バンタンランジャン•フランケーン─表象モンスターとその弱点。彼らの日々は激務で埋まる─ 作:御幸己 ねぎみそ
「逃げろって言ったって……………どうやってどうやってぇ!!?」
激化の一途を辿る【座敷童子】の猛攻をいなしながら、バンタンは嘆く。といっても逃げる手段が何もないというわけではない。
バンタンはこういう緊急時への備えとして、普段から自室に自身の内臓の一部を留守番させている。そこに向かって戻る力を使用すれば下準備なしでも高速移動で離脱することができるのだが…………………問題なのは〝戻る力は距離が離れているほど強力になる〟という事。
それを始めて使ったのは、或いは最後に使用したのは、いつぞやの自爆テロ事件の対処に当たった時のこと。【フランケン】の活躍で何とか犯人を出し抜き拘束できたものの、犯人がいきなり【何が何でも自爆をするモンスター】に化け自らの肉体を爆弾に変え出し、占拠していたビルを吹っ飛ばすという、その始末の負えなさはよく覚えている。
あの喜悦にまみれた表情、モンスターが自爆せんと点滅を始めだしたあの瞬間は多分この先一生忘れないだろう。
モンスターを人質から遠ざけた後、次の瞬間にでも爆裂しそうな奴から逃れる為に、ツナグを抱きしめ頭を守りながらバンタンは自室の内臓目掛け戻るその力を使った。
犯人の抱いた望みは凶悪過ぎた。残念だが死者は【何が何でも自爆するモンスター】を除いて4名も出てしまった。ただ、本当に遺族に対して申し訳なく思うが、見ず知らずの4人の人間が他人によって殺されたことよりも、自身の力で
仮に取れてしまったのが腕でなく頭だったら?そう思うと怖くて怖くて、仕方がなくなる。もっとも本当に怖がっているのは、万が一があればそのリスクを背負わなければいけないツナグ自身だろう。
とにかく強引に脱出する方法は極力ナシだ。攻撃は家に入ってすぐのお出迎えとは比にならない苛烈さになっている。想定外が起こることなどゆうに想定できる事だ。
しかし、攻撃の密度は中々衰えない。
手数の多さだけで言うならば今まで戦ってきた相手の中でも随一。だが【フランケン】は、
どちらかが崩れでもしない限り、まだまだこの波濤を耐久し切る事ができる。
バンタンはそう確信しながら、それを立証するように襲いかかってくる物を次々と捌いているその矢先のこと。
「む……………?」
バンタンの二の腕の上をボヨンと跳ね、背後に過ぎ去っていく銀色の光が不思議と気になり、後ろを向く。
その光は金属が持つ性質的な反射光。薄く平らに広がるそれはささやかな傾斜がついていて、光はその形状をなぞるように流れていく。
「……………刃物ォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!」
刃物がきた。それが自分を襲った。その事実に抗えぬ恐怖が沸き上がり、悲鳴を上げ泣きながらその場にうずくまる。
【座敷童子】の攻撃をここまでほぼ被弾なしで済んだのは、バンタンの高い身体能力、練り上げられた体術、熟達した能力の運用あってこそ。逆に言えばその高い実力を持ってしててもノーダメージは難しい。
動きを完全に止めてしまったら、圧倒的な物量に一瞬の内に飲まれてしまうのも当然だ。
「バンタン!!
