共暦1551年、【華咲の月】7日早朝。“現”織田信長領西端、セリンツ砦。
リントゥナ地方ダンチー郡とミニア地方ガタコ郡の境、ブラッチ山の中嶺に建つ砦である。
山中にありながら正門に繋がる山道が広く、傾斜もやや緩やかなため麓の主要街道に容易く接続でき、逆落としにて進軍する敵勢の横撃を行いやすい。
反面、より峻険な山に建つ城・砦と比較して純粋な防御力に劣る面はあるが、基本的には攻防一体の性格を持つ要衝だ。
「おおー、来よった来よった、来よったかいの!」
砦の防壁上で、一人の男がやや燥いだ声を上げつつ掌を額の高さでかざし、わざとらしく遠方を眺める素振りを見せている。
歳の頃は27、8。肩ほどまで伸びたボサボサの黒髪をやや信長に似せたような形で結わえ、頬から顎にかけては所々に生えた短い無精髭。
背は五尺八寸程度とこの大陸の平均からはやや低いものの、しっかりと鍛え上げられよく張り詰めた筋肉が男の決して低くない実力を伺わせる。
ジェルム・ガードナー。元はロンディア帝国の騎士で、赴任した直後に一応は上官にあたるナラーン・ズンモンの腹心をぶん殴りそのまま出奔したという豪胆の士。
スケィビィ・クシャローの死をきっかけにこれを討ち取った信長に興味を抱いて出仕し、今は兵250余を率いるセリンツ砦の守備頭だ。
彼の切れ長の三白眼は、その奥に爛と輝きを灯して2〜3里先に姿を現した軍勢を見据える。
「ノブナガ様やラッセル殿やラルカ村の衆が派〜手にやっちょる時に賊徒や残敵の討伐ばかりで歯痒う思っちったが、よーやく俺ぁにも戦の機会が来たっちが!!」
「そういった裏方仕事も重要なんですがねー」
脇に大身の槍を突き立てながら大陸南方の訛りが強い口調で興奮を露わにするジェルムの横で、副頭のラース・キニアンが応じる。
彼はそばかすを先端にまぶした一際目を引く見事な豚鼻をポリポリと掻きながら、腫れぼったい両目を眠たげに細めてひょろりと高い身体を防壁から乗り出させた。
「………旗指物が見えました。ガタコ郡の一角を治める小貴族、コモ・ノーサンの軍勢と思われます。
目算するに、手勢は200をちょいと超えた程度かと」
「コモ・ノーサン……?俺ゃ知らん名じゃき、ラース、解かりゃ教えれ」
「うろ覚えっすけど、確か所領は2〜3県程度のほんとに小さな貴族のはずですね。多分、あの200名も出し惜しみとかじゃなくて奴さんの主力と思われます」
「なんじゃ、小身の雑魚やが。しまらんのぉ」
ジェルムが防壁に肘を突き、詰まらなさそうにぼやく。
その間にノーサン勢200余は、橋を渡って川を超え、その前に整然と布陣を開始した。
「………如何されますか?敵勢は我らより少数、打って出れば蹴散らして出鼻をくじくことも可能かと」
「んにゃ」
ラースの言葉を、掌をかざして遮る。
既にジェルムの瞳からは、退屈がさっぱりと消え去っていた。まるで狩りに慣れた獅子とでも対峙したが如く、油断なくノーサンの小勢を睨み据える。
「いよいよ守りを固めぃ。そんと、のろしを上げつつ早馬を裏手から。ノブナガ様に一刻も早うご報告じゃ」
「ええ、私も同じ思いでした」
ジェルムの返答に即座に頷くと、ラースは伝令兵や指揮下の組頭を呼びつけ手際よく指示を下し始めた。
急速に肥え太り、本格的に統治を固めていく“国内”にあって、信長が真っ先に整備したのが伝令網であった。
信長はスータント統一が成った時点で、まず主要な街道を整備しつつ防護拠点へといたる経路上に従来より遥かに短い間隔で厩の大量建設を開始。
更にリントゥナ地方を手にしたあたりで、【楽市】目当てで押し寄せる商人たちや軍に志願してくる冒険者たちから多少の高値をふっかけてでも駿馬をありったけ買い集めると、騎馬衆より優先して伝令役の“使い番衆”にそれらを割り当てたのである。
