋台から数歩も歩くと、少し離れた路地で待機していた、濃く切り揃えられた口ひげが特徴的な騎士が一人スッと直ぐ傍に歩み寄る。

 

「ノ・ブ・ナ・ガ様。少々、“言上”がございますれば」

 

「なんだなんだ、また小言か?」

 

……微かに口髭を震わせつつ1音1音区切って呼びかけてくるラッセル・バーナードの様子に、冒険者──織田信長は、いかにも鬱陶しげに眉を顰めた。

 

「いよいよ以て平手の爺めいてきたな御主も。折角の市だ、もう少し肩の力を抜いてもよかろうぞ」

 

「…………ええ、是非ともそうありたいものですな」

 

信長の物言いに、ラッセルはラッセルで眉間にシワを寄せつつため息をつく。

 

「しかし何分、私は現在“主の警護”というとても重要な役割を与えられております故。どうも、ノブナガ様はご存じないようですが」

 

「おお、知らんな。なんだ、お主大層厄介な主を持ったようだな」

 

「ええ、何せたった半年で2地方を切り従え大いに注目を集めている立場でありながら、御身護る者たちに一言も告げることなく七、八回は人混みに紛れて行方を晦ますような御方故。

お仕えを不満には思いませぬが、いささか体力がもたんですな」

 

「ぬはは、そりゃ鍛え方が足りんよ」

 

「アドラ殿と打ち合い稽古をして向こうが足腰立たなくなってもピンピンしているような体力の持ち主の方が異様というだけかと存じます」

 

口調は出会った時のまま勤勉で堅苦しいもののままだが、飛んでくる物言いは遠慮なく皮肉を山積みにしている。

打ち解けた印と見れば喜ばしいことだと、餡饅を新たに1つ取り出してかぶりつきながら信長の口元に苦笑いが浮かぶ。

 

「まぁなんだ、許せ。屈強な護衛がピッタリくっついた状態で練り歩くとなると、市井の連中が竦んで生の声を聴きづらくなる故な」

 

「……それ自体は一理ございますが」

 

往来盛んな街の様子を見て、ラッセルも難しい表情を作りつつ頷く。

 

「スータントに赴任してから7年余り。賑わい、ヒトが往来し、活気に溢れる……のような場所は帝国の統治下になって以降この地方内でとんと見たことがありませんでした。

 

たった1年半で、これほどに様変わりするとは」

 

「いいだろ、“楽市令”。スータントを盗ったら、真っ先に発する予定だった令だ」

 

「……正直、想像を超えました」

 

共暦1550年【甘露の月】、マーカー・セインヌらを大破し討ち取ったまさにその翌日──15日。信長はリントゥナ連合軍残党への対処と並行して、以後の領内における「商売の完全自由化」を布告した。

 

商売そのものに対する税の免除と、談合の禁。それを聞き及ぶや否や、近隣の商人たちが各地から先を争うようにしてスータント地方に居を転じ、或いは支店を構えにきている。

 

「マギィ殿が悲鳴を上げておられました。……商人連中だけでも引きも切らぬほど領内に流入してきているというのに、町民や農民、鍛冶師に冒険者に学者、様々な者共が群れを成して国境を越えるものだから帳簿の作成が全く追いつかぬと。

 

加えて、税収の伸びも想像を絶するうなぎ登りだとかで、日に日に目の下のクマが濃くなっております」

 

「ま、そうならぁな。寧ろ、そうならなくては困る」

 

餡饅を入れているものとは別の袋から今度は砂糖をまぶした菓子パン──ブリオッシュを取り出してかぶりつきつつ、ラッセルの言葉に「当然」とばかとばかりに頷く。

 

「商人共の大半は利に聡く、算盤を弾くのが速い。

税が“儲け切った後”の自分の懐に入れる分からしか取られんとなれば、転居や店を増やすのにかかる銭など鼻で笑えるほどの利が転がり込むからな。

 