突っ込んできた【座敷童子】のPCを試しに〝解体〟してバラバラにしてみた所、しつこく突貫をして食い下がる、その動きが嘘のように止んだ。続けて飛んでくるスプーンを捕まえて曲げてみれば、それもまた勢いが落ち着き、本来の形が変わってしまうと操作がおぼつかなるという予想を確信に変えた。
すぐさまその情報をバンタンに共有。そして一緒にこの後の動きを勘案しようと思ったその直後。いつの間にかボロボロになっていたバンタンが、床に現れた扉に吸い込まれていくのを目撃した。
「ちょッッ!?バンタぁン!!?」
明らかに家中の物が総出でかかってきているだろう攻撃量を前にして、薄々恐れていたバンタンが刃物の登場で動揺し脱落する事態を前に、ツナグは思わず足を止めてしまう。
しかし、幸運な事に……………いや、不幸が始まる前の気持ち程度の帳尻合わせのように、【座敷童子】は攻めの手を止めた。そしてツナグを取り囲むように浮遊する物がはけていき
「わた………しの………………ぴぃし…………………」
CPU、グラボ、ケース………………パーツごとにバラバラにされツナグの足元に散乱する自分の、自作PCを呆然と見つめていた。
「…………………………………」
今まで見てきた
そしてお互い黙り込む時間が数秒………………分と勘違いしてしまう程に重い僅かな時間を経て、最初に口を開いたのはラブイエ•ハックアロー
「おとうさんと、おかあさんと……………ぱぁつ、かいにいって……………みんなで、いちにちかけて、くみたてた…………………総額2500オル最大FPS240メモリ16GBストレージ500GB〝DARK CADAVER〟〝さつじんびより〟〝真紅とピンクの虐殺舞踏〟各種限定ステッカー飾り付けた……………わたしの、ぴぃし………………」
今にも泣きそうなボソボソとした声で喋るラブイエは、長い髪の隙間から頼りない視線を通し、その穂先は微動だにしない。
ツナグは異常に重い唇を広げ、ラブイエに優しく話しかける。
「だ、大丈夫ですよ………!!お願いしなくとも事が終われば、壊れたものは修道女さん達に直してもらえますし!!それにほら…………!!パーツの皆さんが這い寄るように集まり、自ら組み立て直そうと頑張っていますよ!!とてもかわいらしいです!!」
できるだけ晴れやかな笑顔で、ツナグはラブイエの機 嫌を損ねぬよう精一杯、腹の中で縮こまる感情を抑え話す。
PCの残骸に向けられていた視線が持ち上がり、ツナグに差した。
最初のその目はPCに向けたもののまま、気力の感じられない緩みきった瞳。それは時間と共に据わったものへと変わっていき、徐々に怒りが、憎しみが募り殺意を携え始める。
その感情が肩にまで現れ震えだし、そして───
「ゆ"る"さ"な"い"ッッッッッッッッ!!!!!!」
「……………………………………はぁ…………」
怒りのボルテージが最高潮に達した【座敷童子】は大げさに腕を振り回し、自宅の物を波のように操りツナグ目掛けてぶち込む。
こちらへの加害的な意識がより鋭く変わっただけで、威力や能力の規模感は変わっていない。問題はバンタンが地下深くに消え、そして【座敷童子】のヘイトがツナグに集中しているという事。2人で処理していたタスクを1人が対処する………………本当に最悪の事態になってしまった。
メイスと拳銃だけで捌ける物量じゃない。化質の消耗が不安になるが、ここからは〝解体〟を多用して立ち回る。
バンタンの左手には上腕を握ってもらい、ツナグは左手の手袋も外した。メイスを口に加え、空手になって物の波から逃げる。
背骨を叩き割らんと突っ込む物の大回遊。加えて進路を塞ぐように降りてくる部屋の数々。
素の速度は勝っているが、部屋が邪魔でトップスピードを維持できない。失速したところに物が追いついてきてしまう。
