信長公記異世界録   作:日ノ本太郎の助

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儀礼

 

 

 

 

 

 

昔から、マルドナは儀礼式というものが嫌いだった。

単に堅苦しく退屈な空気を受け付けないことも大きいが、それ以上にその“非合理”さが許せなかった。

 

箔や格という、実体の存在しないモノを付与するために厳かに人を集め何時間も、内容や場所によっては何日間も拘束される苦痛。その間当然政務も軍略も動きを制限される。

これらに費やされる刻を政務や軍略に充てることが許されるなら、どれほどの国益が得られるだろうかといつも考えてしまう。

 

「───以て、朕の志す世の礎とせんとす。この意をもって、マルドナ、ヒンギス、卿を、鎮北……しょーぐんと……成す」

 

今だって、そうだ。

 

第75代ロンディア帝国皇帝、ロンディウス3世。その齢未だ6歳だが、幼帝でも軽んずる気は毛頭ない。寧ろこの幼帝をしっかりと守り奉り、先帝の成した“偉業”をお継ぎいただかねばとマルドナは考える。

 

だが、なればこそ。右も左も解らぬ幼き帝が意味も理解せぬまま詔書を読み上げ、それを数百からなる群臣が畏まって聞き及ぶこの時間の非合理さには、叫び出したいほどの苛立ちを覚えざるを得ない。

 

(使者を一人送れば済むような話に、これほどの時間と金と人を……さらに言えば陛下の学びの機会まで浪費する。全く、罪に問えないのが歯痒いぐらいだな)

 

それでも、この儀礼による“箔”と“格”がなければ周辺貴族たちの統率がままならない以上、甘んじて受け入れざるを得ない。

 

「まるどな・ひんぎす鎮北将軍、朕の、つるぎと、して、てーこくの大義を、さ、ささえよ」

 

「……………マルドナ・ヒンギス、伏して大任承り、皇帝陛下の御威光世界の果まで轟かせることを誓いまする」

 

ともあれ、共暦1551年【華咲の月】30日。マルドナ・ヒンギスはロンディウス3世よりの叙任を受け、24歳の若さで鎮北将軍に任じられる。

これによって、ロンディア帝国領北部地域の“大半”が彼の軍事裁量権に組み込まれることとなったのである。

 

 

 

 

 

 

「────帝国が誇りし俊英、マルドナ・ヒンギス卿の鎮北将軍就任を祝って………献杯!!」

 

政都・ヴェルリナ、大帝国議事堂。叙任式典が終わり、そのまま部屋を移動しての祝宴。壇上ではロンディア帝国“武断派”の筆頭貴族の一人、バンデン・グラスナウ卿が上機嫌でワイングラスを掲げ音頭を取る。

 

かつては帝国にその人ありと謳われた武勇の持ち主だった筈だが、今や見る陰もないほどでっぷりと腹が出て、身体から精悍さが消え失せている。武断派と言っても戦の場を宮廷の政に移して久しい為、無理からぬ変化かもしれないが。

 

(髀肉を掴めるようになったら武人として終わり、とはよく言うが……髀肉どころか身体に付く全ての肉が掴めそうだな)

 

「────せっかくグラスナウ卿がかき集めた高級酒の数々、そんな顔で味わうのは流石に礼を失し過ぎではないか?」

 

とてもこの宴の主役とは思えぬ冷徹な表情でグラスナウ卿を眺めていると、苦笑い気味の声を掛けられる。

 

「………ゲイル卿」

 

自身の横の席に腰を下ろした男を見て、マルドナは思わず居住まいを正す。

 

シェーン・ゲイル。ガーイン、シーノナー、コンフの3地方46郡を収める大貴族であり、かつて僅か3週間で小国2つを攻め滅ぼした活躍から、“ガーインの猛虎”の二つ名で知られる武断派貴族屈指の実力者の一人。

彼もまた中央での政争を長く戦っているはずだが、体躯の締まり具合はグラスナウと比べものにならない。盛り上がった背筋は巨岩の如くで、六尺二寸は下らない長身をさらに大きく見せる。口元を覆いつつ逆立つフサフサのヒゲとギョロリと大きく強い光を放つ丸い瞳は、まさに“猛虎”の如しだ。

 

