〇ヴィヴィオ
過程に違いはあったとしても、色々なことがありヴィヴィオとなのはと出会うことになる。
しかしなのはは自らを恐れていることから、既知であるラズベリルに預け魔立邪悪学園に通うことになり、悪魔の力と聖王としての力を得たifの姿。
本来と同じくなのはを「ママ」と慕っていて、魔王神としての力に苛まれるなのはを一人にさせないように実力をつけようと奮闘している。
〇アインハルト
自分の中では未だに終っていない古代ベルカ戦争のこと、自分自身の強さを知ること、ベルカのどの王よりも自分が強くあることを証明するため、数々の格闘技の実力者に戦いを挑むストリートファイトをしている時に、たまたまキリアに戦いを挑み敗れ、キリアの元で修業したifの姿。
悪魔としての力を得て、超魔流と覇王流、二つの流派を併せて独自の戦闘スタイルを持つ。
〇ラズベリル
魔立邪悪学園の元不良で今は凶師をしている。
理事長であるマオとは相変わらずの仲。
なのはに魔立邪悪学園にある「ココロ銀行」へ案内して魔王神ゼノンと対話する機会を与えたのがキッカケで知り合いとなっている。
〇ルチル
ネコマタと人間の両親を持つハーフ。
元々人間界にいたが、怪力故に魔界へ転校した心優しい少女(本編終了後でマオ達が開けることができない扉を軽くワンパンで開くのは怪力の域を超えてる気がする……)
ヴィヴィオとは友達で、格闘技の練習をする仲。
今回は出番に恵まれず……。
〇マオ
魔立邪悪学園の理事長。
興味深いものを見ると「ハァハァ」と息を荒くして改造しようとする変態である。
今回は出番に恵まれず……。
〇キリア
氷血魔界の魔王で、原初の魔王の一柱。
知り合いの魔王や悪魔たちと旅行中に、たまたま出会ったフジと戦った際に、平和で鈍っていることを自覚。
鍛え直すために旅に出ていた途中で、アインハルトに挑まれ、返り討ちにした。
アインハルトにかつての自分を見たような気がしたキリアは、アインハルトからの頼みもあり弟子にすることにした。
なのはが探している魔王だが、基本は過去の時代を拠点として、更に修行の旅をしているため、会うことは難しい。
魔立邪悪学園の襲学旅行先が日ノ本魔界群に決まったと聞いた時、凶室では歓声が響いた
「やったーっ! 日ノ本だーっ!」
「でも観光名所いっぱいあるらしいッスよ!」
「土産物も多いって聞いたぞ!」
騒ぐ生徒たち。
その中で、金髪の少女――ヴィヴィオはひときわ目を輝かせていた。
「日ノ本魔界群……」
多種多様な魔界が連なり、その中心には大穢戸幕腐があるという独特の文化圏。
武士、此処とは異なる悪魔、温泉、祭り、そして強者たち。
その響きだけで、胸の奥が小さく熱を帯びる。
「そんなに楽しみ?」
隣の席にいるネコマタとのハーフの少女――ルチルに聞かれ、ヴィヴィオはこくんと頷いた。
「うん。知らない場所に行くのってわくわくするし……それに」
「それに?」
ヴィヴィオは少しだけ拳を握った。
「強い人がたくさんいそうだから」
襲学旅行当日。
時空の渡し人によって、日ノ本魔界群へ移動することになった。
日ノ本魔界群は、噂に違わぬ賑やかさだった。
和風の街並み。
空に浮かぶ巨大な提灯。
湯気を上げる温泉街。
刀を差した悪魔や妖怪たちが行き交い、どこを見ても魔界でありながら、魔立邪悪学園のある魔界とはまるで空気が違う。
「うわぁ……」
ヴィヴィオは思わず声を漏らした。
「すごいね、ベリル先生!」
「でしょー? 日ノ本魔界群は独自文化が強いからね。アンタたち、勝手に迷子になるんじゃないよ!」
「はーい!」
元気よく返事をしながらも、ヴィヴィオの視線はすでに別のものに引き寄せられていた。