ただ、ツナグの姿を捉えるのは小さな物ばかりだ。部屋の樹立はこちらに減速を強いてくる厄介な攻撃、だが大きな物が通りづらいせいで物を操る攻撃の密度が薄まってしまっている。ツナグが通り過ぎた部屋を次々に消していけばいい話だが、流石に処理能力が追いついていないのだろう。
───今後の動きを立案した。ツナグは逃げながら大きく回り込むようにして、【座敷童子】の元に向かう。ツナグを追いかけるように、部屋の林も曲がるように生えていき、その合間を小物が抜けていく。
相手は空間を広げられるのだ、真っ直ぐ逃げても出口にたどり着ける保証がない。流石に無尽蔵に拡張できるわけではない筈だが、こちらの体力が尽きる方が早いだろう。
一旦離脱したいというのが本音だが、本体を叩く動きをせざるを得ない。
小物の群れをいなしながら、部屋の林を駆け抜ける。捌き、走り、弾いて、跳ねて、BOMBも併用し何とか耐え抜く。
そうして逃げながら機を待っていたその時、視界が開けた。
目線の先には
部屋の林を通れない大きな家具による先回りだ。
「アア"ッッッッ!!!」
勝ち誇ったように笑う【座敷童子】は唸り声を出しながら腕を振り下ろし、家具による盛大な物量攻撃を放つ。更に、背後からはツナグと同じく部屋の林を抜けた小物が迫り、挟撃の配置を取られる。
回り込むような動きはツナグを追い込む一手に利用された。
最適にも思える【座敷童子】の一手、しかしその動きはツナグの術中にある。
ツナグが解体したパーツは解体する前の運動エネルギーを引き継ぐ。だからこちらに向かってくる物を解体し回避をはかっても、バラバラになったパーツの隙間がツナグが通れる大きさでなければ意味をなさない。
だから突っ切るにはこういう大きい物の群集の方は都合がいい。
一般車道でも見合わない速度で走り抜けるツナグの背後に、あらゆる家具がバラバラになって残されていく。次々に重く大きい家具を触れ、その威力を空回らせる。
追いかけてくる小物も解体した家具の残骸に阻まれ満足な速度を出せない。
あっという間に家具の群れを半壊させたツナグはそれを一直線に抜け、懐の拳銃を取り出し【座敷童子】に照準を合わせる。
拳銃の残弾8発を続け様に発砲。【座敷童子】は銃を見るや否や即座に部屋を隆起させ遮蔽を作る。8発全て、
「フゥゥゥゥゥゥゥゥ…………!!フゥゥウッ…………!!!」
おかげで更に嫌な感じに機嫌を損ねさせてしまった。
コートからマガジンを取り出しながら拳銃に〝解体〟。空っぽになった残弾を吐き出させ、即座に取り出したマガジンを入れリロードする。
ツナグならではの倍速装填だが、それでも家具の残骸を抜けた食器の小隊が狙いをつける時間はある。
ツナグは装填したての拳銃をそこに向ける───
その瞬間、銃口のはるか先のフォークやスプーンが、一瞬の内に眼前に現れた。
「!?」
食器の散弾がツナグの腹に突き刺さる。食器の先とロングコートとで鈍い金属音を奏で、食器は更に先をゆかんとグリグリと回転。ツナグはすぐに自身に〝解体〟をかけ、刺さった食器を外しつつ飛び退いて離脱する。
瞬間移動……………いや空間の切り取りか。不意にもらってしまったが、出血もダメージもない。始めてやる技だからか助走のついていない初速だけの威力であった。
ただ今のそれを凌げたというだけで、タイミングを大幅にずらされるこの攻撃は驚異だ。使いこなされる前に決めなければいけない。
「コろス…………ッ!!こロス…………ッ!!」
【座敷童子】は物騒な殺害宣言をこぼしながら、とりどりの物たちをツナグから距離をとって囲ませる。
全方位攻撃による圧殺……………恐らく先ほどの空間切り取りによるタイミングずらしも併用してくるだろう。
くわえていたメイスを手に取るが、流石に一瞬の内に距離を詰めてくる攻撃をメイスを振って弾くのは難しい。動きを止めるならもっと最小限の動作でなければならない。
ツナグはクレイボックスに手を当て、BOMBを創造。指で挟んで高く上げ、集中。
ツナグを囲む物が動き始める。加速し、加速し……………そしてツナグの目と鼻の先に現れる。
