チュンボス地方はプリンセラ郡、その中央に、1つの山城がある。
名を、ロイヤル城。
山麓から城壁で全体をぐるりと囲い、5層に渡る環状壁をもって固め、更に層内もいくつもの“郭”に分かれている。山を囲う形で広がる城下町を護る防壁も含めれば、6層の環状壁に14の郭、18の城塔、加えて山が天然の傾斜城壁として備わった金城鉄壁の大城塞だ。
遠方からその全容を見れば、さながら巨大な竜の背びれの如く景色に城が浮き上がる。
一地方を収めし大領主、マルドナ・ヒンギスの居城としては、十分すぎるほどの威容を誇っていた。
「…………この城に登るのはワシの身体では毎度のことながら骨が折れるな」
謁見の間に、一人の男が通される。白髪に半分ほど侵食された頭で、さながら“継ぎ目”のように額を横切る縫合された切り傷が特徴的な壮年の貴族だ。
彼は疲労した体を杖で支えつつ、ゆっくりとソファーに腰掛ける。
「貴殿の身体がそれほど立派に引き締まってるのも、割とこの城の立地のおかげかもなぁ。ええ?ヒンギス卿」
「ははは、影響は比較的あるでしょうね」
羨望とも皮肉ともつかない言葉を投げかけられて、向かいの椅子に腰掛けつつマルドナは苦笑いを浮かべる。
「都度のご足労真に相申し訳ありません、エリーゼ卿」
「ふんっ」
マルドナの謝罪を受けて、壮年の貴族───オージン地方ベンテーラ郡領主、シャンティン・エリーゼは自然薯のようにヒョロリと尖った鼻を不快げに鳴らす。その態度に、マルドナの傍らに立つ赤毛と赤髭が特徴的な側近が解りやすく目を怒らせた。
「そう思うなら、平城での会談なり城下町に場を設けるなり、さもなくば我が居城に貴殿が来るなりしてはどうか?だいたい、所領の広さに差こそあれ何故貴殿がワシらを呼びつける権利がある?いつの間に我がシャンティン家はヒンギス家の家臣となったのか」
「武勲あらかたなるエリーゼ卿を家臣などと恐れ多い。若輩の身として、寧ろ師と仰ぎたいほどです」
次から次へと刺々しい言葉がとんでくるが、マルドナは柔和に微笑み柳に風と受け流す。
「ロイヤル城に卿をお呼びしましたるは、あくまで防諜のため。密談をするにあたり、我が精鋭が睨みをきかせ峻険堅固なこの要塞内なれば安心ですので」
「エリーゼ卿、お疲れが出ているのでしょうが、些か穿って物を見過ぎですぞ」
先にマルドナの前に座っていた、大柄な球形の体躯に丸顔を乗せた大和の達磨人形を思わせる外観の貴族───マグナ・テルアージがシャンティンの言動を穏やかな口調で嗜める。
「マルドナ・ヒンギス卿は帝国の俊英と名高きお人ながら、帝室への忠節厚く私利私欲の無き聖人!我らを臣下扱いなど、そのような無体をなされるはずがありましょうや!」
「どーだかな。ツラがよくとも、腹の中じゃあ何を思ってるか………」
シャンティンの細鼻が、また一度フンッと揺れる。
「何なら、密談だ防諜だと言ってワシらを寧ろ隔離してるのかもしれんぞ。こうして部屋に閉じ込めて謀を捏ねているように見せかけて、裏では既にノブナガ・オダと通じて我らの謀殺を───」
「エリーゼ卿!!」
「ワシは懸念を口にしとるにすぎん。ダントン・ギムレットを見よ、律儀者だ忠義の騎士だと人畜無害ヅラで言われておきながら、コロリとノブナガの手の者になっているではないか」
「エリーゼ卿のご懸念、流石は歴戦の士と言ったところですな」
声を荒げるマグナを手で制しつつ、マルドナは尚もにこやかに続ける。
………本当に、その笑顔には曇りがない。腹立たしさに引きつることもなければ、目の奥に殺意がともることもない。清々しく、爽やかに、シャンティンの罵詈雑言を聞き流し続ける。
「ふんっ………」
それがまた、シャンティンは気に食わない。まるで、自分がこのようやく20の半ばを超えたばかりの若造より遥かに人として格下であるかのような感覚を受けてしまうから。
「ですが、当然私にそのような思いはありません。
此度諸卿にお声掛けしましたるは、何らかの“野心”があること紛れもなきノブナガ・オダへの警戒をするための協調。それ以上でも、それ以下でもありません」
「ネイブ・ナガンの名を捨てて明らかな大和人の名を名乗り、帝室より爵位賜りし貴族たちを次々と討ちその所領を飲み込んでいく動き………いやいや、ヒンギス卿のおっしゃる通り!!その洞察、神算鬼謀というより他なし!!
