バンタンランジャン•フランケーン─表象モンスターとその弱点。彼らの日々は激務で埋まる─   作:御幸己 ねぎみそ

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百の目と火葬

「家にこもりきりだと常識が不足しちゃうのだろうな……………やはり君は愛されてない。出会ったその瞬間から、君はずっとつらそうだったもんな…………でも大丈夫だよ、君には我輩がいる………愛してるよ、奴隷(ラブイエ)ちゃん」

 

 

 ラブイエの顔が一瞬にして青ざめていく。恐怖、厭悪、発汗に吐き気。肉体の隅々が、目前の【ぬらりひょん】への痛烈な拒絶反応を始める。

 

 

「大丈夫ッスかラブイエさん!!」

 

 

 【ぬらりひょん】の姿が遠ざかっている。アイツが距離を取ったんじゃない。ラブイエが距離を離されたのだ。ラブイエと【ぬらりひょん】との間には臨戦態勢の【フランケン】、アラボネが。

 

 更にラブイエの前に、高速でラブイエを抱きかかえ連れ出したフィリップが、トンファーを構えて立ち、【ぬらりひょん】との間を塞ぐ。

 

 

「ふむ…………そう急くなよ君達。我輩の奴隷になりたいというならば横じゃなく、縦に並びたまえ。全くタメリカ(この国)は順番を作る奥ゆかしさがない…………日本では順番を遵守する、実に愛のある文化があるんだよ?………もう一度言う、〝愛がある〟んだ……………!!そうした方がいいと思わないかい?」

 

「ねぇコイツ全発言がキモいキモいよぉー!!」

 

 

 武器を構え、歴然と敵意を向けられながらも、【ぬらりひょん】は余裕を崩さない。それでいて、あんまりにもキモい発言をし続けるものだから、バンタンも悲鳴に似たツッコミをしだす。

 

 事を構えている感じがしない。【ぬらりひょん】は今ここで決戦を始めるつもりはないのか?どちらにせよTOP5が揃い踏みするまで攻勢に出るつもりはないが───そもそもただフリムホーツ州を落としにきただけなら、態々20日も幼気な14歳の女の子の家に通うだなんてしないだろう。

 

 

……………………………………………

 

 

「貴方はもっと、悪人なりに大物な奴だと僕は思ってましたが……………………いやまさか、年端もいかない女の子の家に意味わかんない期間通ってモンスター(手駒)にしようとする……………すごく陰湿な事しだすとは…………驚きました」

 

 

 ツナグの表情は、あまりにも分かりやすい位程のドン引き。それ1色であった。憎まれることなど望む所なスタンスである【ぬらりひょん】も、ツナグの目線には異を唱えたいらしく───

 

 

「おいおい、我輩は〝魔王〟だぞ?世界征服の為にどこまでも貪欲で、どこまでも悪虐になれる。これはそんな我輩の悪行が一つさ……………我輩が悪いと思うならこれは〝熱心〟と表現すべきじゃないかな?」

 

 

 【ぬらりひょん】は飄々と笑いながら、ツナグに向けそう言った。

 

 

「いや、陰湿としか言いようがないですよ…………」

 

「そーだそーだ!!陰湿でキモイキモイ!!」

 

「どうして陰湿以外の言葉を欲してるんッスか!!気持ち悪い!!」

 

「自身の年齢の半分以下の年頃の少女に20日も粘着し、無理矢理モンスターに変えて悪の道を歩ませようとする…………呆れ返るほどに陰湿極まりません。貴方には羞恥心というものがないのですか?」

 

 

「クックック………………………そうかァ…………」

 

 

 一同に一斉に非難され、若干へこむ【ぬらりひょん】。やや気まずそうに目をそらす彼の、その隙を見逃さない。

 

 最初に前に出たのはアラボネ•バッツバック。腰から抜いた短刀2振りを、刹那の内に逆手で抜刀、踏み込みの勢いを乗せた斬撃。

 

 〝最速〟を証明する、【メッサーズスケルトン】の一撃が、薄ら笑いのハゲ野郎の胴めがけて飛翔する。

 

 

「【百目】」

 

 

 アラボネの一撃が、突如ぬらりひょんの前に現れた、黒いグチャグチャに呑まれる。

 

 

「んいぃぃいぁあああああー……………ぉおひぃあぁあああああああ」

 

 

 胡乱に舌を回し、異臭と異形を場に広げる黒い塊。それは、全身隅々に位置する、目玉の数々をギョロっと開いて、その深い深い腹の奥底から溢れてくるような、大きな声を上げた。

 

 

