バンタンランジャン•フランケーン─表象モンスターとその弱点。彼らの日々は激務で埋まる─ 作:御幸己 ねぎみそ
もう一度言いましょう。この物語の舞台は〝タメリカ〟です。〝タメリカ〟なんです。
新歴106年 1月8日 6:00AM
スマホのアラームが憂鬱な朝の到来を告げる。
けれど今日の朝は比較的悪いものでもない。ちゃんと布団で寝れた上に、夜勤の日だからまだ働かなくていい。
しかも、パイロとミサも一緒の日だ。何でもいい、とりあえず今日は何かをして遊びたい。
ツナグは事故防止でつけているビニール手袋を外し、ベットから出る。
朝の身支度はゆっくりでいいだろう。多分バンタンはまだ起きていない。
顔を洗い、歯を磨き、髪をとかして寝癖を直す。一般的な身嗜みの修正を終えた後、次にツナグが行うのは日焼け止めだ。
アルビノである彼は生まれつき肌が弱く、紫外線の予防は本来欠かせないもの。
余談になるがアルビノのもう一つの難点である視力の弱さも、
カイロを貼ったインナー、2枚履きの靴下、厚着しながらある程度の動きやすさを確保した防寒対策をし、防弾チョッキを纏う。拳銃とメイスを括ることも忘れない。
最後にお気に入りの白のロングコートを着て、ギターケースを背負えば、ツナグ•アマネクの普段の装いは完成する。
赤い瞳を緩やかに転がし、姿見で不備を探し終えたら、少しくつろいだ後に部屋を出てバンタンが起きるのを待つ。
朝の6時30分。それは
……………即ち、バンタン•ランジャンは現在寝坊している。
その時間を決めたのは他でもないバンタン自身なので、基本毎日守られているルールのだが…………いかんせん、それでも彼女の寝起きの悪さは中々改善できず、夜勤明けか休み明けにたまにこうして集合時間まで寝過ごす時がある。
襲撃への警戒と
それは大体の場合で両者にとって不都合しか生まないルールなのだが、今回の場合は
「バンタン?起きてますかバンタン?」
まずはバンタンが寝ているかどうかを確かめる。が、ドアをノックして聞いてみるも反応はない。『起きるのが遅れて今現在鋭意身支度中です!!』、というマシな部類の寝坊というわけでもなく、彼女は今も尚眠っているのだと確信する。
ガチャ、とドアの奥から鍵が捻られる音がした。そして一拍おいてゆっくりと、ドアが少しだけ開いていく。
ドアノブに手をかけ、試すように優しく引いてみると、どこか申し訳なさ気な、バンタンの左足とその上に乗っかった左腕がそこにいた。
「お邪魔します」
ツナグは彼女らに向かって挨拶と一礼。ウサギのように跳ねて部屋の奥へいく左腕と左足を見ながら、バンタンの部屋に足を踏み入れる。
彼女の部屋は相変らず整理整頓が行き届いていて綺麗だった。物が密集しすぎてたり、置き方がちょっと雑だったり、昨日使ってたであろう教科書とノート、筆記用具が机に置き去りだったり。注視すると彼女本来のガサツさが見えてくるような部屋なのだが。更に落ち着いて俯瞰するように見ると、出したものはちゃんと戻す、定期的に掃除をする、といった決め事を日頃からそれなりに守ることで、清潔さを欠かさず維持していると分かってくる。
そんな部屋の主、バンタンはよだれを垂らして、ぐっすりと気持ちよさそうに眠っていた。ベットの脇では右腕と右足が棒立ちになっており、恐らく呆れ返った視線を向けているのだろう。布団がベットの下に落ちているのは、多分四肢達ができる精一杯の起こす努力だ。
「バンタン?もう朝です。朝の6時半ですよ?」
「…………………オ"っ!?」
少なくとも寝坊した彼女を起こすのに関しては、ツナグの方が四肢達より上手であった。
うっすらと空いた瞼はツナグの到来を頭で捉えた瞬間に即座に開門。バンタンは低めに唸って起き上がる。
「ヤバいヤバい!!今何時!?」
「6時半ですって」
バンタンは慌てて四肢を招集。掛け布団を拾い上げ適当にベットの上に投げて洗面所に向かう。
滝のように、勢いよく流れる蛇口の水を思いっきり掬い上げ、バンタンは急いで顔を洗う。
左手で引き寄せたタオルで顔の水滴を拭き上げたら、次は歯磨きと朝のトイレだ。
バンタンは普段からこの2つを同時にこなしている。
胴と両足がトイレに駆け込み、洗面台に残されたバンタンと右腕が歯磨きを担当する〝フランケンシュタイン〟ならではの分担。
断面で直立した右腕が、あらかじめ歯磨き粉を塗った歯ブラシでバンタンの歯を磨いていく。
本来ならばやりにくくて仕方ないであろう面妖な磨き方だが、能力の熟練度と日々の努力がそれを実現させる。
