「う、う、う、うつけですってぇ!?」
「おお、うつけもうつけ、大うつけよ!!何だテメェ済まし顔得意顔でふわふわふわふわ煙なんぞ撒き散らしよってからに!!あれしきのモンでこの“第六天魔王”がなんとかなるとでも思うたか!?
ぬぁにが高貴なるサキュバス族の血、だぎゃあ!おみゃーのヌケサクヅラにゃあ血の高貴さとやらもわやになっちまったでよ!!」
「きぃいいいいいっ!!!!」
殊更に子供っぽく、大袈裟に。“お国言葉”さえ交えて挑発の言を並べ立てる。鼻の頭だけでなく頬も耳の先も真っ赤になったアイリーンは、先ほどまでの妖艶さが何処へやらで床をバンバンと平手で叩く。
無論、信長の“素”がないわけではない。
祭りと見ればどんな小さなものでも参加し、鉄鋼船ができればわざわざ海上に浮かぶ様の見物に赴き、荘厳なる安土城が完成すれば自ら観覧料を取りつつ民や臣下に見せびらかす。存外に無邪気で、見栄っ張りで、傾奇者で、子供っぽい。それが、織田上総介信長という男の本質的な有り様である。
故にこの度のアイリーンに対する挑発にもまた、上位魔族の希少魔法を単身で破ってやったという自慢と誇示も少なからず乗っている。
その上で、“そうする”自分をも計算に含めている。
きっと、希少な【魅了】を看破することで自分は調子に乗るから、嵩にかかってアイリーンを“自然と”煽り立てるだろうから。
“素”が絡むからこそ口さがなく相手を罵倒し、心の底から悔しがらせ、憤激せしめられるであろうという、読み。
「バーカ、バーーーカ、ヴァーーーーーーカっ!!!」
「むきぃいいいいっ!!!」
そうまでしてアイリーンを挑発する目的は、2つ。
1つは、冷静な思考を掻き乱し、彼女から“魔術”を取り上げるため。攻撃魔法を持っているかもしれないし、【魅了】にしても重ねがけされた場合やより出力を上げた上で2度目がなされた場合にも効かないという保証は──そもそも本来1度目の時点で根拠が眉唾もいいところなのだが──ない。
ならばそもそも、魔術そのものを取り上げてしまえばどちらの線を引いたとしても未然に防ぐことができる。
「う、うぉおおおっ!!!」
「「「おりゃあああああああっ!!!」」」
「…………っあ! 皆、ダメ!!」
そして今1つは………彼女から、“帥”の力を奪うため。
(………やはり、いたか)
アイリーンが【魅了】以外の魔法を使えない場合、或いは使えるにしても極力魔力を温存しようとする場合、冒険者やスケィビィ達の一部配下を“袋叩き”にするには当然これを実行する「手勢」が必要になる。
無論、2年にも渡り村への搾取を大きく軽減してくれているアイリーンから求められて、村人たちが協力しない道理はない。実際信長は、大広間に入った瞬間から自身とアイリーン以外に十人程度の“気配”を感じていた。
「あ、アイリーンさまに手を出すでねぇえ!!おりゃああああ………あぎっ!?」
だが、伏兵とは文字通り伏して、存在を隠し、その上で適切な采配のもとで動いてこそ功を奏するもの。
「ふんっ!!」
「ふぎゃっ!?」「うごっ……」「ごはっ」
「み、皆………!」
存在も位置もばれ、統べる者が冷静さを失えば、この有様だ。アイリーンが信長に伸されたことで動揺した村人たちは、怒りや焦りに任せててんでんばらばらに信長に挑みかかる。武芸の鍛錬どころか、ろくに三食食うことさえできていない身の上で若き冒険者にして歴戦の武将の動きにかなうはずもなし。全員ことごとく、鎧袖一触でものの数十秒と経たずたたき伏せられ地に転がる。
