朝。
錦木千束は、ゆっくりと目を開けた。
最初に見えたのは、見慣れたセーフハウスの天井ではなかった。
喫茶リコリコの休憩室でもない。
自分の部屋でもない。
押村奏斗の部屋。
その天井だった。
「……」
ぼんやりとした頭が、少しずつ覚醒していく。
カーテンの隙間から朝の光が差し込んでいる。
部屋は静か。
外を走る車の音が、遠くから小さく聞こえる。
そして隣には、奏斗が眠っていた。
千束は一瞬、何も考えられなかった。
次の瞬間。
昨夜の記憶が、まとめて押し寄せてきた。
遥斗。
セーフハウス。
強引なキス。
怒り。
奏斗へ戻ってこいと叫んだこと。
自分から奏斗へキスしたこと。
奏斗の家へ戻ったこと。
告白。
俺の女になってください。
それに自分が、うん、と答えたこと。
そして、その後。
「……っ」
千束は布団の中で小さく丸まった。
顔が熱い。
耳まで熱い。
昨日の自分は、何を言ったのか。
何をしたのか。
思い出すだけで、布団を頭までかぶって叫びたくなる。
でも、叫べない。
隣で奏斗が寝ている。
その奏斗の寝顔が、また妙に穏やかだった。
いつも冷静で、何かと理屈っぽくて、すぐに「必要性が」とか「合理的に」とか言う奏斗。
昨日は何度も照れて、何度も千束の名前を呼んだ。
好きだと言ってくれた。
千束を選んだと言ってくれた。
その顔を思い出すと、また胸が苦しくなる。
「……ずるい」
千束は小さく呟いた。
寝ている奏斗は、当然返事をしない。
千束は少しだけ体を起こし、奏斗の顔を覗き込んだ。
寝息は静か。
表情も穏やか。
本当に眠っているように見える。
昨日、あれだけ色々あったのに。
自分だけがこんなに恥ずかしくなっているのが、少し悔しかった。
「奏斗」
小声で呼ぶ。
反応なし。
「寝てる?」
反応なし。
千束はしばらく見つめる。
そして、ゆっくり顔を近づけた。
昨日は自分からした。
でも、今はまた違う。
朝の光の中。
眠っている奏斗へ、そっと。
唇が触れる。
ほんの一瞬。
軽いキス。
千束はすぐに離れようとした。
「……おはようございます」
奏斗の声がした。
「ひゃっ!?」
千束は飛び上がりそうになった。
その勢いで、布団が大きく揺れる。
奏斗は目を開けていた。
いつから起きていたのか。
表情はいつもどおりに見える。
でも、耳が少し赤い。
「起きてたの!?」
「少し前から」
「何で寝たふりしてたの!」
「千束が起きた様子だったので、声をかけるタイミングを考えていました」
「絶対嘘!」
「事実です」
「じゃあ、今の」
「はい」
「分かってて?」
「はい」
千束の顔が一気に熱くなる。
「起きてたなら言ってよ!」
「言う前に千束が」
「言わないで!」
「分かりました」
「もう!」
千束は布団をかぶり、奏斗に背中を向けた。
朝から何をしているのか。
完全に見られた。
いや、受け止められた。
恥ずかしい。
恥ずかしすぎる。
「千束」
「何?」
「嫌ではありませんでした」
「そういうこと言わないで!」
「言うべきかと」
「言わなくていい!」
「では、嫌だったと言った方が?」
「それはもっと嫌!」
「難しいですね」
「奏斗の変態!」
「今の流れで私が変態扱いされるのですか?」
「起きてたのに黙ってたから!」
「千束が勝手に」
「勝手って言わない!」
「では、千束が自主的に」
「もっと恥ずかしい!」
奏斗が小さく笑った。
千束は布団から目だけ出す。
「今笑った」
「はい」
「認めた」
「かわいかったので」
千束は完全に固まった。
「……奏斗」
「はい」
「昨日から、そういうこと言うの反則」
「思ったことを言っただけです」
「反則!」
「では、言わない方が?」
「言って」
「どちらですか?」
「私が困るけど、言って」
「分かりました」
「やっぱり今は言わないで」
「はい」
奏斗は少し困った顔をした。
その顔を見て、千束は布団の中で小さく笑った。
この人が好きだ。