滞りなく、磨き残しもなく、歯肉をひっかくこともなく。右腕は歯磨きの役目を見事遂行した。
「ん~!!ん〜!!」
歯を磨くのは頭と腕さえあれば支障なくできるのだが…………うがいとなるとどうしても全身を使う必要がある。
「ん〜ッ!!ん〜ッ!!」
集合の連絡が拒絶の念で突き返される。どうやら今日
流石に糞をぶら下げた状態で室内を闊歩させるわけにもいかない。ツナグがいるとかそういう観点でなくヤバい。
仕方なくもう一周歯を磨いて時間を潰すことにした。
***
「髪とかしましょうか?バンタン」
「はい…………よろよろぉ…………」
バンタンは申し訳なさそうに頭をツナグに手渡し、今度は髪をとかすのと着替えを並行して行う体制を作る。ツナグは丸机に彼女の頭をゆっくりと置き、ブラシをとって優しく彼女の髪をすく。
「いつも寝坊する度に…………ホントにお世話様です…………ゴメンゴメン…………」
「いえ、早く朝ご飯を食べたいからやってるだけなので。たまにやらかす程度の頻度であればあまり気にしないです」
器の大小で言えば、ツナグのそれは広い方だろう。せっかちでもなく、緩やかなペースで生きたいタイプの彼にとってこの程度は対したストレスにもならない。
「ありがとうございます…………やっ、でもツナグ的にこのシチュって役得!?見目麗しい女の子の髪に触れてよもやドキドキぃ………!?」
「…………流石に7つとかそこらでやり続けている事に今更そんな感情湧いてこないですよ…………」
幼い頃から同じ時間を共にしてきた人間であるというのも理由の一つだが、ツナグはそもそも誰かに対して性的な感情を向けたことがない。
パイロに『普通の事のように異性の髪に触れて、あまつさえ後背で着替えをされているその状況マジでヤバいからな?』と中々の形相で言われたものだが、ツナグは正直理屈以上の納得をしていなかった。確かに、バンタン以外の女性相手にこのような事をするとなれば抵抗を感じる。ただ、バンタンの髪に触れること、バンタンの下着姿を目撃してしまうこと、これらを特別視するような心の働きはどうにも全くない。
ただ、背を向けて振り返らないという、超えてはいけないラインだけいつの間にか設けられていて、それだけは破らぬよう努めている。
「ちぇ〜不服不服!」
相手を性的に見ていないのは彼女も同じことだろうが、それでも気に食わないのかバンタンは不満げに口を尖らせる。バンタンは自分の容姿にそれなりの自信があるらしい。
ノースリーブにホットパンツ、剥き出しの二の腕と太ももには痛々しい縫い目が刻まれており、嫌でも彼女の惨たらしい過去を想起させられる。
それでもその傷跡を隠そうとしないのは、当然仕事の支障になるというのが一番の理由だが…………辛い目にあっても、塞ぎ込まず、前向きに元気に生きようという、彼女の強さの表れなのだろう。
「準備万端OKOK。食いに行くぞぉ朝食朝食!!」
メイクを終えたバンタンは、肩を怒らせて食堂に向けて歩み出す。
7:00AM、30分遅れで【フランケン】の1日は始まった。
***
2週間の冬季休暇(ツナグらにとっては名ばかりのもの)を経た最初の授業は1限から、古語の授業から始まった。
ツナグは
授業は結構わかりやすい部類であり、スローペースなのが難点だが、基礎を逐次的に汲むような丁寧な授業運びは、仕事明けでも無理せずに理解できるからありがたい。だから先生として接する分にはツナグはそれなりに好きではある。本当に人としては苦手なのだが。
今日の授業は休み明けということで軽い復習から、それから今はちょっとだけ歯ごたえのある長文読解を解いている。
アラボネ先生は私語や内職に厳しく、少しでも授業に関係ない事をしだした生徒を見つけると、すぐさまマジレスと気迫で追い詰める面倒くさいタイプの教師。あのギャングみたいな強面が放つ冷淡な正論は、聴講生ほぼ全員が恐れている。
だから普段騒がしい、規範を乱す事に塵程の罪悪も感じないタイプの厄介な生徒すらも彫刻のように静まり、教室は水を打ったような静寂で包まれている。
緊張感ありすぎて息が詰まる事もあるけれど、ツナグらのような真面目に勉強したいタイプの生徒にとってはやりやすい環境である。
教室にいるほぼ全員が、文章題の世界に飛び込み、手持ちの知識と照らし合わせるかのようにして黙々と解答を進めていく。
澄んだような静けさが、ツナグたちをより一層深い集中へといざなっていく……………
