運命の巻戻士✖️エルデンリング ナイトレイン   作:ランドしま

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第二話「円卓」中編

クロノとスマホンは、召使い人形に円卓内を案内してもらいながら、夜渡り達のことを教えてもらうことになった。

 

 

『大祝福』

この円卓の核となる部分。「円卓」の名も、この巨大な丸テーブルから来ている。大祝福は、かつてこの地が「狭間の地」と呼ばれていた頃に存在していた「黄金樹」、神の威光と導きを与える巨大樹からもたらされたもの。そして円卓の施設は元来、黄金樹の都にあった物だという。この大祝福がある限り、夜渡りたちは何度でも復活し、夜の王に立ち向かえるのだ。

部屋の片隅に、鳥人…「守護者」が立っていた。高い背丈と逞しい嘴や羽根、しっかり手入れされた鎧は鈍色の光を放つ。その佇まいは見る者に緊張感を与える。

(改めて見ると、やっぱりファンタジーだよなぁ鳥人って…。)

そう思い、ジロジロと見てしまうクロノ。守護者がクルッと正面を向く。

「…私の顔が、そんなに珍しいか?」

「エッ!?あ、いやぁ俺、鳥人なんて初めて会うからさぁ、アハハハ…。」

そんなつもりは無いのに、つい緊張して顔を逸らしたり慌てたりしてしまう。

(だって、あの目つきで見られるとビクってしちゃうんだよなぁ…。)

猛禽類特有の眼光で、じっとクロノを見つめてくる。

「守護者様は守りの達人。この円卓内の警備を務めて頂いております。」

召使い人形は、彼が目を光らせている限り、この円卓の平和は保障されていると紹介した。

「仲間として、当然の行いをしているだけだ。」

(ウーン、渋い方ですねぇ。どことなくゴロー隊長のような風格を感じます…。)

守護者の厳格な性格と、巻戻士本部の隊長ゴローの姿を重ねるスマホンだった。

「他の仲間とは、話してきたか?」

「ああ、これから話に行くつもりだよ。」

クロノはそう答えると、

「そうか。…まあ、中には私よりも頭の固い者や話しにくい者がいるかも知れんが、余り気にしないことだ。人間集まれば変わり者も居ようというものだ。」

と、忠告を伝える守護者。

「う、うん…。分かったよ。」

(もっと話しにくい人…。いるのかなぁ…。)

クロノはそう思いながら、次の場所へ案内された。

 

 

『バルコニーとホール』

大祝福のすぐ近くにあるバルコニー。肖像画などが飾られている。そこから見下ろす場所は、かつては見事な赤絨毯の広がるホールだったそうだ。だが今は床の地面が剥き出しで雑草が茂る有様。天井の隙間からは陽の煌めきが注いでいる。

その煌めきを眺めているのは、全身を銅のような鎧で包み、2本の刀を腰に刺した男、「執行者」だった。

 

(いた…、もっと話しにくい人…。)

話しにくい、というよりこの人が話したり声を出したりするところを見たことがない。

顔はほとんど兜で隠れていて、まるで表情が分からない。唯一兜で覆われていない口元も、ずっと閉じたまま。まるで仏像のようだ。

「あ、あのー…、何をしてるの…?」

恐る恐るクロノは尋ねる。

反応がない。

「えっと…、いい天気だねー…。」

天気の話題で会話のきっかけを掴もうとする。

「…………。」

執行者はただ、天井から注ぐ曇空の陽の光を見つめている。

「…だめだ。分かんないや…。」

「こうも寡黙な方ですと、ねぇ…。」

スマホンもクロノに同情する。

「執行者様は、それは大変風流な方なのですよ。」

召使い人形が彼を紹介する。

「煌めきを見つめ、その美しさに浸る。じっと絵画を見つめ、その世界に没入する。花に、鳥に、風に、月に、思いを馳せるのです。」

へぇ、そんな人だったのかと、クロノ達は意外に思った。

「そう言えば執行者さんの鎧って、独特ですよね。体に完全にフィットしているようで。」

と、スマホンは言った。

言われてみれば、彼の装備は鎧や兜というにはスレンダーなデザインをしており、頭や胴体、四肢の輪郭に沿うような形だ。足先は指の形が見えるようなデザインになっている。こんな鎧、どうやって着脱しているのか。

 

「それは、あの鎧が執行者様の体と一体になっているからでしょう。」

「体と、一体に?」

召使い人形の答えに、どういうことかと聞き返す。

「彼はこの世界における、『坩堝の騎士』の御同輩なのでしょう。坩堝の騎士の特徴が、装備から見て分かります。」

 

『坩堝の騎士』

銅のような赤褐色の鎧は原初の黄金樹、生命の坩堝の力を宿し、その表面には血管のような紋様が浮き出ている。

坩堝(るつぼ)とは、金属などの物質を高温で溶し、混ぜ合わせる際に使う容器のこと。転じて、多種多様な物が混ざり合い、渦巻いている様を言う。

かつて生命に近しい原初の存在であった黄金樹の下、あらゆる生命が混じり合った坩堝たる様を、その鎧と身体に表しているという。

 

「坩堝の騎士は、時に尻尾や翼、果てには竜の息吹を、その鎧を変じて扱えるとのこと。鎧は正しく彼らの肉体のそのものなのです。」

そして彼、執行者は鎧の内にある肉体も、坩堝の中に投じて溶かし合わせたように、鎧と一つになっているのだろうと、召使い人形は話した。

「へぇぇ…、鎧と一つに。」

スケールの大きさに、感嘆を漏らすのがやっとのクロノ。まだよく理解できていないのは、スマホンも同じだった。

「あれ、そう言えばこの刀って…。」

スマホンが注目したのは、彼の腰にある二振りの刀のうちの一本。その刀に鞘はなく、刃の周りを根のような蔦のようなものが覆っていた。

「妖刀、とのことです。決して肌身離さず持ち歩いております。まるでその刀に、ご本人の根が刺しているかのように。」

見れば見るほど、不思議なことばかりの人だ。分からないことは多いが、お互い側にいる分には決して問題はなさそうだと、クロノは思った。

「えっと、じゃあオレ行くから。またね。」

「………。」

そうして立ち去るクロノに、執行者は視線を向けることも無かった。彼らの姿が遠くに行った後に、その後ろ姿を少しだけ見つめていた。

 

