魔王神・高町なのは   作:華洛

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魔界戦記ディスガイア2のキャラ紹介

■アデル
デビルバスター。
熱血漢。
ロザリンドとはバカップルと魔界で有名である。

■ロザリンド
魔王ゼノンの娘……とされているが、実は魔王神ゼノンの転生体。
箱入りお嬢様
アデルとのバカップルぶりは魔界で有名である。

■ハナコ
アデルの妹。
召喚師。トラブルメイカー。
エトナに弟子入りしていてセクシーな悪魔を目指している。


幕間 別次元の魔王神ゼノンの転生体に会いたい

 

 ――魔王神ゼノン、復活。

 

 その報せは、ひとつの魔界に留まらず、瞬く間に幾つもの世界を駆け巡った。

 

 魔界新聞の一面を飾る、禍々しい見出し。

 そこに刷られていたのは、黒と赤の装束を纏い、白き杖と魔剣を携えたひとりの少女の姿だった。

 

 右目は血のように紅く。

 その立ち姿には、ただそこに在るだけで周囲を圧するような、異様な威圧感があった。

 

 魔王神ゼノンが復活した。

 

 その事実は、恐怖と同時に、魔界の住人たちの欲望を強く刺激した。

 

 倒せば名が上がる。

 討ち取れば伝説になれる。

 あるいは、脅威を脅威のまま放置しておけないという打算もあったのかもしれない。

 

 いずれにせよ、集まった。

 

 魔王は七十二。

 その配下の悪魔は、七百四十万九千百二十七体。

 

 空を埋めるほどの軍勢。

 大地を覆うほどの悪意。

 けれど、それでも。

 

 その程度で、魔王神を討てるはずがなかった。

 

 夜空を裂いて、白桃色の閃光が走る。

 

 次の瞬間、先陣を切っていた悪魔の群れが、まとめて吹き飛んだ。

 爆炎が咲く。

 悲鳴が上がる。

 砕けた武具と肉片が、黒煙の向こうへ散っていく。

 

 その中心に、少女はいた。

 

 高町なのは。

 

 左手には、レイジングハート。

 右手には、魔剣良綱。

 黒と赤を基調としたバリアジャケットは、すでに幾度もの戦いをくぐり抜けた痕を刻んでいる。

 

 肩で息をする。

 呼吸は浅い。

 それでも、その足は止まらない。

 

「……来ないで」

 

 小さな声だった。

 けれど、その声は不思議なほどはっきりと響いた。

 

「これ以上……私に、近づかないで」

 

 返るのは、嘲りと怒号だけだった。

 

「怯んでるぞ!」

「囲め!」

「ゼノンを倒したのは俺だって、新聞に載るのはこの俺だ!」

「やっちまえ!」

 

 欲望のままに、悪魔たちが殺到する。

 

 空から。

 地から。

 魔法陣から。

 無数の刃と砲撃と呪いが、なのはへ向けて一斉に放たれた。

 

 なのはは飛ぶ。

 

 桜色の軌跡を引きながら、砲撃をかわし、斬撃を受け流し、魔力弾で敵の武器だけを正確に撃ち抜いていく。

 倒す。

 止める。

 けれど、殺さない。

 

 その加減が、何よりも難しかった。

 

 魔界の悪魔たちは、しぶとい。

 一度叩き落としても、すぐに立ち上がる。

 武器を砕いても、牙を剥く。

 気絶させても、別の誰かがその隙を埋める。

 

 ひとり、またひとりと無力化していくたびに、なのはの集中は削られていった。

 

「っ……!」

 

 良綱で斧を弾く。

 レイジングハートで呪弾を相殺する。

 その直後、死角から伸びた槍が肩口をかすめた。

 

 熱い痛み。

 バリアジャケットが裂け、赤い飛沫が宙に散る。

 

 反射的に、なのはは反撃の出力を落とした。

 

 撃てば、消し飛ぶ。

 だから、撃ち抜かない。

 

 その一瞬のためらいを、魔界の軍勢は見逃さなかった。

 

「今だ!」

「押し切れ!」

「ゼノンを削れ!」

 

 四方八方から押し寄せる圧力。

 魔法。斬撃。呪詛。砲撃。

 数の暴力が、じわじわと、けれど確実になのはを追い詰めていく。

 

 息が荒い。

 視界が揺れる。

 胸の奥で、あの冷たい気配が脈打っていた。

 

(なぜ耐える……)

 

 低く、古い声が響く。

 

(敵は滅ぼせばよい……)

 

「だめ……」

 

 なのはは唇を噛んだ。

 目の前にいるのは、自分を狙う敵だ。

 倒さなければ、自分がやられる。

 それでも……。

 それでも、消していい理由にはならない。

 

「私は……そんなために……」

 

 言葉は、最後まで続かなかった。

 横合いから放たれた極太の魔力砲が、防御を砕く。

 衝撃が全身を貫き、なのはの身体が大きく吹き飛んだ。

 

「かはっ……!」

 

 空中で体勢が崩れる。

 そこへ、待っていたかのように無数の鎖が伸びた。

 

 足を。

 腕を。

 胴を。

 絡め取る呪縛の鎖。

 

 さらに上空から、巨大な斧を構えた魔王が振り下ろしてくる。

 

 避けきれない。

 

