TS魔法少女は曇らせたい 作:ADCブリッツクランク
例えば今目の前に、世界を滅亡させんとする強大な力を持った魔王がいるとしよう。
魔法も斬撃も意味を為さない硬い肌に、それ街が一つ消し飛ぶであろう威力を持つ魔法。さらに、それらを何発でも撃てる絶大なる魔力と、何があっても魔王様を守ると誓った、彼ら自身もまた強大な力を持っている幹部たち。
あなたは、世界の危機に立ち向かっている。魔王を討伐するための勇者パーティーに選抜されたのだ。
あなたは数年をかけて、ほぼ初対面だった仲間たちと親交を深めていった。勇者である彼は優しく理知的で、困っている人がいたら救わずにはいられないお人よし。戦士の大男は強靭で、何があろうと屈せず動じない芯のある男。そして、魔法使いの少女は彼らのまとめ役。
あなたたち勇者一行は、何人もの幹部を討伐し、旅の果てに、ついに魔王と対面する。
そして、負けてしまう。
果敢に魔王に挑んだ勇者は返り討ちに合い、その身に大きな傷を負った。動けない勇者を守る盾になるべく、正面から魔王の放つ絶死の魔法を受けた戦士の大男は、光の中でその身をぐちゃぐちゃに破壊され、物言わぬ肉片と化した。
そして、魔法使いの少女は、ぼろぼろになった勇者と戦士の肉塊を前に崩れ落ち、恐怖と怒りの綯交ぜになった虚脱的な感情の中で、嗚咽交りに、言葉にならない言葉を発する。
しかし魔王は無慈悲だ。勇者は用無し、戦士は死んだ。次に自分に仇を為せるのは、残された魔法使いの少女とあなたの二人。
その中から、動けずにいる魔法使いの少女を選び、指先から鋭い光を放つ。
魔法使いの少女は、座り込んだままその光を見詰めて、「どうして、死にたくない」と何度もつぶやいている。
——さて、あなたは、こんな状況の時どうするだろうか。
想像してほしい。
大酒飲みの戦士と競い合うように飲んだ酒で体調を崩した日、あなたに寄り添い献身的な介護をしてくれた魔法使いの少女。
それを遠巻きに見てくすくすと笑っていた勇者。
立ち寄った街で得た束の間の休日。露店の立ち並ぶ街の中央繁華通りを少女と二人で歩いた日。
魔王の放つ魔法、その光が、少女に向かって進み続けている。
彼らと歩んだ日々が、その思い出が、今この瞬間に崩れ去ろうとしている。
あなたはまだ、選ぶことが出来る。
少女を見捨てて逃げ帰り、魔王の情報を国に持ち帰るか、それとも少女と共にここで死ぬか。あるいは、自己犠牲を選び少女を救って、自分たちを一生覚えていてほしいと伝えるか。
——あなたは、この三つの選択肢の中から、何を選ぶだろうか。
*
「ヒナ——!」
長い黒髪に真紅の瞳。幼いながらも確かな意思を持つ、凛とした少女。
ヒナと呼ばれた少女——私は、魔物の群れの注意を引きながら、手にした細い
「戦っちゃダメだって、来たらダメだって言ったでしょ!」
丁寧に切り揃えられた白髪をその胸元で散らしながら、リノが悲痛な面持ちで叫ぶ。
「私の事は気にしないで、早く群れのボスを何とかして!」
駆けながら、私も負けじと叫ぶ。その間にも、魔物は私に、今にも追いつこうとしている。
成人男性のおよそ二倍はあろう体躯に、強靭な爪。黒い体毛の生えた筋肉質な体。
二足歩行のその魔物の目が、ようやく食事にありつけるという悦楽に細く歪められている。
だが、私が見ているのは、目の前の危機ではない。
群れの他のどの魔物よりも大きい、白い体毛の生えた群れのボス―—魔法少女の間では、仮にシルバーバックと呼ばれている――が、リノ目掛けてその体を走らせている。
多くの魔法少女を屠り、その血肉を養分にしてきた凶悪な魔物。いわば、魔法少女の仇だ。
「早くそいつを――」
私がそう叫んだ瞬間、シルバーバックがよそ見をしていたリノの足元にめがけて、手にしていた瓦礫をぶつけた。
鈍い音と共に砂埃が立ち込める。その一瞬の視界不能を逃さんと、シルバーバックが一気に距離を詰める。
そして、
「アクアレイジ――」
リノが魔法を放とうとしたその刹那、追いついたシルバーバックが彼女の額にめがけて、巨大な爪を振り下ろした。
音速に迫る速度で振り下ろされる鋭い爪と巨体。
それは、リノのような幼い少女にとっては、致命傷とまではいかなくとも、ただでは済まないものだった。
―—さて、先ほどの勇者の話を覚えているだろうか。
既に死んだも同然の勇者、死んでしまった戦士、へたり込む魔法使いの少女。
もはや守れるのは、魔法使いの少女ただ一人だけ。
私もかつて、この問いに直面したことがある。これは、とある同人ゲームのプロローグだった。主人公の選択によって、魔法使いの少女のキャラクター性が変わっていくというシナリオのノベルゲーム。
そして、このゲームにおける私の答えは――。
爪がリノの華奢な体を切り裂こうとする寸前、私は駆け出し、魔法少女としての固有魔法を唱える。
瞬間、私はリノの前に立ち、シルバーバックの鋭い鉤爪による攻撃を、真正面から受け、
「リノ、今だ! 爪が私の体を貫いている限り、シルバーバックは身動きが取れない!」
その隙に、リノの固有魔法を持って、私ごとシルバーバックを駆逐する。それだけが、私たちの勝ち筋だ。
「でも、!」
「いいから、私なら、大丈夫だから……!」
「……ヒナ、」
リノが、覚悟を決めた表情を浮かべる。
「……わかった」
そして、白く細い手に握られた杖を構え、先端に、圧縮された魔力による鋭く尖った水の弾を形成して、
「……君の命は、絶対に無駄にしない。——
全てをつらぬく巨大な水の針を放った。
それが私の体に達する瞬間、小さく呟く。私の、あのゲームにおける答え。
そして、魔法少女としての私に与えられた固有魔法を。
「——
あらゆる攻撃を、致命傷手前にして受け流す魔法。
自己犠牲。それが、私に与えられた固有魔法であり、あのゲームにおける私の答えであり、
私の