バンタンランジャン•フランケーン─表象モンスターとその弱点。彼らの日々は激務で埋まる─ 作:御幸己 ねぎみそ
「家にこもりきりだと常識が不足しちゃうのだろうな……………やはり君は愛されてない。出会ったその瞬間から、君はずっとつらそうだったもんな…………でも大丈夫だよ、君には我輩がいる………愛してるよ、
ラブイエの顔が一瞬にして青ざめていく。恐怖、厭悪、発汗に吐き気。肉体の隅々が、目前の【ぬらりひょん】への痛烈な拒絶反応を始める。
「大丈夫ッスかラブイエさん!!」
【ぬらりひょん】の姿が遠ざかっている。アイツが距離を取ったんじゃない。ラブイエが距離を離されたのだ。ラブイエと【ぬらりひょん】との間には臨戦態勢の【フランケン】、アラボネが。
更にラブイエの前に、高速でラブイエを抱きかかえ連れ出したフィリップが、トンファーを構えて立ち、【ぬらりひょん】との間を塞ぐ。
「ふむ…………そう急くなよ君達。我輩の奴隷になりたいというならば横じゃなく、縦に並びたまえ。全く
「ねぇコイツ全発言がキモいキモいよぉー!!」
武器を構え、歴然と敵意を向けられながらも、【ぬらりひょん】は余裕を崩さない。それでいて、あんまりにもキモい発言をし続けるものだから、バンタンも悲鳴に似たツッコミをしだす。
事を構えている感じがしない。【ぬらりひょん】は今ここで決戦を始めるつもりはないのか?どちらにせよTOP5が揃い踏みするまで攻勢に出るつもりはないが───そもそもただフリムホーツ州を落としにきただけなら、態々20日も幼気な14歳の女の子の家に通うだなんてしないだろう。
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「貴方はもっと、悪人なりに大物な奴だと僕は思ってましたが……………………いやまさか、年端もいかない女の子の家に意味わかんない期間通って
ツナグの表情は、あまりにも分かりやすい位程のドン引き。それ1色であった。憎まれることなど望む所なスタンスである【ぬらりひょん】も、ツナグの目線には異を唱えたいらしく───
「おいおい、我輩は〝魔王〟だぞ?世界征服の為にどこまでも貪欲で、どこまでも悪虐になれる。これはそんな我輩の悪行が一つさ……………我輩が悪いと思うならこれは〝熱心〟と表現すべきじゃないかな?」
【ぬらりひょん】は飄々と笑いながら、ツナグに向けそう言った。
「いや、陰湿としか言いようがないですよ…………」
「そーだそーだ!!陰湿でキモイキモイ!!」
「どうして陰湿以外の言葉を欲してるんッスか!!気持ち悪い!!」
「自身の年齢の半分以下の年頃の少女に20日も粘着し、無理矢理モンスターに変えて悪の道を歩ませようとする…………呆れ返るほどに陰湿極まりません。貴方には羞恥心というものがないのですか?」
「クックック………………………そうかァ…………」
一同に一斉に非難され、若干へこむ【ぬらりひょん】。やや気まずそうに目をそらす彼の、その隙を見逃さない。
最初に前に出たのはアラボネ•バッツバック。腰から抜いた短刀2振りを、刹那の内に逆手で抜刀、踏み込みの勢いを乗せた斬撃。
〝最速〟を証明する、【メッサーズスケルトン】の一撃が、薄ら笑いのハゲ野郎の胴めがけて飛翔する。
「【百目】」
アラボネの一撃が、突如ぬらりひょんの前に現れた、黒いグチャグチャに呑まれる。
「んいぃぃいぁあああああー……………ぉおひぃあぁあああああああ」
胡乱に舌を回し、異臭と異形を場に広げる黒い塊。それは、全身隅々に位置する、目玉の数々をギョロっと開いて、その深い深い腹の奥底から溢れてくるような、大きな声を上げた。
「おぉぉおおおお…………………くちぃ……………あ"っお"お"お"お"お"お"お"お"お"お"お!!!!」
【ぬらりひょん】の胸元を隠す程度だったその大きさが、滅裂な言葉を操りながら巨大になっていく。
その姿形はおおよそ人間と呼べるようなものではない、だが間違いなくその肉体は〝人間〟であった。
雨上がりの砂場をほじくり返してできたような、歪でグチャグチャの黒の山。一面に広がる、百に達するだろう異様な数の目玉は、彼女の正体と名を現している。
「【百目】です………… ! 総員退避───退避ー!!」
アラボネは黒にのめり込んだ自らの小刀を抜き取りながら、すぐさま後退。その残像を【百目】の大口が飲み込む。
「ごぉおおおおおおぉぉはああああああああああ……………うぅぅうううぅ〜」
奇声を発しながら、【百目】は肉体のあちこちにある目玉を閉じていく。そして閉じてできた真っ黒なスペースが伸びていき、野太い触手が形作られ、触手の先に穴が空く。穴のなかには赤黒い液を被った白の残骸が散りばめられ、穴に落ちていったものを、原型を留めさせることなく粉々に砕く、そんな予感を周囲に散らしている。