「おぉぉおおおお…………………くちぃ……………あ"っお"お"お"お"お"お"お"お"お"お"お!!!!」

 

 

 【ぬらりひょん】の胸元を隠す程度だったその大きさが、滅裂な言葉を操りながら巨大になっていく。

 

 その姿形はおおよそ人間と呼べるようなものではない、だが間違いなくその肉体は〝人間〟であった。

 

 雨上がりの砂場をほじくり返してできたような、歪でグチャグチャの黒の山。一面に広がる、百に達するだろう異様な数の目玉は、彼女の正体と名を現している。

 

 

「【百目】です………… ! 総員退避───退避ー!!」

 

 

 アラボネは黒にのめり込んだ自らの小刀を抜き取りながら、すぐさま後退。その残像を【百目】の大口が飲み込む。

 

 

「ごぉおおおおおおぉぉはああああああああああ……………うぅぅうううぅ〜」

 

 

 奇声を発しながら、【百目】は肉体のあちこちにある目玉を閉じていく。そして閉じてできた真っ黒なスペースが伸びていき、野太い触手が形作られ、触手の先に穴が空く。穴のなかには赤黒い液を被った白の残骸が散りばめられ、穴に落ちていったものを、原型を留めさせることなく粉々に砕く、そんな予感を周囲に散らしている。

 

 とどのつまり、【百目】は自らの肉体を、いくつもの〝口〟に変貌させた。

 

 

「ほぉぉおおおおえ"っお"お"お"お"お"っ…………おぃいひぃぃいいいいぃあ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"!!!」

 

 

 触手の多くは食い損ねたアラボネめがけて、忘れていないとばかりに【フランケン】、【メドゥーサ】、【座敷童子】(ラブイエ)にも飛びかかる。

 

 

「あぁ…………そうかそうだな最近は君に何も食べをさせてあげられてないっ!!………しまったな…………抜かってしまった!!こんなの愛してるだなんていえないぞっ!?ごめんね愛しい【百目】…………すぐにお腹いっぱいにしてあげるから……………待っててくれ」

 

 

 戯言が聞こえる、土が、家が、何もかもが崩れる轟音に気色の悪い声が混ざっている。居所は分からない。声から辿れない。

 

 

「他にもいるんだ。今か今かと奴隷になることを待ち望む……………哀れな子がッ!!」

 

 

 バンタンの目前の土に食いついた【百目】が、不意にずばっと切り開かれる。そこから飛び出してきたのは───【ぬらりひょん】。邪悪に笑うその男がバンタンに手を伸ばした───

 

 

 

「あなたいい度胸してるじゃない。私の目の前で私の親友(ともだち)に手を出そうとするなんて」

 

 

 バンタンの柔らかな腕を掴もうと伸ばした手が、春先の日差しを浴びた鉄棒を握るような、生温かく硬い感触を感じ取る。

 

───いや、それ以前に、【ぬらりひょん】は一つの引っかかりを覚えた。どうして今自分はだだっ広い庭に立ってるというのに、トイレットペーパーのような、やわな紙の感触がするんだ?

 

 

「加えてこの私に軽々しくボディタッチをするだなんて……………分かるかしら?──あなたの罪深さ」

 

 

 後ろに引いたマミィの腕が、ダンボールのガントレットを纏う。そして、火種もなく膨らんだ炎がダンボール全てに広がりだし───

 

 TOP5の一角【ミイラ男】の燃え上がるパンチが、辺りに熱気と炎光を散らして振るわれた。

 

 

 【ぬらりひょん】は咄嗟に【百目】の触角を3本呼び出し盾としたが、肉の黒も、その内側の白も、ダンボールが燃え尽きるよりも早く灰に変わる。減衰しながらも真っすぐと迫る拳が、【ぬらりひょん】の頬を打ち抜き、吹き飛ばす。

 

 

「…………あら?頬が赤くなってるわね。私からのスキンシップにドギマギしてしまってるのかしら……………存外、可愛いところあるのね黒幕(フィクサー)

 

 

 マミィの腕と炎が通過して、炎に巻かれて散り散りになっていく、その肉の持ち主───【百目】に熱と激痛が走る。

 

 

「あ"っあぁぁああああぁ…………あ"っづぃぃいいいいぃ」

 

 

 【ミイラ男】を強者たらしめるその火力は、【百目】の肉も容易く焼き切る。そしてその奥の【ぬらりひょん】に拳を届かせる程に、その威力は凄まじかった。それでいてマミィ自身を、その炎が焼いた痕跡は欠片もない、精緻極まるコントロール。

 

