戦えない荷揚げ屋の俺、全滅寸前の探索隊へ「あと一箱」を届け続けたら、最深層の生命線と呼ばれていました ~攻撃スキルはありませんが、地上まで必ず連れて帰ります~   作:ramunade

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5. 白い道

 二十五階基地の管理局分室は、岩盤を四角く削って机を並べただけの部屋だった。紙の白さだけが、地下に馴染まずに浮いている。

 

 処分なら受ける。道の使い方を間違えたとは思っていない。ただ――白い道が紙一枚で塞がれるのだけは、困る。そう腹を決めて座った俺の前に出てきた書類の題を、俺は二度読んだ。

 

 『救難特例輸送(試験運用)』。

 

 管制の指名があれば、非戦闘員の単独輸送を認める。規定外を、規定にする紙だ。係の男は「前例がないので、書式から作りました」と、疲れた顔で言い添えた。紙の隅に、小さな但し書きがある。指名は管制官の責任において行う――判を押すのは、俺を送り出す側の誰かだということだ。

 

 インクの匂いのまだ残る紙に、俺は名前を書いた。岩永運送の屋号も、並べて書く。個人の性分に、稼業の名前で裏打ちをする。それが妙に、誇らしかったのだ。

 

「上申が、通りましたので」

 

 係の後ろから進み出た女が、そう言った。声で、わかる。あの管制官だ。

 

「管制室の、進藤渚です。あの晩は、その……規則の隙間みたいな案内をしました」

 

「助かりました。隙間がなかったら、通れませんでしたから」

 

「これからは、隙間じゃなくて道です。……あなたの道に、紙の裏打ちがついただけですけど」

 

 無線の声に顔がつくというのは、妙な瞬間だ。徹夜の色の残る目元と、受話器を握り込んできた指が、あの晩の声の続きにちゃんと繋がっている。指名の重さも、この人はたぶん、俺より正確に知っている。指名するというのは、俺を危険へ送る判を、自分で押すということだからだ。

 

 進藤は、それから少しだけ声を落とした。

 

「わたし、おかえりなさいを言う係なんです。勝手にそう決めています。……昔、届かなかった声を、聞いたことがあるので」

 

 それ以上は言わず、俺も聞かない。無線のこちらとあちらで、互いの傷の輪郭にだけ触れて、俺たちは頭を下げ合った。

 

 別れ際、進藤は小さな紙片を寄越す。手書きの数字が並んでいる。

 

「管制室の直通です。杭が生きていれば、深くても拾います。……夜勤は、だいたい私なので」

 

「覚えます。紙は、荷物になるので」

 

「……それ、褒め言葉と受け取っておきますね」

 

       ◇

 

 夜、四十階の戸倉屋。

 

 消灯後の宿場は、軒先の魔石灯を(だいだい)まで絞る。その明かりの下で、親方は俺の前に古い木箱をひとつ置いた。中身は、色の抜けた荷札の束である。角が丸くなった紙。鉛筆の字。雨染みに似た、古い水の痕。いちばん上の一枚に、癖の強い筆で「岩永」とあった。俺はその字を、指でなぞる。

 

「十五年前のだ。……おまえも、もう聞いていい歳だろう」

 

 大湧き。深いところから獣が湧き上がって、五十階から下の拠点が一晩で潰れた年の話だ。国の調査隊、二十八名が九十九階で孤立した。クランと組合は補給のリレーを組んだ。三便までは通った。四便目で、荷揚げ屋が二人死んだ。

 

 親方は束の中から一枚を抜いて、俺の前に置いた。品名の欄に、毛布二十、灯り十、と読める。

 

「三便目だ。俺が担いだ。……毛布ってのはな、あそこまで降りると、毛布って名前じゃなくなるんだよ。夜を越せるかどうか、そのものになる」

 

「俺の膝が駄目になったのも、その年だ。三便目の帰りにな。……で、九日目に、便が止まった。金の話と、二次被害の話だ。数字はな、正しかったんだよ。正しかったから、誰も逆らえなかった」

 

 荷札の束のいちばん下に、字のない札が一枚ある。

 

「停止命令の出た便に、荷札は出ねえ。……その夜、重蔵は一人で降りた。医療品と、水と」

 

 親方はそこで言葉を切った。俺は続きを知っている。誰よりも近くで見ていたからだ。

 

 十歳の俺は、詰所の土間にいた。土間の冷たさが、裸足の裏から今でも消えない。親父の背負子に最後の紐を掛けるのは、物心つく前からの俺の仕事で、紐はいつも、俺の手には少しだけ太すぎた。背負子の肩は俺の背では届かないから、木の台に乗って掛ける。あの夜も、台に乗った覚えがある。台の上からだと、親父の背中は山みたいで、この山が運べない荷はこの世にないのだと、俺は本気で思っていた。あの夜だけ、親父は俺の頭に大きな手を置いて、こう言ったのだ。

 

「荷札のない荷を背負っていいのは、命だけだ」

 

 行かないで、とは言わなかった。言えばやめてくれる気がして、やめた親父を見たくなくて、俺は言わなかったのだと思う。十歳の理屈だ。その理屈はそれきり十五年、荷札のないまま、俺の背中に積まれている。

 

 親父は帰らなかった。

 

 穴の口には、運搬用の空箱が積んである。十歳の俺はそれに腰掛けて、明かりの上がってこない縦穴を見下ろして、夜明けまで数を数えた。十まで数えれば、次の十がある。数え終わるたび、道の奥から親父の足音が上がってくる気がして、朝まで、数えをやめられなかったのだ。

 

 あの夜明けの空の色を、いまでも荷札の裏みたいに正確に思い出せる。灰色から、薄い水色へ。きれいで、からっぽの色だ。

 

「……朔。おまえの白い道はな」

 

 親方が、何かを言いかける。

 

 その先を、軒先の杭の音が塞いだ。着信の赤。管制の割り込み。雑音の底から、若い男の声が転がり出る。

 

「――こちら三十二階、灯りが、全部消えた。六人いる、灯りが――」

 

 俺は、立ち上がっていた。

 

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