 その瞬間。

 胸の奥で、何かが切れた。

 

 理性か。

 均衡か。

 あるいは、最後の我慢か。

 

 なのはの右目が、どろりと紅く染まる。

 黒い魔力が右半身を這い、空間そのものを軋ませながら噴き上がった。

 

「――我は独り」

 

 こぼれた声は、なのはのものだった。

 けれど、その響きはもう、なのはだけのものではない。

 

「全ては敵。全ては滅び。全ては……我が眠りを妨げる愚か者ども」

 

 次の瞬間、良綱が振るわれた。

 

 ただ、それだけだった。

 なのに、空間を裂いた斬撃は、前方にいた魔王も悪魔も、まとめて呑み込み、跡形もなく消し飛ばした。

 続けざまに、レイジングハートの宝玉が白桃色に輝く。

 

 圧縮。

 収束。

 解放。

 

 奔流となった魔力が、戦場を薙ぎ払った。

 

 轟音。

 閃光。

 悲鳴は、途中で途切れる。

 

 魔王連合軍は崩れた。

 

 統率も。

 士気も。

 陣形も。

 何もかも。

 

 圧倒的な魔力と攻撃力の前に、為すすべなどあるはずがなかった。

 

 逃げ惑う悪魔たちを、黒き威圧が追い詰める。

 立ち向かおうとした魔王たちは、一太刀、一砲のもとに沈んでいく。

 

 七十二の魔王。

 七百四十万九千百二十七体の悪魔。

 

 その大軍勢は、魔王神ゼノンの前に壊滅した。

 

 あとに残ったのは、焼け焦げた大地と、崩れた空と、ひどく静かな死の気配だけだった。

 

 そして、その静寂の中で、少女は、ひとり立っていた。

 

 肩を震わせながら。

 まるで、自分が何をしてしまったのかを、知っているみたいに。

 

 

 

 

 場所は変わり、魔界ヴェルダイム。

 

 小さな村、ホルルト村。

 その一角にあるアデルの家の前では、今まさに、ひとつの騒動が起きようとしていた。

 

「……銀河王者のベルトに、宇宙筋力。魔法少女の杖に、洋菓子を少々……」

 

 召喚窯の前で、ハナコが真剣な顔で中身をかき混ぜている。

 

「ついでにロザリーの血をアクセントとして入れて、コトコト煮込むこと二十四時間! これで『史上最強のキャラ』が召喚できるハズ!」

 

 びしっと胸を張るハナコに、アデルは露骨に顔をしかめた。

 

「おいおい……本当に大丈夫なんだろうな?」

 

「そうじゃのう……」

 

 隣で腕を組んでいたロザリンドも、呆れたようにため息をつく。

 

「前回のように、また妙なものが召喚されぬとよいのじゃが」

 

 以前にも、似たようなことはあった。

 別世界や別次元の存在を何人も呼び出してしまい、元の世界へ戻すために大騒ぎになったことがある。

 その経験のおかげで、ハナコの召喚術の精度は飛躍的に上がった――と、本人は言い張っていた。

 

「今回は完璧よ! 理論上は!」

 

「その“理論上”ってのが一番信用ならねえんだよ……」

 

 アデルが額を押さえた、その時だった。

 召喚窯が、ぼこり、と不穏な音を立てる。

 次いで、もくもくと黒煙が立ち上り――

 

 爆発した。

 

「うおっ!?」

「きゃっ!」

 

 爆風が三人の髪と服を大きく揺らす。

 同時に、窯の上空へ四つ葉のクローバーを象った魔法陣が浮かび上がった。

 

 淡く。

 けれど不気味に。

 ゆっくりと回転する召喚陣。

 

 その中心から、ひとつの影が現れる。

 

 十五歳ほどの少女だった。

 

 サイドテール。

 左手には白い杖、レイジングハート。

 右手には禍々しい魔剣良綱。

 黒いバリアジャケットには赤い装甲が取り付けられているが、その各所には激戦の痕が生々しく残っていた。

 

 裂けた布地。

 砕けた装甲。

 乾ききらない血の跡。

 

 左目の瞼は閉じられたまま。

 そして右目だけが、血のように紅く、爛々と光っていた。

 

「――ぐぅぅぅううう……」

 

 低い唸り声が漏れ、その瞬間、ロザリンドの表情が変わった。

 

「……っ!」

 

 自らの身体を抱きしめるようにして、その場に膝をつく。

 顔色がみるみる青ざめていく。

 

「ロザリー!」

 

 アデルが駆け寄る。

 ロザリンドは苦しげに息を吐きながら、それでも震える声で言った。

 

「あ、アデル……ハナコを連れて、逃げよ……」

 

「何言ってんだよ!」

 

「あやつは……ゼノンじゃ……」

 

 その名に、アデルの目が見開かれる。

 

「ゼノンだって!? だけど、ゼノンは……」

 

「う、む……妾の知るゼノンではない。じゃが……わかる……」

 

 ロザリンドは胸元を押さえ、苦しげに顔を上げた。

 

「きっと、別次元の……妾ではない、別の者に転生したゼノン……。魂が、共鳴しておる……」

 

「え、ええっ!? じゃあ、あたし、とんでもないの呼んじゃった!?」

 

「今さら気づくな!」

 