そう思うと、昨夜の不安も、遥斗への怒りも、少しだけ遠くなる。
完全に消えたわけではない。
でも、奏斗が隣にいる。
それだけで、今はよかった。
◇
出勤前。
二人は改めて相談した。
「リコリコでは、付き合っていることを隠しましょう」
奏斗が言った。
「えー」
千束は不満そうに声を上げる。
「なぜ不満そうなのですか?」
「だって、隠すの難しそう」
「努力してください」
「奏斗もね」
「私は問題ありません」
「朝からかわいいとか言ったくせに?」
「それは部屋の中です」
「店でも言っちゃうかもよ」
「言いません」
「本当?」
「はい」
「私は?」
「言わないでください」
「うっかり言ったら?」
「ミズキさんに一日中からかわれます」
「それは困る」
「さらに常連客へ広がります」
「それも困る」
「なら隠しましょう」
千束は腕を組み、真剣な顔で頷いた。
「分かった。リコリコではいつもどおり」
「はい」
「友達」
「はい」
「護衛と護衛対象」
「はい」
「店員仲間」
「はい」
「恋人ではない」
奏斗の動きが一瞬止まった。
千束も自分で言って顔を赤くする。
「……一応、隠すための確認」
「はい」
「奏斗」
「何ですか?」
「恋人ってことでいいんだよね?」
奏斗は少し目を伏せた。
それから、まっすぐ千束を見る。
「はい」
千束は満足そうに笑った。
「よし」
「その顔で店へ行くとバレます」
「奏斗も今ちょっと嬉しそう」
「気のせいです」
「嘘」
「急ぎましょう」
「逃げた」
二人は時間差で部屋を出ることも考えたが、前日までの流れを考えると、今さら完全に隠すのは難しい。
結局、少し時間をずらしてリコリコへ向かうことにした。
千束が先に出る。
奏斗はその数分後。
監視員には当然見られているだろう。
だが、リコリコでの被害を最小限に抑えるためには、それしかなかった。
◇
リコリコへ着くと、千束はすでに開店準備をしていた。
「おはようございまーす!」
「おはようございます」
奏斗も少し遅れて店へ入る。
ミカは厨房から顔を出し、二人を見た。
その視線は穏やかだったが、すべて分かっているようにも見えた。
ミズキはカウンターでコーヒーを飲んでいた。
こちらを見る。
千束を見る。
奏斗を見る。
また千束を見る。
目が細くなる。
「何かあったわね」
「何もないよ!」
千束が即答した。
早すぎた。
奏斗は内心で頭を抱えた。
「千束、反応が早いです」
「え?」
「何もない場合、もう少し自然に」
「奏斗君」
ミズキがにやりと笑う。
「今の、完全に共犯のフォローよ」
「業務上の指摘です」
「何の業務?」
「接客時の自然な応対について」
「そんな業務ある?」
「あります」
「ないわよ」
ミズキはカップを置き、立ち上がった。
「二人とも、昨日の夜も一緒だった?」
「リリベルの警戒上、一定時間は」
「またその説明」
「事実です」
「千束」
「何?」
「顔、つやつやしてない?」
「してない!」
「髪もいつもより丁寧」
「普通!」
「奏斗君を見る目が甘い」
「見てない!」
「今見た」
「見てない!」
「奏斗君」
「何ですか?」
「付き合った?」
直球だった。
千束が固まる。
奏斗も一瞬だけ言葉が遅れた。
その一瞬が、致命的だった。
ミズキの顔が勝ち誇る。
「あ、付き合ったわね」
「な、何で!?」
「千束が自白した」
「してない!」
「今ので十分」
「奏斗!」
「千束が反応しすぎです」
「奏斗も止まった!」
「予想より直接的だったので」
「ほら!」
ミズキは両手を叩いて笑った。
「やっぱり! ついに! いやー長かったようで短かったわねぇ」
「ミズキ、声が大きい」
ミカが厨房から出てくる。
ミズキは楽しそうに振り返る。
「先生、二人付き合ったって!」
店内が一瞬静かになる。
まだ開店前で客はいない。
それだけが救いだった。
千束は顔を真っ赤にしている。
奏斗は深く息を吐いた。
「隠す予定だったのですが」
「無理ね」