またこれに並行して、大量の狼煙台も建造。厩と併せ、現領国の端からでも即座の情報伝達が可能なように手配。
2つの情報網の合わせ技によって、この日の昼過ぎには【キヨス城】にいる信長のもとに“コモ・ノーサン勢布陣”の報は渡っていた。
「────実に賢明な采を振るってくれたものだ」
「ええ、本当に」
渡された幾本かの書を開き、使い番から仔細の顛末を聞いた信長とラッセルは、揃って頷きつつ胸をなでおろす。
書の1つに描かれているのはノーサン勢の簡易な布陣図。一見、川を背にして基本的な円陣を組んでいるだけにしか見えない。
……だが信長たちは、その裏に潜む狙いに図を見た瞬間即座に気づく。
「背水の陣………と見せかけて、川の橋を背にしてすぐ向こう岸に退ける。しかも後背の川は二股に分かれ、橋のかかってるところに対して向こう岸が挟み込むような地形ときた」
「ジェルム殿が嵩にかかり攻め寄せれば、これを前衛で受け止めつつ弓衆を川向こうに退かせ、流れを盾にした鶴翼陣にて散々に射竦めしかる後押し出す………見事な軍略という他ありません。
セリンツ砦は地形的には防御力は極端な高さではありません、兵を討ち減らされたうえで雪崩込まれれば危のうございました」
コモ・ノーサン。聞いたことのない小領主だが存外に知恵が回りそうだと、信長の中で微かな興味が湧いた。
「猿、他の方面からの報せは来ておるか」
「ははっ!!」
信長に問いかけられ、ヒディ・ヨースターが平伏する。
「今のところ敵勢と対峙しているのはジェルム殿らのセリンツ砦のみと心得まする!!
しかしながら盗賊ギルドから続々と入る報をつらつら見まするに、東西南三方すべてでの挙兵の動き自体はこれ多数あり!!
県程度の小族から“郡持ち”まで、実に9諸侯の挙兵が確実視される由にございますれば!!」
ここで、ヒディの顔がキッと上がる。
「主力は、ベンテーラ郡領主、シャンティン・エリーゼ卿にて相違なきかと!!
彼の者の主城コーレイ、既に周辺諸郡より続々と兵が集いあと一日、二日で出陣できる様子にございます!!
……その数、8000余!!」
「コモ・ノーサン………はて、ワシもどのような貴族だったか記憶にないが」
ベンテーラ郡はコーレイ城。ほぼ同時刻頃、大広間にてシャンティンもまた軍装を着込みつつコモ・ノーサン挙兵の報に触れていた。
しばらく頭をひねってみたものの、“郡持ち”にさえ届かない小貴族とあってか顔も経歴も記憶に浮かばない。
(しかしまぁ、この円陣の堅固さと鶴翼への展開を見据えつつ川を背にする柔軟さ、愚将ではあるまい)
存外に使える駒が増えるは悪くないと、一先ずそちらを喜んでおくことにする。
「……時に父上、やはりこの挙兵の仕方はあまりよろしくなかったのではないでしょうか」
広間に集まり軍議の席に着く諸将。その中から、長子のリナエス・エリーゼが疑問の声を上げる。
「何故そう思う、リナエス」
「我々の軍勢は、現在表立って動いているだけでも9諸侯……しかしその実、最終的には15諸侯4万にも及ぶ軍勢が結集する予定です。ノブナガ・オダは確かに油断ならぬ相手ですが、勢力を伸ばしてから日が浅い。そう多くの兵力を集められるとは思えませぬ。
しかし、大軍をわざわざ分散して各所から侵攻させれば、その利を失い敵に付け入る隙を与えるのではないでしょうか」
「常道に基づくなら、お主の指摘は正しい。まさに兵法の教科書とも言うべき言葉だ」
……決して、褒め言葉ではない。寧ろ、“生の戦場”を知らぬ我が子に対するある種の失望すら籠もった、皮肉。
「ただ、此度の敵はその国造りから“詭道”を用いている。
故に、ワシもまた“詭道”にてこれを攻める」
「き、詭道……にございますか?」
「総兵力は主の言うとおり大きくこちらに対し劣ろうが、奴にはスータントとリントゥナを僅か半年足らずで攻め取った近衛兵共がおる。
