「はぁっ!!」
響き渡った名乗りの余韻も収まらぬうちに、馬蹄が弾む。
“大地の槍衾”が崩落し膨大な土煙が舞い上がる中、スーラがその只中を突っ切り一直線にカーネギー勢へ駆けていく。
「と、止めろ!!あの“耳長”女をワシのもとに近づけるでない!!」
先程までの嘲りと余裕は消え失せ、恐怖と焦燥に駆られつつディックが叫ぶ。軍列から改めて一団が抜け出し、スーラの進路上に立ち塞がる。
「槍衾、前へ!!弓兵、構えよ!!」
ああも圧倒的な“単騎駆”を見せられては、当然配下兵も下卑た欲望など二の次。
兵力は先の三倍程度まで増え、陣形をガッチリと組みつつ弓隊まで控えさせている。さながら、同程度の手勢を迎え撃とうとしているが如き厳戒ぶりだ。
そこに、スーラはまだ大分距離がある内から槍穂先を向ける。
先端で輝く、魔法陣。
「【大いなる大地が敵を穿つ魔法】」
「「「ギュッ!!?」」」
発動の言葉のみを口にする、簡易詠唱。無論全文詠唱より出は遥かに早いが、呪文の読み上げとは言語化による「イメージの補強」。先に全文詠唱を行った際の“残滓”もあるとは言え、距離の遠さも相まって到底最大威力には届かない。
「ぐぁっ、ぺっ!ぺっ!」
「畜生、“耳長”がぁ!」
だがそれでも、20人強が再び現れた“大地の槍衾”に貫かれる。加えて距離の遠さから維持ができなかったことで、かえって早々にそれらが崩れた土煙で他の兵士たちが視界を奪われる。
「陣列を立て直せ、穴を埋めろ!!奴が突き入れる隙間を作るn」
「「「─────ィイヤァアアアアアアアアア!!!!!」」」
響く、鬨の声。押し寄せる、騎馬“隊”。
立て続けに巻き起こった2つの土煙に紛れ、スーラから少しだけ遅れて肉薄していた50余騎。これが、迎撃部隊の陣列に一気に突き入りそのまま乗り崩す。
馬上から繰り出される槍の群れが盾の間を縫って歩卒を突き伏せ、振るわれる剣に斬り裂かれて首や腕が血飛沫を伴い舞う。
「進め、進め、進め!!!」
その先頭を征くは、無論スーラ・ヒンギス。
涼やかなる顔立ちに烈火の如き形相を乗せ、麗しい声を暴風のごとく荒れ狂わせ、細い腕が振るう槍は津波もかくやの力強さ。時が経つにつれて彼女の周囲に、通った後に、屍が折り重なっていく。
「お味方先陣、総崩れの由にございます!!」
「不甲斐なき奴輩めがぁ……たかが“耳長”に、劣等人種に……!!!」
伝令の報せを受け、ディックの表情が朱色に染まる。血の熱で湯気でも出かねないほどに怒り狂い、指揮杖で何度も地面を打ち据える。
「総寄せぞ、押し包め!!思い上がったあの女を捕らえてノブナガ公に献上してくれるわ!!」
「「「おぉおおおうっ!!!」」」
立て続けに突き崩したとはいえ、所詮は一握り。未だカーネギー軍の主力は健在である。その主力の大半が、さながら釣り餌を飲み込もうとする大魚の大顎の如く軍列を開きスーラ隊を包囲しにかかる。
「…………愚かな」
その光景を見ても、スーラは焦らず、また恐れもしない。槍を振るいつつ、ただ呆れ気味にひと言呟いたのみ。
「─────斬り込めぇええい!!!」
「「「らぁあああああああっ!!!!!」」」
「なぁっ……!!!?」
土煙は、50騎の突撃を隠すための目眩まし。そして50騎の突撃は、さらに大きな動きを隠すための目眩まし。
マルドナ軍本隊3000余、総寄せ。スーラたちを飲み込まんとしたカーネギー軍5000余による“顎”、そのさらに外側から、左右二手に分かれたマルドナ軍が銛を突き立てるようにして斬り込む。
たった50人を潰すために、わざわざ5000人のほぼ全軍を用いた包囲運動。兵力規模の差故に、兵が密集して塊となり流動性を欠いている。おまけに外苑への警戒も置いていない。
その横腹に突貫を受け、食い止められる筈もない。あっという間に軍列を食い破られていく。
「ぬぉおおおおおおうっ!!!!」
