バンタンランジャン•フランケーン─表象モンスターとその弱点。彼らの日々は激務で埋まる─ 作:御幸己 ねぎみそ
12月25日、クリスマス。
かけがえのない家族と七面鳥やケーキを囲んで笑い合い。眠る頃にはサンタクロースがやってきて、枕元に望んだ贈り物をくれる。
一年に一度、そしてこの世で一番の素敵な日。
暖炉から漏れる温もりで指先の冷えをとかしながら、台所から訪れる香ばしい七面鳥の香りに僕は胸を躍らせていた。
浮き立つような気持ちは抑えられず、抑えたくもなくて。喉を通って鼻歌に、身体に満ちてゆったりとした上半身の振りになって現れる。
ふと机の方、生後10ヶ月の弟の方に目をやると、低い机に両手をかけ、本日十数度目のつかまり立ちにまたも挑戦していた。ゆっくりとそのずんぐりむっくりとした体を持ち上げて、たどたどしい足取りで正しいバランスを探し出す。
僕の「ガンバレ!ガンバレ!!」という声援を浴びながら、ついに産まれて間もない僕の弟はつかまり立ちを成功させた。
愛おしい、守るべき弟に後ろから優しく抱き上げながら告げる。
〝メリークリスマス!ムスブ!〟
するとキッチンからダイニングのテーブルへ、夕食を運び出しに来たお姉ちゃんが「何やってるの〜?」と微笑みながらやってくる。クリスマスパーティの準備が終わったみたいだ。
ポンポンと弟を抱き上げた僕の背中を優しく押して、ダイニングへ僕を誘導する。
大好きな、助け合うべき姉の方に振り返り笑みを浮かべながら告げる。
〝メリークリスマス!アヤお姉ちゃん!〟
示し合わせたかのように、玄関のドアが開く音が聞こえてくる。「ただいま〜」という続け様にくるその緩みきった声は、パパのものだ。
帰ってきたパパを出迎える為に、ママも姉に遅れてキッチンから出てくる。
そして、家族全員が飾り付けの施されたリビングに集結し、クリスマスパーティは始まった。
七面鳥、ローストビーフ、ピザ、グラタン、アヒージョ、おにぎり…………
豪華なご馳走を前に胸が高鳴る。
〝いつも頑張ってくれてありがとうママ!!お仕事お疲れ様!おかえりなさいパパ!!〟
料理に手を出す前に、何だか不意に言いたくなって。ママとパパに日ごろの感謝と労いの言葉を告げた。
皿に盛り付けられたアツアツの七面鳥を手にとって、フーっと息を吹きかけ冷ましてから口をつける。
皮の内側に閉じ込められた肉汁が、歯をつたって舌の上に転がり込む。鶏の旨味とソースの味わいが手を取り合い踊るかのように、口内に舞い上がり、喉の奥へと降りだした。
今日はどんなお話をしようか、手始めに今日起きた 楽しい出来事からだろう。
口周りのソースをティッシュで拭いながらママとパパに向けて語りだす。
朝は友達と鬼ごっこをして遊んだこと、お昼はお姉ちゃんと買い物に出かけたこと……………
ナイショのことを省きながら起こったことをありのまま話す。
枝分かれするように、一つの話題がまた別の話題を作り出し、楽しげな雰囲気はさらにさらに加速しだす。
家族団欒が好きだ。とりわけクリスマスの夜のは格別だった。
大切なものを大切だと感じながら、確かめるように握りしめるのは心地いい。特別な日を特別に飾り付けながら過ごすのは、大切の証明の最たるものだから。
だから僕は、毎日がクリスマスだったらいいと、毎年願いながら眠りについていた。
笑ってしまうくらい在り来りで、素朴な考えだけれど…………こう思ってしまうことは人間ならば必定のことなのだろう。
だって幸福はずっと続いてほしいものなのだから。
気分がいいならそのままでいたい。相好だって、崩れたままなら最高だ。
果てなく繋がり続いてこそ、幸せは意味を成すものだ。
だって、幸せは壊れれば二度と直らないから。
一度崩れた幸せは、足元に散らばって、踏み入れば肉を切り裂く無数の刃に変わる。
僕はいつまで痛みに耐えればいいのだろうか?僕が傷つかなければいけない理由は、果たしてどこかにあったのだろうか?