広場の一角に立てられた、大きな看板。
【日ノ本武術大会 開催中】
その文字を見た瞬間、ヴィヴィオの目がさらに輝く。
「……ベリル先生」
「なんだい」
「あれ、出てもいい?」
ラズベリルが振り向く。
ヴィヴィオは看板を指さしながら、真剣な顔をしていた。
「腕試し、したいの」
「いいだろう!」
ラズベリルの返事を遮り、先に返事をしたのはマオだった。
「マオ!」
「日ノ本の悪魔どもに、我が魔立邪悪学園の実力を知らしめてやれ!」
「はい!」
ヴィヴィオは元気よく返事をすると、受付へと向かった。
ただ面白そうだからという理由で、参加するわけではない。
なのはの隣に立ちたい。
魔王神の力に苛まれる「ママ」を、一人にしたくない。
そのために強くなりたい。
ヴィヴィオが拳を握る理由は、いつだってそこにあった。
その想いだけは、どんな時も揺るがない。
日ノ本武術大会は、思っていた以上に本格的だった。
広い闘技場。
観客席を埋める日ノ本の悪魔や妖怪たち。
中央には結界が張られ、並の衝撃では壊れないようになっている。
ヴィヴィオは出場登録を済ませ、控えの場所で小さく深呼吸した。
緊張はある。
でも、それ以上に胸が熱かった。
今の自分がどこまで通用するのか。
魔界で得た力と、聖王としての力がどこまで自分のものになっているのか。
そしていつか、なのはの隣に立つために、今の自分に何が足りないのか。
それを知りたかった。
初戦。
相手は、呪眼族ランク1であるカトブレパスクラスの女性。
頭に牛の角が生え、腕と足が蹄になっている悪魔だった。
開始の合図と同時に、カトブレパスは咆哮を上げて突進してくる。
「はおおおおおっ!」
牛の角は凶器だった。
更に呪眼族は、眼を見た対象に確率でデバフをかけることがある。
魔立邪悪学園では見ない悪魔。
初見ではあったが、ヴィヴィオは慌てない。
一歩踏み込み、最小限の動きで懐へ潜る。
そして小さな拳を、カトブレパスの腹部へ叩き込んだ。
次の瞬間、カトブレパスの巨体が宙を舞い、そのまま場外まで吹き飛んでいく。
観客席がどよめいた。
ヴィヴィオは拳を下ろし、ぺこりと一礼した。
「ありがとうございました!」
二回戦、三回戦。
ヴィヴィオは危なげなく勝ち進んだ。
九尾族の悪魔には魔力の流れを見切って接近戦に持ち込み、
素早さ自慢の忍者女には、あえて受けに回って癖を読み、反撃の一撃で沈めた。
ただ力任せではない。
魔立邪悪学園で学んだ魔界流の実戦感覚と、聖王としての高い資質。
その両方が、ヴィヴィオの中で確かに噛み合い始めていた。
「……やるね」
「ヴィヴィオ。なのはさんの傍にいるためにとっても頑張ってますから」
ラズベリルは観客席で腕を組みながら、小さく呟いた。
それに応援のため観戦していたルチルが頷いて答えた。
ヴィヴィオは強い。
それも、ただ魔力の出力が高いだけではない。
真っ直ぐで、素直で、吸収が早い。
だからこそ、教えたことがそのまま力になる。
やがてヴィヴィオは決勝まで勝ち進んだ。
会場の熱気は最高潮に達している。
観客たちは、ここまで勝ち上がってきた小さな挑戦者に大いに沸いていた。
「決勝進出者、入場!」
呼び声とともに、ヴィヴィオが闘技場へ歩み出る。
その向かい側から、もう一人の選手が姿を現した。
長身の女性。
静かな佇まい。
だが、その一歩ごとに空気が張り詰めていく。
手にしているのは槍。
けれど、その立ち姿には剣士の気配があった。
彼岸絶勝斎。
日ノ本最強の剣豪の証、『絶勝斎』を持つ女。
剣を極めすぎたがゆえに、今はあえて槍を手にしているという、規格外の武人。