その刹那の空間変動に、反射で反応。指先でBOMBを砕いて内包する気体を解放させる。化質を乱す眩い光がツナグを包み込む分厚い物の壁を押しのけていく。
そして動きが止まっている内にメイスを一閃。こじ開けた道を走り【座敷童子】の方へ───
足元から突き上げるように登ってくる殺意の塊。今度は上からでなく下からの部屋の生成だ。
体勢を崩してそのまま転んでしまわぬように、スライディングで持ち上がる床を通過。つむじと天井が逢瀬を果たす前に滑り抜ける。
そして宙に放り出されたツナグに追い打ちのように、今度は上から部屋を落として叩きつけてくる。
足場もなしに回避は難しい。ツナグは瞬時にメイスでぶち抜いて部屋の中に入り、ダメージを抑えた。BOMBの爆風から復帰したのか、そもそも被弾してなかったのかは定かでないが、【座敷童子】の操る家具や小物がツナグを飲み込んだ部屋の入口に向けて特攻してくる。
それを察知したツナグは扉に掌底を決めつつ〝解体〟。吹っ飛んだ扉が前の物を押しのけていき、そしてその隙にツナグは部屋を脱出。
「ハァ……………ハァッ……………!!」
ラブイエの呼吸が荒々しくなっていく。
感情の昂りは人を疲労に近づける。更には目覚めたての異能をこれほどまでに強引に振るっているのだ。体力が尽きそうになるのも当然のこと。
あれ程殺意に満ちた、破竹の勢いの攻撃も落ち込んできている。速度と威力も少し緩み、物にこもった化質もガタガタなのか、脆くなっている。
1つずつ真っすぐと飛びかかってくる【座敷童子】の操る物の攻撃を捌いていく。ただ弾くだけでなく、的確に次々にぶっ壊して無力化。物量をかけても、ツナグの歩を鈍化させるには不十分だ。
そして【座敷童子】との距離がようやく縮まってきた。
「…………ッッッ!!!!」
フラフラになった【座敷童子】が手を掲げる。恐らくは空間拡張で距離を取る算段。ツナグも疲れがないわけじゃない、ダラダラ戦い続けていては些細な攻撃でいずれ躓く。物理的に距離を取る判断は正解だ。
──すぐさまツナグは銃を取り出し【座敷童子】にその銃口を向けた。
「ッ!!?グッ…………!!」
【座敷童子】は慌てて遮蔽として部屋を召喚。そしてツナグはそれと同時に銃を降ろし加速。彼女にも処理能力の限界がある。空間拡張に裂くリソースを奪い、更に接近。
「ア”ア"ア"ッッッ…………!!!」
ツナグの背後から乱雑に投げ出された大量の物が飛んでくる。ツナグは後ろを向きながら発砲。無理矢理、ツナグに追いつく程のスピードで動かしたからか、より脆くなっていてかえって対象に易い。弾丸掠めた物達が、次々にプリンでも潰すかのように粉々になっていく。
───取り逃がした小さい小物が迫る。斜めに首めがけ飛んでくるそれを横目で捉えながら、ツナグはメイスを一振り───
拳銃を投げ捨て、空いた手でそれを掴みとった。
「ッッ!!!」
威力が落ちているといっても無理な体勢で簡単に捕まえられる程軽くもない。
それは指圧から抜けだそうと暴れ、ツナグを押して吹き飛ばす。ツナグは【座敷童子】から距離を離されようとも、それを決して離すことなかった。一心に、ひたむきに、制御を奪うべく化質を込め続けた───
そして生き物のように蠢くそれの動きがおさまってきたその時。ツナグの背中に何かが当たり、そして消え、全身が浮遊感に包まれた。
生み出した部屋の扉に背中を押しつけられたのだ、そして体重をかけさせたところで扉を開いて、床をくり抜いてできた真っ黒の床へとツナグを招き入れた。
「くッ……………!!」
下を見れば先の見えぬ真っ暗闇。1秒とたたずにツナグはこれからこの気味の悪い廊下を、これでもかという速度で走り抜ける事になる。生き延びれる、と断言するには落ちた体勢が悪すぎる。
穴の中心まで押されているからメイスを振っても届かない。クレイで足場を作る?銃の反動を利用して壁までたどり着く?