わけても、右翼を率いその先陣を切る騎馬武者の働きたるや尋常なものではない。
「せい、はぁ!!うぉりゃああああ!!!」
長柄の先を鉄塊で覆い、更にその周りに鉄棘を大量に打ち付けた得物──金砕棒。常人なれば二、三人で持ち上げるのさえやっとのそれを、怒り眉のごとく逆だった赤ひげと燃え盛る炎の如き形状の赤髪が特徴のその騎馬武者は馬上平然と縦横無尽に振るい続ける。
軌道上の敵兵は五人、十人とまさしく薙ぎ払われ、崩れかけていた軍列が無惨に飛び散っていく。
「我こそはジルコニア!!マルドナ閣下が臣、デントナ・ジルコニアなり!!命惜しくなき者のみ、その道塞げぇい!!」
デントナ・ジルコニア。二代前からヒンギス家に仕え、軍歴はかのグイン・ゴーンを上回る。齢は60に近く“老将”と呼んで差し支えないが、武勇些かも衰えず、マルドナの代となってからも賊徒や一揆衆討伐で度々戦功を上げている。
老いてなお、健在どころか凄みを増す武勇。その有様を樹齢を重ねるごと幹を太くしていく樹木に喩え、人はこう呼ぶ。
「ぬぅおおおおおおうっ!!!」
【紅の大樹】、と。
「デントナ殿が敵左翼を突き崩しております!!」
「負けちゃいらんねえな!!もっと押すぞ!!」
デントナの暴れぶりに触発されて、マルドナ軍左翼も奮起する。
その先頭を行くは涼やかな目元に長く艷やかな黒髪の、女人と見紛う程に見目麗しい若き将。彼の剣が閃くたびに、敵騎兵が赤く染まりつつ地に転げ落ちていく。
領内巡察に際し、マルドナ自らが才を見抜いて登用した元平民の青年。誰もが性別を一度は疑う可憐で美しい目鼻立ちと、その容姿からは想像もつかぬ卓越した剣技をもって【才色無双】を謳われる、ディーン・ライラック。
「オクガタ、サマ」
「あら、プーダルタ殿」
中央、スーラの騎馬隊の両側面を補強するような形で、歩兵の一団が敵勢を穿ちつつ突っ込んでくる。
その先頭を行く、手斧を構えた身の丈六尺ほどで筋骨隆々の肌黒い男の存在に、スーラの眼が頼もしげに見開かれた。
「貴方の歩兵が合流してくれるとは頼もしい。さっ、敵陣を内側から食い破りましょう」
「ショウ、チ、デス」
プーダルタ・エルドゥルト。かつてはロンディア帝国と戦った南方部族の一人。帝国により部族が滅ぼされた後奴隷として売られていたのをマルドナに拾われ、膂力と忠誠心、そして勇気を買われて姓を賜る。
エルドゥルトは、彼の部族内において“勇士”を表す言葉。【黒鉄勇士】プーダルタと言えば、ヒンギス軍の切込隊長として近隣諸地方で知らぬ者はいない。
「アントノス卿の手勢、損害甚大にて敗走の由にございます!!」
「ディブル・グノーシス様、デントナ・ジルコニアと交戦しお討ち死に!!」
「ギーブン卿、ロストク卿、戦場を離脱する模様!!」
「クソ……なんという……!!」
右翼、左翼、中央。三方から猛烈な攻勢を受け、いよいよカーネギー隊の陣形が崩れていく。次々と飛び込んでくる敗報・凶報の連続に、ディックの顔は青を通り越して土気色に染まる。
「ひ、退くのだ!!全軍に本城まで退却の下知を───」
戦場、右手。駆けてくる騎馬の一団がある。
足並みこそ整然としているが、数はほんの30騎ほど。計8000がひしめく戦場にあっては、ほんの一雫ほどの規模でしかない。
………なのに。その30騎が触れた瞬間に。
「何!!!?」
ディックの本陣が、さながら炎を当てられた氷が溶けるように崩れ立つ。
「な、何をしている!何をしているのだ!!横腹を突かれたとは言えあんな、あんな小勢に……」
ディックの喚き声が、止まる。
その先頭を行く武者が、マルドナ・ヒンギスその人であることに気づいた為に。
「─────」
気合も、雄叫びも、鬨の声もない。マルドナはその手に構えた三叉槍を実に淡々と振るい、魔術の一つも発動せぬままに斬り進んでいく。