 

『倉庫と作業台』

円卓内の物資を保管している部屋だ。奥の部屋には木箱が多く積まれており、手前の部屋には武器の手入れや加工を行う作業台も置かれている。作業台には手入れ中の剣が置かれている。

「すみません。まだ途中の物を置きっぱなしにしておりました。」

そう言って召使い人形は剣を武器立てに仕舞った。

「執事の仕事には武器の手入れも含まれているんですね。」

仕事が多くて大変ですねと、スマホンはそう言うと、召使いは振り返って答える。

「いいえ、私のような失敗作でも、こうしてお役目を果たせることは大変喜ばしいことです。」

「失敗作?」

クロノは自身を卑屈に例える召使いに疑問を持った。

「全然失敗作なんかじゃ無いよ。こうして会話できて色んなことができるなんて。」

人型ロボットでそんなことができるのは、オレの世界ではレモンぐらいだよ、と話す。

「ええ、レモン様のことはスマホン様からお聞きしました。超高性能アンドロイド。可憐で心優しい巻戻士であられると。ぜひ一度お会いしたいものです。」

巻戻士レモン。見た目は少女だが、アンドロイドとして優れたAIの頭脳と抜群の戦闘能力、各種装備を揃えた、クロノの頼れる仲間だ。

「スマホン、召使いさんとずいぶんおしゃべりしたみたいだな。」

「えへへ、いやぁ何だか他人とは思えなくて…。」

スマホンが照れくさそうにしている。友達ができて良かったと思うクロノ。

 

「スマホン様やレモン様に対して、私は比べるのもお恥ずかしい限りでして。」

召使い人形はへりくだって、自身のことを話した。

彼のような人形は本来戦闘用に作られるもので、リムベルドにいる敵の中にも、同型の人形がいるという。それに対し、彼は身の回りの世話をするように作られたようだ。

「結局は失敗だったようで。知らぬ場所に捨てられて、いつの間にか此処に流れ着いていたのです。」

そしてここで執事として務めるようになった…と。

「至らぬ身でありながら、こうしてここで働かせて頂けるだけでも、ありがたい事なのですよ。」

召使い人形は、そう言いながら作業台の片付けを済ませた。

「そっか…。でもさ、それでも自分のこと、失敗作なんて言うこと無いよ。」

クロノは励ましの言葉を続ける。

「朝ごはんのピタパンもスープも美味しかったよ。レモンもきっとピタパンは焼いたこと無いんじゃないかな?」

「ええ、きっとそうですよ。」

新しい客人たちの心優しい言葉に、頭を下げる召使い。

「…ありがとうございます。クロノ様。スマホン様。」

 

召使い人形が顔を上げた丁度その時、

「邪魔をするぞ。」

そう言って現れたのは狩人の男「鉄の目」だった。

草のような緑色の外套は、頭をフードで覆い、マントもついている。これらは身体の輪郭を分かりにくくし、しゃがむことで草地の風景に溶け込む迷彩効果を持たせている。口元も黒い布で覆い、わずかに目が見える程度にしていた。その瞳は異様に青く、肌は黒くなっていた。見た目では表情はおろか、年齢も分からない。

「頼んでいたものを受け取りに来た。」

「ええ、鉄の目様。こちらにございます。」

召使い人形が棚から出したのは、弓の弦だった。消耗品もここに仕入れて収納してあるようだ。

「いつも通り、手は加えずにおります。」

「それでいい。頂いていくぞ。」

そう言って円形の容器に巻き付けて収納した。

「へぇ、手入れはしてもらわなくていいの?」

クロノが尋ねる。

「手入れは自分で行う。自分の使うものは、自分に合うように調整するものだ。」

と、鉄の目は落ち着きのある態度で答える。

「鉄の目様はこれまで各地を渡り、様々な依頼をこなしてきた戦闘のプロでございます。武器の扱いや手入れには、誰にも引けを取りません。」

なるほど、確かにプロとしての風格があると、クロノ達は納得する。

「何でも扱える訳では無い。重量武器の勝負では、あの男には勝てない。」

きっとあの大男のことだろうと、クロノは予想した。

 

「ところで、お前は何を扱えるのだ。」

と、鉄の目はクロノに問う。

「俺?えっと、普段は殴るのがメインだから、得意な武器とかはなくて…。」

でも昨日の戦闘でカタールっていう武器は使えるようになったよ、と話す。鉄の目はそうか、と返事をすると、

「リムベルドでは、必ずしも拳用の武器が手に入るとは限らない。時間があるなら訓練場で様々な武器の適性を確認しておくといいだろう。」

どんな状況でも対応できるようにな。と、そう言い残して鉄の目は去っていった。

「うーん、武器かぁ。剣道すらやったこと無いから自信ないけど…。」

でもこの先戦い続けるなら、少しでも得意な武器を見極め、特訓を積んだほうがいいだろう。

「召使いさん、後で訓練所に案内してよ。」

召使い人形も畏まりました。と、答えてから次の場所へ移動した。

 

 

『控室と書庫』

控室には暖炉があり、火の温かい光が心を落ち着かせてくれる空間だ。姿見の鏡やクローゼットもある。隣の部屋にはベッドがあり、クロノが寝ていたのもここだ。少し離れた別の区画には書庫もあり、高くそびえる本棚と、溢れた蔵書が平積みになって山を連ねている。本はどれもクロノの知らない字で書かれていた。

その本の山から取ったのであろう一冊の分厚い本を、控室の椅子に腰掛けて読んでいる女性がいる。いかにも魔女らしい黒と紫のローブと帽子、黒い肌に長い白髪、ミステリアスな雰囲気を見せる彼女は「隠者」と呼ばれていた。

 

