戦えない荷揚げ屋の俺、全滅寸前の探索隊へ「あと一箱」を届け続けたら、最深層の生命線と呼ばれていました ~攻撃スキルはありませんが、地上まで必ず連れて帰ります~ 作:ramunade
群れは、諦めが悪かった。
崩落で住処を潰された連中だ。白い道の縁のすぐ外を、爪音だけが並んで歩く。とっ、とっ、と規則正しく、まるで俺たちの歩調を採寸するみたいに。光の上には一歩も入れない。それでも、闇の中の目は数を増やしていく。
前を歩く若い槍手の呼吸が、浅く、速くなっていくのがわかる。
「見なくていい。数えなくていい。あれを数えるのは、俺の仕事でもありません」
「……岩永さん、でしたっけ。あんた、なんで平気なんすか」
「平気じゃありません。慣れてるだけです」
「あれ、ずっと、ついてくるんすか」
「巣を潰されたんです。あっちも、帰り道を探してる。……こっちの道には乗れない。それだけ覚えていれば、足は動きます」
支道口の百歩手前で、俺は隊列を止めた。この先、二十歩ぶんだけ――白い道が欠けている。副長を拾いに走った、その値段が、闇の帯になって横たわっている。この道が生きている間、欠けは埋められない。俺の道は一筆書きで、書き損じの上には重ねられないのだ。
「最後の二十歩は、裸で渡ります。発光筒を焚いて、音を立てて、一息に。……先頭は」
「俺、行きます」
さっきの若い槍手が、手を挙げた。まだ肩は揺れている。それでも目は死んでいない。
「檜山っす。足だけは、隊で一番なんで」
発光筒が三本、闇を赤く裂いた。岩の壁に影が躍り、爪音が一瞬だけ乱れる。檜山が駆け、健脚が続き、松葉杖の男が両脇を抱えられて渡り、最後に俺が副長ごと渡った。背中のすぐ後ろで、爪の音がひとつ、岩を噛む。振り向かない。背中の熱だけを落とさないように、俺は最後の一歩を光の中へ置く。本道の杭の白い明かりが俺たちを順番に呑み込んで――爪音は、光の手前で消えた。
◇
前進基地、二十一時。
俺は医務班の前に荷を降ろし、それだけ言った。
「十二人。全員です」
荷を降ろした途端、手が震え始める。仕事の間、震えは順番を待っていてくれる。律儀なやつだ。俺は水を一口含んで、十数えて、飲んだ。医務の天幕から湯気と消毒の匂いが流れてきて、毛布が一枚ずつ、名前を確かめながら配られていく。
基地の杭のスピーカーが、小さく震える。
「――帰投を確認しました。……おかえりなさい」
昼間の管制官の声だ。おかえりなさい、という言葉の使い方が、少しだけ規則から外れていて、その外れたぶんだけ、妙に温度があった。
◇
オリオンの受付が開いたのは、医務の騒ぎが落ち着いた後である。
「確認します。岩永朔さん。組合登録の輸送職。……今回の件は、規定外の単独行につき、救助報酬は出せません」
「構いません。荷は、届いたので」
書類に判子が落ちる、タン、という音。その音に、俺は覚えがある。三年前、このクランの輸送部の選考で、同じ音を聞いた。革張りの椅子と、揃いの制服と、書類を閉じる乾いた音。面接官は顔も上げずに言ったのだ。戦えないポーターは、ポーター未満だ――と。
あの日の廊下の長さまで、まだ覚えている。だが、それだけだ。札は、向こうが貼るもの。荷札は、俺が書くもの。書き間違えていなければ、荷はちゃんと届く。
受付の若い職員が、判子を置いてから、小さく言った。
「……あの、規定の話とは別に、その。ありがとう、ございました」
「判子は判子の仕事をしただけです。気にしないでください」
◇
翌朝、負傷者の上げ便が出る。
俺も担ぎ手に入って、四十五階、三十階、十階ヤード。昇降機の鉄格子が閉まると、床が低く唸って、耳の奥で風の質が変わっていく。扉が開いた瞬間、地上の光が担架の上の顔を順番に撫でた。折れ足の男が泣き、裂傷の男が笑う。副長は薄く目を開けて、掠れた声を寄越す。
「……騒がせた。この借りは、覚え方を考える」
「水を運んだだけです。借りなら、水に返してください」
担架を降りた者から順に、みんな空を見上げて動かなくなる。地上はうるさい。クレーンの音、遠い車、風に混じる草の匂い。そのうるささが、生きて帰った耳には、まとめて祝いの太鼓に聞こえるらしい。
空は、六月の白だった。十二人ぶんの息が、そこへ吸い込まれていく。間に合った、という言葉を、俺は胸の中で一度だけ使う。使うたびに減る言葉だと思っているから、声には出さない。減らさずに取っておいて、次の便でまた使うのだ。
見送りに出ていた檜山が追いかけてきたのは、その帰り際である。
「岩永さん。……あの無線、俺なんです。水がもうないって回したの、あれ、俺で」
「いい無線でした。……あれが、荷札の代わりになった」
檜山は少し黙って、それから、言い淀みながら聞いてきた。
「岩永って――重蔵さんの、息子さん、すか。副長が、うなされながら言ってて」
「……息子です」
風が、穴の口から吹き上がってくる。十五年前と同じ、土と水の匂いのする風だ。檜山は何か言いかけて、結局、深く頭を下げる。それが答えの続きを、俺に免除してくれた。
数日後、宿場の戸倉屋に、管理局の印の入った封書が届く。
呼び出し状。処分か、それとも。