理由があったなら、教えて欲しいと切に願う。
きっとないから…………僕の心は曇ったまま腐り続けるのだろう。
『出動要請!!出動要請!!チーム【フランケン】に出動要請!!』
「起きろぉー!!ツナグゥ―!!この聖夜にまたしても事件が巻き起こったぁ!!シバきにいくぞGo!!Go〜!!」
悪夢に続いたのは悪い現実であった。
確か今は路肩に駐車し休憩していたところ。朝から働き詰めだったせいか、ツナグは不意に事切れるかのように眠ってしまったらしい。
どのくらい寝ていたのだろうか?沈殿するかのように体に漂う疲労感からして、不十分なのは確かだ。
「───バンタン…………場所とレベルを教えてください」
ツナグは視界にへばりつくように目元に溜まった眠気を指先で拭いながら聞く。
「イーストリア!!………で、ハザードは4!!!んでもモンスターの強さとしては2とか3くらいのやつらしい!!ヨユーヨユー!!」
そう言ってバンタンは昂然とピースを作り、瞑った片目にかざす。とっくに日は落ちきっているというのに、バンタンはまだまだ元気そうだ。いや寧ろ疲れてるからこそ、テンションがおかしくなってたりするのかもしれない。
「…………その辺は今【酒呑童子】が巡回してるんじゃ…………」
「えっと、言い忘れたけど連中今車で住宅街爆走してるっぽいのね?だからミサらじゃちょっと色々面倒というかというか…………」
現在位置はノースタスの東部。遠くはないが、討伐対象が移動し続けていることを考えると些か億劫になってくる。
『了解、チーム【フランケン】急行します』
詳細を理解したツナグは無線で応答する。
采配は的確である。
ツナグらチーム【フランケン】ならば、他のチームを動員させる必要なく、かつ最低限の被害で事を鎮めさせられる。間違いなくこの案件は、ツナグらが出なければならないものであった。
自身を納得させる言葉を作り終えて──
「………お願いしますランジャンさん………」
「任せて任せて〜!!」
「モンスター討伐開始開始ぃいいー!!」
新暦105年
12月25日 8:23PM
タメリカ合衆国
フリムホーツ州 イーストリア地区
イーストリア地区北部のショッピングエリアにてレベル3の
討伐対象の化質反応は左腕に偏り、かつ含有量も平均的。しかし、意識の混濁が見られず、意思疎通が可能である点と、共犯者3名に拳銃携帯の疑いがあることからハザードレベルを4に推定。
チーム【フランケン】、及び補佐として
***
9:07PM
ノースタス東部にてチーム【フランケン】が対象が同乗する自家用車を捕捉。
「ギャハハ!!おいおい追手全然来ねーじゃん!!このままじゃ盗んだ成果物もモンスターの力もオレらのもんだなぁ!?いいのかよォ!!Oliverの
逃走直後から車内に立ち込めた緊張感はとうに霧散していた。
粉雪降り立つ夜の住宅街。その穏やかな静寂を1台の新車が斬り裂いていく。獣の唸り声のようなエンジン音が夜空に広がり、速度超過の乱雑な運転はアスファルトを踏みつけにしているかのようだった。
「いやしかし便利な能力に目覚めたもんだなァ……オレ……!!」
助手席に座る男が変異した自らの左腕を見つめながらごちる。
遊ぶ金が欲しい、彼女と遊ぶクソ野郎を泣かしたい
不満と憎しみが高じ、計画された集団ひったくり計画。惨めでさもしくしょうもない、哀れとも言えるその想いに応えたのは他でもない自分自身であった。
やりたい、為したい、あれが欲しい。人は誰しも望みを抱えて生きている。人がそれを叶えたいのならば、それに具体性という名の根を下ろし、想い続けながら、絶やすことなく実現のための行動を重ねなければならない。
しかし時として、具体性のある願望と、強い想いが人の心に生じれば、それらのみで願いが立ち行くことがある。
〝モンスター〟
それは望みが、欲望が膨張し、それの実現に適した肉体に変態を遂げた人間。
【手指を伸ばすモンスター】と化した彼の指の長さは最大10mにも及び。彼の性根と同等レベルに粘ついた皮膚がカバンを捕らえてひったくる。
