バンタンランジャン•フランケーン─表象モンスターとその弱点。彼らの日々は激務で埋まる─ 作:御幸己 ねぎみそ
卵焼きが好きだ。
溶いて、巻いて、切り分ける。
愛しい卵達を、少々の手間をかけ、美しく美味しく生まれ変わらせる。その作業が狂おしいほど好きだ。
出来のいい卵焼きが作れると、幼気な少女に化粧とファッションを教え、清楚で可憐な一人の女性に仕立て上げたような、そんな感動を覚える。
……………これを愉悦と言わずして、私は人生で何を悦ぶのか……………!!
味もたまらない。言うまでもなくたまらなく美味い。
ふかふかな感触、後追いする出汁の味わい、目鼻立ちの良さに見劣りしない品のある味に、頬がとろけるような感慨深さを感じる。
砂糖で巻いても美味い。複数の顔を使い分け、別々の魅力を迸らせる、そこもまた卵焼きの魅力なのだ。
目玉焼きも好きだ。
濃厚な卵黄と淡白な卵白が共存するその一皿には、愛と平和をひしひしと感じる。
ゆで卵もいい。
飾らないしとやかさで、卵本来の美しさを体現する彼にはいつも胸を打たれる。
スクランブルエッグも最高さ。
荒々しく、豪快な調理法で、塩コショウやケチャップなど、調味料の魅力を最大限引き立てている。
卵が食べたい、お願いだから腹一杯に卵を食べさせて欲しい。
チキントラス•バンダバン【
食用鶏卵を産む肉体を持ち。卵料理で染め上げた献立で三食を埋めたモンスター。
チキントラスは食堂のキッチンを間借りしており、自身で産んだ卵を、自身で調理し、そして自身で食している。
「コォ………コォ………ケッケェェ〜!!」
いつものように、チキントラスは自分の卵料理に舌鼓を打つ。
献立は毎食変えているとは言うものの、それでも卵料理ばかりを毎日食べてたら、普通はそのうち飽きてうんざりしてしまうだろう。
しかし、チキントラスはこの6年間で、一切表情を陰らせることなく、卵料理を完食している。
頭がおかしいというのも、案外不幸ではないのだろう。
卵焼き、目玉焼き、ゴーヤチャンプル…………それぞれに口をつけた彼は、順を追うようにして最後の一品に手をつける。
チキントラスは
そんな彼がここ数日で挑戦し、マイブームにまでのし上がったのが、卵の生食である。
湯気の立ちのぼる白い白米。
かの高名なMt.富士の上部を切り出したかのような、美しい米の山に、黄金色の輝きが投じられる。
その陽光の名残を閉じ込めたような美しい黄身は、あらかじめ山頂に掘られた穴の中で据わり、穴の縁からこぼれ出る白身を見届けながら、一閃を今か今かと待っている。
なんて美しい光景なのだろうか……………
後生語り継ぐべき、森羅万象随一の美景である。寒空を貫く太陽のように美しい黄身を、チキントラスはそれに劣らぬきらめきを宿した瞳で見つめていた。
そして意を決し、彼は掌中の醤油差しを傾け、純白の米の山に醤油の黒を差した。続け様に、ゆったりと頂上を目掛けてスプーンが振り下ろされる。
照明から降りた光がスプーンの端を舐めていく。光がスプーンの根元に飲み込まれた直後、黄身が両断され、白米の傾斜をゆるりと降り落ちていく。
突き刺し、掘り返し、かき混ぜる。
米の白と醤油の黒は、瞬く間に卵の黄で染め上がる。
卵かけご飯の完成だ………!!
室内の光を吸い付くし自らの光に変える、黄金にも見劣りしない輝きを持つそれは、月さながらに美しい。
その秀麗な見栄えだけでなく、なんと卵かけご飯は食べても美味い…………!!
おもむろにスプーンで卵かけご飯を掬い上げる。
その美貌をくりくりとした目でまじまじと見つめてから、その一杯を口に運ぶ。
「コケッ…………ケェッケエエエエ〜!!!!」
それを乗せていた舌が震え出す。
それを噛み締めた歯が感動を訴える。
それが通り過ぎた喉が、己の幸せを叫んでやめない。
右目に焼けるような感覚が走る。
そして肉が焼け落ちるかのようにそれが、頬に向かって冷めながら流れていく。
涙だ。一筋の感涙だ…………
「コッ…………コぉ…………!!」
美味すぎる…………美味すぎるだろう卵かけご飯……………!!