「訓練所に行く前に、彼女に会っておくべきかと。クロノ様の今後に関わることなので。」

隠者はクロノがこの世界に迷い込むことになった原因の調査を引き受けてくれた。そのことについて話をしよう。

「あのー、隠者さん。」

クロノが声をかけると、隠者はたった今クロノの存在に気づき、本から視線を上げる。

「こんにちは。お話し、したいの?」

妖艶な雰囲気とは異なり、彼女の話し方は温和でゆとりがあった。椅子に座って話をするクロノ。

「うん、オレがここに来た原因って何なのか、調べる方法はあるのかな?」

クロノがそう言うと、隠者はパタンと本を閉じた。本に被っていた埃がポンっと舞い上がる。

「私も、そう思って調べていたの。他の世界へと移動する事故や、帰る方法を。」

隠者は、この世界には遥か遠くへ移動する魔法は確かに存在すると話した。しかし、それはあくまで「この世界」の中での移動や、「この世界の別の星」、「この世界での過去や未来」へと渡る方法であることがほとんどだ。クロノのように、世界の法則そのものが違う所からやって来た事例は、彼女でも前例を見ないものだ。異質すぎるケースでは、解決策を見つけるのも難航するだろうとのことだった。

 

「きっと、夜渡りのみんなとも、事情は違うと思う。」

隠者の見立てでは、余りにも他の夜渡りと異なるクロノは、やはり夜渡りになったからここに来た訳ではないのだという。

そして、夜渡りでもないのに高いところから落ちても大丈夫だったり、スマホンがあらゆるデータを分析できるようになったりしたのは、飽くまでこの世界の法則に彼らの身体が順応した結果だという。その説明を、クロノは何となくだが理解できた。

「うーん。でも、肝心な元の世界に帰る方法については、隠者さんでもまだ分からないってことかぁ。」

「今のところは、ね。でも、これから分かることも、きっとあると思う。」

隠者の受け答えは、楽観でも悲観的でもなく、事実をできるだけ簡潔に伝えるものだった。そして、もっと情報が必要であることも話してくれた。

「あの、ボクの中にはこの世界に来てからの映像も、ここに来る前の情報もアーカイブに保存されています。良ければ見て頂けますか?」

スマホンがそう言うと、隠者は微笑みながら、

「ありがとう。見せてちょうだい。」

と答えた。

 

スマホンの画面に映像記録が再生される。最初に夜の雨に襲われた時。追跡者やレディと力を合わせて忌み鬼を撃破するシーン。見返しているクロノは「ここが一番大変だったよ。」と実況している。過去の映像には、クロノの巻戻士としての活躍やこの世界に来る直前の巻戻士本部の状況が映し出された。

その中には巻戻士の仲間達もいた。

シライ、クロホン、アカバ、レモン、チャイヌ、ゴロー、ハイザキ、グレイ。みんな大切な仲間だ。

 

そして妹のトキネ…。妹を失った事件、CASE999の情報も映し出された。スマホンはクロノの事情を知ってもらうために、隠者にはどの情報を提示しようかと相談して決めていた。何が手掛かりになるか分からない以上、たとえ苦しい記憶だとしても、本人の情報はできるだけ共有した方がいいのではないかと、クロノ自身から提案していたのだった。

 

「……そう。……とても、辛かったね。」

トキネのことを知った隠者は悲しそうに、そ

してできるだけ優しい言葉でそう答えていた。

「ごめん、嫌なもの見せちゃって…。」

謝るクロノに、ゆっくりと首を横に振る隠者。

「いいの、こっちこそごめんなさい…。」

そのようなやり取りをしている横で、涙は流せずとも啜り泣いていたのは、召使い人形だった。

「ああ…、何と言うことでしょう…。グスッ…。あまりにも…余りにも、不憫でなりません……。」

ウッ……ウウッ……グスン。と、誰よりも悲しむ召使い人形を、スマホンは宥めていた。

「隠者様…、どうか私からも、クロノ様をお願い致します。彼は…クロノ様は…、絶対に報われなければいけません…。」

頭を下げる召使い人形に、もちろんと言って引き受ける隠者。

 

「これは不確かな予想だけど、きっと手掛かりは、あなた自身にあると思う。」

隠者の意見に、エッ?オレ⁉︎、と返すクロノ。

クロノの存在はこの世界のルールから余りにも逸脱している。本人では感じることも、予測することもできない事態が、クロノの中に起こっているのかも知れない。クロノ自身をもっと詳しく調べることで分かることがあるかも、と言うのだ。

「そうね…、じゃあ、あなたのリトライアイを見せてくれる?」

「ああ、もちろん!」

何か手掛かりが見つかって欲しいと希望を持って、クロノは眼帯を外した。

 

 

「えっ……?」

 

 

機械仕掛けの右目を見て、隠者は一瞬息を飲んだ。

「機械の目だから、ちょっとビックリしちゃうよね。ゴメンゴメン。」

リトライアイには「1」のカウント。円卓に来て眠ってからはカウントがリセットされたようだ。

「…ううん、こっちこそごめんなさい。」

じゃあ、そのままにしてね。と、そう言って隠者は床に膝をつき、顔を近づけてリトライアイをじっと見つめた。

顔は近く、女性の柔らかな吐息が顔にかかる。

(う、うう…そんなにじっと見つめられると…。)

思わず視線を逸らすクロノ、下を見たら魔女の柔らかな谷間が目の前にあった。顔を赤くして、顔を横に逸らす。

「じっとしてて…。」

そう言って彼女は細い指先で少年の頬を支え、正面に向き直させる。

(だ、ダメだ…、ドキドキする…。)

それを眺めるスマホンは、声を出さずに苦笑いしていた。

(これは…、クロノさんには刺激が強すぎますね…。)

何せまだ14歳、大人のお姉さんに面と向き合えばこうなってしまうのも仕方ない。

 

隠者はリトライアイの機構の細部、そのさらに奥にある視神経までも見通すかのように、ただじっと見続けた。

指を少年の顔から話し、椅子に座る隠者。

「こんなものを作れるなんて、そっちの世界はすごいね。」

「うん、俺も初めて見た時はビックリしたよ。」

「それで、どうでしょう。手掛かりはありましたか?」

結果が気になるスマホン。

「そうね……。ハッキリと、これが原因とは言い切れない。でも、これだけ複雑で、時空に干渉する力を持っているなら、大きなヒントになりそう。」

リトライアイに何かあるのか…。確かに、ここに来てからリトライの仕様が色々変化していた。そのことも、もしかしたら関係あるかも知れない。クロノはそう思った。

「少しずつ、色んな視点から、調べようと思う。」

またリトライアイを見せてもらうかもしれない。それまでに色々調べ物も進めようと思う。何かあれば相談して欲しい。と、隠者は現状と方針をまとめた。

「うん、色々とありがとう!」

「また来ますね!」

「では、次に参りましょうか。」

そう言ってクロノ達は次の場所へ案内された。

 

