二十三歳、隠居した伝説の大将軍に自分から嫁ぎました ~旦那様の武勇伝、ご本人に聞くとかなり違うんですの~   作:kuratn

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8. 果たし状は、帳場を通してくださいませ

 果たし状というものを、私は初めて見た。それも大変、几帳面なやつを。

 

 果たし状の主は、マインハルトと名乗る。

 

 十九歳。志は高く、腕に覚えがあり、そして大変に礼儀正しい若者である。門前で膝をつき、朗々と口上を述べた。曰く、武名を上げるには最強の御仁に挑むのが早道と心得ます。曰く、不敗侯閣下、なにとぞ一手のご指南を。声変わりの名残のある声が、夏の庭に響き渡る。

 

 旦那様は、渋い顔で黙っている。お困りの理由は、聞かずとも分かる。受ければ、若者に怪我をさせる。断れば、「不敗侯、臆したり」と歌の続きができる。また二択である。この家の二択は、私の出番と決まっている。

 

「お志は承りましたわ。……ですけれど騎士様、当家では、決闘のお申し込みは、まず家内の帳場を通していただきますの」

 

「ちょ、帳場……?」

 

「ええ。旦那様の腕は、当家の大事な財産ですもの。お出しするには、順番と枠がございますのよ」

 

 若者が呆気に取られている間に、私は、ありもしない帳面をめくる振りをして、きっぱりと申し渡した。

 

「本日の空きは――薪割りのみですわ」

 

         ◇

 

 かくして裏庭に、薪割り勝負の場が立つ。

 

 勝負は単純である。同じ数の丸太を、先に割り終えたほうが勝ち。審判は従士長、観客は私とヘートヴィヒと、仕事の手を止めた下働きの子らである。マインハルト様は上着を脱ぎ、若い力で威勢よく斧を振り上げた。最初のうちは、実に見事なものである。丸太は景気よく弾け、木っ端が舞い、観客の子らが歓声を上げた。

 

 旦那様はといえば、急がない。

 

 斧を高く上げない。重さが落ちたがるところへ、落としてやるだけである。こん、こん、と時計のような音が続く。息は、上がらない。割れた薪は、手を止めずに揃えて積まれていく。派手さは、ひとつもない。ただ、終わらないのである。

 

 やがて若者の斧が鈍り始め、四半刻(しはんとき)とたたぬうちに、腕ごと上がらなくなる。

 

「ま、参りました……! 何ですか、その、終わらない割り方は……!」

 

「終わらせるための割り方だ。若いの、力というものは――」

 

 旦那様は最後の丸太を、こん、と割った。

 

「一度に使うものではない。長く、使うものだ」

 

 へたり込んだ挑戦者は、当家の台所で温かい飯を三杯たいらげて、日暮れに帰っていった。食べ盛りは黙って三杯、が当家の相場だそうである。三杯目をよそいながら、ヘートヴィヒは満更でもない顔をしていた。門を出るとき、若者は振り返って叫んだものだ。

 

「強くなったら、また来ます!」

 

「お待ちしておりますわ。薪は、まだございますの」

 

 当家の冬支度は、今年は早めに済みそうである。

 

         ◇

 

 その夜の答え合わせは、猛将ガルデクとの一騎打ちである。歌では、三日三晩斬り結んだ末の大勝負ということになっている。

 

「……あれはの。泥濘(ぬかるみ)で、二人とも転んだ」

 

「転んだ」

 

「雨上がりでな。斬り合う前に、二人して足を取られて、泥の中よ。起き上がる気力も尽きて、引き分けにした。両軍とも、自分の大将が勝ったと報告したそうでの」

 

 三日三晩が、泥の中の引き分けに目減りした。ところが、である。茶を替えに来た従士長が、当然の顔で補記を置いていく。

 

「閣下は、泥の中で敵将に水筒をお渡しになりました。のちの和議の使者は、あの将にございます。……和議は、あの水筒から始まったのでございます」

 

 絶句した。王国三十年の平和を遡っていくと、その源流は、泥だらけの水筒一本にたどり着くのである。歌よりよほど大きな話が、歌の下に埋まっている。歌い手が誰も知らない場所に。

 

 ちなみにあちらの国では、ガルデク将が勝った側で歌われているそうだ。三日三晩の中身が泥の引き分けだったことも、水筒のことも、どちらの国の歌にも出てこない。……歌というものは、両国そろって、肝心なところで筆を折るのである。

 

         ◇

 

 ところで――昼間の薪割りの間、私はどうやら、ずっと見ていたらしい。

 

 斧を待つ広い背中。落ちる重さに逆らわない、静かな手つき。こん、という音の、規則正しい心地よさ。気がつけば、干し場の布巾が一枚風に飛んでいたのにも、気づいていなかった。

 

 ……あら。

 

 あらためて胸の内を覗くと、この項目は、どうも様子がおかしい。答え合わせの帳とは、別の頁が要る気がするのである。頁の名前は、まだ付けない。付けたら負けな気がするので、やめておく。

 

 それから、これは従士長がこっそり教えてくれたことなのだけれど――若い挑戦者が音を上げる少し前、閣下の斧は、心持ち速くなっていたそうだ。「奥方様がご覧になっておいででしたので」と、老従士は真顔で言った。

 

 五十三歳の見栄というものは、薪の割れる速さに出るものらしい。

 

         ◇

 

 夜半、遠くの空が低く鳴った。

 

 雷である。

 

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