そしてその商人共が品物や材料を買い付ける、様々な職種の人間もまた後を追って入ってくる」

 

まさに信長とラッセルの横を、山のようにジャガイモを積んだ農夫の荷車が通過していく。農夫がある商店の前までそれを転がすと、早速店子が飛び出してきて銀貨を満載した袋を渡し数を数え始めた。

 

「人が増えりゃあ結局税も応じて増える、100の民から10000枚の金貨を盗るために血の一滴まで搾り出すのと、5000の民が10枚ずつ自ら金貨を差し出すのとでは、後者の仕組みを作り上げるほうが圧倒的に“合理”よ。

……何故か、多くの貴族連中は気付かんがな。

 

マギィと他の能吏連中にゃ悪いが、しばしは政務に明け暮れてもらうぞ」

 

「……せめて、関所の撤廃についてはご再考いただくことはできませぬか?

 

マギィ自身の負担もさることながら、御身の安全というものがあります。ノブナガ様を恨む旧勢力残党や、警戒する領外の貴族から暗殺者が近づく可能性も……」

 

「ならん」

 

周囲に警戒の視線を飛ばしつつ懸念を示すラッセル。だが信長は、まるで揺るがぬ力強さで否定する。

 

「ここでしかと民を呼び込み領内に活気を満たさせるは、十年国を富ませるための大計。目先の俺の安寧なんぞで頓挫させるは非合理の極みよ。

 

それに、“一見”包み隠さずにいて、しかもわんさか儲けているからこそ、アレも早うに進んでいるわけだしな」

 

「…………お言葉通りにございますな」

 

信長は大いに領内を富ませた分を、惜しみなく帝国の“中央”に還元した。単に帝国政府に対する法に則った納税を行うのみでなく、冒険者時代の伝手を含め様々な手段で【帝都圏】近郊に住まう下級貴族たちに取り入り“信長領”の追認嘆願を加速させた。

 

バンデン・グラスナウやシェーン・ゲイルら“武断派”中心貴族の根強い反発もあるものの、特に魔導派貴族たちは信長領追認支持をほぼ固めており、正式承認は秒読み段階まで来ているらしい。

 

「俺の場合名前からしてロンディア帝国に対し“余所者”であることは明白。なんなら大和の内通者と疑われてもおかしくない立場だ。しかしながら腹が探られねえのは、“ネイブ・ナガン”としての実績と関を設けず領内を見せびらかすが故。

 

だから奴らは安心し、元々棄民に等しい扱いをしていた地の統一程度なら許すのさ。

 

………とはいえ、本当に何もかもあっけらかんと見せるわけじゃないがな」

 

「……………“兵”の件に関しては、しかと隠し通しております。調練の規模やタイミングを細かく変え、かつ常に周辺を警戒しやすい平野部で執り行うよう差配しておりますので。マルドナ卿らの動きを見ましても、露見はまだしていないかと。

 

しかし………」

 

信長に併せて声を潜めつつ、ラッセルの顔に困惑が色濃く浮かぶ。

 

「その……火薬と“アレ”は、これほど徹底して隠す必要がありましょうや?火薬は確かにフォッスルでは大陸全土を巻き込んだ大戦乱へと繋がりましたが、それは彼の国が魔導文明については未発達と言っても過言ではないほどの後進地域故のこと。

 

魔法士の、それこそノブナガ様ご自身の火炎魔法のほうが何十倍も高い威力を発揮いたしますのに、何故あのようなものの量産を進められますやら」

 

「“必要”だからだ。俺は無用のもんに金を落としたりはせん。で、それらはしかと進んでいるのか?」

 

「火薬の方は、幸い硝石などそう高価なものでもありませぬし、人の増加に伴い糞便も山程入りますのでさほどは。………その、屍についても、ガンガルやヤンズにて山と得ましたものを使いました故、かなりの量が醸造されつつあります。

 