とどのつまり、【百目】は自らの肉体を、いくつもの〝口〟に変貌させた。
「ほぉぉおおおおえ"っお"お"お"お"お"っ…………おぃいひぃぃいいいいぃあ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"!!!」
触手の多くは食い損ねたアラボネめがけて、忘れていないとばかりに【フランケン】、【メドゥーサ】、
「あぁ…………そうかそうだな最近は君に何も食べをさせてあげられてないっ!!………しまったな…………抜かってしまった!!こんなの愛してるだなんていえないぞっ!?ごめんね愛しい【百目】…………すぐにお腹いっぱいにしてあげるから……………待っててくれ」
戯言が聞こえる、土が、家が、何もかもが崩れる轟音に気色の悪い声が混ざっている。居所は分からない。声から辿れない。
「他にもいるんだ。今か今かと奴隷になることを待ち望む……………哀れな子がッ!!」
バンタンの目前の土に食いついた【百目】が、不意にずばっと切り開かれる。そこから飛び出してきたのは───【ぬらりひょん】。邪悪に笑うその男がバンタンに手を伸ばした───
「あなたいい度胸してるじゃない。私の目の前で私の
バンタンの柔らかな腕を掴もうと伸ばした手が、春先の日差しを浴びた鉄棒を握るような、生温かく硬い感触を感じ取る。
───いや、それ以前に、【ぬらりひょん】は一つの引っかかりを覚えた。どうして今自分はだだっ広い庭に立ってるというのに、トイレットペーパーのような、やわな紙の感触がするんだ?
「加えてこの私に軽々しくボディタッチをするだなんて……………分かるかしら?──あなたの罪深さ」
後ろに引いたマミィの腕が、ダンボールのガントレットを纏う。そして、火種もなく膨らんだ炎がダンボール全てに広がりだし───
TOP5の一角【ミイラ男】の燃え上がるパンチが、辺りに熱気と炎光を散らして振るわれた。
【ぬらりひょん】は咄嗟に【百目】の触角を3本呼び出し盾としたが、肉の黒も、その内側の白も、ダンボールが燃え尽きるよりも早く灰に変わる。減衰しながらも真っすぐと迫る拳が、【ぬらりひょん】の頬を打ち抜き、吹き飛ばす。
「…………あら?頬が赤くなってるわね。私からのスキンシップにドギマギしてしまってるのかしら……………存外、可愛いところあるのね
マミィの腕と炎が通過して、炎に巻かれて散り散りになっていく、その肉の持ち主───【百目】に熱と激痛が走る。
「あ"っあぁぁああああぁ…………あ"っづぃぃいいいいぃ」
【ミイラ男】を強者たらしめるその火力は、【百目】の肉も容易く焼き切る。そしてその奥の【ぬらりひょん】に拳を届かせる程に、その威力は凄まじかった。それでいてマミィ自身を、その炎が焼いた痕跡は欠片もない、精緻極まるコントロール。
マミィが余裕のある挑発を出すのも当然の、会心の一撃だ。
『ミイラ男現着。【ぬらりひょん】と【百目】に応対します』
「マミィ〜!!パイロ〜!!」
最初に到着したチームは【ミイラ男】であった。ツナグとしてもTOP5全員集結は思い切った判断だったが、今のこの状況を見れば、それが如何に正しい決断であったのかを瞭然に示している。
「……………ふむ、妙な手応えだな。能力を使ったつもりなんだが……………まさか君は愛される事を望んでないのかい?随分変わってるんだね…………」
「心配しなくていいぞ
「君も気遣いしなくていいよ。そういうところもちゃんと愛おしく思ってるさ」
【ぬらりひょん】は確かに触れたのに、
「しかし、【ミイラ男】か………………どうせなら〝酒呑童子〟に会いたかったな。去年はうっかり見落としてしまったんだよ、彼の成長した姿をね」
【ぬらりひょん】はそんなことを実にいけ好かない態度のまま言い放つ。ツナグは顔をしかめて────
「何、親戚面してるんですか…………!!」
「ハッハッハ!!人は歳を取ると子供が可愛くて可愛くて仕方なくなるんだよ。君も人を愛する心を持っていれば、いずれ共感できるさ」
本当に、発言の全てが不愉快であった。
彼は大勢の人間を死に追いやり、尊厳を冒瀆し、母国すらも滅茶苦茶な地獄に変えた…………掛け値なしの世界の敵だ。それでも尚、己を愛を尊ぶ者だと謳いだす。その隔たり過ぎた矛盾が、悪びれものしない面の皮の厚さが、腹の底をかき回すような嫌悪感を引き出してくる。
【ぬらりひょん】はラブイエに視線を送る。そしてにっこりと微笑み話しかけた。
「ごめんね愛しい
「………………ッ!!」
