バンタンランジャン•フランケーン─表象モンスターとその弱点。彼らの日々は激務で埋まる─ 作:御幸己 ねぎみそ
今日の天気は実に綺麗であった。空が青く雲もまばらで、太陽も一段と美しく輝いている。憂鬱でしかない日勤の日は、こういう些細な幸福を逃しがちだから嫌になる。
「えぐっ……………うぐっ……………ひんっ………………」
「も〜そんなに泣かないでいいのにいいのにラブイエちゃん!!ほらほらクッキー食べる食べる?」
「んぐっ……………いる……………」
予想通り、ラブイエの弱点は〝家を出ること〟であった。バンタンの能力で庭に引っ張り出されたラブイエの化質はみるみる内に減退。即死はないとはいえ念のため引き寄せは家の敷地内でやめたわけだが、それでも充分に化質を削れた。
多分彼女にとっての庭は〝弱点の延長線〟に該当する箇所なのだろう。討伐させるには至らないが弱体化させる事ができる、弱点の近縁………………
現在ラブイエは自宅のテラスで座り、濃厚な化質をゆっくりと剥がしている。モンスターの頭のおかしい言動は身に余る化質によるものなので、今のラブイエには戦闘時の過激な言葉遣いは見られない。
バンタンに背中をさすられ泣きじゃくりながら、クッキーをもしゃもしゃと食べ続けるこの姿が、ラブイエ•ハックアロー本来の姿だ。
「あっ!!バンタン先輩ツナグ先輩!!おつかれッス〜!!」
「おお〜フィルちゃ〜ん!!やはり息災
ハックアロー宅から複数の
フィリップ・サラグリルは現在16歳の【フランケン】より2歳下回る14歳の少女。年は離れているが彼女は【フランケン】と同じこのオリバーハイスクールの
自らの
こうして曲がりなりにも
「いやぁ…………出来損ないのお兄ちゃんがいると苦労しちゃうねしちゃうね〜」
「う〜ん………確かに大変ッスけど仕方ないッス!!兄弟は助け合いなので!!」
「フィルちゃんが助けてばかりだけどねばかりだけどぇ…………………」
とにかく人に迷惑をかけるで有名な
フィリップはひたすらに人がいい。抜けた才を持ちながらも謙虚で、誰に対しても明るく元気で、チーム【メドゥーサ】がモンスターチームの一つとして尊重されてるのは、フィリップの実力と人となりがが9割1分と言ったところだ。
フィリップの怪我の具合は問題なさそうだ。気がかりなのは、ラブイエの方だろう。
「し、したいが…………わがやで、しにんが……………あっあっあっ……………」
「大丈夫大丈夫!!ウィリアムは死体くらい何もできないだけで生きてる生きてる!!気にすんな気にすんな!!」
無断でコロニーに侵入したウィリアムはそこでギッタギタにされ、最終的に死体くらいグチャグチャの気絶した状態で家を出ることになった。
誰が悪いかで言えば間違いなくウィリアムなのだが………………レベル4を通り越し
「もう…………ほんとにやだ…………ずっと人にめいわくばっかかけて……………どうしてわたしはいつも……………」
ラブイエは弱々しく、また涙を流しながら呟く。あまり芳しくない精神状況だ。こうもネガティブな思考に陥ってしまうようだと、こちらが期待する弱点の改善が遠のいてしまうかもしれない。
多分それはバンタンも感じ取ったこと、だからか彼女は弱った様子のラブイエをすぐさま抱きしめた。
「迷惑なんて誰もがかけるもんだよ〜平気平気。アタシだってツナグに迷惑かけてばっかだしばっかだし………ほらぁ………さっきだって…………ね」
「…………なんのこと……………?」
戦闘中刃物に怯えて動きを止め、地下深くに落とされたアレの事だ。流石に申し訳ないと思ってるからか、バンタンは気まずそうに歯切れ悪くその件を引き合いにだす。
「ま〜
ラブイエを優しく慰めたバンタンは、今度は彼女に希望を持たせるような発言をする。
「とゆーか寧ろ
呼吸もままならない程泣いていた、ラブイエの感情の波が少しづつ収まっていく。ただ、バンタンが提案した道のりは決して平坦ではない。バンタンは、聞こえのいい言葉を吐くだけで自分の役目を終わらせない。
「勿論戦う経験を積むのは楽じゃないし、すぐには強くはなれないけど、体術も化質操作のコツも!!この超優秀モンスターのアタシが手取り足取り教えてあげる!!だってアタシはラブイエちゃんの先輩先輩!!一緒に頑張ろ頑張ろ!!」