「このまま追手が来なかったらぁ…………第2部行っちゃう〜?」
『いくいくゥゥゥゥゥ!!!!!!!』
車内の空気は完全に温まりきっていた。深夜テンションに近しいような、奇妙な気分の上がり方。犯罪行為がもたらす麻薬的な快感が彼らを支配する。
当然その高揚は運転手も例外ではない。顔の内側から滲み出てくるような熱に脳みそを浮かされ、持つべき冷静さを欠いていた。
唐突に、前照灯の間合いを横切るかのように入り込む一つの影。
背筋からつむじに向けて、冷や水を注されるかのような感覚がよぎる。その現実に抗うかのように、言葉になりきらない思考が脳に充満していく。
悲劇の手前、到来する死の予感。運転手はフロントガラスの向こうの女性と、視線を交わしたような気がした。
時は、彼を気遣うことなく遷ろった。
衝撃が車内を駆け巡る。ライトが割れる音、金属がひしゃげる音、悪友らの悲鳴。今並べ立てたこの経験は、きっとこの先、この日を思い出した時、老い知らずにのたうつだろう頭の中の魔物だ。
怖気がした。一寸にも満たぬ虫の群れが肌の下を横断するような最低の感覚。
胸の底から一気呵成に巻き上がり、全身から逃げおおせようとするような、深く短く早く荒い、息が、けたたましい息が止まらない。
いつの間にか体はぐっしょりと濡れていた。寒気は暖房がガンガンに効いたこの空間に平然と打ち勝ち、絶望感が骨身に教え込むように染みていく。
運転手の心境は到底平常とは言い難い惨状であった。しかし、不幸と言うべきか、彼の瞳はたった今轢き殺した女の、四肢がもげバラバラになった惨たらしい死体を曇りなく捉えていた。
「バッッッッカ野郎オオオオオオゥ !!? どうして見通し悪ィ場所での徐行と安全確認を怠りやがったんだアアア !?? 」
助手席から放たれた罵声に頬をはたかれ、運転手はようやく思考と言葉を取り戻す。
「い…………いやだって…………いきなり飛び出してくるなんて………そんな……………前照灯ハイビームだったよッ…… !? 」
「バカがッッ !! 歩行者なんてやってる間抜けがそんな高次な思考ができるわけがないだろッ ! あいつらは交通が命のやり取りだと理解できない愚昧にして愚劣の能無し愚者 !! そしてその事実を正しくインプットできてねェオメェはたった今そいつらに並んだァ !! 」
「つーかスピード出し過ぎなんだよ ! このド住宅街の法定速度が60kmなわけないだろ !! 」
「あと車体が常に右に寄りすぎ !! 右寄りの思想が反映されてるのかクソ野郎が !! 」
助手席のモンスターと後部座席の仲間達による、交通ルールに則った激しい罵倒にドライバーは晒される。
免許をとって早1ヶ月。車を乗りこなして、自分が大きくなったつもりになって、運転手を買って出たのが運の尽き。
今日から彼は人殺しだ。窃盗罪に加えて過失運転致死傷罪…………彼のおびただしい前科コレクションは急激に笑えない物々しさを纏うことになる。
「帰ったら免許返納しろよカス ! 毎晩教習所への謝意に苦しんで眠れッ !! 」
「う………うん…………わかったよ……………で、教習所では事故を起こした時には、被害者の状態に関わらず警察に通報して…………あと病院に連れてかなきゃって習ったけど…………」
運転手はすっかり意気消沈とした様子で、気疲れした口調で習ったことを諳んじる。
すると、せきを切ったように、口々に運転手を罵っていた彼らはピタッと止まり……………
膝下の財布、貴金属、カバンに目を落とす。
束の間の静寂。発火しそうなほどの熱量が嘘のように消えて、各々が各々の世界に入り、そして同じ光景を目にしていた。
『ひき逃げろッ !! 馬鹿野郎ッッ !!! 』
「う、うん!」
即座にハンドルを左に全開。
バラバラになった女の死体を大回りで躱し、元の車線に戻ってから急加速。罪が重くなるだとか、そういうのはこの際知ったこっちゃない。
ここで逃げ切って、金を手に入れ、安寧に飛び込み謳歌するか、捕まって想定以上の地獄を味わうかだ。
アドレナリンが走る今のうちに凶行を成せ!!
