理想郷でぬくぬく生活〜将来安泰の快適ライフ〜 作:新紀元史
「ねえ、早くしないと限定スイーツが売り切れちゃうよ!」
「そうだぞ、アルト!モタモタしてると、エミリに全部食われちまう!」
エミリやルカスに急かされるように、アルトは華やかに飾り立てられたメインストリートを進んでいた。
頭上ではいつもの青空の向こうの天蓋が華やかな金色に瞬き青空との見事なコントラストを織り成し、街路樹やプラントの配管には、この恩寵祭だけの装飾であるホログラムの花びらがふわりと舞い散っている。
今日は、この都市アウレア・クナブラの全市民が心待ちにする年に一度の祝祭「聖域の恩寵祭」の日だ。
室温二十二度の快適な空気はそのままに、街中が甘い香りと人々の賑やかなざわめきに包まれている。
「そんなに急がなくても、在庫はあるって!」
アルトはやれやれといった風に肩をすくめながら歩くが、その足取りは明らかに弾んでいた。
隣を歩くエミリは、屋台の並ぶ景色に目を輝かせながら、
「だって、今日だけのスペシャルタルトなんだよ? 売り切れたら絶対後悔するもん!」
とクルリと振り返って笑った。
辺りを見回すと私服に身を包んだクラスメイトたちがグループごとに屋台のスイーツを頬張り、
「今年の特等席はどこだ」
「夜の花火ホログラムが楽しみだな」
と他愛のない会話を弾ませている。
学生たちは勉強のプレッシャーも今日のところはどこかへ追いやり、誰もが街の恩寵に感謝し、心から日常のイベントを謳歌していた。
大聖堂のふもとに組まれたひときわ大きな特設ステージの周りでは、聖歌隊が聖域の恩寵を讃える神聖な賛美歌を柔らかく歌い上げている。
「ねえ2人とも!せっかくだしあそこのモニュメントの前で写真撮ろうよ!」
「もうすぐ適性審判があるし、次はいつ会えるかわからないからさ!」
そうエミリが指すのは、大昔にこの都市を守ったとされる英雄達のモニュメントだ。
エミリに促されるまま、アルトはルカスの反対側―エミリを2人で挟む位置―に並び、カメラのレンズに向かって自然な笑顔を向けた。パシャリと鳴り響く電子音とともに、青春のワンシーンが鮮やかな思い出として切り取られていく。
「わあ、すごく綺麗に撮れてる!」
エミリが嬉しそうに画面を覗き込み、ルカスが
「お、俺のカメラワーク完璧じゃん」
と胸を張る。
その温かな笑い声の輪の中で、アルトは皆と並んで穏やかに微笑み、誰もが疑わない平和な祝祭の時間を過ごしていた。
恩寵祭の特集番組
ドームの天井が夜間モードへと切り替わった頃。
街中のリビングルームやパブリックビューイングの大型モニターには、一斉に「聖域の恩寵祭・特別記念番組」の生中継が映し出されていた。
画面の向こうでは、洗練されたスーツに身を包んだキャスターが、満面の笑みでカメラに向かって語りかけている。
『市民の皆様、穏やかで美しい聖域の恩寵祭、存分にお楽しみのことと思います。
本日は、私たちに変わらぬ平穏と快適な環境をもたらしてくださる管理システム、そして大聖堂のたゆまぬ歩みに感謝を捧げる特別な一日です』
画面が切り替わり、幾何学的な美しさを誇る都市の心臓部や、完璧に管理されたプラントの空撮映像が流れていく。アナウンサーの穏やかで心地よい声が、祝祭の余韻に浸る街に響き渡る。
『室温二十二度、揺らぐことのない気候。飢えも、争いも、不条理も、不安も存在しないこのアウレア・クナブラは、世界で最も完成された調和の楽園です。
私たちが今日こうして笑顔で美味しいスイーツを味わい、仲間と語らい合えるのは、すべて大聖堂と300年前に忌まわしき霧から都市を守り抜いた英雄達の加護が守ってくれているおかげなのです』
映像は、昼間にアルトたちが訪れた英雄を讃えるモニュメントや、笑顔でパレードを見上げる市民たちの楽しげなインタビューへと移っていく。
「毎年、こうして何事もなく平和に暮らせて本当に幸せです」
「英雄達に心からの感謝を!」
インタビューに答える人々の顔には、微塵の曇りもなく、純粋な安らぎと充足感が満ちていた。
『明日からもまた、変わらない日常が始まります。ですが、今日という特別な日に私たちが分かち合った温もりと感謝の気持ちは、きっとこの美しい街の未来を、さらに永遠に近いものにしてくれるでしょう』
モニターの画面がエンディングの優美なシンボルマークへと切り替わり、心地よい音楽がフェードアウトしていく。
人々は「今年もいいお祭りだったね」と画面に向かって微笑み、満ち足りた気持ちのまま、穏やかに1日を終えるのだった。