 マミィが余裕のある挑発を出すのも当然の、会心の一撃だ。

 

 

『ミイラ男現着。【ぬらりひょん】と【百目】に応対します』

 

「マミィ〜!!パイロ〜!!」

 

 

 最初に到着したチームは【ミイラ男】であった。ツナグとしてもTOP5全員集結は思い切った判断だったが、今のこの状況を見れば、それが如何に正しい決断であったのかを瞭然に示している。

 

 

「……………ふむ、妙な手応えだな。能力を使ったつもりなんだが……………まさか君は愛される事を望んでないのかい?随分変わってるんだね…………」

 

「心配しなくていいぞ【ぬらりひょん】(クソハゲ野郎)。こいつはもう自己愛だけで、既に充分過ぎる程に幸せなんだ。触れてやるな」

 

「君も気遣いしなくていいよ。そういうところもちゃんと愛おしく思ってるさ」

 

 

 【ぬらりひょん】は確かに触れたのに、〝ミイラ男〟(マミィ)を隷属させられなかった事実に少し困惑する。パイロの軽快なジョークでなんか納得したのか、【ぬらりひょん】は服についた土を払いながら立ち上がる。

 

 

「しかし、【ミイラ男】か………………どうせなら〝酒呑童子〟に会いたかったな。去年はうっかり見落としてしまったんだよ、彼の成長した姿をね」

 

 

 【ぬらりひょん】はそんなことを実にいけ好かない態度のまま言い放つ。ツナグは顔をしかめて────

 

 

「何、親戚面してるんですか…………!!」

 

「ハッハッハ!!人は歳を取ると子供が可愛くて可愛くて仕方なくなるんだよ。君も人を愛する心を持っていれば、いずれ共感できるさ」

 

 

 本当に、発言の全てが不愉快であった。

 

 彼は大勢の人間を死に追いやり、尊厳を冒瀆し、母国すらも滅茶苦茶な地獄に変えた…………掛け値なしの世界の敵だ。それでも尚、己を愛を尊ぶ者だと謳いだす。その隔たり過ぎた矛盾が、悪びれものしない面の皮の厚さが、腹の底をかき回すような嫌悪感を引き出してくる。

 

 【ぬらりひょん】はラブイエに視線を送る。そしてにっこりと微笑み話しかけた。

 

 

「ごめんね愛しい奴隷(ラブイエ)ちゃん……………どうやら君を連れて帰る事はできないようだ。そう寂しがる必要はない。近い内に君を迎えに行くと約束する…………そしたらちゃんと、君の事を愛してあげるからね」

 

「………………ッ!!」

 

 

 フィリップに庇われているラブイエは、【ぬらりひょん】の粘つく視線と発言を受け、刻み込まれた恐怖がフラッシュバック。今にも吐きそうな表情で震え始める。

 

 そして【ぬらりひょん】は一段落ついたように大きく息を吐き、空を仰ぐ。

 

 

「そろそろ行かないと。人を待たせるのは酷いことだもんな…………」

 

「───おいおいどこ見てんだ?どこに行くつもりなんだ、天国か?散々悪事(わるさ)かましといて今更死後とか憂いてたりすんのかクズ野郎」

 

 

 何食わぬ顔でその場を去ろうとする【ぬらりひょん】を、パイロは心の底から這い上がるような鬱憤を手に取って、それで煽る。そして目を伏せ手を少し上げながら───

 

 

「ま、とっとと罪を清算したいってんなら、こっちもやぶさかでもはないな。じゃあテンポよく行こう。まずは火葬だ」

 

 

 憎々しくパイロが言い捨てた瞬間、【ミイラ男】の業火が一帯を包む。即座に【ぬらりひょん】は【百目】を展開。襲いかかる炎をすんでの所で食い止めた。

 

 灰に変わる【百目】の肉体を補充しながら、【ぬらりひょん】は膨れ上がり波打つ【百目】の肉体を迫りくる【ミイラ男】にぶつけんと放つ。

 

 当然こんな攻撃で【ミイラ男】は崩せない。追加の紙を、空舞うティッシュペーパーの大群を呼び出し、炎の欠片にかけて向かえうった。

 【フランケン】とアラボネも後に続いている以上、【ミイラ男】今ここで殺すのは無理だろう。───しかし、対処させてるその間は間違いなく隙だ。【ぬらりひょん】はテラスからハックアロー宅に駆け込む。

 

そして───

 

 

「【座敷童子】」

 

 

 自らに退路を築くために、【ぬらりひょん】は自らの奴隷(ラブイエ)に最初の仕事を要求した。

 