ヴィヴィオはその姿を見上げ、息を呑んだ。
「……強い」
見ただけでわかる。
今までの相手とは格が違う。
纏う気配だけで肌がひりつき、呼吸のひとつさえ乱されそうになる。
まるで、そこに立っているだけで完成された武そのものだった。
ラズベリルも、観客席で表情を引き締める。
「よりによって決勝の相手がヒガンとはね……」
開始線についたヴィヴィオへ、ヒガンが静かに視線を向ける。
「ヴィヴィオと言ったか」
「はい!」
「よい拳をしているな」
ヴィヴィオは目を瞬いた。
ヒガンの声は静かだったが、そこに侮りはなかった。
「だが、届くかどうかは別の話だ」
その一言で、空気が変わる。
開始の合図。
次の瞬間、ヒガンの槍が消えた。
「――っ!?」
見えない。
気づいた時には、槍の穂先が目の前まで迫っていた。
ヴィヴィオは咄嗟に身をひねってかわす。
頬をかすめた一撃だけで、背後の結界が大きく揺れた。
「速い……!」
だが、怯まない。
ヴィヴィオは地を蹴り、一気に間合いを詰める。
槍は長い。
ならば懐に入ればいい。
小さな身体を活かした低い踏み込み。
魔力を拳に乗せ、一直線に打ち込む。
だが――
「甘い」
ヒガンの槍の石突が、下から跳ね上がった。
「きゃっ……!」
ヴィヴィオの身体が浮く。
そこへ追撃の横薙ぎ。
咄嗟に腕を交差して防ぐが、衝撃を殺しきれず、大きく弾き飛ばされた。
観客席がどよめく。
「ヴィヴィオ!」
ルチルが思わず立ち上がる。
ヴィヴィオは地面を転がりながらも、すぐに起き上がった。
腕が痺れる。
重い。
速い。
そして何より、無駄がない。
ただ強いのではない。
技が研ぎ澄まされすぎている。
一つ一つの動きが短く、正確で、迷いがない。
こちらが一歩踏み込む前に、もうその先を読まれているようだった。
「……すごい」
思わず漏れた言葉に、ヒガンはわずかに目を細めた。
「まだ立つか」
「うん!」
ヴィヴィオは拳を握り直す。
「だって、ここで終わりたくないから!」
桜色と金色の魔力が、その小さな身体から立ち上る。
聖王の光。
そして魔界で育まれた悪魔の力。
二つの力が重なり合い、闘技場の空気を震わせた。
ヴィヴィオは一気に踏み込んだ。
拳打。
蹴り。
掌底。
小さな身体から繰り出されるとは思えないほど重い連撃が、ヒガンへ襲いかかる。
一撃ごとに空気が爆ぜ、足元の石畳が砕ける。
聖王の破壊力と悪魔の魔力が噛み合ったその連打は、もはや見た目の愛らしさとは無縁の、純然たる暴威だった。
だがヒガンは、それをすべて捌いた。
槍が流れる。
受け、逸らし、いなし、返す。
まるで最初からそこに道が見えているかのように、ヴィヴィオの攻撃は一つとして決定打にならない。
右の拳は穂先で逸らされ、左の蹴りは柄で受け流される。
踏み込みに合わせた掌底は半歩ずれて空を切り、その隙へ石突が鋭く差し込まれる。
「っ……!」
脇腹に衝撃。
息が詰まる。
それでも止まれない。
ヴィヴィオはさらに踏み込む。
真っ直ぐに。
全力で。
今の自分のすべてをぶつけるように。
届いてほしい。
今の自分が、ここまで来たのだと。
まだ足りなくても、前へ進んでいるのだと。
なのはの隣に立ちたいというこの想いが、ただの憧れではないのだと。
「はああああっ!」
渾身の踏み込み。
拳に魔力を集中させ、一撃必倒のつもりで打ち込む。
その瞬間だった。
ヒガンの目が、わずかに細まる。
「ははは、いいな!」
静かな声。
だがそこには、確かな賞賛があった。
「だが、真っ直ぐすぎる」
槍が閃く。
ヴィヴィオの拳が届く、その寸前。
ヒガンの槍の柄が流れるように足元を払った。