彼らの姿が見えなくなった。誰もいなくなった控室で、隠者は静かに息を吐いた。胸に手を当て、鼓動を落ち着かせようとする。

(とても……、とても…大変だった。)

彼らには気づかれていなかっただろうか。

ようやく呼吸と鼓動が落ち着き、頭と心は冷静さを取り戻した。

 

彼女には、この円卓に来た理由があった。最近まで忘れていたが、調べ物をするうちに思い出してきた。

自身の目的も、他の夜渡り達の事情も、ここに来る人々は皆、複雑で大変なものを抱えている。

でも彼は、クロノは、それらと比べものにならないかも知れない。それは帰る方法や妹のこともそうだが、それ以上に、彼自身が、本当に『大変』。そうとしか言えなかった。

自分の力を尽くそう。そう考えると同時に、彼の助けも必要だと考えていた。

 

大空洞へと赴き、連絡が途絶えた、学者の力が。

 

 

『商店と礼拝堂』

礼拝堂は静謐であり、蝋燭も立てず火を灯していない燭台が、しばらくここに誰も来ていないことを示していた。

しかし、礼拝堂の片隅には机に書物、瓶を陳列した棚、よくわからない標本等がズラリと並んでいた。どれも礼拝堂には置かないようなものばかりだ。何でこんなものが…と、クロノやスマホンが気にしていた。

「それらは学者様が持ち込まれたものです。研究の資料や記録等のようですね。」

召使い人形が説明してくれた。

「研究って、一体何をしているんでしょうか?」

スマホンは質問するが、召使いは研究については詳しく聞いてはいないとのことだった。

「礼拝堂に荷物を置きっぱなしにして、罰当たりじゃないのかな?」

クロノは気にしていたが、誰も特に問題にはしていないらしい。

「葬儀屋さまはここでよく祈りを捧げていましたが、学者様の私物を気にする様子はありませんでしたね。」

葬儀屋、夜渡りとしてここに来た修道女らしい。そして、学者と共に『大空洞』という場所に向かって以来、連絡がつかなくなっているとのことだった。

「正確に申しますと、学者様が突然姿を消し、その行き先として大空洞が思い当たったため、葬儀屋様が探しに向かわれた…という流れなのです。」

召使い人形の話に、スマホンが質問する。

「大空洞って、どんなところなんですか?」

「リムベルドの地下に発生した、いわゆる地殻変動のような現象が起きた場所です。そういった異変のことを総じて『地変』と呼んでいるのですが、大空洞に関しては今まで確認してきた地変とは格段に違うということらしいです。」

それを初めて観測したのは学者らしく、他の夜渡りが向かおうとしてもうまくいかないらしい。大空洞への行き方は、学者本人と、彼とよく接していた葬儀屋しか知らないようだという。

「思い返すと、あの2人は以前から心配だったのです。」

学者は体が衰えており、夜渡りとしては体力が優れなかった。

葬儀屋は過去に円卓内で狂乱したことがあり、その原因も明らかでは無かった。

「うーん…、そう聞くとますます心配だ。でも、助けようにも行き方が分からないんじゃなぁ。」

頭を捻るクロノ。召使い人形も、今は待つしかありません、と言うしか無かった。

 

クロノ達は礼拝堂まで来た通路へ戻ると、通路の脇に壺やら皿やら色付きの石やら、ガラクタが置かれたスペースに気がついた。

「召使いさん、ここって何のスペースなの?」

クロノが指を刺して尋ねる。

「ああ、そちらは…。」

召使いが答えようとしたその時、

 

ガタガタガタガタッ!

と、音を立てて何かがクロノの横を通り過ぎた。うわっ!何だ!?と言って振り向くと、丸くてゴツゴツとした壺に手足が生えた謎の生物が、木箱を頭にのせてガラクタのスペースにガチャンと置いた。

「おや、丁度戻られましたね。」

動く壺はいそいそと座り込んで「蝋板」という文字を書く板を取り出して、カッカッカッと何かを書き込み、こちらに見せた。それは自画像であり、手を組んでいるポーズで描かれていた。首を傾げるクロノに、

「いらっしゃいませ、と言っているのでしょう。」

と、執事が通訳した。

どうやらこの謎の壺は「小壺商人」と呼ばれており、この円卓に色んな商品を仕入れては販売してくれているようだ。

「売店みたいなものなんですね。…ああ、でも支払いはどうすればいいんですか?」

スマホンが尋ねる。どうやら夜渡り達がリムベルドから帰還した際に、いつの間にか「マーク」と呼ばれる印付きのガラクタが懐に残っていることがあり、そのマークを通貨として使っているようだ。

「あ、そう言えば俺も!」

自分の上着のポケットにも、いつの間にかマークがあるのに気がついた。忌み鬼を倒した後に帰還した際にはあったのだろうか。

「そうでしたか。よろしければ、何かお買い上げになられては?」

召使いに促されて商品を眺める。一番目につくのは、赤や青、緑の宝石のような物だった。

「それは『遺物』と呼ばれる物で、リムベルドに赴く夜渡りの皆様に多少の力を与えてくれる物のようです。」

その効果は様々で、何を用いるか吟味される方もいるとか。そういうことなら買ってみようかなと、クロノの思ったその時だった。

 