 その一声と一瞥を受けた【座敷童子】(ラブイエ)は、白目を向き痙攣。立っていられないような脳へのショックを受けながらも、指示を完遂するという与えられた使命が、無理矢理彼女を立ち上がらせる。

 

 

 ハックアロー宅の内部が轟音を奏で変形していく。【ぬらりひょん】は構造の組み変わりに抵抗することなく、またたく間に家の奥へと消えた。

 

 間違いない。【座敷童子】(ラブイエ)は今、【ぬらりひょん】の指示を受けて逃走幇助を行っている。つまり、【座敷童子】(ラブイエ)は既に【ぬらりひょん】の奴隷(能力下)にあるということ。

 

 その不可解さに、ツナグの足が一瞬止まる。その減速とよそ見を、足止めとして残された【百目】は見逃さない。肉を束ねたワームのような大口が、ツナグを飲み込もうと迫る。

 

 

「あっぶね!!」

 

 

 ツナグに迫る【百目】を横合いから弾いたのはティッシュ箱、加えて炎、そしてパイロだ。

 

火炎を纏ったそのキックをモロに受けた【百目】の大口は、燃え上がりながら崩れ落ちる。

 

 

「───っ!!すみませ───」

 

「上に登れツナグ!!【百目】は【ミイラ男】(俺ら)だけでやれる!!」

 

 

 家の内部に入り込んだ【ぬらりひょん】だが、狙いが籠城でなく逃走である以上、どこかから出てくる事が自明の理。であれば経路は?安易に考えるなら壁のどこかからだが、周囲には討伐者(ハンター)が多数いる。殺すのはわけないだろうが、実力者が駆けつけるまでの時間稼ぎくらいの仕事はやり遂げてくれる。

 

 となれば脱出口は大きく分けて、2階か地下の2択。ただ家の中が無限に広がり滅茶苦茶に組みかわり続ける関係上、家に入って追うのは自殺行為。ならば、こちらが確実に追える上から出てくると信じ、先回りするのが合理的だ。

 

 

 ツナグとアラボネは【百目】の対処を【ミイラ男】に任せ、屋根に向かって跳躍。バンタンも右手を屋根に投げて登る。

 

 

 これは後日の検証で判明したことだが、【座敷童子】の空間拡張は地上2階のみならず、地下も同様外壁を越えて空間を作り出す事はできない。

 

 Oliver陣営の賭けは当たっていた。家の内部に入り込んだ【ぬらりひょん】は屋根へと向かい、飛行能力を持つ表象モンスター(自らの奴隷)での離脱を目論んでいた。

 

 ただ一つ誤算。というより、突発的に動いた状況故に考慮し損ねたことがあった。それはあらかじめ逃走経路を決めておき、用意を済ませていたということ。

 

 

「こっちは待ちくたびれとんねん。………あんたらも疲れてるんちゃうん?休んどき」

 

 

 屋根を掴んだバンタンの右手が庭に落とされる。全力で右手に向かって〝戻る力〟を使っていたバンタンは、落ちていく右手の動きを追って急降下し、地面に激突。

 

 空を飛ぶ敷き布団にその乗る女はそんなバンタンを見下ろしつつ、寝っ転がったまま───防御態勢をとるツナグとアラボネに手をかざす。

 

 

 【一反木綿】が放ったのは、ハリケーンの一片を切り出したかのような突風。ノイズの走ったその風は、ツナグとアラボネを安々と吹き飛ばした。

 

 

「また会おうじゃないか諸君。………我輩は誓おう。病める時も健やかなる時も、君等を愛し抜く〝魔王〟になってみせると。返事はいらない、君らの気持ちはよく分かってるから」

 

「あいっ!!ばぁああああああああああぃ!!!!!」

 

 

 2階から【一反木綿】の布団に飛び乗った【ぬらりひょん】は、ツナグらOliver陣営に誓いを立てる。それは的外れにしてはた迷惑な、悪事の宣言。

 

 

 【一反木綿】の布団が風に乗る。【ぬらりひょん】も【百目】の本体らしきグズグズの頭も、空を駆けて逃げおおせた。

 

 

 【フランケン】、【ミイラ男】、アラボネ率いる討伐者(ハンター)も、これ以上【ぬらりひょん】を追う術は持ち合わせていなかった。

 

 

 ───ある者は悔恨する。ある者は怒りを滾らせる。ある者は恐怖し、ある者は安堵した。

 

 

 そして大空の雄大さを全身で感じ、それへの愛に身をくべ始めたその者は、今から約2ヶ月後に開催される、〝第52次百鬼夜行〟への期待に胸を膨らませていた。

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