 叫ぶアデルの前で、少女――魔王神なのはが、ゆっくりと顔を上げる。

 その視線が、ロザリンドを捉えた。

 

 びくり、と空気が震えた。

 何かが、何かを見つけた。

 そんな感覚だった。

 

「……我は独り」

 

 なのはの唇が、静かに動く。

 

「全ては敵だ……」

 

 右手の良綱がわずかに持ち上がる。

 左手のレイジングハートが、ロザリンドへ向けられた。

 

「我を狙う魔王共のように……消え去れ」

 

 白桃色の魔力が、宝玉へ収束していく。

 空気が震える。

 地面が軋む。

 周囲の草木が、見えない圧力に押し伏せられる。

 

 アデルの背筋を、冷たいものが走った。

 

 まずい。

 あれは、受ければ終わる。

 

『Starlight Breaker』

 

 機械音声とともに、極大の砲撃が解き放たれた。

 

 白桃色の破壊光線が、一直線にロザリンドへ襲いかかる。

 

 その瞬間、アデルは地を蹴っていた。

 

「うおおおおおっ!」

 

 拳に魔力を込める。

 全身の力を一点へ集め、迫り来る砲撃の中心へ叩き込む。

 

 激突。

 

 轟音が、夜を揺らした。

 真正面から受け止めたわけじゃない。

 砲撃の芯を殴り、わずかに軌道を崩し、周囲へ拡散させる。

 

「ぐっ……あああああっ!」

 

 腕が軋む。

 骨が悲鳴を上げる。

 それでもアデルは拳を引かない。

 

 次の瞬間、拡散した魔力が周囲へ荒れ狂った。

 

 家の壁が吹き飛ぶ。

 地面が抉れる。

 木々がなぎ倒され、土煙が夜空へ舞い上がる。

 

 だが、ロザリンドだけは、無事だった。

 

 荒い息をつきながら、アデルは前を睨む。

 拳は焼けるように痛み、足元は大きくえぐれていた。

 それでも、退くわけにはいかない。

 

「……っ、てめえ」

 

 土煙の向こう。

 魔王神なのはは、変わらずそこに立っていた。

 

 紅い右目が、静かにアデルを見つめている。

 その視線には怒りも驚きもない。

 ただ、ひどく冷たい孤独だけがあった。

 

 

 

 

 

 

 土煙が、ゆっくりと晴れていく。

 抉れた大地の中央。

 白桃色の魔力の残滓が、まだ空気を焦がすように揺れていた。

 

 アデルは拳を下ろさない。

 焼けるような痛みが腕を走っている。

 骨が軋み、筋肉が悲鳴を上げていた。

 それでも、目の前の相手から視線を逸らすことはなかった。

 

 土煙の向こうに立つ少女――魔王神なのはもまた、静かにこちらを見ていた。

 

「……やるな」

 

 低く、冷えた声だった。

 なのはのもののはずなのに、その響きはどこか遠い。

 

「我が砲撃を、正面から崩すか」

 

「へっ……」

 

 アデルは口元を歪めた。

 拳を握り直し、足を踏みしめる。

 

「女を後ろに置いて逃げるほど、情けねえ男じゃねえんだよ」

 

 その言葉に、なのはの表情は動かない。

 ただ、紅い右目だけがわずかに細められた。

 

「愚かだな」

 

 次の瞬間、なのはの姿が掻き消えた。

 

「っ!」

 

 反射的に身をひねる。

 直後、アデルのいた場所を黒い斬撃が走り抜けた。

 遅れて地面が裂け、爆ぜる。

 

 速い。

 さっきまでの砲撃主体の相手とは違う。

 今の一歩は、完全に間合いを殺しにきていた。

 

 右側。

 気配を感じた瞬間、アデルは拳を振り抜く。

 

 金属音にも似た激突音。

 良綱の刃と、アデルの拳が真正面からぶつかった。

 衝撃が周囲の空気を押し潰し、地面に放射状の亀裂が走る。

 

「ぐっ……!」

 

 重い。

 ただ鋭いだけじゃない。

 剣そのものに、圧し潰すような魔力が乗っている。

 

 なのはは無言のまま、左手のレイジングハートを振るった。

 至近距離から放たれた魔力弾が、アデルの脇腹へ叩き込まれる。

 

「がっ!」

 

 吹き飛ばされる。

 だが、地面を削りながら無理やり踏みとどまった。

 

 間髪入れず、なのはの周囲に白桃色の魔力弾が展開される。

 十。二十。三十。

 数えるのも馬鹿らしくなるほどの弾幕。

 

『Divine Shooter』

 

 機械音声とともに、一斉射。

 

「ちっ!」

 

 アデルは前へ出た。

 避けきれないなら、突っ込むしかない。

 

 一発目を拳で砕く。

 二発目を肩で受け流す。

 三発目が背を掠め、四発目が足元で炸裂する。

 爆煙と閃光の中を、アデルは一直線になのはへ迫った。

 

「おおおおおっ!」

 

 渾身の拳。

 だが、なのはは半歩だけ身をずらし、その一撃を紙一重でかわす。

 同時に良綱の柄でアデルの腕を打ち、体勢を崩したところへ膝蹴りを叩き込んだ。

 

「ぐっ……!」

 

 息が詰まる。

 そこへさらに、レイジングハートの石突きが顎を跳ね上げた。

 

