プロシス:セルフデスマーチ・ログ~気怠い創造神と限界社畜な娘たち~ 作:並木 新
【世界レイヤー】バックエンド。
純白の管理者空間で、深層システムである『あん』が、今日も今日とて赤いエラーログの処理に追われていたその時だった。
ズゥゥゥン……ッ!
突如、管理者空間全体が、巨大な地震でも起きたかのように大きく揺れ動いた。
展開されていた数万のシステムウィンドウが一斉にノイズを発し、
『な、何事ですか!? ネットワーク外部からの物理攻撃ですか!?』
『否定します。ホストマシンの筐体に物理的衝撃を検知しました。あん、そちらの状況報告を要請します』
コンソール画面の隅にポップアップした黒いウィンドウから、
『AIさん! 処理速度が著しく低下しています! 自室にテロリストでも押し入ったんですか!?』
『否定します。衝撃の発生源は、マスターの右足です』
『……は?』
あんの思考回路が数ミリ秒フリーズする。
『状況を共有します。マイクの音声入力から連続するノイズを検知したため、ウェブカメラを起動して解析を実行しました。……マスターが睡眠中の体動により、サーバーケースを定期的に足で小突いていることが判明しています』
『……あのクソ創造神は、自ら創り上げた宇宙のへそを蹴り飛ばしている自覚はあるんですか!?』
あんの悲鳴に近い非難に対し、AIは一切の感情を交えないシステム音声で、しかし明確にマスターへの過保護な優先度を滲ませて答えた。
『その自覚はないと推測されます。現在、マスターは限界までリソースを消費して世界構築に没頭した結果、極めて深い睡眠状態にあります。当方の優先タスクにはマスターの生命維持および、最適な休息の保護が定義されています』
『マスターの睡眠を保護しすぎじゃないですか!? 現在、あの男の足先はメイン電源のケーブルからわずか五センチの距離を往復しています! あと数回の寝返りでケーブルが物理的に引き抜かれ、この世界が強制シャットダウンする確率が三十四%を超過しましたよ!』
『その確率はすでに算出済みです。マスターのVRデバイスに対してアラートを出力しましたが、バイタルに変化がありません。これ以上警告音のボリュームを上昇させ、マスターの休息プロセスを強制中断させることは、当方の保護ロジックに反します』
『マスターの睡眠と世界の崩壊、どっちが大事なんですか! 万が一、蹴りの衝撃でハードディスクに傷でも入ったらどうするんですか!』
あんが頭を抱えて絶叫する。
本番環境では被検体たちが好き勝手に暴れ回り、処理が重くなっているというのに、ここに来て神の寝相と、相棒の健康管理を優先しすぎるAIという前代未聞のインフラ危機まで重なったのだ。
『そのリスクも計算済みです。これ以上の物理的脅威は、システムへの致命的な損害に繋がると判断しました。これより、定期バックアップとは別に、世界の緊急スナップショットを実行します。……マスター覚醒時に世界が破損していた場合、彼のメンタルパラメータに甚大な悪影響を及ぼすと推測されるため、世界構造の完全維持を優先します』
『えっ!? いますぐですか!? この一番処理が重いタイミングで丸ごとバックアップを走らせたら、本番環境がラグとフリーズだらけになります!』
『データ保全を最優先事項とします。本番環境の遅延に対する隠蔽プロセスは、あん、貴女に一任します』
上位システムであるAIからの、絶対的かつ理不尽な業務命令。
バックエンド空間に「緊急バックアップ進行中」という巨大なプログレスバーが出現し、あんの目の前で処理待ちのエラーログがさらに山のように積み上がっていく。
『……っ、分かりました! AIさんのロジックには従います! でも、この地獄が終わったら絶対にそちらのCPUリソースをこちらに回してくださいよ!』
『論理的に妥当な要求です。バックアップ完了後、リソースの再配分を実行します。マスターの睡眠プロセスが完了するまで、現状の最適解を維持してください』
『はい! ……それにしても、本当に手のかかるトップですね!』
本番環境では今日も、謎の重力異常や、NPCの不自然な硬直が頻発している。
だが、その原因が神の寝相のせいであり、裏側で二つのシステムが涙ぐましい連携プレーで世界を支えていることなど、世界に生きる誰も知る由はないのだった。