運命の巻戻士✖️エルデンリング ナイトレイン 作:ランドしま
書庫の椅子に座り、鉤爪で器用にページを捲る。本は物を言わぬが多くを語る。隣にいる先生も、ゆっくりとした時間と共に、本の言葉に耳を傾けている。
かつての自分は、盾を構え斧槍を掲げることのみに心血を注いできた。それこそが守護のための研鑽だと…。だが、
「知ることこそが、守ることに繋がる」
そのことを先生から学び、こうして静かな時間を重ねるようになった。戦いでは得られぬ形なきものが、自分に新たな翼を与えてくれる。この円卓に訪れてから得られた、宝物と呼ぶべきもの。そのひとつだ。
そして、先生の隣で机に向かって鉛筆をカリカリと鳴らし、紙面と格闘している少年が一人。最近この群れに加わった新たな羽、名は「クロノ」と言う。我々とは全く違う世界からの流浪者、時を巻き戻す力を持つ者だ。彼がなぜウーン、ウーン、と唸りながら文字を書いているのか。その理由は昨日、復讐者との決闘の翌日に起きた出来事にある。
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昨日
守護者が円卓内の見回りをしていると、林の中のベンチに仰向けで寝ているクロノを見つけた。彼は忌み鬼との戦いや適性検査、復讐者との決闘を潜り抜けた結果、疲労が限界に達していた。
「流石に、明日くらいはゆっくり休んで下さいね。」
スマホンと召使い人形にそう言われて、こうして休んでいるのだろう。
ただ、朝食と昼食を摂る以外はこうしてダラダラと午睡を続けている。いや、正確には眠っていたのは昨夜と午前のしばらくの間で、午後からは目を開けたままボーッとしている。確かに休養は必要だが、生活態度としてはあまり褒められたものではない。
守護者がそう思っていると、クロノがこちらに気付いて起き上がった。
「ああ、守護者さんおはよう。」
「…それは今朝も聞いた。それにもう昼下がりだぞ。」
あれだけの死闘を繰り広げた少年と、同一人物とは思えないダラけっぷりに落胆してしまう。
「疲れは溜まっているのだろうが…、そうして寝てばかりいると夜中に目が冴えてしまうぞ。悪い習慣になり、集中力も低下する。」
「うーん…、そうなんだけど、あまりやる事無くってさ。今は訓練したらだめだってスマホンに止められてるし…。」
スマホンも、どうしてもやりたいことがあるから今日は別行動をします、と言われたようだ。おそらく明日も忙しいと。スマホンは今、執行者の素材集めに同行してリムベルドへ向かっているようだ。
「普段は、…元の世界では余暇をどう過ごしていたのだ?」
「基本的に寝て過ごしてたなぁ。スマホンにも『もう少し楽しいことしましょうよ!』って怒られたっけ…。」
どうにも、仕事や真剣な時とそうでない時のバランスが極端なようだ。まあ、あれだけ必死になっていれば疲れもしよう。ただ、戦いだけ、仕事だけを充実させれば良いものでもないだろう。
(お節介かもしれんが、私の性分が疼く…。これも老婆心というものか…。)
守護者は少年に生活指導をすることを決めた。
「クロノ、読書を嗜むことはあるか?」
すると、クロノの怠惰な目つきが少し元気づいた。
「ああ、本は好きだよ。子供の頃から図鑑とか生き物の本とか読むのが好きだったよ。」
うむ、これは良い傾向だ。
「書庫の本は好きに読んで良い。1日で読めるものもあるから、教えよう。」
クロノはそう言うことならと、付いてきてくれた。
「ごめん…。どれも読めないよ…。」
いかんな…。出鼻を挫かれてしまった。どうやらクロノの知っている文字の知識は、ここでは通じないようだ。
「スマホンならスキャンしたら読めるかも知れないから、帰ってきたら頼もうかな…。」
クロノがそう言うと、守護者は思わず、
「いや、それは勿体無い。」
と言ってしまった。
「本とは、何と書いてあるかを読むだけの物ではない。自ら読み取り、解釈し、己の知識として落とし込む。それが本の醍醐味なのだから。」
騎士は毅然とした態度で、且つ饒舌な口調で少年に言って聞かせた。だが心の内では、
(しまった…。この少年はこの世界に来たばかりで右も左も分からないのに…。つい押し付けがましいことを…。)
と内省していた。するとクロノは、
「確かに…。スマホンが翻訳できても、それって自分で読んで理解するのとは全然違うかも…。友達から『これはこういうお話で〜。』って聞かされても、ピンとこないこと多いし。」