率いる30余騎もまた、それは変わらない。主と同様、流れるようにして武具を振るい、敵兵を斬り伏せ突き伏せる。
「どうも、カーネギー卿」
さながら、無人の野を駆けるが如き“行軍”の果て。あれよあれよと近づいてきたマルドナ・ヒンギスは、今やディックの眼の前で馬上より見下ろしてきている。
汗の一つもかいておらず、返り血の一滴さえ浴びておらず。まるで狩りの帰り道に知人のもとに寄ったがごとき、朗らかで自然な挨拶。
だが、挙げられた手は、しっかりと槍を握っている。
「おのれ………おのれぇええええ」
絶叫が、不自然に止まる。ディックが剣に手をかけた時には、振り切られた三叉槍の穂先がその喉笛を裂いていた。
「…………ふぅ。かつては勇将だったと聞いて少し楽しみにしていたが、とんだ期待外れだったな」
血溜まりの中に沈むディックの亡骸を一瞥した後、その視線をあらぬ方に………隣接する、リントゥナの方角へと向ける。
「まぁ、次の戦への準備運動になったと思えば、無駄ではなかったか」
────共暦1551年、【暖風の月】22日。世にいう【ロースティ平原の戦い】は、かくしてマルドナ・ヒンギスの圧勝に終わる。ディック・カーネギーを中心とした“反乱軍”は討死2000強、対するマルドナ軍の損失は50にも満たなかったという。
そしてこの勝利によって、鎮北将軍マルドナ・ヒンギスの威風が近隣諸地域にあまねく広がり、急速に進んでいたノブナガ・オダへの市町村落や弱小貴族の帰順・流入に大きく歯止めをかけることになるのである。
「ま、順当だわな」
リントゥナ地方南西部、シンバフ郡。ギネモカ郡と境を接するこの地で信長は、鷹狩と称して少数の兵を率いつつロースティ平原の様子を探っていた。
放っていた盗賊ギルドの物見から報告を受けマルドナ軍大勝を知るが、特に驚きはない。そも烏合の衆の状態のまま野戦に引きずり出された時点で、ディック側には勝ちの目などなかった。
無論、信長が増援を率いていればこの勝敗は解らなかったかも知れない………が。
「お主のいうとおりにしておいて正解であったわ、コモ」
「ヒンギス卿の謀略もあったにしろ、元より戦の発端はディック卿の自業自得ですからな」
傍らに控える小柄な“武備え奉行”を顧みれば、相変わらず朴訥とした無表情のまま静かに頷く。
「確かにギネモカ郡を仮に押さえられるなら、西進への足がかりにはなりましょう。しかし大義名分という点で見ると、失う物の方が遥かに大きい。
これを受け入れてヒンギス卿と今事を構えてしまえば、近隣諸侯に大動員をかける明確な理由となってしまいます故。………とはいえ、公よ」
「ああ、わぁってるよ」
コモの台詞を皆まで言わせず、信長も真剣な表情で頷く。
「黙殺したにしろ、ディック・カーネギー一味が俺に庇護を求めていたのは事実。なら、“詰問”は向こうもしてくるだろうよ。
………さぁて」
決して、望ましい展開とはいい難い。
だが、信長の口元には……心底楽しげな笑みが浮かんでいる。
「一手お手合わせ願おうか、マルドナ・ヒンギス鎮北将軍閣下」
ディック・カーネギー
ギネモカ郡領主。かつてはロンディア帝国の北伐軍で勇を誇った。
統率-59
武勇-73
魔力-25
智略-49
政治-58
魅力-12
デントナ・ジルコニア
ヒンギス家の宿老。老いてなお盛んな武を持って“紅の大樹”の異名を取る。
統率-78
武勇-92
魔力-33
智略-68
政治-49
魅力-58
ディーン・ライラック
ヒンギス家家臣。平民の出ながら才覚を見込まれマルドナに取り立てられた。
統率-60
武勇-84
魔力-6
智略-59
政治-13
魅力-79
プーダルタ・エルドゥルト
ヒンギス家家臣。元奴隷だったところをマルドナに取り立てられ姓を賜った。
統率-80
武勇-82
魔力-13
智略-52
政治-4
魅力-53