ミカが穏やかに言う。
「私もそう思います」
「奏斗まで!」
「事実です」
「私、そんなに分かりやすい?」
「はい」
「即答!」
ミカは二人を見て、静かに笑った。
「千束」
「先生……」
「奏斗」
「はい」
「よろしく頼む」
それは、短い言葉だった。
けれど、重かった。
奏斗は自然と姿勢を正す。
「はい」
「先生、それだけ?」
ミズキが不満そうに言う。
「もっと聞くことあるでしょ。いつから? どっちから? どこまでいったの?」
「ミズキ」
ミカの声が低くなる。
「はいはい」
ミズキは肩をすくめた。
だが、笑顔は消えない。
「でも、あとで聞くからね」
「聞かなくていいです」
「千束に聞く」
「ミズキ!」
「うふふ」
千束は奏斗の方を見る。
困っているが、どこか嬉しそうでもある。
奏斗も、完全に嫌ではなかった。
秘密にするつもりだった。
しかし、ミカに「よろしく頼む」と言われると、不思議と胸の中が落ち着いた。
◇
開店後。
二人が付き合ったことは、思ったより早く常連客へ広まった。
原因はミズキだった。
本人は否定した。
「私は大声で言ってないわよ」
「否定になっていません」
「常連さんが空気で察したの」
「ミズキさんが空気を作ったのでは?」
「細かいわね」
最初に声をかけてきたのは、よく来る年配の女性客だった。
「あら、二人、そういうことになったの?」
千束はトレイを持ったまま固まった。
「えっと」
「おめでとう」
女性客はにこにこと笑う。
「若いっていいわねぇ」
「ありがとうございます」
奏斗が丁寧に頭を下げる。
「奏斗君、千束ちゃんを泣かせちゃ駄目よ」
「はい」
「千束ちゃんも、奏斗君を振り回しすぎないようにね」
「えー、私そんなに振り回してます?」
「かなり」
「常連さんまで!」
店内に笑いが起きる。
その後も、何人かの常連客が「おめでとう」「やっぱりね」「お似合い」と声をかけてくれた。
千束はそのたびに照れて、笑って、時々奏斗の背中を叩いた。
「奏斗、何でそんな普通にお礼言えるの?」
「祝福されたので」
「恥ずかしくないの?」
「恥ずかしいです」
「顔に出ない」
「出さないようにしています」
「ずるい」
「千束は出すぎです」
「うるさい」
ミズキはカウンターの奥でずっとにやにやしていた。
「いやー、今日はコーヒーが美味しいわ」
「普段も美味しいです」
「甘い空気でさらにね」
「ミズキさん」
「新メニューにどう? 千束と奏斗の初恋パフェ」
「絶対嫌!」
「注文する人いると思うわよ」
「名前が恥ずかしすぎます」
「奏斗君は?」
「却下です」
「二人で即答。息ぴったり」
営業中、二人はできるだけ普通に振る舞おうとした。
だが、どうしても目が合う。
目が合うと、千束が少し笑う。
奏斗もわずかに口元が緩む。
それをミズキが見逃さない。
「はい、今見つめ合った」
「注文を確認していました」
「目で?」
「はい」
「便利ねぇ」
ミカはあえて何も言わなかった。
ただ、時折二人を見る目は優しかった。
◇
閉店後。
片づけを終えた店内で、千束は少しだけ名残惜しそうに奏斗を見た。
「今日も奏斗の家行く?」
「行きません」
「早い」
「今日は千束をセーフハウスへ送ります」
「昨日は一緒だったのに」
「昨日と今日は違います」
「恋人になったのに?」
奏斗は少しだけ固まった。
ミズキが奥で反応しかける。
奏斗は声を抑えて言った。
「その言葉を店内で使わないでください」
「照れた」
「照れています」
「素直」
「だからやめてください」
千束は笑った。
だが、最終的にはセーフハウスへ戻ることを受け入れた。
ここ数日、奏斗の部屋に泊まることが続いていた。
しかし、セーフハウスの安全確認も必要だ。
それに、奏斗自身も一度頭を整理する時間が欲しかった。
遥斗のこと。
フード四人組のこと。
そして、千束と付き合うことになったこと。
幸せだけでは済まない。
守るものが、より重くなった。