「おやおや、今日は随分繁盛してるじゃねぇか。」

クロノ達の方に歩み寄ってそう言ったのは、逞しい体格と毛皮の服、筋骨隆々の四肢と体躯、角付きの兜と立派な髭の大男、「無頼漢」だった。

「無頼漢さんも遺物を買いに来たの?」

クロノは戦いが得意そうな彼なら欲しがりそうだなと思って、そう尋ねた。

「いや、今のお目当てはそっちじゃねえんだ。おう、頼んどいたやつは見つかったか?」

無頼漢にそう言われた小壺商人は、急いでどこかへ向かったかと思うと、自分より遥かに大きい樽を頭に乗せて持ってきた。

「ありがとよ!コイツがあれば無敵だぜ!」

無頼漢はそう言って懐からマークを大きな手で鷲掴みにして差し出し、樽を抱えて持って行った。小壺商人は喜びを示すポーズを蝋板に書いていた。

樽を食堂まで持って行き、ドスンと台の上に置く。それを見てクロノは中身は何かを聞く。

「ガッハッハ!まあ見てろって。」

無頼漢はそう言って、真鍮製の蛇口を素手で樽の下部にガツンと突き立てる。その蛇口を捻ると、いつの間にか持っていたジョッキに琥珀色の液体が注がれる。それをグイッと一気に飲み干すと、熱気のこもった息吹を吐き出す。

「カーーッ!!やっぱコレだよなぁコレ!!」

副流煙ならぬ副酒気を浴びたクロノはフラッとする。

「ブランデーですかね?それともウイスキー?」

スマホンは酒に浸っている男に問う。

「ああ、それも悪くねぇがな。海の男はラムって相場は決まってんだよ。」

ラムかぁ。海賊の映画で名前は聞いたことあるけど、そんなに美味しいのかな?クロノがそう思っていると、

「あれ?って言うことは、無頼漢さんは海賊なの?」

と、気になって質問した。

「ガッハッハ!おう、海賊とでも船長とでも好きに呼ぶといいぜ!」

念願の酒にありついた男はご機嫌な様子でそう答えた。

「あの小壺商人は何処かしらで品物仕入れてるってもんだからよ。ラムを見つけたらありったけ持ってきてくれって無理な注文したもんだが…。いやぁ言ってみるもんだぜ!」

そう話している間に、もう2杯目を飲み干していた。

「お前も何か注文してみたらどうだ?案外手に入るかもしれないぜ?」

無頼漢にそう言われると、確かに自分の世界では当たり前にある物でも、ここではあまり手に入らない物もあるかもしれない。もし手に入るなら、言ってみるだけも…。クロノはそう思い、小壺商人のところへ行った。スマホン達と一緒に無頼漢もついて行った。

 

「あのー、もしよかったらさ、『コーラ』とか『納豆』とか見つけたら、仕入れてくれないかな?」

自分の好物が手に入ればと、そう思って尋ねると、小壺商人は蝋板に両手の平を上に向け、肩をすくめたポーズを描いた。『さぁ?』や『お手上げ』のジェスチャーだ。

「うーん、ダメかなぁ。じゃあ『漫画』は?できれば『コロコロ』がいいな!」

その注文に対して描かれたのは、両手を床について足をブラブラさせた、いかにもやる気の無さそうなポーズだった。やっぱりダメそうだ。

「なあ、何だその『甲羅(こーら)』とか『懐刀(なっとう)』とか『満牙(まんが)』とか『殺々(ころころ)』ってのは。武器とか防具のことか?」

「大亀の甲羅を盾にしたものなら、リムベルドにもございますが。」

「イヤイヤそんなんじゃないよ!」

無頼漢と召使いの誤解にツッコむクロノ。

こんな物ですよと、スマホンが画像で見せて教えてくれた。

「おお、コーラってのは酒じゃねぇのか。でも旨そうだな。しかし納豆ってのは随分キワモノみてぇだな…。発酵は旨味が増すとは言えよぉ…。」

「絵と文字で物語を綴るのですか。これは興味深いですね。ぜひ書庫に加えたいです。」

無頼漢と召使い人形も興味を示し、小壺商人に手に入らないかと願った。

そう言われて商人はスマホンの画像に写った注文品を見て(目はないが)、しばらく間を置いた。そして蝋板に、親指を立てたジェスチャーを描いた。『OK』だ。

「やった!頼んだぞ!」

「良かったですねクロノさん!」

喜ぶ2人を見て嬉しく思う召使いは、思い出して無頼漢に話しかけた。

「ああ、そうでした無頼漢様。クロノ様に訓練所で指南をしてもらいたいと思っていたのですよ。彼の武器の適性を見て頂きたいと…。」

「おう、そういう話なら俺に任せておけ。いくらでも面倒見てやるよ。」

無頼漢は兜をゴツゴツと叩いて快い返事をした。そうして、無頼漢に連れられて訓練所へと足を運んだ。

 

 

『訓練所』

屋外に設けられた訓練所には、様々な武器や盾、杖や聖印などの魔法や祈祷の道具、投擲武器、的になる柱といったものがあった。片隅には召使い人形と同じ形のものが置いてあった。訓練相手として自動で動くように設定してあり、自我や会話、思考能力は無いらしい。

無頼漢に案内されてやって来ると、そこには的になる柱にカバーを被せている者がいた。追跡者だ。

「あっ!追跡者さん!」「もう動いて大丈夫なんですか!?」

クロノとスマホンは心配して駆け寄る。

「…ああ、もう大丈夫だ。」

そう言ってクロノ達の方を向く。

「……さっきは済まなかった。クロノ、スマホン。」

名前を呼んでくれて、パァッと笑顔になるクロノたち。

「良かった!思い出してくれたんですね!」

「本当だよ!心配だったんだぞ!」

全力で喜ぶクロノ達に申し訳なさそうにする追跡者。それを見てガッハッハと笑う無頼漢。

「おう、お前もこれに懲りたんなら、自分で自分を傷つけるようなことはしねーこった。酒飲んでグータラしやがれ!」

そう言って、これからクロノの適性検査するから付き合えよ、終わったら一杯やろうぜと誘った。追跡者は二つ返事で了承した。

 

こうして始まった適性検査。記録係はスマホンだ。無頼漢と追跡者が言うには、武器の適性は本人の筋力・技量・知力・信仰・神秘によって決まるそうだ。今から色んな武器を試して、それらを測定するのだ。

「ついでだ。体力と精神力、スタミナも測定する。」

「じゃあ、まずは一番分かりやすい『筋力』からだ!こいつを振ってみな!」

 