手にしてる、既に【座敷童子】の支配下から外れたそれを、叩き壊さなかった事を後悔しながら、ツナグはこの場から生還する方法を思案する。
「ツナグぅ〜!!ホントにごめんごめぇぇぇぇぇぇぇぇぇん!!!」
目前に迫る死の気配をかき消したのは、慣れ親しんだ声と香りと肉の感触。ツナグが歩むはずだった廊下の道のりを凄まじい勢いで逆走する少女、バンタン•ランジャンに抱きかかえられ、ツナグは地の底への旅路から離脱を果たした。
「はい………………ツナグさん。心よりお詫びお詫び……………おケガはないない…………?」
「……………………………」
仕事中は割と常に機嫌悪そうな顔をしているツナグだが、今はよりいっそうご機嫌斜めだ。バンタンは「アタシの分のチョコチップクッキーあげるよあげるよ〜!!」みたいなジョークを思いついたが、微妙におもんないし多分逆効果くさいしでやめた。
「ハァ………ハァ…………ッ………ゴホッ!!ゴホッ!!」
「わっ
「ぅ………………ア”ア"ッッ!!」
絞り出すような声を出す【座敷童子】は、同時に諸手を上げ、大掛かりな自宅の操作を始める。
それは空間全体の傾け。重力に対して直角に広がっていた床が、重力の方向に沿おうとばかりに角度をつけていく。
「わわっ!!」
揺れと共に急激に傾いた床で【フランケン】はバランスを崩し、滑り落ちていく。すぐにツナグはメイスの柄を床に突き刺し減速。バンタンもツナグの肩にのった左手に戻る力を使い、ツナグに捕まりつつ自身も床にへばりついてブレーキをかける。
しかし止まらない、急峻すぎる坂道の麓…………遠く見える小さな光に向かって滑り続ける
否、下の風景は迫り続けているが、メイスの引っ掻き傷はもう生まれておらず、どう見たって目の前の床が過ぎ去ってるようにも、メイスから抵抗力が伝わってきてる感じもしない。
つまり、【フランケン】は今止まっている。既に自分たちは落下を食い止める事に成功しているのだ。下の風景が近づいているのは、【座敷童子】が空間を切り取り、
窓に近づくにつれて下に落ちていくスピードが落ちていく。【フランケン】が怪我なく着地できるように、というわけではないだろう。何せ
「もう………………いい……………疲れた、うんざりだ。私を一人にさせろ…………一人で……………部屋にいたい…………もうイヤだ」
強気な口調なようでいて、悲しげで、どこか投げやりな言葉であった。戦闘中は意識してこなかったが、彼女の立ち姿は鬱屈とした精神を体現したかのような退廃的なもの。
ツナグの右手にある、ハックアロー家の幸せそうな家族写真で見せている笑顔とは到底似つかない、ボロボロで曇りきった顔つきであった。ラブイエはそんな目で、本来の床に立ちながら【フランケン】を見下ろしていた。
「一人になりたい……………何故彼女はそれを望みながら、自宅の窓や入口の扉を消失させるという単純なことをしないのでしょうか?」
「………ツナグ……?」
バンタンはこの場で考察を始めるツナグを怪訝な目で見る。対するツナグはそれを気にすることなく、自分の足元にある窓の風景を見つめながら続ける。
「この自ら窓から出ていくよう仕向けるやり方も妙です。僕らを地下深くに落としたように、外に繋がる壁に着地させ、そこを窓に変えて追い出す方が確実でしょう。疲れてるからこうしたにしても、ついでで一度くらい試みていいと思うんですが」
そしてツナグは下げた視点を舐めるように動かし、そして顔を上げ、窓のついた外壁に隣接する壁を交互に見る。
「窓の数が現実的です。小学生でも苦もなく数え切れる程度の数しかありません。というか、あんなに広かった空間の横幅が、いつの間にか常識的な大きさに変わっています」
確かに言われてみれば、奥行きは相変わらずとんでもなく広いが、それと比べると横幅は相当に狭くなっている。広げられる空間の総量には限度があり、縦に広げた空間のしわ寄せという考え方もできなくはないが、ツナグが上げていた幾つかの違和感を添えてみると別の答えが浮かび上がってくる。