ですがもう一つの方は……概ねの型はできたものの、何分威力がかなりばらついておりまして。今少し腕の良き鍛冶師と細かな調整を可能とする図がありますれば、量産も始められると心得ますが……」

 

「なんとか【疾風の月】までには間に合わせよ───解ったな♪」

 

「あっ、ノブナガ様!…………はぁ」

 

語りの最後の方で“馬車”を見つけ、幾分か語尾を上げつつ駆け出す信長。その後ろを慌てて追いつつ、ラッセルは一人ため息をつく。

 

「ご用命とあらば無論こなすが………本当に役立つものなのか、その……“鉛玉を飛ばす鉄の筒”とやらは」

 

 

 

 

 

 

「おう、寄れ寄れ。“領主”様の乗車ぞ」

 

「ちょっ!?信長!?貴方どこから現れて……んもう……」

 

ひょいっと馬車に乗り込んできた信長に、アイリーンは一瞬目を見張った後少し不満気に唇を尖らせつつも言われるまま座席のスペースを空ける。

 

「いったいどこに行ってたわけ?貴方自身が市井巡察とか言い出したのにすっぽかして……」

 

「あ?そりゃ俺なりの“市井巡察”よ」

 

言いながら、ふと往来に目を向ける。馬車の通過に店先まで出てきていた“餡饅屋”の店主が、唖然呆然といった様子であんぐりと口を空けながら馬車を、その中に座る信長を見ていた。

餡饅を1つ取り出して掲げつつ、にこやかに手を振ってやる。

 

「馬車ン中から眺めてるだけじゃ、届かん解からん“生身の声”ってのがある。それを耳にし拾うも貴族大名の役目ってやつだ。

 

ほれ」

 

「わわっ」

 

手にとった餡饅を、そのままポンッとアイリーンに投げ渡す。

 

「巡察の成果の餡饅なる菓子ぞ。食ってみぃ」

 

「アンマン?聞いたことない───ほわぁあ……甘ぁい………♪」

 

「あー………デ、アルカ」

 

かぶりついた瞬間、全身から力という力を抜いたかのような声を上げつつポワンと顔を蕩けさせて甘さを堪能し始めるアイリーン。

……さしもの信長も思わず頭を思い切り撫でたくなる衝動に駆られたが、失われる威厳の量を考えると“合理”には程遠い選択肢であるためかろうじて堪える。

 

「して、大層骨抜きになってるところ悪いが実際巡察はどうだ?」

 

「んんっ……!だ、誰が骨抜きよ……!」

 

慌てて餡饅を飲み込みつつ、羞恥にアイリーンの頬が染まる。

 

「………でもまぁ、そうね。本当に、尋常じゃない賑わいだわ。人も物もどんどん入ってきて、町の隅から隅まで活力に満ち溢れてる。

 

とてもここが、つい1年前まで人の数が2000を切った寂れた市だったなんて思えないぐらい」

 

【ヤンズ夜戦】に伴うリントゥナ地方の急速な掌握を受けて、信長は本拠地をクッショー城から大きく南下させ、スータント地方の中ほどに位置するマーナカ市に移動させた。スータントとリントゥナをつなぐ最も大きな街道の通過点であることに加えて、南方諸地方の境への陸路も伸びる交通の要衝。

スータントの内政がまともであったなら、大陸内交易路の主要拠点の一角として大いに栄えていたであろう地である。

 

信長は【楽市令】の布告に先立って市名を【キヨス市】に変更。【キヨス城】の建設を近郊に開始しつつ、アイリーンやマギィを始め主要な家臣団を引き連れてここに本拠機能を移設させた。

“国主”のお膝元ということもあってか、今や【キヨス市】の人口増加は民家の建設や区域の拡大が間に合わないほどになっている。

 

「貴方の慧眼、かしらね。わざわざクッショー城を捨てる意味もないし、居を移すなら移すでもっと大きな市は幾つかあるのに、って思ってたけど」

 