「いやぁしかし逃げ切れちゃったら
運転手は胸の内側に塗りたくられた粘度の高い気持ち悪い何かを拭いたくて、急かすように話題を回して車内の空気を温めなおす。
「───そうだなァ……そうなっちゃうよな〜 ! 」
その心理に気づいてか、そうでないかは定かでないが、隣に座る【手指を伸ばすモンスター】は運転手の投げたボールを受け取り軽く投げ返す。
少しづつ手繰るように、前方座席で雰囲気を戻している最中。後部座席に座る男の一人は、たった今ひき逃げた女に後ろ髪を引かれ、まじまじと遠ざかる後ろの光景を見ていた。轢いた張本人でないとはいえ、その場に居合わせた以上無関係ではなく、無関心でもいられない。呆然と、実になりそうにない浅い思慮を重ねていたその時であった。
轢いたはずの、死んだはずの、
四肢がもげたはずの、
女の死体が立ち上がっていた。
「………………!?」
目を擦って再度見ても、その驚愕の現実は何一つ変わっていない。
否、変化はあった。
ほんの一抹だが冷静さを取り戻し た彼の瞳は、上着をアスファルトに落とした彼女の格好を捉える。
ノースリーブにホットパンツ。
真冬の只中、それも夜遅くにするような格好ではない。
ファッションに文字通り命をかけているのか、はたまたは罰ゲームでそうしているのか、町中ですれ違ったのならばそうざっくりと考察するであろう。
しかしこの州で、そして犯したてホヤホヤの犯罪者である彼らの目の前に現れたのであれば、彼女が何者で、何のためにそのような格好をしているのか…………
それらは一意に定まる。
「うーん………この手と指が伸びるって言うこの特徴からして‥‥‥‥‥やっぱオレの
「待てよぉオイオイぃ !! 」
「ヤバいってぇー !! 」
「な、なぁみんな !! 」
何が来たのか、それはとうに分かっていた。
それなのにみんなに聞いたのは、たぶん信じたくなかったから。
『違うだろ』って否定してもらって、落ち着きたかったのだろう。
そんな愚かな理由で彼はすべき報告を疎かにした。
そして当然その期待は裏切られる。
『……………… !!? 』
後ろを、あるいは真隣を見た仲間たちは瞬時にその異常な状況を認識したらしく、言葉を失って明らかな焦慮で面をこわばらせる。
「なぁみんな………あ、あれってさ………あれって…………」
「おまッ────て…… ! てっ !! ッてぇ !! 」
「…………… ? 」
自分が見ているものと、彼らが見ているもの、それが違うと気づいたのは、次の言葉を聞いて、理解した後のことだった。
「手がっ………… !! 」
「え………… ? 」
視界の片隅に映り込むものを、ようやく認識した。
それらはガラスの内側にへばりつき、何かを見つめるようにジッとしている。
………理由はわかる。
だってその両手には、手首から先がなかったから。彼女たちは実に恋しそうな目をしているようだった。そう、きっと離れ離れの自身の身体に会いたいのだろう。
衝撃が車内を駆け巡る。
今度は前方ではなく、後方から。
後背のガラスが派手に砕け散り、その破片と一緒に彼女は車の中にやってきた。
両手が、手首から先のパーツと合流を果たす。
「逮捕に来たぜぇ !! アタシが参上 !! アンタら全員お縄お縄ぁ〜!!」
彼らが感じた絶望感に見合わない、快活で可愛らしい声が車内に広がる。
やってきたのは、丁寧に磨かれたアメジストのような瞳と、きめ細やかな薄紫のショートボブが特徴的な愛らしい少女だった。生まれながらの目鼻立ちの良さが伺えるものの、幼さがまだが表情に宿っており、体格も15、16の少女相応で頼りない。しかし、首、指、腕の関節、足の関節。体の至る所には縫い目が走り、その見た目はとても普通の少女と呼べるものではなかった。
とはいえパーツの全てが細く小振り。腕っぷしを磨くことを生物の構造として想定されてないことがよくわかる、弱々しそうな印象は健在だ。
「うおおおおおおおおおおお!!」
肉体の根底から湧き上がるような闘争本能に駆られ、最初に彼女の到来を捕捉した男は拳を振り抜く。