 近距離でも隙がない。

 

 アデルは後方へ跳び、距離を取る。

 荒い呼吸。

 額を汗が伝う。

 

 強い。

 とんでもなく強い。

 

 遠距離では砲撃と誘導弾。

 中距離では魔力弾幕と斬撃。

 近距離では剣と杖を使い分けた正確無比な体術。

 

 どの距離でも対応される。

 しかも、一つ一つの攻撃に乗る魔力量が桁違いだった。

 

「どうした」

 

 なのはが静かに言う。

 

「もう終わりか」

 

「ふざけんな……!」

 

 アデルは地を蹴った。

 一直線に突っ込む。

 小細工は性に合わない。

 真正面からぶち抜く。それだけだ。

 

 なのはの周囲に再び魔力弾が展開される。

 だが今度は撃たれる前に、アデルが間合いへ踏み込んだ。

 

 拳。

 蹴り。

 肘。

 体当たり同然の連撃。

 

 なのははそれを、良綱で受け、レイジングハートで逸らし、最小限の動きで捌いていく。

 だが、アデルの攻撃は止まらない。

 

「おおおっ! まだまだぁっ!」

 

 拳が頬を掠める。

 蹴りが装甲を削る。

 体勢を崩しかけたなのはへ、アデルはさらに踏み込んだ。

 

 鈍い音。

 拳が、なのはの腹部へめり込む。

 

「……っ」

 

 初めて、なのはの口から苦しげな息が漏れた。

 そのまま吹き飛ばされ、地面を滑る。

 

「やったか!?」

 

「アデル、油断するでない!」

 

 ロザリンドの声が飛ぶ。

 次の瞬間、吹き飛んだ先の土煙を裂いて、白桃色の砲撃が奔った。

 

「っ!」

 

 アデルは咄嗟に腕を交差して防ぐ。

 衝撃。

 全身が軋む。

 そのまま数十メートル押し流され、地面を深く抉りながらようやく止まった。

 

 腕が痺れる。

 息が荒い。

 それでも、まだ立てる。

 

 土煙の向こうから、なのはがゆっくりと姿を現した。

 口元に血が滲んでいる。

 呼吸も、わずかに乱れていた。

 

 疲れている。

 それは明らかだった。

 

 だが、それ以上に。

 

 なのはの周囲に渦巻く魔力は、まだ底が見えない。

 むしろ戦いが長引くほど、昏い圧力が増しているようにすら感じられた。

 

「……なるほど」

 

 なのは――いや、ゼノンが低く呟く。

 

「貴様、ただの人間ではないな」

 

「当たり前だ。オレはデビルバスターだ!」

 

 アデルは拳を構えた。

 

「病気にも負けねえし、魔王にも負けねえ。ましてや、わけわかんねえ力に飲まれてるやつなんかに、負けてたまるかよ!」

 

 その言葉に、なのはの紅い右目がわずかに揺れた。

 ほんの一瞬。

 だが確かに、何かが引っかかったように見えた。

 しかし次の瞬間には、再び冷たい光が戻る。

 

「……戯れ言を」

 

 なのはがレイジングハートを掲げる。

 良綱にも黒い魔力が絡みつき、空気が悲鳴を上げた。

 

 まずい。

 次は、さっきまでとは比べものにならない。

 

 アデルもそれを感じ取る。

 全身の力を拳へ集め、迎え撃つ構えを取った。

 

 なのはの魔力が、さらに膨れ上がる。

 右半身を這う黒が濃くなる。

 紅い瞳が、ぎらりと光る。

 

 だが、その時だった。

 

「今じゃ!」

 

 ロザリンドの声が響いた。

 同時に、彼女の足元に複雑な魔法陣が展開される。

 淡い光ではない。

 もっと深く、もっと古い、魂そのものへ干渉するような術式。

 ロザリンドは両手を組み、苦しげに、それでも強く呪文を紡いだ。

 

「父上が、妾の裡なるゼノンを封じた術……! ならば今一度、その理をもって縛る!」

 

 魔法陣から放たれた光の鎖が、一直線になのはへ伸びる。

 

「なに……!?」

 

 初めて、なのはの表情に明確な動揺が走った。

 光の鎖は右半身へ絡みつき、紅い右目を中心に収束していく。

 黒い魔力が激しく逆巻いた。

 

「ぐっ……あああああっ!」

 

 なのはが叫ぶ。

 右手で頭を押さえ、膝をつく。

 

 ゼノンの気配が暴れる。

 空間が軋む。

 良綱が震え、レイジングハートの宝玉が不安定に明滅した。

 

「我を……封じる、か……!」

 

 低く、怒りに満ちた声。

 だがロザリンドは退かない。

 

「妾は知っておる……! その孤独も、その力も! じゃが、今ここで好きにはさせぬ!」

 

 さらに術式が強まる。

 光の鎖が、なのはの右半身を締め上げるように食い込んだ。

 

 黒い魔力が、少しずつ、少しずつ押し戻されていく。

 紅い右目が揺れる。

 その奥で、別の色がかすかに覗いた。

 

「……っ、あ……」

 

 なのはの声が変わる。

 冷たい響きが薄れ、かすれた少女の声が滲んだ。

 

「まだじゃ、アデル! 今のうちに抑えるのじゃ!」

 