──はず、だった。
「グガァッ!!!」
「………!!」
それまで剣を鞘に収めたまま、殴打によって襲いかかってきた村人たちを叩き伏せていた信長。突如頭上より降ってきたただならぬ気配に、咄嗟に刃を抜き放ち構える。
「クルルルル………!!」
広間に鳴り響く、甲高い金属音。一撃を防がれた小さな影は、奇天烈な唸り声を上げつつ飛び下がる。
(…………ほぉ)
天窓から降り注ぐ陽光の中にその姿を見た信長は、抜き放った剣を油断なく構えつつも思わず目を見開いた。
「ウゥッ……!!」
さながら手負いの野犬のごとく唸るその影は、少女。それも若いというよりは幼く、身の丈は四尺を少し超えた程度でしかない。黒く長い髪の間から垣間見える顔立ちもひどく幼く、“人”に換算するなら恐らく10になるかならないかといった程度の年の頃か。
だがそれ以上に目を引くは………その容姿。
臀部から伸びる、漆黒の長い尻尾。
頭部に生える、やや幾筋かに枝分かれし稲妻のような形状をした、赤みがかった金色の2本の角。
腕や脚、顔の一部などを覆う、尻尾と同じ色の鱗。
そして、一本一本が剣のごとく鋭い長い爪。
「竜族、か」
「ルシア!!危ないわ、下がって!!」
「イヤ!!アイリーンの言うことでも、それは聞けない!!」
ルシア、と呼ばれたその竜族の少女は、静止するアイリーンに向かって叫び返す。鋭い牙が生え揃う口内で、ちろりと火炎が顔を出した。
「コイツ、アイリーンも村の皆も傷つけた!!コイツ、ルシアが殺す!!」
「うおっと………!!」
矢の如き速度で飛び込んできたルシアの爪による連撃を、なんとか往なしつつ軌道上から退避する。単に速いだけでなく、一見華奢なあの体躯の何処からこんな力が出ているのかと首を傾げたくなるほど一撃一撃が重い。
流石は竜と人との合いの子の末裔だと、信長は思わず舌を巻く。
「ガァッ!!ウガッ!!アァッ!!!」
「っと、っと、危ねぇなぁおい」
その後も続く、ルシアによる猛攻。広間の中を縦横無尽に鞠のごとく跳ね回り、あらゆる角度から信長に飛びかかり、幾度となく爪による斬撃を繰り出す。信長はなんとか防ぎ、往なし、躱していくが、反撃らしい反撃はできず殆ど防戦一方だ。
「み、見ろ!ルシアちゃんが冒険者の野郎をボコボコにしてやがる!」
「よぉし、やっちめぇ!!アイリーン様を守ってくれ!!」
………少なくとも、先に伸され、周りで転がり呻いていた村人たちには、そう見えた。だが信長は、ルシアの猛攻を受けつつも冷静に機を探っていた。
「ガァウッ!!」
「おぉぅっ」
ルシアの一際強烈な一撃。信長は防ぎつつ、衝撃に身を任せて宙空に身を躍らせる。ただふっ飛ばされたのではなく、半ば勢いを利用して跳躍したようなもの。飛ばされる先や着地後の身体的自由は、ある程度担保される。
「────っあ……」
「がぁうっ………!!?」
そうして信長が着地した先は──アイリーンの真横。起き上がりざまに向けた切っ先はピタリとアイリーンの白い喉に突きつけられ、まるで縄でも無理やりかけられたかのようにルシアの動きが急停止する。
「が、う、がぁ…………!!!!」
「カカカ、童といえどその程度の算盤は弾けるか」
歯噛みし、眼に涙を浮かべ、こちらを今すぐにでも八つ裂きにしたいほどの憎しみを込めて睨んでくるルシアの様子を見て、信長は悪辣に嗤う。
「戦ってなぁな、大将を取られたら“終い”よ。
よう覚えとけ、竜族の小娘」