体のこなしに拙さを感じるものの、骨格と筋肉量に裏打ちされた重く速いパンチ。
それは彼女の整った容姿めがけ、何の遠慮もなく放たれる。
成人男性が吠えながら本気で殴る光景は、いかに小物といえど威圧感のあるものだが、彼女の反応は冷たさすらない無そのもの。
眉すら微動だにさせず、小さな水たまりをかわすかのように拳を軽くいなし、腕の力だけを使ったパンチをお返しする。
その細腕が放った一撃は彼の鼻を打ち抜き、鈍い音を鳴らしたあと彼は力なく崩れ落ちる。
それと同タイミングで車が急停車。
後部座席に座っていたもう1人は慌てて車外に出る。
「あ~ちょっと待った待った〜」
アスファルトを今に蹴り出すその時になって、逃げ出した男は胸ぐらにぶら下がる左手の存在に気づいた。
雪混じりの夜の空気を浴びたのも束の間、襟から上半身が勢いよく引き寄せられ、こもるような暖気でいっぱいの車内に舞い戻る。
といっても車内の空気を吸い直したのもまた束の間のこと、左腕に帰還するその勢いを乗せた左の握り拳が男の顎に命中したからだ。
「ふ~………」
彼女────バンタンも一仕事終えたように大きく息を吐き出し、車を降りる。
分離した両手を引き寄せることで、伸びた男達を車外に引っ張り出し、適当に投げ捨てたその時。
鞭のように振り下ろされた長く太い指が車体を叩いて歪ませた。
不意つくように刊行された攻撃だったが、バンタンは何のことでもないかのように屈んで回避。
続け様に迫る指3本による刺突の三連撃も、僅かな動きのみで躱し切る。
「ハッハッハッ…………ナイスタイミング………… ! 丁度座り疲れてた所だったんだよォ !! 」
「う〜ん………なら指じゃなく足を伸ばしたほうが効果的なんじゃないかなぁ?ちがうちがう ? 」
バンタンの軽口を脳の隅へと流し、【手指を伸ばすモンスター】は左腕を高く掲げ、そして膨張した五指を思い切り振り下ろす。
叩きつけられた指先は地面に亀裂を入れ、その威力の程を示す。
ただ、肝心のバンタンは左に飛び退いて容易く避けていた。
そして姿勢を落として飛び掛りの構えをとり───
「オラァ!!!」
そのバンタンのアクションよりも早く、モンスターは左腕を薙いだ。
胸の辺りを狙った連続する五指の薙ぎ払いがバンタンを襲う。
「もしかしておっぱいでも触りたかった〜?スケベスケベ〜」
モンスターの指先が空を切る。
胴と両太ももの繋がりを断ち、胴を後ろに倒す事で、バンタンはモンスターの攻撃を見送ったのだ。
そしておちょくりを織り交ぜながら即座に集合をかけることで、体勢を維持したまま回避を成功させた。
「まだまだァアアアアアア !! 」
気分の高揚が止まらない。
加害こそがモンスターとしての彼の本質。
自分に宿った力を振るいたい、目の前の女をグチャグチャにしたい。
左腕に廻る化質が活性化。
パワーは徐々に徐々に上がりだし、それに比例して頭に住み着いた欲望が暴走を始める。
モンスターの叫び声を吸い上げるかのように、呼応して五指が丸太程の大きさに膨れ上がる。そして二分されたミミズのように、道路上をのたうち回り、バンタンに襲いかかった。
その攻撃に規則性はない。
指同士で打ち付け合うことも厭わず、狙いをつけてるようにも見えず、ひたすらにうねって暴れ狂っているだけ。
───だが、軽視など到底できぬほどに、それは苛烈であった。
恐らく攻撃の渦中にいたのがただの人間であったら、瞬く間に全身の骨が砕け、気味の悪い合唱が奏でられた事だろう。
しかし、今そこにいるのは人間ではない。
彼女はモンスター。それもただのモンスターではなく……………
「オイオイどうしたァ !? 手も足も出ないってかァ……… !? 不甲斐ないならそうだと言えよォ ! なおさらダセェぞセンパァァァァァイッ!!」
防戦一方。的確な身のこなし、惜しみない能力の行使で、一切の被弾なく触手指の雨霰をしのいでいるものの………攻め手なくして勝利は掴めない。
高揚が天井知らずに駆け上がっていく。
圧倒しているのだと、高名なモンスターである彼女を追い詰めているのだと、ただでさえ愚にもつかないというのに、濃厚な化質で煮込まれた彼の脳みそは、甚だしい勘違いを浮かべていた。