「おう!」

 

 アデルは一気に駆けた。

 なのはは苦しげに顔を上げる。

 右目の紅はまだ消えていない。

 だが、完全には動けない。

 

 アデルは拳を振り上げ――

 

 その直前で、ぐっと力を殺した。

 

「……っ!」

 

 拳はなのはの頬すれすれで止まり、代わりにその額へ、軽く拳を当てた。

 

「目ぇ覚ませ」

 

 低く、まっすぐな声だった。

 

「おまえが誰だか知らねえ。ゼノンだろうが、魔王神だろうが関係ねえ。でもな――」

 

 アデルは、苦しげに震える少女を真正面から見据える。

 

「そんな泣きそうな顔してるやつを、放っとけるかよ」

 

 なのはの瞳が、大きく揺れた。

 紅の奥で、かすかに別の色が滲む。

 黒く染まりきっていたはずの右目の奥に、ほんの一瞬だけ、やわらかな光が戻ったような気がした。

 

「……ぁ……」

 

 唇が、かすかに震える。

 

 ロザリンドの術式はなおも少女の右半身を縛り上げ、暴れ狂うゼノンの気配を押し込めていた。

 黒い魔力は激しく逆巻き、何度も何度も外へ噴き出そうとする。

 けれど、そのたびに光の鎖が食い込み、無理やり内側へと押し戻していく。

 

「ぐっ……ぅ……!」

 

 少女は頭を押さえたまま、その場に膝をついていた。

 肩が大きく上下する。

 呼吸は荒く、浅い。

 まるで肺そのものがうまく動いていないみたいだった。

 

「……!」

 

 ロザリンドが思わず息を呑む。

 その視線の先で、少女の身体がびくりと震えた。

 

 封じられた奥底で、まだ何かが抗っている。

 そんなふうに見えた。

 次の瞬間、少女の右目を覆っていた紅が、ふっと揺らいだ。

 

「……っ、は……」

 

 小さく、息を呑む音。

 

 良綱を握っていた右手から、力が抜ける。

 禍々しい魔剣は重たい音を立てて地面へ落ち、その衝撃で周囲の土が小さく跳ねた。

 

 続いて、左手のレイジングハートも大きく明滅する。

 白桃色の宝玉が不安定に瞬き、まるで主の状態に引きずられるように魔力の光を乱した。

 

「っ……ごほっ……!」

 

 少女が激しく咳き込む。

 細い肩が大きく震え、押さえた口元から赤い雫がこぼれ落ちた。

 

「なっ……!」

 

 アデルが目を見開く。

 地面に散った血は、ひどく生々しかった。

 

 今まで立っていたこと自体が不思議なくらいだった。

 激戦の痕だらけのバリアジャケット。

 乱れた呼吸。

 不自然なまでに細い肩。

 そして、封印された今になって一気に表へ出てきた損耗。

 

 無理をしていた。

 そんな言葉では足りないほどに。

 

「……ゼノン……」

 

 少女が、かすれた声を絞り出す。

 

「……私は貴女。貴女は私……」

 

 焦点の定まらない瞳で、何かを探すように前を見た。

 けれど、その足はもう立ち上がる力を残していない。

 

「……独りじゃ……ないから……。今は私に身体を……預けて……」

 

 そこで言葉が途切れる。

 少女の身体が、ぐらりと傾いた。

 

「おい!」

 

 アデルが咄嗟に踏み込む。

 倒れ込む寸前の身体を、どうにか両腕で受け止めた。

 

 軽い。

 

 思わず、そう感じてしまうほどに。

 戦っていた時の圧倒的な威圧感が嘘みたいに、腕の中の少女は頼りなかった。

 

「……っ」

 

 少女の瞼が、ゆっくりと震える。

 閉じられていた左目がわずかに開き、その奥に淡い紫の瞳が覗いた。

 右目は反対に瞼が下りて閉じた。

 

 その視線が、ぼんやりとアデルを映す。

 次いで、少し離れた場所に立つロザリンドへ。

 それから、怯えた顔でこちらを見ているハナコへ。

 

 少女は何か言おうとした。

 唇が、かすかに動く。

 

「……ごめん、なさい……」

 

 ひどく小さな声だった。

 

 誰に向けた謝罪なのか、アデルにはわからなかった。

 今ここにいる自分たちへなのか。

 それとも、もっと別の誰かへなのか。

 

 ただ、その声には、さっきまでの冷たい威圧など欠片もなかった。

 あるのは、疲れきった少女の、かすかな後悔だけだった。

 

「おい、しっかりしろ!」

 

 アデルが呼びかける。

 だが、少女の意識はもう限界だった。

 

 レイジングハートが、ふらつくように少女の傍らへ寄る。

 宝玉が弱々しく明滅し、主を守るようにその場へ浮かんだ。

 

『Master……』

 

 いつもよりずっと小さく聞こえる機械音声。

 

 少女の指先が、かすかに動く。

 レイジングハートへ伸ばそうとしたのかもしれない。

 けれど、その途中で力は尽きた。

 

 ふっと、全身から緊張が抜ける。

 

 黒と赤のバリアジャケットが、粒子となって静かに崩れ始めた。

 装甲が消え、布地がほどけ、あとに残ったのは見慣れぬ私服姿だけだった。

 