「しまっ――」
体勢が崩れる。
前へ出る力が、そのまま自分を倒す力に変わる。
視界が揺れる。
次の瞬間、喉元すれすれで止まる穂先。
あと一寸でも進めば、終わっていた。
静止。
勝負は決まった。
会場が一瞬、静まり返ったあと、大きなどよめきに包まれた。
「しょ、勝者! 彼岸絶勝斎!」
歓声が上がる。
だがヴィヴィオの耳には、少し遠く聞こえた。
負けた。
悔しい。
すごく悔しい。
拳を握ったまま、ヴィヴィオは俯く。
ここまで来た。
勝てると思っていたわけじゃない。
でも、届きたかった。
なのはの隣に立つために。
“ママ”を一人にしないために。
もっと強くなった自分を、確かめたかった。
けれど、まだ足りない。
力も。
技も。
そしてきっと、この焦りを制する強さも。
「……っ」
唇を噛むヴィヴィオへ、ヒガンが静かに声をかけた。
「まだまだ経験不足だな」
ヴィヴィオは顔を上げる。
ヒガンは槍を肩に担ぎ、まっすぐ彼女を見ていた。
「お前には才能がある。そのまま腐らず修行を続ければ、一角の者にはなるだろうさ」
わずかに間を置いて、ヒガンは続ける。
「だが、急ぐな。強くなりたいという想いは悪くない。だが、想いに足を引かれれば、拳は鈍る」
ヴィヴィオは目を見開いた。
見抜かれていた。
自分の焦りも、願いも、そのまま。
「……はい」
小さく、それでもはっきりと答える。
ヒガンはそれだけ聞くと、踵を返して会場を後にした。
その背中に向け、ヴィヴィオは深く頭を下げる。
「……ありがとうございました!」
悔しさは消えない。
胸の奥が熱い。
でも、それ以上に、前を向きたかった。
試合後。
闘技場の外で、ラズベリルは腕を組んで待っていた。
ヴィヴィオは少ししょんぼりした顔で近づいてくる。
「……負けちゃった」
「そうだね」
「悔しいです」
ラズベリルは少しだけ間を置いてから、ヴィヴィオの頭を優しく撫でた。
「でも、よくやったよ」
ヴィヴィオが顔を上げる。
「決勝まで余裕で勝ち上がったんだ。十分すごかったよ」
「……でも、まだ足りなかった」
「そりゃそうだね」
ラズベリルはあっさり言った。
「相手は日ノ本最強クラスだ。簡単に勝てたら、成長の余地がなくなるよ」
ヴィヴィオは目をぱちぱちさせ、それから少しだけ笑った。
「そっか」
「そ。悔しいなら、次に勝てるようになればいいだけさ」
ラズベリルはにやりと笑う。
「不良ってのはね、一回負けたくらいでへこたれないのよ」
「……うん!」
ヴィヴィオは拳を握る。
まだ足りない。
まだ届かない。
でも、だからこそ進める。
なのはの隣に立つには、もっと強くならなければならない。
魔界で得た力も、聖王の力も、まだ完全には自分のものにできていない。
それでも今日、確かにわかったことがある。
今の自分は、まだ途中だ。
でも、ちゃんと前に進んでいる。
「ベリル先生!」
「なんだい」
「もっと修行する!」
ヴィヴィオは拳を握りしめた。
「次はもっと強くなって、ちゃんと届くようにする!」
その目は、もう前を向いていた。
ラズベリルはそんなヴィヴィオを見て、ふっと笑う。
「……ま、そういう顔ができるなら大丈夫そうだね」
日ノ本魔界群の空には、赤く染まった夕焼けが広がっていた。
敗北の熱はまだ胸に残っている。
けれどその熱は、ヴィヴィオの足を止めるものではない。
それはきっと、次へ進むための火だ。
ヒガンのような強者がいる。
日ノ本魔界群の外にも、きっとまだ、自分の知らない強者たちがいる。
剣を極めた者。
魔を研ぎ澄ませた者。
自分とはまるで違う道を歩きながら、それでも同じように高みを目指している誰か。