フィリップに庇われているラブイエは、【ぬらりひょん】の粘つく視線と発言を受け、刻み込まれた恐怖がフラッシュバック。今にも吐きそうな表情で震え始める。
そして【ぬらりひょん】は一段落ついたように大きく息を吐き、空を仰ぐ。
「そろそろ行かないと。人を待たせるのは酷いことだもんな…………」
「───おいおいどこ見てんだ?どこに行くつもりなんだ、天国か?散々
何食わぬ顔でその場を去ろうとする【ぬらりひょん】を、パイロは心の底から這い上がるような鬱憤を手に取って、それで煽る。そして目を伏せ手を少し上げながら───
「ま、とっとと罪を清算したいってんなら、こっちもやぶさかでもはないな。じゃあテンポよく行こう。まずは火葬だ」
憎々しくパイロが言い捨てた瞬間、【ミイラ男】の業火が一帯を包む。即座に【ぬらりひょん】は【百目】を展開。襲いかかる炎をすんでの所で食い止めた。
灰に変わる【百目】の肉体を補充しながら、【ぬらりひょん】は膨れ上がり波打つ【百目】の肉体を迫りくる【ミイラ男】にぶつけんと放つ。
当然こんな攻撃で【ミイラ男】は崩せない。追加の紙を、空舞うティッシュペーパーの大群を呼び出し、炎の欠片にかけて向かえうった。
【フランケン】とアラボネも後に続いている以上、【ミイラ男】今ここで殺すのは無理だろう。───しかし、対処させてるその間は間違いなく隙だ。【ぬらりひょん】はテラスからハックアロー宅に駆け込む。
そして───
「【座敷童子】」
自らに退路を築くために、【ぬらりひょん】は
その一声と一瞥を受けた
ハックアロー宅の内部が轟音を奏で変形していく。【ぬらりひょん】は構造の組み変わりに抵抗することなく、またたく間に家の奥へと消えた。
間違いない。
その不可解さに、ツナグの足が一瞬止まる。その減速とよそ見を、足止めとして残された【百目】は見逃さない。肉を束ねたワームのような大口が、ツナグを飲み込もうと迫る。
「あっぶね!!」
ツナグに迫る【百目】を横合いから弾いたのはティッシュ箱、加えて炎、そしてパイロだ。
火炎を纏ったそのキックをモロに受けた【百目】の大口は、燃え上がりながら崩れ落ちる。
「───っ!!すみませ───」
「上に登れツナグ!!【百目】は
家の内部に入り込んだ【ぬらりひょん】だが、狙いが籠城でなく逃走である以上、どこかから出てくる事が自明の理。であれば経路は?安易に考えるなら壁のどこかからだが、周囲には
となれば脱出口は大きく分けて、2階か地下の2択。ただ家の中が無限に広がり滅茶苦茶に組みかわり続ける関係上、家に入って追うのは自殺行為。ならば、こちらが確実に追える上から出てくると信じ、先回りするのが合理的だ。
ツナグとアラボネは【百目】の対処を【ミイラ男】に任せ、屋根に向かって跳躍。バンタンも右手を屋根に投げて登る。
これは後日の検証で判明したことだが、【座敷童子】の空間拡張は地上2階のみならず、地下も同様外壁を越えて空間を作り出す事はできない。
Oliver陣営の賭けは当たっていた。家の内部に入り込んだ【ぬらりひょん】は屋根へと向かい、飛行能力を持つ
ただ一つ誤算。というより、突発的に動いた状況故に考慮し損ねたことがあった。それはあらかじめ逃走経路を決めておき、用意を済ませていたということ。
「こっちは待ちくたびれとんねん。………あんたらも疲れてるんちゃうん?休んどき」
屋根を掴んだバンタンの右手が庭に落とされる。全力で右手に向かって〝戻る力〟を使っていたバンタンは、落ちていく右手の動きを追って急降下し、地面に激突。
空を飛ぶ敷き布団にその乗る女はそんなバンタンを見下ろしつつ、寝っ転がったまま───防御態勢をとるツナグとアラボネに手をかざす。
【一反木綿】が放ったのは、ハリケーンの一片を切り出したかのような突風。ノイズの走ったその風は、ツナグとアラボネを安々と吹き飛ばした。
「また会おうじゃないか諸君。………我輩は誓おう。病める時も健やかなる時も、君等を愛し抜く〝魔王〟になってみせると。返事はいらない、君らの気持ちはよく分かってるから」
「あいっ!!ばぁああああああああああぃ!!!!!」
2階から【一反木綿】の布団に飛び乗った【ぬらりひょん】は、ツナグらOliver陣営に誓いを立てる。それは的外れにしてはた迷惑な、悪事の宣言。
【一反木綿】の布団が風に乗る。【ぬらりひょん】も【百目】の本体らしきグズグズの頭も、空を駆けて逃げおおせた。
【フランケン】、【ミイラ男】、アラボネ率いる
───ある者は悔恨する。ある者は怒りを滾らせる。ある者は恐怖し、ある者は安堵した。
そして大空の雄大さを全身で感じ、それへの愛に身をくべ始めたその者は、今から約2ヶ月後に開催される、〝第52次百鬼夜行〟への期待に胸を膨らませていた。