「いやいや追い詰められてなんかないない。あんまりボコると角が立つから、手と足は出してないってだけだけぇ ! 」
のたうつ指の嵐。その中で一瞬生まれた隙を見つけたバンタンは軽口を叩きながら、右手で銃の形を作り【手指を伸ばすモンスター】に向ける。
否、それは銃の形をしていなかった。
中指、薬指、小指を握り込み、親指を夜空に向けてピンと立てる。
そこまではできているのだ。
しかし肝心の…………銃口にあたる人差指が無い。
そんな感想がよぎったその瞬間だった。【手指を伸ばすモンスター】の背中と腹部に燃え上がるような痛みが走った。
「い"っっっだあああああああああああ!!!!!!」
未だかつて感じたことのない激痛。
ドクドクと傷口が力強く鳴いていて、肌から大量の汗が溢れ出す。
その強烈な痛みは熱のように感じられて、汗による体の冷えと紐付けて、傷から体温を吸い出されているかと錯覚した。
彼が意識が飛ぶ寸前、バンタンに、今まさに彼を打倒した女の姿を見た。
人差指が戻っている。
彼女の右手は綺麗に銃のポーズをとっており、人差指…………銃口に当たる部分は血で染まり、ポタポタと鮮血が垂れていた。
「化けても理性が保ててる程度の望みしか抱いてないのに、アタシに勝てるわけないでしょ〜でしょでしょ〜?」
基本的にモンスターは時間の経過とともに、手にした異能が尻すぼみしていき人間に戻る。
だが、強く強く望み、巻き上がるイマジネーションを物にした一握りのモンスターにのみ、その例外が該当しうる。
〝
世界に存在する童話、寓話、逸話、そして神話。
あらゆる物語、そのキャラクターを骨組みにし、宿った力を保ち続けるモンスター。
バンタン•ランジャン【
彼女は全身を縫い目にそってバラバラにできるモンスター。
バンタンの肉体はパーツごとに意思を持ち自立しており、本体が統率を取る事で自由に、そして奇想天外な動きを実現する。
特筆すべきはその〝戻る力〟。
彼女の望みの本質であるそれの凄烈さは、対極の飛ばす力を遥かに凌ぐ。
例えば、飛ばした指にその力を応用すれば、その指は目にも留まらぬ速さで拳に帰還する弾丸となり、その貫通力はライフルを超越するという。
「んじゃツナグゥ〜!!そいつの止血よろしくよろしく〜!!」
「わかりました。すぐ追います」
血で汚れた人差指を拭ってから、バンタンは逃げた最後の1人を追いかけ始める。
勿論走ってではない、電柱に向かって手首を飛ばし、握らせてから体を引きよせる…………さながらスパイダーマンのような移動法でだ。
銃弾並みの速度を出すのは流石に危なくてできないが、安全面に配慮したスピードでも、ツナグですら走って追いつけないくらいのものだ。
チンピラがちぎれるような機動力じゃない。
『こちらチーム【フランケン】。【手指を伸ばすモンスター】の討伐を確認。共犯者のうち2名を拘束し、逃走中の1名を現在追跡中』
取り出したクレイで簡単に出血を止め、ツナグはすぐにバンタンに続いて逃げた1人を追いかけた。
***
「逃げれるわけないじゃん。そりゃあそりゃあ」
バンタン•ランジャンは怯えきった雑輩が巻けるようなモンスターではない。瞬く間に後部座席の仲間たちがやられたのを見て、直感的に【手指を伸ばすモンスター】も敵わないと判断し、気づかれぬようコッソリと自分の足で逃げたものの、理を超えたモンスターの速さには敵わなかった。
「く、来るなぁっ!!」
運転手は逃げる際に持ち出していた拳銃をバンタンに向ける。引き金に指を入れ、撃つ意思を持ってはいるが、手の震えが著しい。遠目で観察したとしても、苦もなく彼の心理状況を言い当てられるであろうと言うくらいに、両手で銃を握りしめる彼の両手は震えていた。
「いや行く行くぅ〜」
この仕事が始まってからもう9ヶ月程経つが、未だに人間を拘束する際に過度に負傷させてしまい、叱られることが多い。
叱られると言っても、「まぁ最悪殺さなければOKOK」くらいの温度感ではあるものの、彼女は自分のの手落ちを不満に思わないようでいたくないたちだ。