この広い魔界には、まだ見ぬライバルたちがいるのだろう。
そう思うと、不思議と胸が熱くなった。
負けた悔しささえ、今は前へ進む力に変わっていく。
いつかまた、今日のように届かない背中と向き合う日が来るかもしれない。
あるいは、自分と同じように拳を磨き、同じように何かを背負って戦う誰かと出会う日が来るのかもしれない。
その時、胸を張って立てる自分でいたい。
ヴィヴィオは夕焼けの空を見上げ、小さく、けれど確かな力を込めて拳を握った。
魔聖王ヴィヴィオは、まだ完成していない。
だからこそ、どこまでも強くなれる。
◇
練武魔界。
そこは悪魔たちが己を鍛え、砕き、なお立ち上がるためだけに存在する修羅の魔界。
弱者は地に伏し、強者はさらにその先を求める。
ただ強さだけが価値を持つ、むき出しの闘争世界だった。
乾いた大地を削り取るような烈風の中、アインハルトは静かに立っていた。
足を開き、腰を落とし、拳を握る。
その構えは覇王流。
だが、かつての彼女とは違う。
王の記憶をなぞるだけではない、悪魔の魔力と修羅の実戦を潜り抜けた鋭さが、その全身に宿っていた。
向かいに立つのはキリア。
氷血魔界を統べる魔王。
静かに両手を構えたその姿には、無駄が一切ない。
だが、だからこそわかる。
その肉体の内に、どれほど凶悪な力が圧縮されているのかが。
「……それで今日は何を確かめたい」
低く、ぶっきらぼうな声。
だがその一言だけで、周囲の空気が張り詰める。
アインハルトは一拍置き、真っ直ぐに答えた。
「超魔流と覇王流、その両立です」
「両立、か」
「はい」
風が二人の間を吹き抜ける。
砂塵が舞い、岩肌が軋む。
超魔流。
それは悪魔が怒りや憎しみ、迷いといった邪心を削ぎ落とし、己を極限まで研ぎ澄ますことで、限界を超えた力を引きずり出す武術。
定まった型は少なく、担い手ごとにその在り方を変える。
最終奥義『無明神水』、究極奥義『心羅万掌』を除けば、その技は使い手自身の生き様そのものだった。
だからこそ、覇王流と交わる余地がある。
王の拳と悪魔の拳。
二つを一つに束ねることは、決して夢物語ではない。
アインハルトの瞳は燃えていた。
静かな炎。
だが、決して消えない執念の火だ。
「覇王流は、わたしの根幹です。捨てるつもりはありません」
「だろうな」
「ですが、それだけでは届かない相手がいると知りました」
キリアは何も言わない。
アインハルトは拳を握りしめたまま、さらに言葉を重ねる。
「だから学びます。悪魔としての力も、超魔流も。すべて取り込み、その上で……わたしは、わたしの拳を完成させたい」
その言葉に嘘はない。
真っ直ぐで、不器用で、危ういほどに本気だった。
キリアはそんな弟子を見つめる。
今のアインハルトは独りだ。
守るべきものは現代になく、見ているのは過去――覇王のことばかり。
終わったはずの戦争を、未だその胸の内で続けている。
それは、かつての自分にも似ていた。
ヴォイドにも似ていた。
過去に囚われ、飢えたまま拳を振るう者の目だ。
だからこそ、放っておけなかった。
「お前には才能がある。二つの流派を合わせた戦いも可能だろう。しかし……」
「なにか、足りないものがあるのでしょうか?」
「……いや。これは他人から言われてどうこうではないな」
その瞬間だった。
キリアの魔力が、爆ぜた。
青白い闘気が大地を這い、周囲の岩盤を一斉に凍りつかせながらひび割れさせる。
冷気と殺気が混ざり合い、まるで魔界そのものが息を呑んだかのようだった。
氷血魔界の魔王。
その名に恥じぬ、凍てつく暴威。
「来い、アインハルト。師としてお前に俺が教えられるのは、戦い方だけだ。それから学べ」