「コォケコッコオオオオオオ !! 」
静寂を一閃する鳴き声のような奇声。
音の出どころに視線は向けない、向ける必要がない。誰もがその正体を分かっているからだ。
「チキントラス•バンダバン……………いかがしましたか?」
「オホン…………失礼、昼食を産みました。調子がいいもので一挙に5つ…………!今から腹が鳴ります」
鶏頭の男、チキントラスは椅子に転がった5つの卵を1個づつ机に出し、うっとりとした瞳を卵たちに向ける。
「そうですか…………声量には気をつけるよう」
「承知しました。コケーッ!!」
普段は冷静で理屈的な口調で語り、怜悧さ孕んだ綺麗な瞳を持つチキントラスだが、卵を産んだ時やふとした時に、思考が畜生レベルに後退し、獣のような理性のかけらもない目に変わる。
ただ彼の奇行は立派なモンスターの特性であり、州の守り手、ひいては世界の守り手である彼らのそれは無闇に否定せず、容認しなければならない。
生真面目の権化であるアラボネ先生でも、軽い注意で収めるくらいにそれは常識なのである。アラボネ先生は引き続き答え合わせ用の板書に取り掛かる。
───筈だったが、何かに気がついたように振り返り、ツナグがいる方…………正確にはツナグの2つ隣、マミィに剣の切っ先のように鋭い視線を送った。
「マミィ•ベンキー、今は古語の授業で…………長文読解を解く時間です。しかし、今の貴方は問題に向き合っておらず、あまつさえシャープペンシルとプリントを手にしているようにも見えません。何故ですか?」
「何故って………………私は今絵を描いていて、そのために鉛筆と画用紙を握ってるからよ。何かおかしな所でもあるのかしら」
マミィはアラボネ先生の威圧にまるで動じることなく、冷然とした目つきで返し、視線の鍔迫り合いに打って出る。
マミィ•ベンキー【
川の照り返しを取り出したような美しい銀の長髪に、光を吸い込む真っ白な肌。誰もがたじろぐ錦衣玉質の超絶美貌(本人評)に加え、190cmの圧巻の巨体。
彼女の特徴は数多くあるが、最も印象深いだろうそれはさらに綺麗な包帯を全身に纏う特徴的なファッションだ。ただ巻くだけではなく包帯をロングスカートの形に腰回りからふんわりと浮かばせることで、ウェディングドレスでも着ているかのように見せる能力の美しい行使は、多くの人間の目をつかんで離さない。
そんなマミィは昔から注目の的であった。
彼女を初めて見た者は皆、その美貌と圧倒的な存在感、芯が通ったようなハリのある口調に気圧され、一目を置くという。
マミィがただの頭のおかしい奴だと分かるのは大体の場合、彼女が纏っているのが包帯ではなく、トイレットペーパーであると気付いてからだ。そうなると、彼女の格好がただの半裸であることにも気付いていく。
ツナグ含め誰もが一度も理解できたことがないのだが、どういうわけか彼女は服を着ることを嫌っており。マミィはいかなる時でも服を着用せずに生活している。
肌を隠しているのはほとんどトイレットペーパーのみで、恐ろしいことに下着を着用しだしたのもここ数年の話。
しかもトイレットペーパーの巻き方が甘く、トイレットペーパーのスカートも風通しをよくするために螺旋を描かせクロスを組むよう編み込むことで、ダイヤ型の穴をいくつ意図的に作っていて……………下着は丸見えなのだ。
その上、上下と柄が合っていなくても平気でいるという、その精神性はまさに凶器。
こんな公的良俗に唾を吐きかけるような見た目の奴は、当然性格まで余すことなくおかしい。
「マミィ•ベンキー…………この講義は美術の授業ではありません。授業と無関係の遊びに興じたいのならばご退出願います」
「嫌よ。だって私は今授業しているあなたの絵を描いてるんだもの。美術の授業ではこの題材は描けないわ。あっ、それともっとこっちを向いて授業してほしいわ。あなたって顔の彫りが深くて沢山筆を入れなきゃいけないから…………ちゃんと見比べて描きたいの」
マミィはアラボネ先生の叱責を物ともしていない。
それどころか当然のことのように、自分本位の要求をして引き続き絵を描きだす。
「やれやれ男前を描くのは苦労するわ…………不細工なら美化ついでに好きに描けるけど、それなりに顔がいいとその通りに描く必要があるから…………」
「おべっかを使えば容認されるとでも?」
「あら?褒められたつもりなの?そんなつもりなかったわ。どうせ私の美しさには及ばないもの」
恥と命を知らなければ人は皆こうなってしまうのだろうか?