逸品を超えた逸品だ。錦衣玉質の馳走だ。
「
「クックック………ドゥルドゥル!!ああ!!卵かけご飯だ!!たまらなく美味いぞ。食ってみるか?カルトネ」
チキントラスは自身の
「嫌よ生卵なんて!!気色悪い!!あんたのケツから出てきてるんだから尚更よ!!」
カルトネは悲鳴に近しい声色で卵かけご飯を拒絶。茶碗をチキントラスの胸元まで押し戻す。
「………私が産んだ卵は市販のものより遥かに美味いというのに…………カルトネ、君はいつになったら食してくれるのだい?………既に多くの友が口にしてくれてるというのに………」
「皆『おいしいけど2度はいいかなぁ……』みたいなリアクションでしょうがぁ!!自分の反応が目に見えてるからあんたの卵を食べないの!!」
あいも変わらず、カルトネはチキントラスの卵を強く拒む。カルトネは付き合いが長く、良好な関係をこれから先も保ち続けたいと望む大切な友人だ。
チキントラスにとって、彼が産んだ卵は最早人生そのものといっていい。それを拒否されるというのは、まさしく自分自身を否定されているかのようで、いささか残念な心地になる。
ただ人同士、それぞれが違う環境と、違う考えのもと生きている以上。全てを分かり合い、分かち合うというのは不可能に等しい。
自分だって受け入れられない彼女の一面があるのだ。だから、自分が産んだ卵を拒絶されることは仕方がないと、彼は割り切っている。
「───さんッ!!好きです!!俺と付き合ってください!!」
昼休みの只中。食堂内は人で賑わい、空席を探しお盆を抱えて練り歩く者もいるくらいには混雑していた。
無論その空間は人の数相応に歓談が行き交いしており、男一人の一声など容易く揉まれて霧散する。
しかし、突如として食卓の間を駆ける愛の言葉を
、付近に座っていた者達は耳聡く捉え、その天外さを前に押し黙る。
そしてその静寂と、注目が連鎖するように、食堂全体に静謐とした空気が立ち込める。
「俺と付き合ってくださいッ!!」
聞こえなかったと思ったのだろうか。
彼が再度放った愛の告白は、食堂にいる人間全てに現状を理解させる役割を果たす。
告白の返事より遥かに早く。食堂中に困惑と恐怖がブレンドされたどよめきが広がる。
「なんでこんな場所で………!?」「どうして衆目の面前でかますんだよ………!?」「正気.………?正気でこんな事できちゃうの…………?」「イカれてる…………!!駄目なイカれ方してるぜアイツ………!!」「学校じゃなくて病院に通えよ…………」「嫌な予感をひしひしと感じるよォ!!」
この場にいる多くの人の心臓が早鐘を打っている。ただ、それは胸がときめいているからではない。彼らの心臓は既に恐怖で征服されており、恋への憧れがつく席などあるはずもない。
徐々に加速していく混乱が、一声によって途切れる。
「えっ…………やだ…………ごめんなさい…………!」
告白された女性が、表情に明らかな嫌悪感を湛えて男を振った。
実に納得感のある顛末だ。
公開告白なんて事をするような場所でもなければ、空気づくりの類も一切執り行っていない…………こんな空気の読めない場違い野郎に惚れる、単純な人間などそうそういない。
そもそも彼女はこのような人間と恋仲になる仕打ちを受けるために、学校に通ってるわけでは無いのだ。
まぁ振られて当然だろう。
告白してきた男から、あるいは周囲の視線から逃げるように、彼女はその場から離れていく。
「おい………フラれたぞ……?...俺…………」
去っていった女性と入れ替わるように、告白した男の友達らしき男が彼の前に立つ。
「お前が今告ればいけるとか言ったから…………行ったのに…………おかげで振られて晒し者だ……………俺が傷ついちまったじゃねぇか…………!!バカ野郎ゥ…………ッ!!」