「あのなぁマルドナ、ああ見えてグラスナウ卿は儂と共に大層お主の鎮北将軍就任に心を砕いてくれたのだぞ?そう苦薬を飲んどるような顔をするでないわ」

 

「………いやぁ、お気持ちはありがたい、ありがたいですよ?」

 

マルドナは幼少期、既に帝国屈指の猛将として名を挙げ始めていたシェーンの下に一時留学しその軍略を大いに学んだ。その後も定期的に文や会合を通じて交流を続けており、言わば師弟関係に近く一回り程度も歳が離れながら気心がしれている。

ざっくばらんに嗜めるシェーンに、マルドナもまたややほぐれた口調で応える。

 

「しかしですね、あの方が私の就任を推したのは、武断派が地位を1つ取り戻すため。帝室のためではなく、あくまで己自身の権力のためです。

私自身が精錬潔白の士というわけではありませんが、此度の叙任を手放しで喜べるかと言われればそれは否と言わざるを得ない」

 

「やらぬ善よりやる偽善………とはちと違うが、グラスナウ卿の私欲が絡んだとてこれがお主自身に利したのは事実。そしてお主のような俊英の抜擢は、言うまでもなく今後の帝国の為、将来のロンディウス3世陛下の御為に繋がる」

 

素直に不満を吐露するマルドナの肩を叩きつつ、シェーンはそのグラスにワインを波々と注ぐ。次いでそのワイン瓶に直接口をつけると、すさまじい勢いで残る中身を喉へと流し込む。

 

「気持ちは解らんでもないが、大望のためには個人の感傷など表に出しても益はない。

 

こういうときは可愛げを振りまき、年長者を立てて気を良くしさらなる利を引き込むも立派な謀略だ。

 

俺は昔そのあたりがうまくできず、親父殿とは折り合いが悪くてな」

 

「…………?シェーン殿の事をお父上のマゼラン・ゲイル卿は大層買っていたと家の方々から幼少期に聞いた記憶がありますが」

 

「……おっとすまん、ちと酔うて話がこんがらがったわ。儂の知り合いにそういう男がいる、という話だ」

 

シェーンは少しおどけた口調で言いながら、ヒゲの毛量とは対照的に見事に禿げ上がった頭をベシンと叩いた。

 

「お主は帝室への忠義強く、さまざまな改革案を胸に秘めている。それらを実現すべく多少強引な手を使ってでも北部貴族たちをまとめ上げつつあることは、儂はよく知っている。

 

だが、胸の内は明かさねば周りの連中には知りようがないのだ。いいかマルドナよ、一応は“師”に等しい立場故諭しておくが、可愛げは存外大事だぞ。ゆめ忘れるなよ」

 

「可愛げ………こんな大の男が振りまいて効果がありましょうかね?」

 

「その点は自信持て。少なくとも儂よりは大いにあるぞ。

 

…………織田信長が気にかかるのは解る。あの男、間違いなく油断ならぬ。“魔導派”共なんぞより遥かに、遥かに恐ろしき相手よ」

 

多少砕けた談笑が流れたのも束の間。一転、シェーンの瞳にギラリと光が灯る。

 

「スータントの貴族共はたしかに愚物揃いではあったが、それでも一ヶ月にすら満たぬ日数で尽く討ち滅ぼした手際尋常のそれではない。

 

何より、愚物から程遠かったマーカー・セインヌを討ち取った軍略。お主がそのような真似をする男とは思わぬが、決して油断するでないぞ」

 

「ええ、心得ております」

 

マルドナもまた、真剣な表情で頷く。本当なら宴など参加せず一刻も早く所領に戻りたかったところをわざわざ残ったのも、どれほど非合理だろうとも中央貴族たちとのつながり強化や根回しをする為。

生半可なやり口ではノブナガ・オダに足元を掬われかねないと危機感を抱いたが故の動き。……若気の至で内心の不満をシェーンに見破られることにはなったが。

 

(………何せ、此度の鎮北将軍叙任、グラスナウ卿の思惑を除いても到底手放しでは喜べぬ内容だしな)

 

ちらりと、宴会場の一角に視線を向ける。マルドナを祝う会の場であるにもかかわらず、その集団は一切こちらには眼もくれず、内輪での談笑を続けている。

 