「……はい!」
返事と同時に、アインハルトが地を蹴った。
爆音。
一歩目で加速。
二歩目で間合いを喰らい、三歩目で拳を叩き込む。
覇王流の直進力。
王者のごとく正面から打ち砕く拳。
だがその踏み込みには、超魔流で叩き込まれた無駄のなさと、悪魔じみた鋭利さが宿っていた。
低く、鋭く、最短で急所を穿つ一撃。
キリアは最小限の動きでそれを外す。
「遅い」
言葉と同時に、肘が閃いた。
「っ!」
アインハルトは咄嗟に腕を差し込み、防御する。
だが衝撃はあまりにも重い。
受けた瞬間、骨の芯まで震え、身体ごと数メートル弾き飛ばされた。
着地。
砂塵が爆ぜる。
だが止まらない。
アインハルトは即座に踏み込み直した。
右、左、下段、掌底。
覇王流の重さに、超魔流の連撃速度を混ぜた怒涛のラッシュ。
拳圧だけで地面が裂け、蹴撃の余波で岩片が宙を舞う。
キリアの脇腹を狙った回し蹴りが唸る。
キリアは腕で受ける。
その瞬間、アインハルトの身体が沈んだ。
「――!」
蹴りは囮。
本命は踏み込みからの短打。
超至近距離。
逃げ場のない間合いから、鳩尾を撃ち抜く拳が放たれる。
鈍い音が響いた。
だが、止まったのはアインハルトの拳の方だった。
「浅い」
キリアの腹筋に受け止められている。
次の瞬間、キリアの膝が跳ね上がった。
「がっ……!」
アインハルトの身体がくの字に折れる。
肺の空気が一気に吐き出され、視界が白く弾けた。
それでも、倒れない。
歯を食いしばり、痛みごと踏み潰すように一歩前へ出る。
「まだ……!」
拳を振るう。
型は崩れかけている。
呼吸も乱れている。
それでも前へ。前へ。前へ。
キリアはその拳を受け止めた。
「そこだ」
「……っ!」
「お前はすぐ、意地で前に出る」
キリアは腕を払うと、そのまま足払いをかけた。
体勢が崩れる。
そこへ、容赦のない掌打。
轟音。
衝撃が胸を打ち抜き、アインハルトは砲弾のように吹き飛ばされた。
地面を何度も跳ね、岩に背を叩きつけてようやく止まる。
「……くっ……!」
息が苦しい。
全身が軋む。
骨が悲鳴を上げる。
だが、それ以上に胸を焼くのは悔しさだった。
立てる。
まだ立てる。
ここで倒れたままなら、何一つ証明できない。
アインハルトは膝に手をつき、ゆっくりと立ち上がる。
キリアは追撃しない。
ただ、じっと見ている。
「何を焦っている」
低い声が飛ぶ。
「……焦って、いません」
即答だった。
「……お前の拳は、いつも何かに追われてる」
アインハルトの肩がわずかに揺れる。
図星だった。
古代ベルカ。
覇王。
王たちの記憶。
自分の中で終わっていない戦い。
誰よりも強くあると証明しなければならないという強迫。
それらすべてが、彼女の拳の奥底で燃え続けている。
「……わたしは」
息を整え、アインハルトは言う。
「止まれません」
「……」
「わたしの中では、まだ終わっていないんです」
拳を握る。
その手は震えていない。
「古代ベルカも、覇王も、王たちの強さも……全部、わたしの中で続いている。だったら、わたしが証明しなければならない」
キリアは黙って聞いていた。
「誰よりも強くあることを。ベルカのどの王よりも、わたしが上だと」
烈風が吹き荒れる。
砂が舞い、砕けた岩片が転がっていく。
「……アインハルト。過去は大切だ。過去があるから現在があり、未来がある。だが、それに引きずられ、縛られているうちは、真の強さには程遠い」
「真の……強さ……」
「今、ここにいるのは覇王イングヴァルトじゃない。ハイディ・アインハルト・ストラトス・イングヴァルトだ」
