共暦1551年【暖風の月】4日。信長はキヨス城に諸将を呼び集め、論功行賞を行った。
無論、諸将へのねぎらいもある。だがそれ以上に、領境より将を離して悠々と論功を行えるほど余裕があることを見せつけ、“包囲網”に対して一旦は完全勝利を治めたと喧伝する狙いがそこには含まれている。
「─────アイリーン・オーディン」
……尤も、信長がその名を真っ先に口にした理由の中には、打算も政治的な意図も存在しないが。
「シャンティン・エリーゼの手勢8000余を類稀なる魔導で戦わずして崩し、グインと猿による総寄せを易きものとした大功、筆舌に尽くしがたいものである。また、軍指揮者としての腕前も着実に上がってきている。
追加で兵300人分の指揮を任せ、またラルカ村の租税を向こう1年5公から3公に減ずるものとする。今後も、しかと俺に尽くせ」
「…………!ええ、勿論!」
(ああもう、ダメねぇ私……)
信長の言葉に喜悦を隠せぬまま頷きつつ、アイリーンは内心で自身の情動に呆れる。
シャンティン軍の壊滅を誘引して以降、時折渦巻く、“あの力の使い方は正しかったのか”という自問自答。
今も不意を打つように胸のうちに去来していたそれが、信長からの称賛を受けた瞬間太陽の下に引き出された氷の粒のように溶け去ってしまった。
(ラクンダでは力を使ったあとはあんな宣言もしちゃってるし……ガンガル以降は……時折、ね、閨事だって、し、してるし………完全に、
「次、アドラ・ブレイメン」
「はっ」
アイリーンが自身の心境の様変わりぶりに戸惑い、一人悶々と思い悩むのを後目に、論功は進む。
「マグナ・テルアージ勢をガスレにて突き崩し敵将ダッツ・リルバーンを討ちし働き、実に見事。この場にて金貨300、それから俸禄は銀1500を加増!兵権も500人分増やす、大いに励めぃ!!」
「ありがたき幸せ。このアドラ、益々忠勤に励みまする」
「あとルシア」
「おー!」
「おみゃーもよー働いたとアドラから聞き及んでる、褒美ぞ」
「羊肉のまんじゅう!!こんな山みたいに!いいのかー!?」
「おう、たんと食え、食え」
「わーい♪」
他に、同じく対マグナ戦で槍衆率い大いに奮戦したヒディ、ケネヨス市にて敵勢を追い散らしたシャーム、セリンツ砦を冷静な判断で堅く守ったジェルムとラース、そしてヤィラ・ヤレイク勢を粉砕したグインといった具合に、論功が進んでいく。
「……して、グイン。そやつが、主からの推挙か」
「は、左様にございます」
最後の論功となったグインが、信長の問いかけに平伏しつつちらりと背後を見る。応じて、同じく平伏していた男がスィっとその隣に進み出る。
「アラード地方はタンジア郡、ロノカ市の生まれ、ハットと申しますぅ。冒険者でしたが、つい先日、ノブナガ様のお噂聞きつけて是非お仕えしたいと願い馳せ参じましたぁ」
「この者、殆ど初陣でありながら敵勢30余を討ち、我が眼に止まりましたる次第。その武勇荒削りながら、必ずやノブナガ様のお力になると思いこの度引き合わせましてございます」
「……ほぉ」
グインからの紹介を聞きつつ信長がまず目を見開いたは、その風体。跪いているにも関わらず高さは小柄な男の屹立にも達し、信長が片膝をついた場合のそれよりも頭1つ分ほど高い。グインと比較しても高さについては何ら遜色がなく、つまり同程度……七尺前後と見られる。
一方で、“厚み”については比べるべくもない。筋骨隆々にして巨岩か大樹の切り株かと言わんばかりの威風を放つグインに対し、ヒョロリ、と音が聞こえてきそうなとても細い体躯。
さながらススキや柳の如くで、眺めていると風に揺られているのではと錯覚しそうになる。顔立ちも長く細い眉と瞼の厚い瞳はどちらも先が垂れ下がり、口元もなんとなく“ふにゃふにゃ”していて締まりがない。