某も、ヒンギス卿と志を同じくし彼の者の野心必ずや挫いてみせますぞ!!」
……やや過剰な称賛の羅列、今にも揉み手でもしだしそうな動き、媚びるような意地汚い目つき……大柄ながらどことなく愛嬌を感じさせる外観を台無しにする、卑屈さが滲み出る言動。
シャンティンの明からさまな虚栄心と嫉妬心の発露に負けず劣らず、マグナのそれも醜さと見苦しさに満ち溢れている。
「エリーゼ卿、改めて“お頼み”申し上げます。貴殿の老獪な手腕、ノブナガ・オダを討つ上で不可欠なのです」
「…………顔を上げてはくれんか」
机に突っ伏さんばかりに深々と頭を下げるマルドナの姿に、シャンティンは今度は諦めたように鼻を鳴らす。
決して、納得などしていない。だが、年下の者にこうまでされてなお突っぱねるようでは、それは最早単なるシャンティン自身の“大人げ”の話になってしまう。
既にこの若貴族の風下に立っているだけでも我慢ならないというのに、年長者として自ら最後の一線を踏み越えるのはシャンティンの自尊心の崩壊を意味していた。
「ワシとて、あくまでノブナガの謀略を警戒しての物言い。別段諸卿と敵対したいわけではない。
戦となれば、ワシとて老骨奮い立たせ貴殿らと轡を並べる所存。ご安心召されよ」
「それは重畳!なれば、改めて“挙兵”の手筈の見直しを───」
シャンティンがそう言った瞬間、それまでの深い辞儀が嘘のようにひょいっとマルドナの頭が上がる。にこやかに、だが有無を言わさず“軍議”が開始され、シャンティンは呆気にとられつつもそれ以上の言を告げる機会を奪われていくのだった。
「────以上で、“包囲網”形成に際して各卿挙兵の手順は問題ないかと思われます。エリーゼ卿、必ずや我らも続きます故、手筈通りに」
「…………言われんでも解っておるわい」
「ではヒンギス卿、次は戰場にて!私めは貴殿の家人の如き気持ちでノブナガ・オダを迎え撃ってみせましょうぞ!!ハハハハ!!」
夕刻、“軍議”を終えたマルドナから声を掛けられ、シャンティンは心底不満気に、マグナは益々媚びきった様子で返事をしつつ部屋を辞していく。その様子を見送りため息をついた直後、部屋の隅からバランっと弦がかき鳴らされる音が聞こえてくる。
「まだいたのか、ヴェダン」
「ああ。追い風が吹くまでは、今少しここにいようと思ってね」
ターフィン地方はウィンディン郡領主、ヴェダン・アルマンド。顔立ちは特別悪いわけでもないのだが、“外観”は摩訶不思議という他ない。
肩口まで伸びた金髪、髪と同じ色の口髭及び顎髭、さらには履いている緑色の靴。そのすべての先端が、収納されている時の蝶々の口のようにくるくると幾重かにカールしている。手にしているハープまで、装飾品の先端が丸まっているという徹底ぶりだ。
服装も教会の司祭と道化師を出して2で割ったような珍妙な作りをしており、町中ですれ違えば幻覚を疑い二、三度見直すことになるだろう。
そんな彼が、窓辺に座り地平に沈みつつある夕日に目をやりながら、ハープをまた一度パランっとかき鳴らした。
「それにしても、君も難儀なやつだ。なれぬ“風”は起こすもんじゃあないよ」
「なに、エリーゼ卿の力を見込んでのことだよ」
どこか持って回った、ぱっと言葉尻を耳にしただけでは理解に苦しむ言い様。しかしマルドナは、それを正確に理解しているようですぐに頷きつつ苦笑いする。