おや?思ったよりずっと前向きに考えているようだぞ…。
「守護者さん、もしよかったら文字の読み方教えてくれないかな?」
「…!ああ、勿論だ。まあ、もっとも私は教鞭を取ったことなど無いのだがな…。」
するとそこへ、先生…隠者が来てくれた。
「文字の勉強、私も手伝うよ。」
「いいの?ありがとう!助かるよ!」
おお、これは重畳。読み書きも本への造詣の深さも、先生の方がずっと優れている。きっとクロノの助けになってくれるだろう。
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そして現在に至る。まずは簡単な読み書きを行うわけだが、先生はクロノの世界で用いられていた『五十音表』や『アルファベット』と呼ばれる音を表現する文字と、こちらの文字を照合させ、音読や書き取りなどを行っている。文字を覚えるには、ただ読むよりも声に出したり文字にして出力したりするほうが身につきやすいからだ。クロノも真面目に授業を受けている。
先生は相手の言語に合わせた課題作りを、まるでやり慣れた作業のようにこなしている。私が手伝っているのは、クロノの回答への採点や、今のクロノのレベルでも読めそうな本や文章を探す程度だ。勉強を人に教えるのは慣れないが、これもクロノのためであり、己のためにもなると思う。
「よし、できた!」
「採点しよう。見せてくれ。」
クロノから回答用紙を受け取る。今回の課題は「自己紹介文」だ。簡単や単語や文法を覚えるにはこれが一番やり易い。この世界の文字で、彼のプロフィールが読み書きの初心者らしい形式ばった書き方で連なっている。
『私は クロノ です』
『私の 年齢は 14歳 です』
『私の 職業は 巻戻人 です』
ン…?まきもどにん?
「クロノ。ここは『巻戻士』と書きたかったのだろう?なぜ『人』の字で書いてあるのだ?」
私は気になって質問した。
「うーん…。実はさぁ、『巻き戻す』って単語と『士』って単語を合わせれば『巻戻士』って書けるかと思ったんだ。でも、調べても『士』ってここの世界のどの文字に変換すればいいか分からなくてさぁ…。」
だから『巻き戻す』『人』って組み合わせれば意味は通じるかなって。
「ふむ…、そう言うことだったか。確かに、この世界には無い単語を文字で当てはめるのは、中々難しい課題だな。」
やはり、似たような意味の単語を当てるしかないのだろう。
先生も頷いてクロノに声をかけた。
「そうだね。じゃあクロノ、その『士』ってどんな意味なのかな?」
「えっ?ええっと…意味…、『士』の意味…。」
確か、弁護士の『士』とか、教士の『士』、いや違う。教『師』だから漢字が違うんだ。
「あれ?じゃあ『士』って何だ?『師』と何が違うの?どう言う意味?」
どんどん分からなくなっていくクロノに、思わずため息をつく守護者。
「君の世界の言葉だろうに…。」
ご、ごめん…。と謝るクロノ。
「うーん、スマホンに聞けばすぐ分かると思うんだけど…。取り込み中らしいしなぁ。」
スマホンは昨日の夕方に執行者と帰還してから、ずっと色んな夜渡りと話し合ったり、召使い人形と長時間の会議をしているようだ。
「…。まあいいだろう。他の部分はちゃんと書けているしな。」
守護者がキチンと採点してあげている所を見て、隠者は微笑んでいた。彼は仲間の結束と規律を重んじているのと同様に、外敵や不審な人物への警戒を怠らない性格だ。それこそ、怪しげな商人が売り渡した品物が実害をもたらした際は、容赦無く処断した程だ。クロノが初めて円卓に来た時に見張りをしていたのも、彼の警戒心が高まっていたからだろう。
(でも、もう大丈夫だね…。)
クロノの一生懸命な性格を知ったおかげで、守護者も彼を仲間と認めてくれたようだ。隠者はそれが、とても嬉しかった。
守護者がでは次の課題を…、と言いかけたその時だった。
「クロノさん、お疲れ様です!」
スマホンが元気良くやってきた。クロノの顔が明るくなる。
「おお、スマホン!用事はもう終わったのか?」
「はい!時間がかかりましたけど、皆さんのおかげで…って、おや?勉強ですかクロノさん?」
「うん、二人にこの世界の文字を教えてもらっていたんだ。」
スマホンはクロノの書いた文字を眺めて感心していた。
「凄いじゃないですか!僕もぜひ覚えたいです!」
文字を覚えれば、この世界の様々な情報も調べられるようになるからと、スマホンはやる気を見せた。