その言葉は、まるで拳そのもののように真っ直ぐだった。
アインハルトは目を伏せる。
胸の奥で、何かが軋んだ。
図星だった。
自分はずっと、過去に勝とうとしていた。
だが本当に越えるべきなのは、過去そのものではなく、それに縛られている自分なのかもしれない。
「……まだ、わかりません」
顔を上げる。
「でも」
構える。
覇王流の姿勢。
そこに、超魔流の鋭さが重なる。
「わからないままでも、進むことはできます」
キリアの口元が、わずかに吊り上がった。
「それでいい」
次の瞬間、二人は同時に地を蹴った。
激突。
拳と拳がぶつかり合い、衝撃波が荒野を引き裂く。
大地がめくれ上がり、空気が悲鳴を上げる。
アインハルトは一撃目を受け流し、二撃目を潜り、三撃目に合わせて踏み込む。
覇王流の重い打撃。
超魔流の鋭い差し込み。
二つの流派が、今この瞬間、ようやく一つの呼吸で噛み合い始める。
「はあああああっ!」
渾身の一撃。
魂ごと叩き込むような拳が、キリアの頬をかすめた。
ほんのわずか。
だが、確かに届いた。
キリアの目が細まる。
「……いい拳だ」
その直後。
キリアの拳が、アインハルトの腹部に深く突き刺さった。
「――っ!!」
声にならない息が漏れる。
衝撃が全身を貫き、アインハルトの身体が宙に浮く。
そのまま大地へ叩きつけられ、爆発のように砂煙が噴き上がった。
静寂。
風だけが吹いている。
しばらくして、砂煙の中からアインハルトがかすかに身じろぎした。
だが、立ち上がれない。
指先が土を掴み、それきり動きが止まる。
キリアはゆっくりと歩み寄り、倒れた弟子を見下ろした。
「今日はここまでだ」
アインハルトは荒い息の合間に、かすかに笑った。
「……また、負けました」
「弟子相手に簡単には負けられない」
「でも……前よりは、少しだけ……」
「ああ」
キリアは短く答える。
「少しだけ、マシになった」
不器用な言葉。
だが、その一言は何よりも重かった。
悔しさは消えない。
届かなさも、痛いほどわかる。
それでも、前より一歩進めた実感がある。
借り物ではない、自分の拳へ。
覇王でもない。亡霊でもない。
ハイディ・アインハルト・ストラトス・イングヴァルト自身の拳へ。
その道はまだ遠い。
だが、進むべき方向だけは見えた。
アインハルトは仰向けのまま、赤い魔界の空を見上げる。
「師匠」
「何だ」
「次は、もっと届かせます」
キリアは背を向けたまま、肩越しに答えた。
「……ああ。期待している」
短い言葉だった。
だが、その一言には魔王の重みがあった。
アインハルトは痛む身体に鞭打ち、ゆっくりと起き上がる。
まだ終わらない。
終わらせない。
古代ベルカのことも、覇王の記憶も、敗北の痛みも。
すべてを抱えたまま、それでも前へ進む。
その先でいつか、自分だけの強さに辿り着くために。
お読みいただきありがとうございます!
ブックマーク登録や評価・感想などをいただけると大変励みになります!
批評の一言だけでも嬉しいです。
なのはを想うヴィヴィオと、究極奥義『心羅万掌』を身につけたアインハルトの二人が放つ『心羅双掌』によってなのはが解放されるルートがあるかもしれません。
Q.マオはヴィヴィオの試合中どうしてたの?
A.実力を知っているマオは、ヴィヴィオに一点賭けしていたところ、ヒガンが出てきた時点で主催主であるウェイヤスに文句を言いに行くという一幕もあったり……。
Q.キリアとアインハルト。男女が二人っきりで何か起こったりは
A.ないです。出てきてないですが、キリアの追いかけである絢爛魔界の方が近くにいるので、間違いが起こりようがありません。