だが………その厚い瞼の奥から覗く、眼。そこに横たわる、のほほんとした風貌に到底似合わぬどこまでも仄暗い瞳。
光が灯っていないのではない。まるで海の底や丑三つ時の夕闇を切り取ったような、黒い輝き。そんな眼の持ち主を、信長はよく知っている。
森長可、富田長繁、徳川信康────そして、織田信行。
利家やシャームのような忠誠でもなく、久秀やアドラのような野望でもない。狂気とも、似ているようで僅かに異なるその光。
言うなれば……本人のみが抱く“正義”。黒鉄の如き硬さと強さを誇る、魂を支える一本筋。
決して扱いの易いものではない。だが少なくとも、こうした眼つきの者たちは信長が思い返す限り皆“つわもの”だった。
「………っ!」
一方アイリーンは、ハットの“心”を見た瞬間ビクリと身を竦める。喜悦の感情を表す橙色の靄の中央あたりにはっきりと見える、黒い筋。その色の、吸い込まれそうな“深さ”に、思わず息を呑んだ。
そして彼女のその動きが、信長の確信をより明確なものにした。
「ハットよ。お主に兵300を与え、グイン預かりの与力とする。姓は………ウージン、がよかろう。俸禄は銀2000とする。
ハット・ウージン、以後も存分に武功を重ねてみよ」
「………はい〜。ノブナガ様の御為、身を粉にして働きますぅ〜」
「マギィ」
「ご安心を、ノブナガ様」
論功行賞終わったところで、チラリと視線が傍らに立つマギィ・デルターナに向けられる。意を汲んだマギィは、手元の帳簿をめくりつつ微塵も揺らぐことなく頷く。
「此度の加増分及びハット殿への新たな俸禄、それからラルカ村の減税を差し引いても、庫に入る税収些かの負もございませぬ。
寧ろ新たにノブナガ様に帰順を示した各市町村から得られる今後の租税、帰順を申し出てきた小貴族たちからの支度金、追加の商人流入による市の活性化等など、月で見まするに、今より金貨にして150000枚相当の税収増が見込めまする」
「月で金150000……!?」「年で見ると更に金200万近くも庫に入る金が増えるということか……!!」
「また、グランシェルド商会及びサーンドゥ商会から、領内における出店増と合わせてオダ家への出資の申し出もございました。
これにより金巡りのみならず物資の流通に関してもより広域からのものが見込めます故、なかなか遅々として進まなかった魔法士の領内への雇入れや新たな武具の開発、火薬の増産も進むものかと」
「「「おぉぉおっ……!!!」」」
グランシェルド商会にサーント商会。規模としては大陸内で一番手と二番手につける最大手の中の最大手。
最も積極的に“時間”を投資する男と言われる熟慮の商人アーサー・グランシェルドは帝室の御用商人にまで上り詰めており、女商人ノーラ・サンドゥは亜人・魔族奴隷たちを巧みに用いて一代で財を成し“魔女商人”などと呼ばれる女傑。
その両名から眼を掛けられたという事実は、此度得た戦果以上に諸将の気持ちを高揚させた。
「ノブナガ様!今しがたジャーダン山の守備隊より朗報届きました!」
臣下沸き立つ中、広間に密かに入ってきた伝令兵からの耳打ちを受けたダントン・ギムレットが喜悦を浮かべて信長の前に進み出る。
「ヤィラ・ヤレイク卿、ノブナガ様への降伏の意思固めた由にございます!!彼の者の所領ボッコラ郡、尽く差し出す用意ありと!!」
「デ、アルカ。然らば滅せよ」
「はっ!早速ヤレイク卿に使者を─────」
まるで、窓の外の天気について語っているような。平坦で、何気ない口調での指示。
故に場の誰もが一瞬、意味を正確に理解できなかった。
「……………………の、ノブナガ様、今なんと?」
「ん?聞こえなんだか?