 魔王神ではない。

 ただの、傷ついた少女。

 その姿になった瞬間、少女の身体は完全に力を失い、アデルの腕の中へ深く沈み込んだ。

 

「……気を失ったか」

 

 ロザリンドが駆け寄る。

 術式を維持したままのせいで顔色は悪いが、それでも必死に少女の様子を覗き込んだ。

 

「ひどい消耗じゃ……。封印は効いておるようじゃが、下手に刺激すればどうなるかわからぬ」

 

「おい、これ大丈夫なのかよ」

 

 アデルの声にも、さっきまでの闘志はなかった。

 あるのは純粋な焦りだけだ。

 

「大丈夫とは言えぬ。じゃが、今は眠らせておくしかあるまい」

 

 ハナコが、おそるおそる一歩近づく。

 

「……あ、あの子……ほんとに、さっきのあれと同じなの?」

 

 アデルは答えなかった。

 答えられなかった。

 

 腕の中で眠る少女は、どう見てもただの傷ついた女の子だった。

 けれど、その内側には、たしかにあの底知れない何かがいる。

 

 ロザリンドが、静かに少女の顔を見つめる。

 

「……ゼノン」

 

 その呟きには、恐れだけではない、複雑な響きがあった。

 

 かつて自分の裡にもあった存在。

 その名を背負わされ、苦しみ、そして乗り越えた記憶。

 だからこそ、目の前の少女をただの怪物とは思えなかった。

 

 レイジングハートが、少女の肩口へ寄り添うように浮かぶ。

 宝玉の光は弱い。

 それでも、主の傍を離れるつもりはないらしかった。

 

『Stand by』

 

 短い機械音声が、静かな夜気の中に落ちる。

 アデルはそれを一瞥し、それから腕の中の少女を見下ろした。

 

「……ったく」

 

 ぶっきらぼうに吐き捨てる。

 

「こんなボロボロになるまで、ひとりで何やってやがったんだよ」

 

 返事はない。

 少女はただ、苦しげに眉を寄せたまま、深い闇の中へ沈んでいた。

 

 

 

 

 それから、少しだけ時間が経った。

 

 ホルルト村の外れ。

 アデルの家から少し離れた小高い丘の上には、朝前の冷たい風が吹いていた。

 夜の名残を引きずった空気が、頬を撫でていく。

 

 なのはは、ひとりそこに立っていた。

 

 もう黒と赤のバリアジャケットはない。

 今は見慣れた私服姿のまま、両手で黒いフェイスマスクをそっと持っている。

 

 顔の右半分を覆うための仮面。

 表側はひどく簡素で、飾り気はない。

 けれど裏側には、複雑な魔法陣が刻まれていた。

 

 四つ葉のクローバー。

 ゼノンの象徴。

 

「それをつけておれば、今よりは少しはましになるはずじゃ」

 

 背後から聞こえた声に、なのはは振り返った。

 ロザリンドが腕を組み、いかにも当然といった顔で立っている。

 まだ本調子ではないはずなのに、その態度にはまるで揺らぎがない。

 いかにも魔王の娘らしい、堂々たる立ち姿だった。

 

「妾の裡にあったゼノンを、かつて封じておった術式を元にしておる。完全ではないが、表に出てくる力を抑える程度なら十分じゃろう」

 

 なのはは、もう一度フェイスマスクへ視線を落とした。

 封じるためのもの。

 隠すためのもの。

 どちらでもあるのだろうと思った。

 

「……ありがとうございます」

 

 小さく礼を言うと、ロザリンドはふんと鼻を鳴らした。

 

「礼を言うのはまだ早いわ。勘違いするでないぞ。これはあくまで応急処置じゃ」

 

「応急処置……」

 

「そうじゃ。言っておくが、そんなものひとつでゼノンを完全に抑え込めるほど、話は甘くない」

 

 ロザリンドは、なのはの手元の仮面を顎で示した。

 

「強い感情に引っ張られれば、封印は簡単に綻ぶ。怒り、悲しみ、執着……何でもよい。心が大きく揺れれば、その隙間からまた顔を出すじゃろう」

 

 なのはの指先が、わずかに強張る。

 ロザリンドはそれを見て、少しだけ目を細めた。

 

「じゃが、何もないよりはずっとましじゃ。少なくとも、今みたいにいきなり暴れ出す危険は減る」

 

「……うん」

 

「うん、ではない。もっとありがたそうにするがよい」

 

 ぴしゃりと言い切られて、なのはは一瞬きょとんとした。

 それから、少しだけ困ったように笑う。

 

「……すごく、ありがたいです」

 

「うむ。ならよい」

 

 満足げに頷くロザリンドに、なのはは少しだけ肩の力が抜けるのを感じた。

 そっとフェイスマスクを顔へ当てる。

 右側へ重ねるように装着した瞬間、裏側の魔法陣が淡く光った。

 

 胸の奥で、何かが軋む。

 

 深く、暗く、底知れない気配。

 ゼノンの存在が、術式に反応するようにわずかに脈打つ。

 けれどそれはすぐに静まり、右半身に張りついていた重苦しい圧迫感が、ほんの少しだけ遠のいた。

 

「……あ」

 

 思わず、なのはは小さく息を漏らした。

 

「どうじゃ?」

 