すると、隠者はスマホンに問いかけた。
「昨日から頑張ってたけど、なんだったのかな?」
「ええ、執行者さんに手伝ってもらってデータを集めていたんです。そのデータを夜渡りの方や召使いさんの用意した資料と照合してもらっていたんです。」
そう言うとスマホンは、えっへん!と、自慢げにしていた。
「お陰で、リムベルド攻略の便利なアプリが完成しました!」
「アプリ…?」
守護者は聞き慣れない言葉に首を傾げる。
「おお、凄いなスマホン!どんなアプリなんだ!?」
クロノは気になっていたが、
「フッフッフッ……、それは明日のお楽しみですかね…。」
と、スマホンは勿体ぶっていた。
「ええー。いいじゃ無いか教えてくれてもさぁ。明日何があるっていうのさ。」
クロノがそう言うと、スマホンはさっきまでの自慢げな顔は、キリッと真剣な顔に変わった。それを見て、クロノも思わず背筋を伸ばした。
「クロノさん、いよいよ明日…。夜の王『グラディウス』を討伐します!」
翌日
朝食には、追跡者が焼いてくれたピタパンがあった。じんわりと甘さじょっぱい味わいで、初めての出撃で緊張するクロノに、戦う気力をつけてくれた。
自分が初めて円卓にやってきた時に降り立った丘、その目の前まで集まったのは、クロノ、守護者、隠者の3人、そしてスマホンだった。
「…無事で帰ってこい。」
「どうか、気をつけて。無事を祈ってる。」
「なんの、お前だけが戦うわけじゃねえ。仲間を頼りな。」
「フン…。無様を晒すんじゃないぞ。」
「守護者様、隠者様、どうかクロノ様をお願いします。」
追跡者、レディ、無頼漢、復讐者、召使い人形は見送りに来てくれた。他の夜渡り達も無事をお祈りしてますと、召使い人形は言ってくれた。
「ありがとう、絶対に帰ってくるから!」
「行ってきます!」
クロノとスマホンは元気良く返事をし、己の不安を吹き飛ばした。
気合いは十分。良いことだと守護者は思った。
だが、気になることがあったのでクロノに尋ねた。
「クロノ、その手につけたセスタスは何だ?」
「もちろん、一番使いやすい武器だから持っていくんだ。ロングソードとどっちにしようか迷ったけど、やっぱりこっちの方が良いかなって。」
クロノは意気揚々と答えていた。
夜渡り達は、(ああ…、まだ言ってなかったか…。)と思い、気まずそうにしていた。
隠者が優しい口調で教えてくれた。
「ごめんなさい。それ、持っていけないの…。」
「えええっ!?なんで!?」
「ここにある物は、持って行こうとしてもリムベルドに着いたら消えてしまうの。リムベルドから物を持って帰ることは出来るけど、ここから持って行った物は、いつの間にか消えているの。」
クロノは、あんぐりと口を開けていた。
「で…でもっ!二人とも武器を持っているじゃないか!」
クロノは守護者の斧槍と大楯、隠者の杖を指差した。
「理由は分からないが、この地に初めて訪れた時に持ち込んだ装備であれば、リムベルドにも持っていけるのだ。」
守護者の鎧も、ここへ来た時から持っていた物だと言う。
スマホンはそれを聞いて、液晶画面に映った眉毛を下げた。クロノがこの世界に来た時は完全に丸腰だったからだ。
「じゃあ…、クロノさんが持って行けるものって…。」
「何もない…って、こと?」
両手と膝を地面につき、愕然とするクロノ。
それを見た復讐者は、あからさまに息を吐いて、クロノの襟の後ろを掴んで無理矢理起こした。
「得物なんぞ幾らでも拾えるだろうが。俯いてる場合か腑抜けめ。」
無頼漢も、ガハハと笑いながら励ました。
「なぁに、むしろ素手で戦い慣れてるなら武器が壊れようが平気ってこった。殴って勝てりゃ良いんだよ!」
クロノも気を取り直して、持ち込めない武器や道具を召使い人形に渡した。とにかく、リムベルドに着いたらすぐに武器探しだ。
「では、準備はいいか?」
「ああ!」
「いいよ。」
「バッチリです!」
確認を取った守護者は、指笛を鳴らして霊鷹を呼んだ。三羽の霊鷹が丘に向かってくる。
3人は一気に駆け出し、霊鷹に掴まって飛び立った。
目指すはリムベルド。待ち構えるのは三つ首の狼、夜の獣『グラディウス』。
クロノの夜渡りが始まろうとしていた。
スマホンtips『守護者の大楯』
翼の国の兵士たちが用いる大盾
軽量化を兼ねた翼の意匠が施されている
国の住民は皆鳥人であるため 翼は種の象徴であり、誇りでもある
大楯の後ろにいる、翼無き仲間もまた
彼の誇りである