◇
夜道を並んで歩く。
いつものように、奏斗が車道側。
千束が建物側。
だが、今日は少し違った。
千束が時々、手をつなぎたそうに視線を向けてくる。
「千束」
「何?」
「手をつなぎますか?」
「え、いいの?」
「人通りが少ないので」
「理由それ?」
「ほかにもあります」
「何?」
「……つなぎたいので」
千束の顔が明るくなる。
「奏斗、今日どうしたの?」
「付き合うことになりましたので」
「真面目!」
「何と答えるのが正解ですか?」
「今のでいい」
千束は奏斗の手を取った。
指先が絡む。
昨日までも手はつないだ。
だが、今日は意味が違う。
千束は嬉しそうに笑った。
「恋人っぽい」
「そうですね」
「照れないの?」
「照れています」
「顔に出ない」
「出ないように」
「出して」
「難しい要求ですね」
セーフハウスへ着く。
周囲を確認する。
異常なし。
「じゃあ、今日は帰るんだよね」
「はい」
「メッセージして」
「分かりました」
「既読つけて」
「はい」
「返信も」
「善処します」
「分かったって言って」
「分かりました」
千束は満足そうに笑った。
「おやすみ、奏斗」
「おやすみなさい、千束」
少し迷ってから、千束が近づく。
軽く、頬へキスをした。
奏斗は固まる。
「おやすみのキス」
「……はい」
「耳赤い」
「夜なので見えにくいはずです」
「分かるよ」
千束は笑い、玄関の中へ入った。
扉が閉まる。
鍵がかかる。
奏斗は数秒その場に立ち、周囲を確認した。
異常なし。
千束は無事に中へ入った。
奏斗はゆっくりと帰路についた。
◇
人気の少ない路地に入った瞬間だった。
空気が変わった。
奏斗は足を止める。
前方に一人。
背後に一人。
左右の影から二人。
黒いフード。
四人組。
同時に銃口が向けられる。
「動くな」
低い声。
奏斗は手を上げた。
「またですか」
「抵抗すれば撃つ」
「あなたたちは、いつも同じ手段ですね」
「黙れ」
奏斗は視線を動かさず、袖の中の小型通信装置へ意識を向ける。
外部へ緊急信号を送る。
指先をわずかに動かす。
しかし、反応がない。
「無駄だ」
フードの一人が言った。
「周辺は電波妨害している」
「準備がいいですね」
「お前に連絡を取らせるほど甘くない」
「以前より学習しているようで」
「お前も学習しろ。抵抗は無意味だ」
奏斗は周囲を確認する。
距離。
銃口。
遮蔽物。
逃走経路。
四人のうち、一人はやや右足へ体重が偏っている。
もう一人は銃の構えがわずかに甘い。
完全な包囲ではない。
隙はある。
だが、今の奏斗には以前のような自由はない。
千束を送った直後。
武装は最低限。
敵は電波妨害を準備。
明らかに狙っていた。
「仲間になれ」
正面のフードが言った。
「でなければ死ぬぞ」
銃口が奏斗の頭へ向けられる。
距離は近い。
避けられる可能性は低い。
だが、彼らは奏斗を欲しがっている。
能力が必要だと言った。
ならば、本当に殺す可能性は低い。
奏斗はそう判断した。
「仲間にしたいなら、私は殺せないでしょう」
「仲間にできないなら、脅威は排除する」
フードの声は本気だった。
「お前の【恐怖】は有用だ。だが、制御できない敵として存在するなら危険すぎる」
「つまり、私が拒めば殺す」
「そうだ」
奏斗は静かに息を吸った。
「なら、殺してください」
四人の空気がわずかに揺れた。
「私はあなたたちの仲間にはなりません」
「死ぬぞ」
「リリベルになった時から、死ぬ覚悟はしています」
それは嘘ではなかった。
任務で死ぬ可能性。
敵に捕まり殺される可能性。
いつか戻れない日が来る可能性。
すべて、訓練の中で教え込まれてきた。
自分はそういう世界にいる。
だから死ぬことを恐れるな。
それがリリベル。
それが役目。
そう思ってきた。
だが。
銃口が額へ向けられたとき。
奏斗の胸の奥に、初めて明確な恐怖が生まれた。
死にたくない。
その感情は、あまりにもはっきりしていた。