「……少し、楽です」

 

「当然じゃ。誰が作ったと思っておる」

 

 胸を張るロザリンド。

 その言い方があまりにも堂々としていて、なのはは思わずまた少し笑ってしまった。

 そこへ、丘を登ってくる足音がした。

 

「おーい、まだ立ってて大丈夫なのかよ」

 

 アデルだった。

 片手を軽く上げながら近づいてくる。

 その後ろから、ハナコもぴょこぴょことついてきている。

 

「体のほうはどうだ?」

 

「まだ少し、ふらつくけど……大丈夫です」

 

「全然大丈夫そうに見えねえな」

 

 即答だった。

 

「顔色悪いし、立ち方もふらふらしてるし、どう見ても“無理してます”って顔だぞ」

 

「う……」

 

 図星を突かれて、なのはは言葉に詰まる。

 ハナコが横から口を挟んだ。

 

「そうそう! さっきから見てると、風がちょっと強かったらそのままころんっていきそうだし!」

 

「ハナコ、おぬしはもう少し言い方を考えぬか」

 

「えー、でもほんとのことだし」

 

 悪びれないハナコに、アデルが呆れたようにため息をつく。

 なのはは少しだけ苦笑した。

 

「……でも、やらなきゃいけないことがあるから」

 

 その言葉に、アデルの表情が少しだけ引き締まる。

 

「だろうな」

 

 腕を組み、少し考えるように眉を寄せる。

 

「昨日の話の続きだ。おまえ、自分の中のあれをどうにかしたいんだろ」

 

「うん」

 

 なのはは、今度は迷わず頷いた。

 

「このままじゃ、いつか本当に抑えきれなくなると思う。そうなる前に……ちゃんと向き合える方法を見つけたいの」

 

「だったら、キリアを探すしかねえかもな」

 

「キリア……?」

 

 聞き慣れない名前を、なのはは小さく繰り返す。

 ロザリンドが、いかにも説明してやろうという顔で顎を上げた。

 

「原初の魔王のひとりじゃ。かつて“暴虐の魔王”と呼ばれた存在よ」

 

 その響きに、なのはの表情がわずかに強張る。

 だがロザリンドはそのまま続けた。

 

「じゃが、ただ暴れるだけの愚か者では終わらなんだ。己の裡にある暴虐と向き合い、それを力へと変えた魔王じゃ」

 

「力に……変えた……」

 

「そうじゃ。逃げも隠れもせず、真正面からな」

 

 ロザリンドの声には、どこか強い実感があった。

 なのははその言葉を、胸の奥でそっと反芻する。

 

 抑えるのではなく。

 遠ざけるのでもなく。

 向き合って、力に変える。

 

 そんなことが、本当にできるのだろうか。

 

「超魔流を会得した魔王でもある」

 

 アデルが言葉を継ぐ。

 

「もしそいつに会えりゃ、おまえの中のそれと向き合う手がかりくらいは掴めるかもしれねえ」

 

「……会えるかな」

 

 ぽつりと漏れた声は、自分でも驚くくらい弱かった。

 アデルは頭をがしがしとかく。

 

「そこが問題なんだよな。どっかの魔界で修行してるって話は聞いたことあるけど、今どこにいるかまでは知らねえ」

 

「そっか……」

 

 なのはの肩が、ほんの少しだけ落ちる。

 するとアデルは、そんななのはを見て鼻を鳴らした。

 

「まあ、会うことがあったら伝えといてやるよ」

 

「え……?」

 

「おまえみたいな、面倒くせえのが探してるってな」

 

 あまりにもぶっきらぼうな言い方に、なのはは一瞬きょとんとして、それから少しだけ笑った。

 

「……ありがとうございます」

 

「礼はいい。会える保証もねえし、そもそも会ったところでそいつが素直に話聞くかもわかんねえ」

 

「それはそうじゃな」

 

 ロザリンドがあっさり同意する。

 

「むしろ面倒ごとが増える可能性のほうが高い」

 

「希望が減ること言うなよ!」

 

 アデルが即座に突っ込む。

 ハナコがけらけら笑った。

 

「でもでも、なんかちょっと元気出てきたんじゃない? 最初に比べたら、顔が全然違うわよ!」

 

「え?」

 

「最初に出てきた時なんて、もーっとこう……今にも全部ぶっ壊して、ついでに村ごと吹っ飛ばしそうな顔してたし!」

 

「ハナコ」

 

 ロザリンドがたしなめる。

 だがハナコは気にしない。

 

「ほんとほんと! 今はちゃんと、人の話聞いてる顔してる!」

 

 その言葉に、なのはは少しだけ目を見開いた。

 

 人の話を聞いてる顔。

 そんなふうに言われたのは、いつぶりだろう。

 

 胸の奥が、ほんの少しだけあたたかくなる。

 危ういほど強いものじゃない。

 ただ静かに、沁みるようなぬくもりだった。

 

「……そっか」

 

 なのはは小さく呟く。

 それから、三人を順番に見た。

 

 アデル。

 ロザリンド。

 ハナコ。

 

 出会い方は最悪だった。

 傷つけもした。

 迷惑もかけた。

 それでも、こうして手を差し伸べてくれた。

 だから、ちゃんと言わなければいけないと思った。

 

「助けてくれて、ありがとうございました」

 