ツナグはマミィと出会ってからもう9年は経つが、未だにマミィをヤバいと思わない日はない。
「パイロ•アンバー!マミィ•ベンキーの
モンスターのやらかしはその
「パイロ、あなた叱られてるわよ?あんまりシカトこいてるとアラボネの奴を宥めようがなくなるわ。早く返事しなさい」
マミィは本当にどの面を下げて言っているのだろうか?まったくもって異次元の面の皮の厚さである。
まぁ確かに彼女の言うとおり、キレたアラボネ先生を無視で応対するなんて愚行も愚行なのだが‥‥‥‥‥別にパイロは無視をしているつもりなんてない。
───彼は眠すぎて返事ができていないだけだ。
「………勘弁してください先生…………俺昨日夜中まで事件の対応してて…………寝たの5時とかなんですって…………授業受けているのが精一杯で、こんな頭のおかしい女の面倒見る余裕ないって…………」
「…………………」
パイロは酷く生気のない目をしていて、寝落ちの2歩手前位で踏ん張りを効かせ意識を保っているような、そんな声だった。
明らかに体調の芳しくないパイロの様子を見て、アラボネ先生はバツが悪そうな顔をしている。
「………失礼しましたパイロ•アンバー。無理はせぬよう」
「…………あなた寝たほうがいいんじゃないかしら?私の絵と描く様子なんて、そんなのいつでも見れるわよ。ノートはツナグかシジミにでも写させてもらいなさいよ」
アラボネ先生の謝罪とマミィの気遣い(かその間に挟まった自惚れ仕草)を受け、パイロは糸が切れたように机に突っ伏す。
経験上、夜勤明けに寝落ちしたパイロはしばらく起きない。ツナグは机にかけた自分のロングコートをマミィに渡して、パイロにかけてもらう。
「…………マミィ•ベンキー、貴方が今この場で絵を描くことには何の正当性もありません。授業妨害も大概にしてください」
「何よ!私授業妨害なんてこれっぽっちもしていないわ!授業の進行を滞らせているのはあなた自身じゃない!!」
やはりこのいさかいはまだ終わらない。マミィもアラボネ先生も異常なほどに頑固な人間。この2人が揃うと両方のおかしい所が共鳴して大変なことになるから嫌だ。
「ツナグ〜〝appointment〟ってどーゆー意味だっけだっけ?」
マミィとアラボネ先生のやり取りを見ていたその時、バンタンが腕を指先でつついて、ツナグに分からない単語の意味を聞いてきた。
「え?あー、〝面会や会合の約束〟という意味です」
「お〜そだそだ!センキュセンキュ〜!!」
バンタンは本当に凄い。
真隣に座る友達が奇行かまして教師と衝突するという、まぁインパクトのある出来事が起こっているというのに、意に返さず黙々と課題を進める勤勉さ。
勿論もうとっくに彼女の奇行には慣れてるっていうのが何よりも大きい要因だろうが………………
「おいマミィ…………てめぇいい加減にしろよぉ?」
徐々にヒートアップする両者の口論に、割って入るのは後方からの一声。
「何よミサカラカ‥‥‥‥‥!!あなたまで私に文句をつける気‥‥‥‥!?」
「あぁ熨斗をつけて申し上げるぜ………!!今は古語の授業だ。大人しく画材をしまって課題に取り掛かれぇ雑魚が!!」
振り返り睨めつけるマミィを、ミサカラカは覇気を散らしながら見下ろし、堂々と物申す。
ミサカラカ•ジャンジャジャーン【
逆立ったような金髪、半裸に半袖のジャケット、目元を鬼の面で隠した、奇をてらった輩みたいなファッションの男。常に不敵な表情で笑っていてで、いつも肩で風を切って歩いている…………近寄りがたいヤンキーのような第一印象を持たれがちな彼だが…………
「まぁ………あくまでもてめぇはパイロが講義を受けるから仕方なくここにいるだけで、元々真面目に授業を受けるつもりなんてなかったんだろうなぁ?」
ミサカラカは手に持っていた盃を机に置いて、荒々しい語り口のまま発言を続ける。
