馬蹄音が大地を揺らす。先頭に一つ、その後を追って百数十の騎馬が砂塵を巻き上げ駆けていく。
地平の彼方から顔を出し始めた朝の光が、上に乗る騎士たちの鎧や剣、槍穂先に反射して鈍色の光を放つ。
「構えよ!!!」
向かう先には、歩兵が2000ほど。最前衛が盾と槍とを同時に構えつつ、堅く隊伍を組みその隙間を埋める。
「………っふ!!」
「ぶげぇえっ!!?」
先頭を行く騎士──アドラ・ブレイメンが、接敵するやいなや鋭い呼気と共に馬上より槍を突き下ろす。ほんの僅か、一本の生糸ほどの隙間を射抜き、こじ開け、その向こう側にいた敵歩兵を刺し貫く。強烈極まる一撃を受け、勢いそのままに鎧ごと背まで穂先を通された歩兵の身体が浮き上がる。
「わぁああっ!!?」「ぎゃっ……」
「突き入れよ!!」
「「「おぉおおおうっ!!!」」」
そのまま、穂先にぶら下がった骸を放り投げる。1人分が欠けたことで正面には隙間ができ、そのすぐ後ろの隊列は上から降ってきた“鉄と肉の塊”によって崩れた。
即座にアドラが号令し、後続の騎馬衆が“乗り崩し”にかかる。
「ルシア殿!!」
「ゴガァアアアアアアアッ!!!」
第一列、第二列を薙ぎ払うようにして抜け、第三列の槍衾が立ち塞がったところで自身の騎馬に後脚を跳ね上げさせる。その動きに合わせて、アドラの後ろに座っていた小さな影───ルシア・ドラコニアが高く跳ぶ。
「グォアアッ!!!」
「ゲボッ」「うわぁっ!!?なんだこいつ……!!」「例の竜人族か………ギィッ!?」
着地ざまに鋭い爪を一閃、眼前の敵兵を鎧ごと両断。驚愕の声が上がる中、さらに踏み込み別の一人の胸板へ向かって手刀突。鈍い破砕音とともに、その兵士の後背からルシアの手が突き出る。
「そおりゃ、アドラ殿たちに続くじゃあ!!槍衆、剣撃衆、いけぇえい!!!」
「「「ヤァアアアアア!!!」」」
八段ある敵歩卒の陣列の内、アドラとルシアの勢が四段目に達する。中央を深々と突き破られ、敵陣の形が雨水で弛んだ紙のようにいびつになる。待っていましたとばかりに両翼から、ヒディ・ヨースターの率いる信長軍側の歩卒衆3000余が膨らんだ陣の端に襲いかかる。
「今日も今日とて皆叫べぃ!!怨敵退散、御味方勝利ぃ!!」
「「「怨敵退散、御味方勝利!!怨敵退散、御味方勝利!!」」」
「うぎぁっ……」「ぎゃぁっ!!?」
景気のいい掛け声は、敵の心理を圧し味方の士気を上げるだけにとどまらない。突き出される槍衾の呼吸を揃え、一糸乱れぬ“軍勢”としての刺突を自然と形成させる。
アドラとルシアの猛攻で大いに歪んでいた敵陣列は、間断なく繰り出される槍穂先の群れにいよいよ修復不可能な段階まで崩されていく。
「突っ込め!!敵側面を攻め立てよ!!」
「やらすかい!!マールス隊、ミジェロ隊、回れぇい!!弓衆、その後方より敵騎馬を射ち竦めるじゃあ!!」
「ぐぅっ……!!」
敵方も騎馬衆を繰り出してくるが、アドラ勢、ヒディ勢何れも大いに優勢な分心理的余裕がある。ヒディの迅速な指示で即座に反転した槍衆の後方から矢が射掛けられ、騎馬突撃の勢いが削がれたところで強固な槍衾が迎え撃つ。
挟撃のため兵力を分散させられたことも負に働き、突撃は完全に抑え込まれた。
「突貫!!」
「「「ぉおおおうっ!!!」」」
天に向かって一筋の鏑矢が放たれる。これを合図として、予備として朝霧の中に伏せていた騎兵100余騎が出現。槍衆の一部と競り合う敵騎馬隊の側面を逆に突く。敵騎馬隊はたちまち崩れ、追い散らされていく。
「おのれ……!!」
乱戦たけなわになり、いよいよアドラ勢とヒディ勢の優勢定かとなる中、敵の騎士が一人、槍をしごいてアドラへと挑みかかる。
「テルアージ卿が家臣、ダッツ・リルバーン!!推参なり!!