所謂、“魔導派”の一派。その中に一人、分けても眼を引く容姿の男がいる。

 

長い鷲鼻とピンっと両側に跳ねたカイゼル髭、ウェーブしつつ右に流れた髪、ひょろりと長い手足にほっそりと高い背………すべてが“胡散臭さ”で構成されたようなその男の名は、ダンジョー・オルガナ。

【帝都圏】内においては魔導派の筆頭の男であり───リントゥナとスータント、即ちノブナガ・オダの支配領域について“混乱収束までの応急処置”として鎮北将軍の兵権が及ぶ範囲から外させたのが、他ならぬダンジョーだ。

 

(権限内に含まれていれば、ノブナガ・オダがこちらの命令を1つでも黙殺、或いは反抗したその瞬間に攻撃を仕掛ける大義名分が建つ。

 

だが、スータントとリントゥナのノブナガによる領有権が“追認”されつつあるなかで権限がないとなると………こちらから能動的に攻め入るだけの、大義名分をすぐに得ることが難しい)

 

自軍、昔から懇意にしていたヴェダン、事実上の“与力”であるシャンティンとマグナの兵は動かせるだろう。だが、破竹の勢いのノブナガを“確実に”仕留められるだけの大兵力を動かすとなると………少なくとも、ノブナガ側から大いにこちら側に“脅威となり得る攻撃”を行ってもらう必要がある。

 

(先手が打てぬ……“拙速”を以て領を広げて来たノブナガ相手に、難儀なことだよ)

 

鎮北将軍叙任の“前”故に、今頃北で行われているシャンティン・エリーゼを中心とした貴族たちによる挙兵はどんな結果であれ“貴族同士の私闘”で完結される。

ましてやノブナガ・オダは正式な帝国貴族とは「まだ」認められていないので尚更やりやすい。少なくともこちらが勝つ分には後付けの理由で幾らでも正当化できる。

 

だが、鎮北将軍として権限の範囲が明文化されてしまったこれ以降は、貴族たちを糾合しての挙兵に相応の大義名分が必要になってしまう。

しかもノブナガが正式に帝国貴族に認められてしまった場合、向こうにも中央への繋がりができる。妙にノブナガの貴族叙任と所領の追認を推進するダンジョーなどは、マルドナら“武断派”への楔として大いにこれを利用するだろう。

 

「………すまんな、お主の信長討伐をやりやすくしてやりたくて仕込んだことだったが。ダンジョー・オルガナめ、してやられたわ」

 

マルドナの険しい表情からその内心を察したか、シェーンが少し眦を下げる。

 

「あやつが信長にアレほど肩入れする理由は皆目見当もつかんが……まぁ、儂ら武断派への嫌がらせ、というのが一番しっくりくるかのう」

 

「まぁ、鎮南将軍のソー・モリアティ卿もやや思想が異なるとは言え“武断派”の一派ですからね。

私含めて方面将軍位が2つも埋まったとあれば、魔導派筆頭としては面白くないから少し嫌がらせをしてやろう。あの御仁の考えそうなことだ。

 

………一応、チュンボス地方ではデントナらに兵を揃えさせており、エリーゼ卿らの包囲網が功を奏するようなら即座に打って出られるように準備しております」

 

「…………それで、事が済めば万事解決だのぅ。ぜひ、願いたいものだ」

 

シェーンとマルドナは頷き合いつつも、両名とも“そうならない”ことを薄々勘づいていることは、その表情から明白だった。

 

 

 

 

 

 

 

「ヴェダン・アルマンド様より火急の知らせです」

 

「……………ノブナガ・オダ勢、シャンティン・エリーゼら挙兵貴族の手勢を多数大破。包囲網を打開し、大凡一郡分相当所領を広げたり……か」

 

翌31日朝、早くもマルドナとシェーンの予感は的中する。険しい表情で朝食の席にスーラが持ってきた書状を読み、マルドナもまた深く眉間に皺を刻む。

 

「攻め滅ぼせるかについては、確かにあわよくば、の期待値だった。だが、エリーゼ卿ほどの御仁なら、おいそれと敗退はせずノブナガの“底”を引き出せると踏んでいたのだがな……」

 