「だがなぁ………それでも教室に入って出席を取られた以上お前は立派な聴講生なんだよ。やる気がないのは仕方がないが………それでも最低限。出された問題に取り組むってのが、生徒が通すべき道理ってモンだろうがぁ」
「くっ……………」
「何にしても論を通したいって言うのなら、真っ当な言動を最初から最後まで通すのが必須事項だろうが!あ"ぁ!?」
ミサカラカはヤンキーみたいな風体と口調で日常生活を送っているが…………その性格と発言の内容は真っ当を地でいく清廉っぷりを誇る。
とどのつまり、ミサカラカ•ジャンジャジャーンはファッションヤンキーである。
マミィが押され気味なのも、ミサカラカがまともなことしか言わない常識人であると強く認識しているからであろう(アラボネ先生の正論は彼が嫌いだから受け付けていない)。
「じゃはは!!雑談はこれで終いだぁザコがぁ ! 俺はこれから再度問題に取り掛かるぜ………… !! 情ねぇオツムしてっから人一倍真剣に取り組まねぇと解けねぇんだよ。これ以上話しかけてくんじゃねぇぞマミィ」
ミサカラカはそう話を締めくくり、宣言通りペンをとって問題に取り組む。椅子の上で胡座をかく…………最早本物でもやらないであろうやり過ぎな不良仕草のまま、彼は問いに向き合っていた。
「ちょっとミサ………!!言うだけ言って退くなんて………勝ち逃げのつもり!?冗談じゃないわ……… ! 聞いてるのミサ…………!?」
微塵も聞いちゃいない様子だ。
ミサカラカは問題を解くので手一杯なようで、頭をかき疑問符を浮かべながらペンの動きを止めていた。
そして埒が明かない、一旦仕切り直そうと言わんばかりに、ミサカラカは机の端に置いていた盃を手に取る。
黙々と問題を解いていたミサカラカの
ミサカラカはシジミが準備を終えたことを横目で確認してから、盃の中の酒をゆっくり煽った。
それと同時に、シジミは茶碗に入ったしじみ汁を、ミサカラカの剥き出しの胸板にかけていく。
半裸ジャケットの不良モドキに、背丈の小さな優等生顔が熱々のしじみ汁を涼しい顔でぶっかける。
この奇々怪々な光景も、1年間同じ講義を共にしてきた生徒であるならば、とっくに慣れてしまってるだろう。
「先生!!ミサカラカくんが授業中にお酒を飲んでいます!!未成年なのにです!!講義のルールとかそういうんじゃなくて、法的にしばいたほうがいいんじゃないかしら!?」
慣れている筈だろうに、マミィはミサカラカを引き合いに出し出して事を有耶無耶にする策に出た。
だが、当然…………
「いえ、ミサカラカ•ジャンジャジャーンの飲酒は立派なモンスターの特性であり、ひいては街の平和に貢献する行為である以上咎める理由がありません」
アラボネ先生は冷ややかな表情で、マミィの発言を蹴り飛ばした。マミィに心底呆れたらしいアラボネ先生は、大きなため息をついて語りだす。
「いいですか ? 確かに私は授業を真面目に受けない者、授業の進行に差し障りある行為をする者に、つど注意を促しています。ですが、それがモンスターの特性であるならば話は別です。例えば先程もチキントラス•バンダバンが〝グリフォン〟の特性を発揮し、奇声を上げた挙句、食用卵を講義中に産むという蛮行を働きましたが…………私は責めることなく………」
「コォォケコッコオオオオオオ!!」
チキントラスの鳴き声が再度教室を廻る。束の間の放心、徐々に退行した理性を取り戻していく。
そして悠然と、羽毛を纏った尻の間から一つづつ卵を取り出す。
「チキントラス•バンダバン…………また昼食を産みましたか……‥‥‥」
「クックックッ……ドゥルドゥル……いえ!既に夕食にまで食い込みました……………!!」
「そうですか……………」
奇妙な笑い声が止まる頃、チキントラスは綺麗に並んだ卵たちを暫時眺め、そして満足したのかペンを取り問題の続きに取り掛かる。
「マミィ•ベンキー……………貴方は絵を描くために化けたモンスターではないでしょう。貴方のそれはモンスターの特性ではなく、ただの素行不良です」
説教も佳境を迎え、アラボネ先生は詰めの姿勢を構えた。