「かつてはロンディウス2世陛下のお膝元で大和国親征にも付き従った人だ。老い、また手傷を刻まれた今でも“将”としての力は決して低くないさ」
「ノブナガは………今までこの国のなかで見たことのない“風”を纏っている」
漠然と窓の外を眺めていたヴェダンの眼光に………ふと、“騎士”としての鋭さが僅かに宿る。
「お前の起こした風が、奴の風とよい“混ざり方”をするとは限らんぞ?」
「とはいえ、風を起こさないと一方的に吹き付けられるだけだからね」
おそらくは“忠告”と思わしきヴェダンの言葉に、マルドナの目がきゅっと細まる。
その奥に宿るのは………冷徹な“観察”の光。
「なに、今回の風を起こすのは……私じゃなくエリーゼ卿さ。まずは帆を張るに足る風を彼が吹かせられるのか……或いは“第六天魔王”の暴風に飲み込まれるのか。老将のお手並み拝見といこうじゃないか」
夜。ベンテーラ郡の自らの居城コーレイに戻ったシャンティンは、自室の窓から月夜を見上げる。
「陛下…………」
脳裏に浮かぶ、イオ島の地獄。仲間が次々と大和兵の刃に倒れていき、屍を砂浜に晒す光景が、未だ網膜には焼き付いている。
「あの時、戦友たちと共に討死に、この命をもって陛下の身代わりとなりとうございました………」
槍に差し貫かれて動かぬ膝が震える。額に刻まれた“倭刀”の傷が、ジクジクと痛む。
名誉の死を遂げられたなら、肉体的にも精神的にも、これほどの辛苦を味合わずに済んだだろう。そう考えると、あの鬨の光景が悔やんでも悔やみきれない。膝を刺され身動きが取れず、懸命に伸ばした腕のはるか先で、あの精悍な大和武者の刃が敬愛せし国王を袈裟懸けに切り裂くさまをただ眺める他なかったあの時が、幾度の晩を超えても夢に出る。
偉大な王のもとで、“大陸統一”の大義をなすという夢を奪われた。
傷を負いながら慰めのように僻地の所領を与えられ、自分より二回り以上歳が下の若者の与力のような立ち位置に追いやられ、名誉を奪われた。
この上は、死んだほうがマシなのではないか、そう何度も思った。
───だが今、帝国に将来仇成すやも知れぬ者が、刃を虎視眈々と研いでいる。
ならば、名誉が恥辱にまみれようとも。
夢の残滓に身を焦がされようとも。
せめて、偉大なる王の生きた証にさえ刃を突き立てようとする無頼の徒だけは、除かなければならない。
「ノブナガ・オダ……………!!!」
確かに、シャンティン・エリーゼはマルドナ・ヒンギスの“下”につかされることは我慢ならなかった。
それでも彼がこの戦に加わるのは───自身の誇りなど遥かに及ばぬ“君主が生きた証”を、守りたいがために他ならなかった。
シャンティン・エリーゼ
ベンテーラ郡領主。かつてはロンディウス2世の元【帝都圏】直軍の部隊長も担った。【イオ島の戦い】で重傷を負い騎士としてはその生命を立たれたが、智略軍略は未だ健在。
統率-85
武勇-14
魔力-43
智略-81
政治-69
魅力-77
マグナ・テルアージ
バンチング郡領主の大柄な貴族。【帝都圏】の貴族に度々賄賂を送り中央への取り入りを図っている
統率-59
武勇-81
魔力-48
智略-61
政治-72
魅力-25
ヴェダン・アルマンド
ウィンディン郡領主。服装言動とも奇抜だが、魔法士としての才は確か。また領内によく善政を布いており民からは慕われる
統率-75
武勇-39
魔力-78
智略-69
政治-80
魅力-79