千束の顔が浮かぶ。
朝、こっそりキスをしてきた顔。
リコリコで照れていた顔。
ミカに「よろしく頼む」と言われたとき、嬉しそうに笑った顔。
セーフハウス前で、おやすみのキスをした顔。
まだ伝えていないことがある。
まだ一緒にいたい。
まだ、千束の隣にいたい。
死ぬ覚悟はしていた。
でも、生きたいと思ってしまった。
『情けないな、兄貴』
頭の奥で声がした。
遥斗。
『死ぬ覚悟? 笑わせるなよ。今さら生きたいって顔してる』
『黙ってください』
『力を貸してやろうか?』
『必要ありません』
『死ぬぞ』
銃口がさらに近づく。
フードの指が引き金へかかる。
『千束を置いて死ぬのか?』
その言葉が、奏斗の心を揺らした。
千束を置いて。
何も告げずに。
守ると決めたばかりで。
好きだと言ったばかりで。
奏斗は迷った。
また。
迷ってしまった。
『貸せ』
遥斗の声。
『今度は、俺が守ってやる』
『違う。あなたは』
『死にたいのか?』
奏斗は答えられなかった。
次の瞬間。
意識が沈む。
体の主導権が、遥斗へ渡った。
◇
奏斗の顔が変わった。
フードの四人は、即座に気づいた。
瞳の奥の温度が消える。
口元に冷たい笑みが浮かぶ。
姿は奏斗。
だが、そこにいるのは遥斗だった。
「お前ら」
遥斗は低く笑った。
「俺に銃を向けるのか?」
その声だけで、空気が変わった。
四人の手が震える。
【恐怖】。
それは、音も光も伴わない。
けれど確かに、場を支配した。
フードの一人が後ずさる。
もう一人が呼吸を乱す。
銃口がわずかに下がる。
「頭が高い」
遥斗が言った。
命令だった。
逆らう余地のない声。
四人のうち一人が、片膝をついた。
続けて二人目。
三人目。
最後の一人も、銃を下げ、膝をつく。
誰も撃たない。
誰も動けない。
「そうだ」
遥斗は笑う。
「それでいい」
フードの一人が言った。
「遥斗様……お待ちしておりました」
遥斗の目が細くなる。
「遥斗様、ね」
四人は頭を下げる。
「お前らは」
遥斗は記憶を探るように、ゆっくりと言った。
「俺の計画に賛同していたやつらか」
「はい」
主導していたフードが答える。
「我々はあなたの帰還を待っていました」
「帰還?」
「押村奏斗の中で眠るあなたが、再び表へ出る時を」
遥斗は短く笑った。
「なるほどな」
奏斗の知らないところで、遥斗の計画に賛同していた者たち。
「遥斗様」
「分かってる。潰すしかない」
四人が頭を下げたまま動かない。
遥斗は夜空を見上げる。
奏斗の体で。
奏斗の声で。
しかし、そこにある意思は別のものだった。
「行くぞ」
「どちらへ」
「DAを潰しに行こうか」
その言葉に、四人の気配が変わった。
恐怖の中に、歓喜が混ざる。
「仰せのままに」
遥斗は笑った。
その笑みは、奏斗のものではなかった。
◇
同じ頃。
セーフハウスの部屋で、千束はベッドの上に座っていた。
奏斗へメッセージを送る。
――着いた?
数分待つ。
既読がつかない。
「……あれ?」
奏斗なら、帰宅したら連絡すると約束した。
既読だけでもつけるはずだ。
千束はもう一度送る。
――奏斗?
既読はつかない。
胸の奥に、小さな不安が生まれる。
でも、すぐに自分へ言い聞かせた。
もしかしたら、帰ってすぐシャワーに入ったのかもしれない。
端末を置いたのかもしれない。
リリベルから連絡が入ったのかもしれない。
過剰に心配しすぎるのはよくない。
「……大丈夫だよね」
千束は端末を握ったまま、ベッドへ横になる。
画面を見る。
既読はまだつかない。
不安は消えない。
けれど、今日はリコリコで一日働いた。
昨夜のこともあった。
体は疲れている。
千束は端末を枕元に置き、目を閉じた。
「奏斗、返信してよ……」
小さく呟く。
しばらくしても、端末は鳴らなかった。
千束は不安を抱えたまま、浅い眠りへ落ちていった。
その夜。
奏斗の端末に、既読がつくことはなかった。