『巨人砕き カテゴリー:特大武器』

グギギギギギ……。

クロノは全力で持ち上げるが、巨大な塊は一ミリも浮かない。

「こ…これ…、振るどころじゃ…無い…。」

「ガッハッハ!流石に無理か!」

笑う無頼漢と脂汗をかくクロノを見かねて、追跡者は次の武器を持ってきた。

 

『クレイモア カテゴリー:大剣』

「扱いやすい部類の剣だ。大抵の敵はこれで事足りる。」

追跡者がそう言うからにはモノにしたいが、振り下ろす時の遠心力で体幹が少しグラつく。

「うーん、振れないことは無いけど…。」

もう少しサイズを下げたいなと答えた。

 

『ロングソード カテゴリー:直剣』

今度はしっかり振ることが出来た。

「うん、これぐらいが丁度いいな!」

クロノがそう言うと、無頼漢は兜をゴツゴツ叩いて、

「まっ、ギリギリ『B』って感じか。もーちょい鍛えな坊主。」

ちょっと残念そうに答えた。

「次は技量だ。色々試すぞ。」

追跡者は技量を求められる武器を並べた。

 

『レイピア カテゴリー:刺剣』

『ショートボウ カテゴリー:弓』

『スピア カテゴリー:槍』

『フレイル カテゴリー:フレイル』

 

「刺剣は力に頼らず、直線の刃に沿って突くことを意識して。」

いつの間にか様子を来ていたレディ(巫女の服は脱いだようだ)が指南する。言われた通りにやろうとするが、上手く突き刺せないどころか、変な突き方のせいで手首を痛めた。

「弓は腕ではなく、背筋を寄せるようにして引け。狙いは弓と的を重ねて見るようにしろ。」

鉄の目も指導に加わるが、あちこちに飛んで矢の無駄になるばかり。

スピアは力任せに突いたせいで、柱に刺さって抜けなくなったり手からスッポ抜けたり…。

フレイルは振り回した先が自分の頭に直撃する始末だった。

「大丈夫ですかクロノさん!」

「うん…、頭は大丈夫でも、自信が大丈夫じゃない…。」

落ち込むクロノに、レディが別の武器を勧めた。

 

『セスタス カテゴリー:拳』

厚手の皮に鉄鋲を打ち込んだグローブだ。

「これなら思いっきり戦えるよ!」

打つべし!打つべし!と、自信満々に的へパンチを繰り出す。それを見てレディは子供を見守るかのような微笑みを見せた。

「器用さは求めるべきでは無いか。まあいい。」

鉄の目はそう言ってクロノに近づき、緑色の塊を持って行った。

 

「『毒脂』だ。これをセスタスに塗りつけろ。」

「エッ!毒ぅ!!なんでそんな危ないものを…!」

「これを使って、お前の神秘性を測定する。神秘に優れる者は、標的に毒や出血の影響を効率的に与えることができる。」

そう言いながら、クロノのセスタスに毒脂を塗りつける。その目の前に無頼漢が近づいて逞しい胸筋を叩いてみせた。

「よし、そんじゃあ実験台は俺だ。ガンガン打ち込んでこい!」

「えええっ!ダメだよ仲間に毒を浴びせるなんて!」

「仕方ねぇだろ、そこの自動人形じゃ毒の効き目が分からねぇんだから。」

「『毒の苔薬』もある。遠慮せずにやれ。」

無頼漢と鉄の目に早くしろと言われる。いつの間にか来ていた執行者はじっとこちらを見ている。クロノも目線を合わせて助け舟を求めたが、反応なし。渋々と毒のパンチを繰り出すクロノ。しばらくすると無頼漢は毒に侵された。

「ど、どうかな…?」

「うーん、確かに効いてはいるが、鉄の目や執行者みたいな鋭さは無ぇな。平凡ってところか。」

嫌々やったのに結果は芳しくなくてガッカリするクロノ。無頼漢が苔薬を不味そうな顔で咥えている横で、鉄の目はさりげなくクロノに毒脂を塗りつけた。

 

「って、ギャアアア!!ナニしてんだー!」

「体力テストだ。毒に耐えられる時間で測定する。」

やり方ってモンがあるでしょー!と訴えるクロノ。レディの隣に来ていた隠者が心配そうに見つめる。

「あんまり、乱暴にしないでね。」

そして見守られている中、徐々に体力を失っていく少年。長時間経過して顔色は真っ青になっているが、まだ立つことは出来た。

「…い、いつまで…、こうしていれば…。」

もう十分だろうと言って、追跡者は苔薬と聖杯瓶を渡す。クロノはそれらを一気にまとめて飲み干す。

「ブハッ!…うう、死ぬかと思った…。」

「お疲れ様さん。体力テストは合格だ!やるじゃねぇか!」

無頼漢にバンッと背中を叩かれて激励されるが、ゲホゲホッとむせ返ってしまった。

 

「そのままくたばってしまえば、楽になれたろうに。」

そう皮肉を言ってきたのは、最初の紹介や朝食の時に冷たい態度を取っていた白い少女だった。白く美しい装束とコイン状の装飾を纏い、肩に水色のケープを羽織っている。白く長い髪は美しく、頭のベールに青い花と硬貨のアクセサリーを飾りつけている。スタスタと歩く素足には過去の負傷なのか、痛々しい痕跡ある。近くまで歩き、蒼い瞳でクロノを冷酷に見つめる彼女は、腕組みをしており如何にも不服そうだった。

「復讐者様。そのような言い方は…。」

召使いは彼女を『復讐者』と呼ぶ。人の呼び方としては決して良くないものだが、あの冷たさをよく表している名だと、スマホンは沈黙しながら思った。

召使い人形を無視して、復讐者は隠者に目を向けた。

「検査の途中だろう。お前の杖を貸してやったらどうだ。」

隠者は分かったと答えて、クロノに自分の杖を貸した。

 

「魔術の知力を測定するから、これを使って。」

「え、ええっと、オレ魔法なんて使えないんだけど…。」

クロノが困惑していると、スマホンがアドバイスした。

「クロノさん、前に戦技を使った時みたいにボクがスキャンして、その情報通りに動けば使えると思いますよ。」

「おお!そうだった!頼んだぞスマホン!」

 