故にこういう時には、暴力を振るわずに戦意のみをくじく方向性を取ることにしている。
ただ……………
銃声が響き渡る。のち、続く静寂は異様に長く、据わりの悪いものだった。未だ止まらぬ震えが、銃口から垂れる硝煙を揺らしている。
「………………………」
正確に狙えていないのは火を見るよりの明らか、しかし偶然にも、彼の放った銃弾はバンタンの心臓を撃ち抜いていた。
………血が吹きこぼれない。
代わりに出てきたのは、彼女の薄い唇からの零れるような嘆息であった。見るからに痛みなどもなさそうな様子だが、月光を吸い尽くす彼女の瞳の上には明らかな皺がついている。
胸元に命中した弾丸は貫いた………と表現するよりも、めり込んだと例えるのが正しい。
低反発クッションに指を突っ込んだかのように、弾丸は彼女の肌にシワを作りながら埋まっており、ポロッと抜け落ちると何事も無かったかのように、元の柔肌に戻っていく。
「………アンタを不必要にボコった後の小言よりも、銃声の方がうるさいんだよねぇ~………やだやだぁ」
「………ッ!!」
「それがアタシの弱点なわけないでしょ〜?それで死ぬようなモンスターが〝TOP〟を冠せてるわけないじゃんないじゃん」
脅しにも聞こえる悪態を耳にし咄嗟に銃を構えるも、先程の光景とバンタンの二の句によって銃口を降ろされる。
絶望で体が弛緩する。
指先にまで空虚な情感が浸透し、銃の重みを支えれなくなって、それを落とす。
「い、いやだ………!!来るんじゃねええええ!!!」
痛い思いをしたくなかった、捕まって惨めな想いをするのもまっぴらごめん。必死に、この状況がひっくり返る、一縷の希望を願って………男は懐のナイフを抜いてバンタンに突きつけた。
収まらぬ震えと諦念の中、妙に静かになったことに徐々に気づいていき、ふとバンタンのほうを見てみる。
そこにいたのは今に自分に飛びかかろうとしている怪物ではなく、自分と同じように震えている一人のか弱い少女であった。
「は、刃物ぉおおおおおおおお!!!!!!!!」
走行中の車にも平気で突っ込み、モンスター含む自分の仲間たちをあっという間に制圧し、銃弾すらも玩具かのように一蹴する彼女が、そのさっきまでの不敵な態度を瓦解させ、尻もちをついて後退りしている。
「ひ、ひぃ〜〜〜〜〜!!!!」
さっきまでの強キャラ感は一体どこに行ってしまったのだろうか?三下めいた悲鳴を上げ、涙目でガタガタ震えているその様子は、後ろ盾を眼前で失った腰巾着のザコのようだった。
「え?………えっ…………ホントにこれがお前の弱点………?………へっへっへ………僥倖ォ………今週末からあと払いで教会に通い詰めることにするぜぇええ!!!」
「こ、こないでえええええええええ!!!!」
自己を定義し、望みに適した肉体を確立した彼らは、通常兵器を物ともせず、それらのみでは傷をつけることも叶わない。仮に傷つけれたとしても、まさしく化け物じみたその回復能力でたちどころに修復されてしまう。
だが人の想いが十人十色であるように、モンスターの種類もまた百人百様、故にその弱点は千差万別の多様を呈する。
故に、前情報と念入りな下準備なしで、
〝フランケン〟はそんな
Oliverが如何なる対策を講じても、決してその命に刃を突き立てることが叶わないと目された存在。史上でも稀有な【討伐不能モンスター】に指定されている。
Oliverの全勢力を注ぎ込んだとしても、彼女が心の底から恐れる刃物を用いろうとも。バンタン•ランジャンは殺せない。
唯一、彼女を殺すことができるのは………
「バンタン、いい加減ナイフなんかに怯えるのやめてくださいよ………」
ナイフはバンタン•ランジャンに向けて振り下ろしたはずだった。しかし、どういうわけか目の前の男に………いつの間にか目の前に現れた彼の手のひらに突き立てられている。
「………!?」
刃が通っていない。ナイフ越しに感じる男の手は、到底肉でできているとは思えない鋼のような硬度だった。
そして男がだるそうにため息をついたその瞬間。ナイフが、バラバラになって両者の手から離れた。