敵将、出合い候え!!」
「おっと」
突き出された穂先をアドラが弾く。速く、重い一撃だ。軌道も正確に首筋を貫いていた。近隣ではそれなりに名の売れた騎士なのだろう。
ただ、アドラには遠く及ばない。
「御免」
「キュペッ」
二撃目を、真っ向から迎え撃つ。寸分違わぬ精度で繰り出された槍は、ダッツの穂先を弾き逸らし、その向こう側の喉笛を貫いた。
「敵将、取ったり!!他に我が槍の錆となりたき者は前に出よ!!」
「ひっ……」「うわっ………」
どうっと馬から転げ落ちるダッツには目もくれず、直ぐ様アドラは槍を振り上げて声高に叫ぶ。
「ダッツ・リルバーン様、敵将アドラ・ブレイメンと一騎打ちに及び……お討ち死に!!お味方浮き足立ち、ノブナガ軍に大いに押し込まれ総崩れの由にございます!!!」
「ぬぉおおお………!!!」
報せは当然、敵勢──マグナ・テルアージの本陣にも届く。マグナは家臣が討たれた怒りで顔を赤黒くした後、アドラの武威と最早敗勢覆し難いことへの恐怖で直ぐ様青褪める。
「……退くぞ!!全軍、バトーラ城に退くのだ!!これ以上戦えば我らもシャンティンの爺同様再起不能の打撃を受けかねん!!」
「「「は、ははぁ!!」」」
アイリーンの【魅了】による総崩れに浸け込み、【ラクンダの戦い】で望外の大勝を得た信長だが、この男はその程度の戦果では止まらなかった。
3000ほどの兵を残して砦を築かせラクンダ丘陵帯の根拠地化を実行しつつ、残る兵力を即座に分散させて残敵掃討へと乗り出す。
共暦1551年【華咲の月】26日早朝、先ずはラクンダに対して“漁夫の利”を狙い密かに国境に兵を進めていたマグナ・テルアージ勢2500をアドラ・ブレイメン、ルシア・ドラコニア、ヒディ・ヨースター率いる3000余が強襲。【ガスレ草原の戦い】にてこれを大いに撃ち破り、“騎士首”数個を含む300余を討ち取り敗走せしめる。
「シャーム様、敵勢が退いていきます!!」
「よぉし!!伝令、ボイヤ殿に勝利をお伝えしろ!!
……よく見知りおけ!!俺の名はシャーム・クロフォード、ノブナガ・オダ様の覇道を切り開く槍だ!!!」
同日夕刻、ガスレ草原とほど近いケネヨス市近郊。マグナの動きに同調して境に布陣した小貴族数個の合同軍1000余を、ラクンダから転進してきた分派兵力を得て出陣したシャーム・クロフォード勢1200余が迎撃。
小競り合い程度の戦闘で双方の損害軽微だったが、先陣を切ったシャームがあっという間に20を越す首級を上げると敵勢は恐れをなして逃げ散った。
「───なぁんじゃ。ノブナガ様の所領に単身で踏み込むような奴輩故背骨が通ってるかと期待したが……まるで歯応えがなかったのぉ」
「「「えい、えい、おおおおお!!!
えい、えい、おおおおお!!!」」」
悲惨なるは、リントゥナ地方西北からの侵入を図っていたヤィラ・ヤレイク勢2500余。
ヤィラは“信長軍が一日足らずでシャンティン・エリーゼ麾下8000余のオージン地方連合軍を壊滅させた”という報を「誤報、或いは包囲攻勢に慌てたノブナガが流した虚報」と楽観的に断じ、なんとそのまま境であるジャーダン山を超えて攻め入ってしまった。
そして【華咲の月】29日夜半、呑気に陣屋を構築していたところで信長に勝るとも劣らない神速をもって取って返してきたグイン・ゴーン勢2000余の強襲を受ける。
はからずも奇襲となったことに加え、この【ジャーダン山の戦い】においては単騎にて挙げた首級が50とも60ともされる【冥府の戦鎚】の圧倒的な武力の前にヤィラ勢は壊滅。総兵力の7割超、実に1800という凄絶な量の屍を残し這々の体で自領へと逃げ帰っていった。
一連の勝利を受けて、特に信長軍が明確に進出したラクンダ丘陵帯とガスレ草原は近郊の村落や市町が信長の勢力圏への帰順を表明。
連合軍によって勢いを削がれるどころか、むしろさらに数県分ほど所領を広げることに成功する。
翌30日の朝。セリンツ砦近郊。
「……………綺麗にいなくなりましたね、敵勢」
「おお、さっぱりじゃのぅ」
ラクンダ丘陵帯に始まり、主要戦線を概ね信長勢が大勝にて抑えたことを見届けたかのように、コモ・ノーサン勢が撤退。