隠者の杖には、『輝石のつぶて』と『輝石のアーク』という魔法が込められていた。スマホンの情報通りにイメージして杖を振ると、光るつぶてが飛んでいき、弧を描く光を放つことも出来た。

「凄いぞ!魔法使いになれた!」

クロノは大興奮だったが、魔法はあちこちに飛んでいってしまう。特にアークは攻撃範囲が広いので周りの夜渡り達が巻き込まれていた。最も、当たっても大したダメージにはなっていなかったが。

「クロノさん落ち着いて!振るのをやめて!」

スマホンが制止すると同時に、復讐者の細い拳が少年の腹にメリ込む。

 

「愚図がっ!」「グハッ!」

 

ううう、ゴメンナサイ…。腹を押さえて俯くクロノの目の前に、復讐者はチャリンと何かを落とす。小さな金属のアクセサリーのような物だ。

「『指の聖印』だ。回復の祈祷を使ってみろ。信仰のある者なら訳のないことだ。」

クロノはそう言われて聖印を握る。回復祈祷の使い方をスマホンに教えられるが、上手くイメージできず、発動しない。

(集中…、集中…。)

復讐者が腕組みをし、足をトントン鳴らしている。明らかに苛立っているのが分かって焦るクロノ。でも慌てていては祈祷など使えはしない。深呼吸、深呼吸。

心を落ち着かせてイメージを描く。しばらくすると、床に浮かんだ明るい光により、体が癒された。

 

「おおっ!本当にでき…

「ノロマがっ!」「グエッ!」

 

敵がいつまでも待ってくれるものか!と、白い足で蹴られながら説教を受けてしまった。折角回復した体にダメージが蓄積する。

「うう…。何だか筋力と体力以外ろくな結果が出ない。もっと分かりやすいやつ無い?」

ションボリしているクロノに無頼漢が一本の紐を渡した。

「何これ、ムチ?」

「いいや、ただのヒモさ。お望み通り一番簡単な測定さ。」

 

「642、643、645、646……。」

縄跳び、つまりはスタミナ測定だ。簡単とは言え、やっぱり疲れる…。でも回数を重ねることはリトライで慣れてはいた。

 

「799、800…。」

「もういいだろう。満点だ。」

追跡者が合格を出してくれた途端、ガクッと膝をついた。

 

「ゼェ…ゼェ…。も、もう全部終わりだよね…ハァ…。」

流石のクロノも、もう限界だ。だが鉄の目から残酷な知らせが。

「いや、精神力の測定がまだだ。」

「も、もうやめて下さい…。」

白旗を上げているクロノを、復讐者は無理やり立たせて杖を握らせた。

「え…、知力の測定はおわったんじゃ…。」

クロノに隠者と復讐者が説明した。

「精神力のある人は、よりたくさん魔法や祈祷を使い続けられるの。」

「つまり魔法のスタミナという訳だ。精魂果てるまで撃ち続けろ。」

もう、勘弁して…。ヘロヘロになりながら、クロノは光のつぶてを撃ち続けた。流れ弾が仲間に当たらないよう、的は至近距離で。

 

 

どれくらい経っただろうか、延々と杖を振り、目の前の的に光が弾ける。この風景ばかりを眺めているのも飽きてきた。魔法はまだ出続けているが、いつまでやればいいのか。

「ハァ…ハァ…。まだぁ…?もういいよね…?」

「………。」

「あのー…、復讐者さん…?」

「…念の為だ。やれ。」

「……ハァ。」

復讐者が腕組みして見ている限り、終わらせてくれそうに無い。もう何発撃ったかも数えてない。クロノは終わることばかりを考えていた。

「…ダメ、もうダメ…。」

許しを得る前に杖を置いて大の字になってしまった。スマホンが心配して駆け寄る。

「クロノさんしっかりして下さい。これで全項目が終わりました。」

「うう、それで…精神力はどうなの?合格?」

クロノは周りの仲間に聞くが、誰も答えない。そこへ執行者が肩を貸して起こしてくれた。

 

執行者は何も言わずに、ポンと肩を叩いてくれた。労いのようだ。だが少し、その手が震えていた。

「なぁ、お前…なんとも無いのか?」

無頼漢は恐る恐る尋ねてきた。

「いや、もうダメだよ、休憩したい…。」

 

「『疲れた』だけ、なのか…?」

 

無頼漢の様子がおかしい。どこか怯えや恐れが見える。彼だけでは無い。周りの夜渡り達は皆、信じられないような表情だった。

「えっと、みんなどうしたの…?」

クロノはよく分からず尋ねた。

隠者はゆっくりと、できるだけ優しく答えた。

「あのね…、みんな驚いてるの。あんなにずっと魔法が使える人、初めて見たから…。」

「エッ?でも、隠者さんなら魔法は得意なんじゃ…。」

「確かに得意だけど、途中で魔力を補給しないと、あそこまで撃てない。クロノは、魔法の使い方は分からなくても、とっても精神力が強いの。」

 

そんな…。魔法の達人より魔法が撃ち続けられる?そんなことがあるのか?皆が驚いている中、一人だけ落ち着いている仲間がいた。

「ボクは、それほどおかしいとは思いません。クロノさんは普通ではありえない回数のリトライを行える、強靭な精神力を持っていますから。」

リトライの精神的ダメージはかなりのもので、新人なら一回でも嘔吐してしまう程だ。1000回のリトライなんて、本来なら三人のベテラン巻戻士がリトライアイの使用を分担し合って、ギリギリ届く回数なのだ。それをクロノは一人で行える。完全なイレギュラーなのだ。

テストを完遂したクロノに、隠者は聖杯瓶と『星光の欠片』を渡した。星光の欠片は手で砕くことで、精神力を回復させてくれるアイテムだ。お陰でクロノは元気を取り戻した。

 

「それでは、クロノさんの適性検査の結果を発表します!」

スマホンが読み上げる。

 

【クロノ】

得意武器:拳

 

体力:A

精神力:S(規格外)

スタミナ:S

 

筋力:B

技量:C

知力:E

信仰:E

神秘:C

 