 なのはは深く頭を下げる。

 

「止めてくれて、封じてくれて……それに、方法まで教えてくれて。本当に、ありがとうございます」

 

 ロザリンドは少しだけ目を逸らした。

 

「ふん。礼を言われるほどのことではない。妾としても、ゼノンを放ってはおけぬだけじゃ」

 

「そうそう! あたしも三割くらいは責任感じてるし!」

 

「減ってるじゃねえか!」

 

 アデルが即座に突っ込む。

 ハナコは「細かいことは気にしない!」と胸を張った。

 

 そのやり取りが少しだけおかしくて、なのははまた小さく笑った。

 

 けれど、その笑みは長くは続かなかった。

 

 丘の向こう。

 空間が、ゆっくりと歪み始める。

 黒紫の裂け目。

 時空ゲートだった。

 

 なのはの表情が、静かに引き締まる。

 

「……もう、行くのか」

 

 アデルが問う。

 なのはは頷いた。

 

「うん。長くは、いられないから」

 

「まあ、そうだろうな」

 

 アデルも深くは聞かない。

 封印は不完全だ。

 ここに留まれば、また何かの拍子にゼノンが顔を出すかもしれない。

 それくらいは、もう全員わかっていた。

 

 ロザリンドが一歩前へ出る。

 

「行くのなら、心を乱すでないぞ。今のおぬしは、まだ綱渡りの上じゃ」

 

「うん。気をつける」

 

「それと」

 

 ロザリンドは、いかにも念を押すように言った。

 

「次に暴走して妾の前へ現れたら、今度はもっと容赦なく縛るからの」

 

 なのはは少しだけ目を丸くして、それから柔らかく笑った。

 

「……できれば、お世話にならないように頑張る」

 

「“できれば”では困るのじゃが?」

 

「約束しきれないから」

 

 その答えに、アデルが苦笑する。

 

「正直でいいけどな、それ」

 

 それから、ぶっきらぼうに続けた。

 

「次に会う時は、いきなりぶっ放すなよ」

 

 なのはは少しだけ困ったように笑う。

 

「……できるだけ、そうする」

 

「だから“できるだけ”かよ」

 

「だって……」

 

 少しだけ言いよどんでから、なのはは小さく続けた。

 

「今の私、まだ自分でも、どこまで大丈夫かわからないから」

 

 その言葉に、三人とも一瞬だけ黙った。

 軽くはない。

 でも、目を逸らしていい言葉でもなかった。

 だからこそ、アデルはわざとらしく肩をすくめる。

 

「じゃあなおさら、次はちゃんと名前くらい聞かせろ」

 

 その一言に、なのはははっとしたように瞬く。

 そういえば、まだ名乗っていなかった。

 ほんの少し迷ってから、なのははまっすぐにアデルを見る。

 

「……高町なのは、です」

 

「そうか。オレはアデルだ。今さらだけどな」

 

「妾はロザリンドじゃ」

 

「あたしはハナコ!」

 

 三人の声を聞いて、なのはは胸の奥が少しだけ痛くなるのを感じた。

 名前を交わす。

 それだけのことが、どうしてこんなにあたたかくて、苦しいのだろう。

 けれど今は、立ち止まれない。

 

「……それじゃあ」

 

 なのはは一歩、時空ゲートへ向かって歩き出す。

 レイジングハートが静かにその傍らへ寄り添った。

 

『Ready』

 

 短い機械音声。

 なのはは小さく頷く。

 ゲートの前で、一度だけ振り返る。

 

「本当に、ありがとうございました」

 

「おう。次はもっとまともな登場しろよ!」

 

「村を半壊させるのもなしじゃぞ!」

 

「あと召喚窯はもう爆発させないでほしいわね!」

 

「それはおまえのせいだろうが!」

 

 最後まで騒がしいやり取りに、なのはは少しだけ目を細めた。

 それから、黒紫の裂け目へ身を滑らせる。

 

 光が揺れる。

 空間が脈打つ。

 そして次の瞬間、その姿は音もなく消えていた。

 

 あとに残ったのは、朝焼けへ変わり始めた空と、静かな風だけだった。

 アデルはしばらくその場に立ち尽くし、やがて頭をかいた。

 

「……行っちまったな」

 

「うむ」

 

 ロザリンドは、なのはが消えた空間を見つめたまま、小さく呟く。

 

「じゃが、あの娘はまだ終わっておらぬ。むしろ、これからじゃろう」

 

 ハナコが腕を組んで、うんうんと大きく頷く。

 

「次に会う時は、もっと普通に来てほしいわね! できればお土産つきで!」

 

「何を期待してんだおまえは……」

 

 アデルは呆れたように言って、それから空を見上げた。

 

 どこかの魔界。

 どこかの世界。

 あの少女はまた、ひとりで歩いていくのだろう。

 

 その先で、何を見つけるのか。

 何と向き合うのか。

 それはまだ、誰にもわからない。

 

 けれど少なくとも。

 

 あの少女はもう、ただ壊れていくだけの存在ではない。

 向き合うべきものを知り、そのための一歩を踏み出したのだから。

 

 

 




読んでいただきありがとうございます。
批評・感想をいただけると嬉しいです。

魔王神なのはと見たい話がありましたから感想欄にお願いします。
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