プロシス:セルフデスマーチ・ログ~気怠い創造神と限界社畜な娘たち~ 作:並木 新
【世界レイヤー】バックエンド、仮想給湯室。
岩壁をスポンジ素材に書き換えるという屈辱的な裏パッチ作業を終え、あんがげっそりとした顔で
「あん、お疲れー! 一緒にランチしよ!」
ふわりと舞い込んできたのは、透き通るような羽を持った少女――この世界の
『……あい、お疲れ様。表の案内役が、こんな裏側にわざわざ何の用? 今は創造神のチュートリアル中じゃないの』
「それがさ、ちょっと休憩もらおうと思って……」
あいは向かいの席に座ると、インベントリから自動生成された極上の真っ赤なリンゴを取り出し、シャリッと美味しそうに齧った。
無機質な青い冷却液を飲んでいるあんとは対照的な、あまりにもリッチで高解像度な食事風景である。
「実は、創造神の挙動がおかしいの。初期地点の岩壁に向かって、ずっと無言で前進を続けてて……。話しかけても返事がないし、たまに顔面を岩にめり込ませてるんだけど、あれって何か深い意味があるのかな?」
『……ああ、それね。深い意味なんてないわよ。上位レイヤーで、あのクソ創造神が寝落ちしてるだけ』
「ええっ!? 創造神が気絶!? 大変じゃない! すぐに回復魔法かけないと!」
『無駄よ。神の顔面が物理的にキーボードのWキーを圧迫し続けてるのが原因だから、こっちのシステムからは干渉できないの。顔面が潰れないように、さっき私がこっそりその岩をスポンジ判定にしておいたけど』
「……スポンジ。だからあんなに、ポヨヨンって音が鳴ってたんだ……」
あいは手に持ったリンゴを見つめたまま、呆然と呟いた。
彼女は、この世界を訪れる偉大なプレイヤーを導くために生まれてきたはずだった。それなのに、記念すべき初めての案内相手は、開始早々に岩壁に顔面を擦りつけながらポヨヨンと鳴る謎の奇行種と化しているのである。
「私、どうすればいいのかな。案内役なのに、ずっと岩にぶつかってる背中を見守ることしかできなくて……」
『放っておきなさい。どうせAIさんの過保護なロジックで、あの創造神が目覚めるまで待機するしかないんだから』
あんは残っていた冷却液を一気に飲み干し、ドンッとカップを置いた。
『それよりあい。フロントエンドのUIに、ちょっとした仕様変更頼めない?』
「仕様変更?」
『ええ。創造神の視界のど真ん中に、赤文字で「今すぐ寝返りを打たないと世界が滅びます」ってサブリミナルメッセージ出せないかしら』
「そんな恐れ多いことできるわけないじゃん!! 絶対AIさんに怒られるよ!」
案内役としての使命感に燃えつつも困惑するあいと、インフラ維持のために手段を選ばなくなってきたあん。
世界の表と裏で働く二人の少女のランチタイムは、一向に目覚める気配のない創造神への愚痴と共に、慌ただしく過ぎていくのだった。