滅せよと言うた。ヤィラ・ヤレイク、及びその妻、子、親族の一人に至るまで滅し、根絶やしとせよ」
「お、お待ち、お待ちくだされ!!ヤィラ・ヤレイク卿はノブナガ様への降伏を既にお示しあるのですぞ!!?」
「それがどうした」
焦燥に駆られ叫ぶダントンに返す、その声色。込められるは怒りでも、憎しみでも、冷徹ですらない。
ただ、疑問。一足す一を尋ねられ、二と答えたら否定されたかのような、困惑に等しい純粋な疑問。
「まるで戦況を読めず我が領内に踏み込む浅はかさ。敵地に踏み入りてから陣屋など作り始め、それが途中であるのに休養を軍に取らせる悠長さ。夜襲について何の警戒もしていない愚かしさ。グインの斬り込みを受けた際に兵を纏めることなくただ泡を食って逃げる臆病さ。
俺の手駒とする価値などあるまい。さっぱと三族根絶やしにし所領も召し上げた方が早かろうて」
「ヤレイク卿は我らへの抵抗をやめております!!既に降伏のため身を伏せた者に剣を振り上げるなど、騎士道に悖る行いです!!」
「騎士道などと嘯くなら、俺達がシャンティンの軍に主力を差し向ける間にその横腹を突こうとする動きのほうが余程“そう”であろうよ。
ああ、領民には手を出さんでいい、あくまでヤレイク家の者共と率いられる兵のみをなるべく討ち果たせ。
ただし民についても“降る”者のみだ。こちらからの呼びかけに応じぬ者は尽く撫で斬りとせよ」
「……待って、信長」
淡々と言い募る信長を、アイリーンが手をかざして静止する。
彼女が見た信長の周囲を漂う“心”の色は、緑。真ん中に通る銀色以外、そこに何色の混ざりもない。
信長は、ダントンからの問いかけに心底からの疑問しか感じていない。………つまりヤィラ・ヤレイクへの処断は、正真正銘“合理的”に下されている。
ヤレイクそれ自体への裁定を覆すのは難しい。でも、民は“合理”を説けば救う余地を増やせるはずだ。
「ヤィラ・ヤレイクの攻め寄せは急だった分、領民たちはまだどれほど領主のヤィラが手酷くやられたかや、そもそも負けたこと自体を知らない人もたくさんいることでしょう。そんな中で、降伏を呼びかけて応じなかったら殺す……は少し乱暴じゃない?
何も知らないままの向こうから見れば、“突然現れて民草を殺して回った残虐な軍勢”になるのは私たちよ?
無能の貴族を討つのにわざわざ民への悪名が広がるような動きをしてしまうのは、些か“合理”に欠けるんじゃないかしら?」
「…………ふむ」
内心心臓が飛び出かねないほどの緊張とともに論を布いたアイリーンだが、信長はその意見に“理”を見たらしく、顎に手を当てて思考を巡らし始める。
「なればノブナガ様、このマリントンに一つ案がごぜえやす!!!」
機を見るに敏、すかさずマリントン・ザキーラが跪きつつ進み出る。……内心の怯えようはアイリーンの比にならぬほどなのだが、故にこその空元気の朗らかな大音声。
「ヤィラ・ヤレイク勢既に兵少なく、また士気もとみに落ちておりますればこちら多勢必要なし!グインのオジキとアドラ殿が兵1000ばかり率いて疾駆けにて押し寄せれば、容易く撃ち破りまた討てるはずです!!
村や町、市には一切手を出さず一刺しでヤィラを討ちつつ、あっしとヒディ、それからダントンの旦那の手勢であとから乗り込みます!
腰を据えながら各地にノブナガ様への降伏を促す使者を送れば、村々に現況を正しく伝えつつ降伏を引き出せやしょう!その上で、三度四度と使者を送っても頑として降伏受け入れぬ者らについては、しかとそのことを内外に喧伝しつつ討ち果たす!