夜渡りからのコメント

「拳以外で適性がありそうな武器は、直剣、槌、斧、斧槍といった所だ。拳用武器と多少似ている爪系の武器も、練習次第で可能かもしれん。これから修行を積むことだ。(追跡者)」

「もうちょい筋力があれば大剣や大斧、大槌も行けるだろ。肉を食え肉を。肉を食えば強くなれるし、幸せにもなれる。麦酒も進むし良いことづくめだぜ、ガッハッハ!(無頼漢)」

「精神力は勿論だが、スタミナの高さは武器になる。二刀流を視野に入れても良い。とのことです。(召使い人形が執行者のコメントを通訳)」

「いくら魔法や祈祷を撃てようが、使い手が素人すぎる。無駄撃ちするくらいなら何もせずじっとしてろ。(復讐者)」

 

 

これで一通りのことが分かった。キツかったけどみんなに指導してもらえて良かったと、クロノは心から思った。

「みんな、手伝ってくれてありがとう。自分の強さも弱さも分かった気がするよ!」

みんなはどういたしまして、良いってことよ、面白いものが見られた等と答えてくれた。その中で一人だけ、沈黙して腕組みしている者がいる。クロノに歩み寄り、じっと正面で向き合った。

「ああ…、これでよく分かった…。」

復讐者は艶のある唇から、突き刺すような台詞を吐いた。

 

「貴様がどれだけ役立たずなのか、な。」

「なッ!?」

酷い言われように、クロノもイラっときた。

「何だよ役立たずって!まるで何の取り柄もないみたいに!ちゃんと高評価の項目だってあるだろ!」

クロノはずっと堪えていたが、何度も嫌味を言われては我慢できなかった。悪口を言われるのはアカバ相手で慣れたつもりでも、この子の言い方はまるで尊厳すら否定するようなものだったから。しかし怒るクロノに復讐者は畳み掛けるように冷酷な言葉を浴びせた。

「他人の評価で一喜一憂…、それが情けないことだと気付きもしない。」

大体、高評価や長所がなんだ?それが何になると、続けてクロノを蔑む。

「精神力が高い?スタミナがある?リトライで何度でもやり直せる?それが何だ。ひ弱な魔法や祈祷、芸のない拳ばかりで愚直に戦うのか。相手にとっては有り難いだろうな、そんな適当なことしかしない雑魚は。」

 

頭の血管が切れそうだ。エナメル質が剥がれそうになるほど、歯軋りをしてしまう。

 

「延々とやり直し、繰り返し、挫け、また負ける。ただやられ続けるしかない。やがては根性が尽き果て、抜け殻と化す。」

 

何でそこまで言われなきゃいけないんだ。

 

「無力な奴には何も、誰も守れん。」

 

誰も…?

 

「勝手に砕け、勝手に失い、不甲斐なさを嘆くことになる。貴様の大切な人間たちも、お前を見損なうだろう。『クロノなんか、信じるんじゃ無かった。』とな。」

 

やめろ。俺のことは馬鹿にしてもいい…。

でも、みんなのことまで決めつけるな…。

お前に、お前なんかに、何が分かる…。

 

「そんな奴を、何と呼称するか知ってるか?」

 

それ以上言うな…。

女の子を…、殴りたくない…。

 

 

 

「  『腑抜け』  と言うのだ。」

 

 

 

「ッ!!こっのおおおッ!!」

拳を固めて一直線に殴りかかる!

「!!ダメです!クロノさん!」

しかしアッサリ躱され、空振りした勢いのまま床に転げてしまう。

「言っただろう、愚直だと。」

冷たくあしらう復讐者。

「からかうのもいい加減にして!彼を侮辱するのは、私が許さない!」

「お願い、やめて…。みんな仲間でしょう…?」

レディと隠者は少女を止めようとする。男連中は、黙って見守っていた。

クロノは床に膝と両手をついていた。その拳は固く握られ、震えている。

「どうした。女に庇われるのはそんなに悔しいか。」

「………。」

黙っているクロノ。その様子を、スマホンも見ているしかなかった。

「……ああ、悔しいよ。」

それに、初めてだ…。

ゆっくり立ち上がり、振り向く。血走った目が、ショートするリトライアイが破裂しそうだ。

「こんなにも…、女の子を殴りたいなんて思ったのは…!!」

怒りに身を任せようとしたその時、

 

「そこまでだ!私闘は許さん!」

上空から急降下し、着地したのは守護者だった。

「全て見ていたぞ。復讐者よ、貴様は言葉が過ぎる!なぜそこまでクロノを追い詰めるのだ!」

復讐者はそっぽを向いて不機嫌そうだ。まるで悪びれもしない。

「クロノ、私は言ったはずだ。信頼は初めから存在する物ではないと。今は疑う者や接し方が分からない者が居るのも仕方ないと。」

守護者の言葉は勿論分かる。だが限度があるだろうと、クロノは睨みつける目で訴えた。

「誰とでも仲良くなれとは言わない。嫌味など真に受けるな。怒りに身を任せては、とても信頼など…。」

それでも、減らず口は止まなかった。

「怒りならいくらでも向けて来い。その方がずっと前向きだろう。」

少女の心無い言葉に、羽が逆立つ。

「少しは懲りないかッ!」

クロノは深呼吸をする。何とか怒りを鎮めようとしているか…。守護者はそう思って見守る。

大きく息を吐いたクロノは、復讐者に確認した。

 

「いいんだな…。怒りを向けても…。」

守護者は項垂れた。違った、今のは覚悟を決めるための深呼吸だったのだ。

「フッ。良いぞ、今の顔は一番見どころがあった。」

武器でも道具でも、なんでも持って来い。何なら束になってかかってきてもいいぞ。

復讐者はそう言って、歩いていく。怒る少年を振り向く姿、その表情は邪気がありつつも可憐だった。

 

 

「今のお前は、腑抜けている。浜辺で待つ。」

 

 

 

 

 

 

スマホンTips

『ロングソード』

剣身の真っ直ぐな両刃の剣

使いやすい斬撃に加え
リーチのある刺突攻撃を持つ
バランスの優れた武器

 

使いやすさこそ

戦士に導きを与えてくれる

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