ちゃんとラブイエに寄り添う。彼女が自分に自信が持てるよう、バンタンも頑張る。先輩として、ラブイエを知る一人の友人として、やれる限りの手伝いをする。バンタンの優しい笑顔につられるように、ラブイエのうっすらと笑みを浮かべた。
「…………ご存知でしょうが僕ら【フランケン】はとても多忙なので…………付きっきりで、というのは難しいでしょう」
「ちょいちょい水を差さんで差さんで…………」
「ですが、それでもできうる限り、貴方と………貴方の
「い、いえ!!わたし………頑張ります!!」
変にがっかりさせないようツナグは補足を入れつつ、
「ラブイエちゃんクッキーも1枚食べる食べる?」
「た、食べます………!!」
ラブイエも元気を取り戻してきた。バンタンが差し出したチョコチップクッキー(一応ツナグがポーカーで勝ち取ったものだが)をモリモリと食べている。
その好転を見計らったように、アラボネはため息をついてから声をあげる。
「全く…………最終的によい方向に向かったからいいものの、貴方達の指令無視は目に余りますよ」
「いや〜…………すみませんッス師匠〜……………」
「はい、すみませんもうしません」
仕事の場で師匠呼びするフィリップだったり、謝ってはいるが気持ちが入ってるように見えないツナグだったり、色々言いたいことはあるが1回釘を刺しておいただけだから今はいい。どうせ本格的な説教は後からする。
今重要なのはラブイエについての話。
「して、ラブイエ•ハックアローさん。貴方の〝
「【座敷童子】……………ですか……………」
「やはり〝日本〟のモンスターですか?」
「ええ、その筈です。【座敷童子】は表象登録されていませんし、勘違いでもないかと」
〝座敷童子〟。家や倉庫に住み着き、家人にいたずらしたり幸福をもたらすとされる日本のモンスター…………妖怪だ。
「ええ〜?ツナグ知らなかったの〜?半分日本人なのに〜!!クスクス〜」
「だから僕はただハーフなだけで日本のことなんか全然知らないんですって。行ったこともないんですから…………当たり前ですが」
ツナグはタメリカ人の父と日本人の母を持つハーフ。だが自身と日本との繋がりなんて血筋を除けば、顔がアジア系であることとか箸が達者に使えるとか、好物がおにぎりだとかそのくらいしかない。最早生きている中で半分忘れてる位、彼にとってどうでもいいことだ。
「ラブイエ•ハックアローさん…………〝座敷童子〟などというモンスターはここタメリカで生きていて、そうそう耳にするような名ではありません。どうして貴方はこの
いつもは無機質に情報や彼の中の常識を語るだけの口が、今は随分穏やかな声色で言葉を紡いでいる。ラブイエを怯えさせたくないのもそうだが、彼女が重要な情報を握っている可能性が高いというところが何より大きいだろう。
「……………〝日本の妖怪図鑑〟……………を見せられて……………」
場に緊張が走る。想定していたとはいえ、その考えたくもない事実には体を強張らせずにはいられない。
「…………毎日…………ご飯の時間に来て……………20日もそれを見せて…………〝君は座敷童子だ〟って…………ごちゃごちゃ……ごちゃごちゃ……………」
20日間……………戦闘中やたら不機嫌だったのも頷けるストレスのかけられ方だ。きっと怖かったのだろう、口止めでもされて誰にも頼れなかったのだろう、そう思わせてくる悲痛な口ぶりだった。
念のため、もう一押し確証が欲しい為、アラボネは再度優しく質問する
「心体的特徴は……………彼の格好に何か印象的な所はありませんでしたか……………?」
「………………………………………ハゲ」
「いやだなぁ愛しの奴隷ちゃん。我輩のこれはヘアースタイル………………ファッションさ」
軽薄に包摂された醜い傲慢。どこか気さくな振る舞いが脳みその内側を舐められるような嫌悪感を与えてくる。
派手な刺繍の施された和服をゆったりとひらめかせ、男はごくごく自然に笑顔を作っている。崩れた相好の横には十字のピアス。そしてそれらの上に位置する頭髪は一面覆滅の、きらめくスキンヘッド。
彼は〝魔王〟を名乗り、そしてそれを冠す者。
「【ぬらりひょん】………………!!」