これと前後して、連合軍敗退の報を受けた進軍途上の貴族たちが次々と泡を食ったように軍列を解いて帰陣。シャンティン・エリーゼが画策した【ノブナガ包囲】は、ここに瓦解を迎えた。
それにしても、コモ・ノーサン勢の撤退の手際、鮮やかという他ない。
「……ノブナガ様がラクンダにて敵主力を打ち破ったとの報が入る直前に、交戦の意思がないことを使者で伝達。2日後の撤退を確約し、そして実際今日の朝には陰も形もなくなりよっちょる。
正直、魔道士に化かされたような気分じゃき」
「同感です。あまりにも卒がなさすぎて人間味にかけるといいますか」
腕組みしいかにも不満気な表情でふんっ!!と思い切り鼻息を吹き出すジェルム・ガードナーの横で、ラース・キニアンは眼を細めつつぺろりと顎を撫でる。
「撤退を約定しておきながら、がっちり隙なく防御固めて当日まで陣形を微動だにさせなかったのもいけすかねえです。勿論それが普通と言われちまえばそれまでですが。
その上で、恐らくは約定の日となった瞬間に塵の一つさえ残さず消え去る。………小勢でありながら、多少の兵力差なら容易く無にできるだろう練度を見せつけられてるようで心の底からいけすかねえ」
苛立たしげに防壁を数度指で殴打した後、ラースの眼が剣呑に細められつつジロリとジェルムの手元に落ちる。
持たれるは、封された一通の書。
「………その書、ノブナガ様に届けるんですか?」
「そりゃ、そうじゃろう。届けんっちゅー選択肢はないわい」
“いいようにやられた”事にあからさまなむかっ腹を立てるラースに対し、思いの外ジェルムの方が冷静な反応を示す。
彼は、思う存分に武勇を振るえなかったことの不満は幾らか抱きつつも、一連のコモ・ノーサンの行動について自分たちの主がどのような反応を示すかを概ね理解していた。
「ああも見事な引き際を見せられちゃあ悔しいっちゅぅんは解っが……こげに“粋”な書状、ノブナガ様は間違いなく読みたがるけぇな」
苦笑いとともに掲げた封書の表には…………“戦勝祝賀”の文字が無機質な筆跡で書かれていた。
「……………カカカカカ!!
なるほど、こりゃあ……!」
同日夜、キヨス城。早馬にてセリンツ砦からもたらされた書状に、寝室で目を通す。
一通り読み進めたところで、思わず笑い声が喉を震わせた。
ベッドの中では散々に自身が疲労困憊“させた”アイリーンがスウスウと寝息を立てているが、そちらへの気遣いを忘れるほど、信長の喜悦は大きなものだった。
一応は敵対している相手の主君に、ぬけぬけと勝ち戦の祝い状を送って寄越すくそ度胸一つとっても、信長からすれば高笑いの一つも挙げたくなるものだ。
咄嗟の機転と元々の計算、どちらの場合であったとしてもその身のこなしの速さと軽さはソレだけでも十分評価に値する。
……加えて、書き連ねられている祝い言葉の内容が尋常ではない。
(ラクンダに始まり、ガスレ、ケネヨス、ジャーダン………俺の軍が戦勝を収めた地名を、的確に挙げた上で賞賛してきてやがる)
仮に。仮にこれらを予め情報として把握した上で挙げてきたとする。だがほぼ二地方の境に跨って方角もバラバラに置きたこれらの戦役を尽く把握したとするなら、この時点でとても数県程度の所領しか持たない小貴族の情報収集能力ではない。
その上で、特にマグナ・テルアージがアドラらに敗れたガスレ草原については、コモの所領からほぼ対角線に近い箇所に位置し、信長領を直進でもしない限りその戦勝についてこの短期間で把握するなど無理難題だ。
しかし、書には明確にガスレ草原での戦勝にも言及がある。
ならば、もう一つの可能性が。
コモ・ノーサンが、これらの地での合戦の発生及び信長の勝利を、“予想”していた筋が、見えてくる。
「面白い………!!!」
思わず書を力強く握り潰しながら────信長の口元が、喜悦の笑みで歪む。
「会うてみようぞ、コモ・ノーサン…………この書が示す智略のほど、直接見極める必要があろうからなぁ!!」
ダッツ・リルバーン
マグナ・テルアージ家家臣。テルアージ勢出陣に際しては、常に先鋒を担う勇将だった。
統率-51
武勇-78
魔力-33
智略-40
政治-13
魅力-41