バンタンランジャン•フランケーン─表象モンスターとその弱点。彼らの日々は激務で埋まる─ 作:御幸己 ねぎみそ
血の香りが鼻から離れない。
肉の艶めきが未だ目の奥に光を落としている。
肉体の重さを、温かさを、気色の悪さを、僕は人より詳しく知っている。
僕は武器を握る事が嫌いだ。手に取った時の、手のひらに沈むその重量がずっと気障りだった。傷つける事だけを曇りなく考えた、その性質が嫌だった。
何よりも、肉が潰れる音を、血が飛び散る様子を、骨を砕く感触を、脳にまとわるようにして思い出させてくる所が、不愉快だ。
この仕事が大嫌いだ。傷つく事を、傷つける事を強いられるのが、たまらなく嫌だ。穏やかな時間も、快適な睡眠も───家族と会う権利も与えられず。労働と命を盤上に乗せられた事による心の摩耗ばかりが進行していく。長年奪ってきた自由を、大金で賄ったつもりでいる点も腹立たしい。
じゃあ、貴方はどうだ?僕にとっての貴方は何だ?
不幸の全てを僕に課した───貴方は。
ツナグは自身の数メートル先に立つ彼女の足先を、長い間視界に入れっぱなしにしていた。少しづつ、頭を上に傾けていくと、所々破れた服とベッタリとついた返り血が見えてくる。彼女が切り抜けた戦いの断片が目に入ってきて、頭の中に貼り付く。
そして、途方もなく感じる時間をかけて、ついにツナグとバンタンは視線を交わした。
軽やかな音をした爆風が背後の壁をたたき壊し、瓦礫と色とりどりの炎の曲線を足元に贈ってくる。直後、濁りない烈火の赤が後ろから景色を己の色に染め上げ、とてつもない熱の一片が後頭部にかかった。
聞くに耐えない、ノイズがかかったような咆哮の大合唱が右の方から大気を揺らしだし、合間の哄笑が衰え知らずに踊っている。
階下から染み出すリズミカルな音楽。獣の咆哮がそれを斬り裂き、更に破壊音が混じって律動が混迷な物となっていく。
校舎が、日常の背景が、戦火に包まれ地獄絵図を呈する。夜闇に重なるのは鮮血と悲鳴。月光が照らすのはそれに劣らぬ炎の輝きと死に物狂いの生物の表情。
何が起こっているのか、どこでどのような戦いが為されているのか。この場で全てを預かり知る事は叶わない。
ただ、音だけが、戦いの凄烈さを絶え間なく示してくる。
しかしツナグを、バンタンを、取り巻く空間は静寂で満ちていた。音が聞こえないわけではない。激化する戦いは隈無く周囲にその事を伝えている。
ただ、彼ら2人の間にある空気感は、静かとしか形容できない程に、重く痛く、未完成であった。
何かを待つように紡がれていく時間。遅いようで目まぐるしい、動いているようで留まっている、動きのないやり取りが続く。
───それを破ったのは、ツナグの一言。
「こんばんわ、バンタン」