折れたのではない、破損もしていない、ナイフが刃と柄に〝解体〟されたのだ。
ナイフのパーツが重力に従い、成すすべ無く道路に落ちていく。
その奇妙な光景に思わず目を奪われ、反応が遅れた。
男が目の前から消えていたのだ。
そしてそう思った矢先に、浮遊感を感じる。
フードを引っ張られている。後ろに回り込まれ、フードをつかまれ投げられた。
とても人間のなすことと思えない、荒唐無稽な動き。しかし、真に人の領分を超えたのはここから先の話、全身に隈無く張り付く冷気をもってそれを理解する。
ツナグ•アマネク【
ツナグは掌で触れた遍く物の繋がりを断ち、パーツごとにバラバラにできる。能力の対象も幅広く、接合の方法、強度すらも問わず、パーツで区分できるものならば例外なく解体させられる。まさしく規格外の破壊の力。
先程はナイフを刃と柄に分けて、今は人を服とポケット内の所有物、そして人体に分けて〝解体〟した。
投げ飛ばされた運転手は、舞い散る自分のコートやパンツ、スマホに財布と、ツナグ•アマネクの冷ややか瞳を見届け、積まれた雪の山にぶち込まれる。
「ぎゃああああああああああああ !!! 」
「あー………流石に雪に投げるのはやりすぎでしたね。すみません」
21:16PM モンスター含む容疑者4名を拘束。
***
「繰り返すようですが………バンタン、貴方はナイフで死ぬようなモンスターじゃないでしょう…………僕でなければ貴方は殺せないじゃないですか…………」
「ゴメンてぇ〜………怖いものは怖いんだよぉ〜……ブルブル………」
切り分けた怒りの一部をバンタンに見せつけ終えて、ツナグは深い深いため息をついた。朧気な白に染まった息が、瞬く間に夜の黒に溶けていく。
実況見分と報告を済ませた後の小休憩。車に寄りかかって缶コーヒーを飲みながら、気持ち程度の反省会を行う。
「………もう10時ですか」
スマホのデジタル時計を見ながらツナグはそうぼやく。経験上、モンスターの発生量はこの辺の時間を境に尻すぼみしていく。
早朝から続く業務も、ようやく実質的な終了が近づいてきた。
…………結局、今年も家に帰れなかった。
クリスマスですら僕は家族に会えない。死ぬような思いをしてきたこの年ですらも。
時折疑問に思う。
どうして僕は、僕の為になるような報奨もないのに、人の為になる生き方をさせられてるのだろうって。
その疑問への解はいつも出ない。
出したところで気が滅入るだけだから、いつも途中で切り上げる。
無線からアラートが鳴る。
ツナグらが出なければならない、ハザードレベル5の案件が発生したことを知らせる合図だ。事件の概要が並べられていく…………
「あれあれ………?近くない近くない……… ? 」
「……………………」
『出動要請!出動要請 ! チーム【フランケン】に出動要請!!繰り返す ! チーム【フランケン】に出動要請 !! 』
「ありゃりゃ」
まだ熱々のコーヒーを一気に飲み干す。カフェインが脳を駆け上り、苦みが胃の腑に流れ落ちていく。
眠気は既に姿を消していた。仕事が終わる朝方には眠くなっている事を祈ろう。空いた缶をゴミ箱に投げて、ツナグは車のドアを開けて乗り込む。
「結局クリスマスは仕事してるだけで終わりかぁ〜………」
先に車に乗っていたバンタンはシートベルトを巻き付けながら、緩めの不平を垂れている。
そして頬杖をついて、隣に座ったツナグの方を見て────
「ツナグ、メリークリスマス!!」
そう、言った。
「………………………」
ツナグは返す気にならなかった。
口をつぐんで、瞳もそらして、発言を時がほぐすのを待つ。
「メリークリスマス!!メリークリスマス!!」
継ぎ足されるそれも、無言に徹して突っぱねる。目を合わしてないから、バンタンが今どんな表情をしているか分からないが、口を尖らせ拗ね出したのをツナグは空気感で感じ取る。
家に帰れず、家族にも会えず。
モチベも何もない、ただただ苦しいだけの仕事に忙殺される、この反吐が出るようなクリスマスはこれから先も続いていく。
あの日、あの瞬間始まった、血生臭い僕らの物語。そしてこの物語が終わる事は、きっとない。