「その地に至り根を張るまでの道中が如何に平坦かは、商人共が気にする“こすと”として決して小さい比重ではないからな。さらに言えば、その後如何程の人が如何程の頻度で通るかを推察する材料にもなる。

 

道の集まりとは即ち、金の集まりであり人の集まりだ。堅牢さなんてのは城壁建てときゃある程度は担保される、なら市町は人が通りやすい場所にあってこそよ。そうすりゃ、市のデカさなんてのは立地と適切な施政の組み合わせで後から勝手についてくる」

 

言いながら信長は、最後の一個となった餡饅を取り出し少し惜しげな表情を浮かべた後かぶりつく。

 

「甲斐の山奥の坊主も言ってたらしいな。人は石垣、人は堀、人は城。

 

政なんてのは城と同じで、土台も固められぬままただおっ立てたところで指でちょいと押されただけで倒れちまう」

 

「やっぱり、間もなく正式に“お貴族様”になられ遊ばされる方は違うわね。しっかりと地に足をつけてものをお考えだわ」

 

「………もし順当にそうなったら、下手なことになる前にお前さんを娶っちまうのも手だな。帝室や“魔導派”に目でもつけられたら厄介だ」

 

「なっ、なっ、なっ、なっ、なっ……………!!!」

 

たまには反撃をと皮肉を飛ばしてみたが、何倍もの威力で“返し”がとんできて見て解るほど大いに赤面する羽目に陥った。信長本人はアイリーンとの会話の中で思考の海に沈んでおり、純粋な“合理的計算”のもとこの言葉を意図なく放っているのが始末に負えない。

 

「よよよよよ……………」

 

「………リナ殿はいかがされたのですかな?」

 

「気にせんでくだせぇラッセルの旦那。現況が充実している男女を見せつけられた敗北者の断末魔でさぁ」

 

端から見れば惚気もいいところの会話に落涙止まらず顔を覆うリナ。その様子を訝しげに眺めつつラッセルから尋ねられ、マリントンは疲れ切った眼のまま遠くを見つめる。

 

「はぁ〜ぁ……ただでさえ疲れてるところにガキンチョの色恋沙汰なんざ、聞かされたら益々───あん?」

 

「お頭!お耳を……!!」

 

馬蹄が響き、隊列の中に駆け込んできたのは市外で巡邏警戒をしていたはずのマリントンの直属の部下。血相を変えてのそれにマリントンも気を引き締めて聞き………すぐにその表情を大いに険しくする。

 

「ノブナガ様……!急報でさぁ……!!」

 

「おう」

 

馬車に寄ったマリントンの精一杯押し殺しつつも焦燥に溢れた声に、信長もただ事ではないと表情を引き締める。

 

「ケネヨス市のボイヤの旦那とシャーム“ら”から、報せが入ってきやした……!国境沿いにて不穏の動きあり、それも決して小勢に非ず……!!」

 

「なるほど、そろそろ“刈働き”ではなく本攻めに移るか。して、シャンティンか、マルドナか、或いは別勢力か」

 

「複数でございやす……!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「シャンティン・エリーゼ卿を“中心”に、東西南三方尽くで挙兵の気配!!また、チュンボス地方内でも兵が集まりつつある由にございやす!!」

 

「ほぅ……………!!」

 

信長の眼が、警戒に、闘志に…………そして、野望と悦楽に、ギラリと輝く。

 

「包囲網、か。

 

………こんな“若輩”に、さても大掛かりに仕掛けたものよなぁ───マルドナ・ヒンギス……!!」




■帝都圏

ロンディア帝国の中核を成す、帝都・ロンドリアとその周りを囲う5つの大都市の総称。

政都・ヴェルナ
文都・パリース
軍都・リアンドリード
法都・ローム
商都・リオルディア
に中央のロンドリアを加えた六都から成る。何れも人口100万を超えるという超巨大都市で、一都で中小国二、三を相手取れるとまで言われる繁栄ぶりとなっている。
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