はじめは淡々としていた口調も、言葉を重ね続けるにつれて熱を帯びだし、今の彼の語り口からは歴然とした憤りを感じる
「まだわかりませんか ? 今この教室にいる全ての生徒が、貴方の不真面目な授業態度に苛立ちを覚えています。貴方を味方する者は誰一人としていません。いい加減にしてください」
確かにマミィの行動は不真面目な授業態度に他ならず、好ましくない行いなのだが…………正直、「だからなんだ」というのがツナグの、いや恐らく聴講生一同の本音だ。
そぐわない態度をとっているというだけで皆の勉強を直接妨害しているわけでもないし、マミィがちょっと変な事したくらいとっく慣れたものだから、普通にあんまり気にならない。
最早彼女の奇行を咎めるのは、道端で糞をした犬を公衆わいせつで訴えるみたいな、そんな不毛さを感じてくる。
どちらかというと毎度恒例の如くマミィの奇行に突っ込んで、授業そっちのけで説教しだすアラボネ先生の方がいい加減にしてほしいと皆思っている。
マミィも言及していたが、授業を滞らせているのはどちらかというとアラボネ先生自身だと思う。
しかし誰もそれについて口にはしない。何故ならアラボネ先生もまた、マミィに負けず劣らずに頑固な人間だからだ。
となれば時流を汲んで、丸く収まりそうな方に組するのが賢い生き方というもの。
故に一同はだんまりを決め込み、あたかもアラボネ先生を肯定するかのように装っている。
「な、何よ………なによ…………」
マミィはアラボネ先生の事は嫌いだが、アラボネ先生以外の人間は大体好きだ。
ミサカラカの発言もあって、自分に味方がいないという状態がかなり利いている様子。ただまぁ普通にマミィも悪いから、皆罪悪感はあんまり感じない。
悄然とし、戦意喪失したマミィを見て、アラボネは黒板の方を向き、答え合わせの為の板書を始めた。
「……………………」
マミィは酷く落ち込み、悲しげな目で描き途中の絵を見下ろしていた。掛け値なしの異常者である彼女だが、人情は人一倍厚いとツナグは評している。凄まじい自己愛と、曲がらなすぎる信念を持つものの、傷つく時はしっかり傷つく。
どれだけ頭がおかしくても、れっきとした人として彼女は生きているから、ツナグは彼女を友と呼ぶ。
授業が終わったら描いていた絵を見せてもらおう。彼女の画力は実際の所結構優れている。未完成でもきっと見応えのある作品になっているだろう。
「あぁ…………なんて美しい絵なの…………未完成だというのに、絵のタッチだけでアラボネの行き過ぎた真面目さと強情さを見事に表現できているわ………天才じゃない………!?」
…………どうやら既に持ち直して来たようだ。
実に他の追随を許さない凄まじい自己肯定力である。これもまた彼女の美徳だろう。
「一体私ってば、1000年の内に何度現れるような逸材なのかしら…………いえ何を考えてるの、史上をひっくるめてもオンリーワンの逸材よ………!!マミィちゃんは……!!」
恐ろしいつけ上がりようだ…………心の自浄機能がハイクオリティ過ぎる。彼女ほど人生が生きやすいような人間性はツナグには想像できない。自己肯定の申し子だ。
「…………本当にいい絵よね…………きっともっと素晴らしい絵になるわ………ならこのままじゃいけないじゃない」
眼球に張る涙でよれていた瞳は、いつの間にか引き締まり、凛とした光を放っていた。
手が上がる。
長く、白く、トイレットペーパーを巻き付けた彼女の腕が天井から差す照明の下に晒される。
「……マミィ?」
ツナグの声掛けを気にもとめず。
上げた右腕を真っすぐに保ち、嫌なくらい芯のある目線を、一心にアラボネ先生に向ける。
その信念に満ちた視線を感じたアラボネ先生が、おもむろに振り返り、マミィを見つめる。
「アラボネ、私できるだけ前を向いて授業してって言ったわ。要望通りにしてあなたを描かせなさい」
アラボネ先生が投じたチョークが、マミィの額で爆発音を奏で、散っていった。