元は町民農民冒険者の集まりと聞くが、弱兵とは言え直に戦を経験ししかも連戦連勝とあればその士気の高さは油断ならぬ。スータントのこれまでの惨状を考えればそこから解放された分ノブナガへの忠誠も厚かろう。
何よりこの連中は、土地ではなく銭によってノブナガと繋がっている。故に、離合集散がワシらの軍の何倍も速い」
ゴツっ。シャンティンの杖の先が、地図上に記された“ノブナガ”の文字を強く打ち付ける。
「言うなれば、“常備兵”。今これが八千程度として、ワシらの四万が正面から激突して勝てるかと問われれば………はっきり言おう。ワシは幾らか懐疑的だ」
「シャンティン・エリーゼ卿ともあろうお方が何を弱気な!!」
その言葉を聞き、参加に集った貴族の一人がやや超えを荒げる。
「ノブナガ・オダなぞ所詮はどこの馬の骨ともしれぬ無頼の徒!!スータントの掌握は単にスケィビィらが事さらに無能だっただけのこと!!此度挙兵した各地の将の力があれば、あんな若造たちどころに」
「リントゥナに敗れたセインヌ卿は実績も実力も十分な将であったとワシは認識しているが?」
「あ、いや……その……」
ギロリと睨め付けられながら鋭く返され、その貴族は途端にモゴモゴと歯切れ悪くなりそのまま黙り込んだ。
「主君の指揮下によくまとまった精鋭と、各貴族が各々に指揮権を持つ烏合の衆とでは軍の粘り強さに天と地の差が出る。
ましてやノブナガ軍はまさにその“差”を生かしてクロトンやガンガル、ヤンズにて勝利を得てきた。なれば、その“得意”の形を作らせん」
ぐるりと、杖先でノブナガ領の縁をなぞる。
「時期も速度も兵力も、すべてがバラバラだからこそ。彼奴めの軍が持つ最大の優位点を消せるのだ。
全方位に均等に対処をしようとすれば、兵力差が諸に出る上に旗艦がバラけているからこそ小分けにした兵は相互に連携を取りづらくなる。
一塊となり各個に潰して回れば、取りこぼしが出る上にそれこそこのベンテーラ郡からの攻め入りを防げなくなる。
これを“示し合わせて”となれば当然ノブナガめに露見してその“神速”をもって虱潰しに潰されていたかもしれぬし、集結など図ろうものなら奴らに刻を与えるのみでなんら利がない。
故の、詭道。ノブナガの、“常備兵”の利を潰すための、な」
「しかし父上、“烏合の衆”であるならばそれを取りまとめるこの軍をノブナガは真っ先に狙うのではありませぬか?」
「それこそが、一番の我が狙いよ」
リナエスからの問いかけに、しかしシャンティンは口元にこれまでになく獰猛な笑みを浮かべつつ答える。
「無論、優れた将故にノブナガは“そう”動くだろう。ワシの買い被りで、ノブナガが先の2つの何れかの動き方を取るならそれもそれで望み通りではあるが……少なくともその程度の将がああも一方的にマーカー・セインヌを破れるはずがない。
彼奴は間違いなく、ワシの軍を真っ先に叩き潰すことによってそれに率いられた“烏合”がバラバラに逃げ散るを狙おうて。
───そうして攻め寄せてくれば、ワシらはこれを堅く守り、粘り、引きつける。勝つ必要などない、あの強勢を受け流し、長陣に持ち込み、最悪は敗退しようとも奴らに痛撃を与える。
さすれば此度挙兵した周辺諸侯の軍以上に…………マルドナ・ヒンギスの軍が、確実に奴を仕留めてくれようて」
………シャンティン・エリーゼにとって、マルドナの存在は決して愉快なものではない。今をときめく若き才を見せつけられて自身の無力さを痛感させられ、その与力として組み込まれることで痛くプライドを傷つけられる。明らかに自分やマグナを手駒として見ている無意識的な高飛車さも気に食わない。
だが少なくとも、あの男は“帝国・帝室への忠誠”自体は本物だ。そしてその実力にも疑問符はつけようがない。
(ワシには………それで十分!!ロンディウス2世陛下のご偉業安らかなるなら……こんな老将の誇りなど、犬の餌ほどの価値もない!!)