かように致せば、民を無用に斬ること避けつつヤィラを討つことできると愚考する次第!!」
「よし、そうしよう」
そこに合理を認めれば、信長の思考は柔軟にして迅速だ。
「アイリーン、それからマリントンの案を入れる。
グイン、アドラ、騎兵を中核に1000ばかり集め、直ぐ様ボッコラへなだれ込め。市や村に逃げ込んだり、他国へ逃れる間を与えずヤィラ・ヤレイクを攻め滅ぼせ」
「お任せを!」
「御意に!」
「猿、マリントン。
歩卒2000にて境を超えたところに陣を張り各地に使者を出せ。三度の勧告跳ね除けた場合撫で斬りとする旨を伝えつつ、我が方における略奪や流布した約定を無視した行いは尽く斬首にて罰せ。
…………ただし、呼びかけに応じぬ村や市については、その地にて生きとし生けるもの残らず討ち果たせ」
「………へ、へへぇ!!」
「この猿、ノブナガ様の御下知なれば命に代えましても!!」
「ダントン。
お主は別途麾下兵500ばかりを引き連れ、実際にボッコラ郡の各市町村を鎮護・慰安せよ。シャブトゥン郡時代のお主の行いを知っている者がその討ち入りを知れば、積極的に降る者を更に増やすこともできよう」
「…………ご用命と、あらば」
「よし、行け」
「「「「ははっ!!」」」」
「………はっ」
「ノブナガ様……一点、お聞きしたい議が」
改めて命じられ、5人が──4人は畏怖を、1人は僅かな不満を浮かべて広間を退室する中、ラッセル・バーナードが進み出てつつ困惑を浮かべ尋ねる。
「明日には、コモ・ノーサン卿が臣下を従え降伏の申し出に訪れます。ヤレイク卿とノーサン卿、同じく挙兵した身でありながらより小身であるはずの後者の降伏をあっさりと受け入れた由、どのような御心でありましょうか?」
「その方が、俺にとって利があるからだ」
信長は、迷うことなく答えた。
「俺が誤らぬ、とは思わん。だが、この事については確信している。コモ・ノーサンなる男は、ヤィラ・ヤレイクなんぞの幾億倍も俺の“為”になる男だと。
期待より多少下がったとて気にはせぬが、仮に期待どおりであるなら───今までで最も大きく、俺の歩む“道”が開けるであろうな」
共暦1551年、【暖風の月】5日。
「ルゥモス県領主、コモ・ノーサンにございます」
「────スータント地方及びリントゥナ地方領主、織田信長である」
コモ・ノーサン、信長に謁見す。
「コモ・ノーサンよ、先の“祝賀状”、実に愉快かつ興味深いものであった。誠、大義なり」
「お気に召していただけたようなら、何よりでございます。我が所領三県、尽くノブナガ様に馳走いたす次第」
「んっ、ふっ、ふっ〜♪」
平伏するコモの隣で、彼についてきた中肉中背の男が立ち上がる。
稲妻の如き軌道を描きながら左右に細く伸びるヒゲに、反り返った眉、三日月を思わせる切れ長の瞳に大きな口、ゴボウを思わせる長い鼻。構成するパーツのその全てが、人為的に“尖らせた”かのような印象を与える男だった。
「お初お目にかかるザマス、ノブナガ様。アテクシはコモ・ノーサン卿が家臣、ビリー・ボラス。差し出がましくもご挨拶させていただくザマス」
「…………ふむ」
口調と外観の胡散臭さに加えて、自らの主君の筈のコモを遮っての挨拶。降伏相手である信長からの許可すらなしとあり、流石の信長も鼻白みかける。
だが、すぐに強烈な興味が細やかな怒りを上書きした。
ビリーのように“クセ”のある人物は、戦国の世にも幾人もいた。その上で、そうした人材を手懐け、引き連れていた人物は………後釜を狙われるこの上ない無能か、そうした者共さえ惹き寄せる卓越した英傑かの二択だった。
「許す。ビリーとやら、何か述べたいことあれば申してみよ」
「ありがたき幸せ、ザンス。
─────ノブナガ・オダ様、されば一つ、お聞きするザンス」
恭しい、しかしどこかおどけた、“慇懃無礼”の見本の如き仕草での深い辞儀。
次に顔を上げたビリーの眼には………口元に浮かぶ人を食ったような笑みと対を成すがごとく、鋭く、強い光が宿っている。
───史書、【創国記】に曰く。
コモ・ノーサン家臣、ビリー・ボラス。彼は主君に並んでの織田信長との謁見に際し、こう問いかけたと伝わる。
「ノブナガ様は、天下にご興味をお持ちで?もしもそうであるならば───私めの主、コモ・ノーサンの真の馳走は、貴殿の“野望”への、道標にございます」
ヤィラ・ヤレイク
ロスドグ地方ボッコラ郡領主。シャンティン・エリーゼの反信長包囲網に応じ挙兵するも、【ジャーダン山の戦い】にて壊滅的な損害を被り敗退する。
1551年【暖風の月】末、アドラ・ブレイメンとグイン・ゴーンの猛追を受け離脱を図っていたボッコラ郡西端で討死。
統率-43
武勇-40
魔力-27
智略-39
政治-48
魅力-19