「
この考察が正しいのであれば、
外壁を変化させれないという制限が、窓や扉の高さと合わない空間を作る事に違和感を与えさせたのだろう。まぁ横に空間を広げるにしても、【フランケン】から見て下には窓のついた外壁があるにも関わらず、それと隣接している壁は、内壁かつ手狭な空間になってる辺り、多分言葉で表すのが難しい奇妙な構造になってるっぽいのだが。そこは
「少し長々と話してしまいましたが。僕らに取って重要なのは、
「ま、待ってよ待ってよ!!」
すらすらと考察を進めるツナグにバンタンは待ったをかける。それも当然のこと
「ツナグ……………!!まだ戦う気なの…………!?アタシ達には撤退命令が出てるのに出てるのに…………!!こうして帰り道を用意してもらって誂向きなのに!?…………校長が言ってたように
チーム【フランケン】は既に撤退の指示を受けている。TOP5の一角を嵌める罠である可能性も拭いきれているわけでもなく、【座敷童子】を野放しにすることで周辺被害が広がる見込みもないからだ。確かにいずれは彼女を倒さねばならないが、それをするにしても校長の言うように
【フランケン】がここで危険を冒す、戦略的な意義がない。それはバンタンも、ツナグ自身も理解している事であった。
「…………如何なる人間でも、生み出す事物には穴があります。一人の人間による願いと叶える手段の形成物には必ずどこかに粗があり、つけ入る弱点となる」
静々とツナグが語りだしたのは、モンスターの基本原理。それは如何に強靭な存在でも、また弱小であろうとも、決して覆る事のない、この世界の絶対的なルール。
「このモンスターの願いは〝家にいる人間を追い出し、一人自室で過ごすこと〟です。これを瓦解する何かが
まず〝家に人間がいる〟ではないだろう。そうであるならば【フランケン】や【メドゥーサ】が家に侵入した時点で化質の減退、弱体化しているはずだ。ましてや【フランケン】は【座敷童子】の自室まで入って戦っているのだ、少なくともこの部分は願いの本質ではない。
それを導くにはこの願いに
「この先彼女は、
〝家を出る〟。|ラブイエの願いを根底から打ち崩すそれこそが、恐らく
「家にいるのは、ラブイエさんにとって幸せなことなんだと思います。外に出ろだなんて軽々しくいえません。攻撃を通して沢山の写真を見てきましたが、どの写真も家族と一緒に写ったもので、家で撮った写真が多かったです」
ツナグは一度は自らに襲いかかり、今はただの思い出の記録物と化した、ラブイエ含むハックアロー家の家族写真を最後に一度だけ見る。そして、ツナグは、その写真をクレイで優しく包んで窓の外に投げた。
「この家はラブイエさんの思い出そのものなのでしょう。………………だったら、ここが彼女を閉じ込める檻であっていいはずがないじゃないですか」
そう、ツナグは語りながら
「既に
事実、目覚めたての
今の
「……………バンタンがやめた方がいいと考えるなら諦めます。見過ごして僕の気分が悪くなるのが嫌だから提案したに過ぎませんし。僕らの身の安全を確保した方が恐らく世のためになります。………………外に出ますか?」
本心では、手遅れになる前に行動に移したいと考えているだろう。ただツナグは、そうすることが正しい決断であるとも思えていない。正しくないことをするのは嫌だ。言語化しきれない漠然とした深層心理を根拠として、ツナグは間違いを避けて生きている。
だからツナグは、決着のつきようもない本音と抵抗感のせめぎ合いの行く末を、
「………………じゃ、行こっか」
バンタンの決断に迷いはなかった。バンタンの言葉を聞いて、ツナグは窓の方へ歩み始める
「…………3人で3人で!!」
ツナグは窓の外へと投げ下ろされる心臓を見届けた。