例えいけ好かぬ若造の踏み台に、露払いになるとしても。
必ず、ノブナガ・オダを討って見せる。
「───等と、考えておるんだろうなぁ。このシャンティンなる将は」
キヨス城軍議室。コモ・ノーサンの布陣に触れ、オージン地方各貴族の動向を確認し、他の方面の貴族たちの挙兵状況を一通り聞き終え───信長は、全てを見通してほくそ笑む。
「猿、シャンティン・エリーゼ以下、ベンテーラに集まったオージンの軍勢はどこに向かう」
「はっ!!盗賊ギルドからの報せに寄れば、このラクンダ丘陵帯にて我らを迎え撃たんとする所存と思われまする!!」
「アイリーン、ラッセル、兵の支度は」
「弓衆、既に“いずれの拠点も”出陣用意を終えていると連絡が来てるわ」
「槍衆、騎馬衆、剣撃衆も“各地”にて概ね陣容を整え終えました。また、アドラ・ブレイメン殿とグイン・ゴーン殿、ルシア・ドラコニア殿が既に国境を密かに固めております」
「デ、アルカ」
唇が、三日月のごとく釣り上がる。鋭い犬歯を陽の光に輝かせつつ、信長は“左文字”を抜き放ち大広間の巨匠を見回した。
「奴らが動き次第出陣するぞ!!シャンティン・エリーゼ軍を、討つ!!!」
「「「「おおおおおうっ!!!!」」」」
共暦1551年【華咲の月】22日。ここまでにコモ・ノーサンに続いてヤイラ・ヤレイクら七諸侯が相次いで挙兵する中、シャンティン・エリーゼを総大将としたオージン地方連合軍8000余はスータント地方との南境であるラクンダ丘陵帯に到着。ここに布陣する。
翌23日には、シャンティンの目論見通り、信長軍と連合軍が対峙した。
───問題は、その数だった。
「バカ、な……………」
丘陵帯の上、即ち高所を、一応連合軍は押さえている。仮に兵力が“互角”であったなら、その地の利を持って益々優勢を確保できただろう。
だが………戦場に現れ、今眼前で丘陵帯を“包囲”すべく進軍してきている信長軍は。
どう見ても、連合軍の兵力を圧倒的に上回っていた。
「の、ノブナガ軍!所領南方各地から分散した多数の勢が一斉に出陣した後国境沿いで集結、陣容を整えたあとここまで急行してきた模様!!」
呆気にとられるシャンティンの横に、絶望に顔を青くした伝令兵が跪く。
「総数…………い、一万八千余との由にございます!!!!」
「【楽市令】目当ての商人どもについてきた農民、町民、職人……そして何より、冒険者。こやつら皆、日が浅いからこそ土地に執着せん。ならば、使わん手はないだろう?
土地に縛られず銭で誘える奴らが“外”からどんどん入ってくる中で、領民を土地から引っ剥がし兵にするも続けることに“合理”があるものかよ」
2万に届こうかという大軍勢の只中で、動揺を露わにするオージン地方軍を眺めつつ信長は嗤う。
「貴族や将に逐一細々と兵を切り分けなんてすっから、陣触れがノロマになっちまーんだぎゃ。
兵権尽く俺のもとに置き、将に“貸し与え”動かさせる。さすれば、俺が一声吠えるだけで皆即座に動ける。
兵農分離の次は───兵将を分ける。軍権皆俺の下に集めたればこそ、“拙速”は成る」
“左文字”が抜かれ、天に掲げられる。これを合図として、一万八千余の軍勢が一斉に槍穂先をオージン地方軍に向けた。
「ご足労痛みいるぞシャンティン・エリーゼ。主の裏にいるマルドナ・ヒンギスに、我が“革新”存分に見せつけてやろうかい」
ジェルム・ガードナー
信長軍の将。スケィビィやナラーンの性分を嫌い出奔していたが、信長による挙兵を受けてその幕下に加わった。策略軍略に特別明るいわけではないが、野性的な“勘”の鋭さを持つ。
統率-63
武勇-84
魔力-15
智略-69
政治-23
魅力-59
ラース・キニアン
ジェルムの副将。気だるげな言動とは裏腹に実直かつ丁寧な仕事ぶりを見せ同僚からの評判はかなり良い。
統率-59
武勇-65
魔力-48
智略-79
政治-63
魅力-37
リナエス・エリーゼ
シャンティン・エリーゼの長子。万事を卒なくこなすが、父からは“才覚に乏しい”と思われてしまっている。
統率-62
武勇-60
魔力-25
智略-74
政治-59
魅力-63