結果は、特に主戦場であるラクンダが僅か数時間で落とされたこともあり圧倒的大敗。しかもノブナガの各個撃破の動きが速すぎて、少なくとも二万前後の兵力は揃えつつある、程度の情報しか伺えない。

 

「特に損害を大きく被ったヤィラ・ヤレイク領に向けては、ノブナガによる逆侵攻が近く行われる由にございます。また、別紙にヴェダン様が纏められていますが、複数の貴族がノブナガへの恭順に動いている、と」

 

つまり今より更に所領が拡大されるということか、とマルドナの顔が陰を濃くする。しかも市町村にしろ貴族にしろ、ノブナガからの侵攻によって強奪されたのではなく戦闘結果を見て自ら恭順を選んだためノブナガの非として喧伝もできない。

 

「…………………コモ・ノーサン、か」

 

ふと、ノブナガへの恭順が予想される貴族らの内の一人の名が目に留まる。その貴族は決して大身のものではなく、単なる兵力の痛手としては非常に微々たるものだ。本来、歯牙にもかける必要はない。

 

だがなぜか、その名を目にした瞬間、マルドナの胸のうちに嫌なざわめきが満ちるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

共暦1551年【暖風の月】2日。いよいよ春日和が本格的になり始めたこの日、街道をゆったりと進む30人ばかりの一団。

小勢でありながら足取りは整然としており、よく訓練された跡が伺えた。掲げる旗指物には、弓を引き絞った狩人を円で囲った絵が描かれている。

 

「いーやはや、それにしても相っ変わらず、鋭い読みザンしたねぇ」

 

先頭を行く騎馬2頭。内片方に乗る、おかっぱ頭と顔やらヒゲやらを全体的に“尖らせた”風貌が特徴的な男が隣の騎馬に声をかける。

 

「ノブナガ・オダ公のラクンダにおける戦勝も、その後の流れもほぼほぼ読み通り。おまけに公がアンタに興味を持つところまで織り込み済み。イヤイヤ、アテクシ感服シちゃうザーマス」

 

「さして、大したことはしておりませぬ」

 

五尺に届くかどうかの低い身長と、てっぺんから中程にかけてをくり抜いたが如く禿げ上がらせた頭が眼を引くもう一人は、“尖った男”からの問いかけに朴訥な口調で淡々と応える。

 

「私がやったことは、策を幾筋も考えた上でその内1つがハマったため、適用したと言うだけ。内容も、小身故の姑息な変節、褒められたものではございませぬ」

 

「まず常人は、“策を幾筋も”が無理難題なんザマスがねぇ………」

 

“尖った男”はその言い分にやや呆れたような表情を浮かべるが、“禿男”が謙遜でもなければ傲岸を覆い隠すでもなくただ本当にそう思っているのだから、それ以上言葉を継ぐことはできない。

 

「ま、今はそのあたりはいいザンス。アンタという面白い御仁がノブナガ・オダという面白そうな御仁と繋がろうとしている、これだけでアテクシにはついて行く価値があるザンス♪」

 

「ありがたいことです」

 

禿男───ミニア地方はガタコ郡、ルモゥス県他2県領主、コモ・ノーサン。

 

彼と尖男───ノーサン家家臣、ビリー・ボラス。

 

両名の率いる30余名は、ゆったりと、しかし変わらぬ整然とした足取りで。

 

“魔王”が待つキヨス城へと、歩を進めていく。

 

 




■武断派、魔導派
ロンディア帝国内で政治的暗闘を続ける二代派閥。

魔導派は魔術・魔力による圧倒的な火力を用いた面制圧ドクトリンを強力に推進し、

武断派は精強な騎士戦力による決戦突撃ドクトリンとそれに伴う敵領土の征服に重きを置いた戦略を重視する。

同じ帝国の臣でありながら両派閥の敵対は危険な水準に達しており、しばしば小競り合い程度の“私闘”が勃発するほどの緊張となっている。

なお、武断派が魔法を使えない/使わないわけではなく、マルドナ・ヒンギスやソー・モリアティのように魔導派側であったとしても屈指の実力を持ちながら武断派に属し、魔導戦力も重視しつつ最終的な決戦兵種を騎士・歩兵に定めるというケースも少なくない。
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