猛る獣のような憤慨であった。開ききった目は血走っており、引きつった唇からは歯茎の全容が見れ、握りしめた拳は遠目からでも音が伝わってきていると錯覚する程に、強く強く虚空を潰していた。
「は………?振られたのは魅力のないお前が悪いんだろうが………!!責任転嫁しやがってクズがッ……………俺だってあの子のことが好きだったのに………お前の事を思って譲ってやったんだ………なのに……………テメェ…………ッ!!」
けしかけた男もまた怒り心頭。青筋を立てて鬼にような形相で、告白した男を睨み返す。
「知らねぇよお前の気持ちなんざ………!!手前勝手な事を抜かしやがって………調子こくんじゃねぇぞ非モテェ!!」
「うるさい黙れ !! 振られたてェッッ!!」
両者の拳が交差する。殴り合いの喧嘩が始まった
「鶏野郎っ……… ! まずいよこれ………止めないと!!このままじゃ…………!!」
「もう遅い………!!」
喧嘩する男達の周りに座っていた者達は付近を離れ、代わりに食堂にいた
「おい………!!お前らやめろ!!もうよせ………!!」
両者の顔は青く腫れ、殴られてできた傷口はもちろん、殴っている拳も皮がめくれて血が漏れている。
しかしそれでも彼らは止まらない。
憎悪を沸き立たせる眼前の敵を、打ち倒すその時まで、咆哮を撒き散らし、怒りで満ちた全身を振るう。
憎いこいつをぶち倒したい。完膚なきまでに叩きのめしたい。
男達の願いが隆起し、燃え上がった直後。両者の拳が両者の顎を打ち抜いた。
脳が揺れる。
一撃を終え、そして受け、力が尽きたかのようにフラフラと、双方後ずさり───
そして乾いた薪を食らう炎のような瞳のギラめきを交わし合った。
「やめてッ………!!」
タイヤのような、硬くかすかに反発する感触が手に伝わる。
彼女が掴んだのは男の肩ではなかった。彼女は今、憎しみが具現化した化質のこごりに手を置いている。
「オレをバカにさせやがってエエエエエエエ!!!!」
腕から発生した化質のこごりが全身を覆い、てらてらと光るゼリー状の巨躯を為す。
ボディラインはテディベアのように丸っこいが、肉体はクマ以上に大きく、力強く、威圧感を放っている。
レベル4モンスター………この場にいる者たちでは対処できない規模のモンスターに、男は化けたのだ
骨身を駆け回る濃厚な化質で男は我を失っている。彼の頭の中はモンスターとしての初志でいっぱい。
即ち、自らをけしかけた、この男を殺すためだけに行動をする。
モンスターの丸太のように太い左腕が、何のためらいもなく目の前の憎たらしい男目掛けて振り下ろされる。
「まずい!!」
レベル4モンスターのパワーは、多少の個体差があるものの、最低限常人を殺害できる程度の威力を持つ。
だが、攻撃することを目的とした【告白させた男を殺したいモンスター】のパワーが、最低限に収まるはずがない。
その怪力は重機にも匹敵し、人間は当然、並みのモンスターでは受けきれないものであった。
しなりながら放たれる巨腕の一撃は、凄まじい衝撃波を生み出しながら床に命中。
焼き菓子を踏みつぶすかのように容易く、床が粉々に砕け散り。轟音が破片を連れ立ちながら、場にいる全ての者の耳元に命の危機を告げた。
「ハッハァ!ゴミクズ撃破ァ!!今日の世界は昨日よりも清潔になったァ!!」
床に大穴を開ける大破壊を為したモンスターは、嬉々として破壊跡を見下し、正義執行の愉悦に酔いしれる。
しかし…………
「あん?」
勝ち誇ったように自らが開けた穴を覗いていたモンスターは、ふと穴の向こうに違和感を感じ首をかしげる。
ぶち抜いた穴の底にあったのは、かつて食堂のフローリングであった瓦礫と、告白をけしかけた男を庇おうとして攻撃に割り込み、成すすべ無くグチャグチャに潰された二人の
目にしているだけで反吐が出てくるような、アイツの醜い面がない。
「先にスキぃになったのぁあ…………オレなのにぃぃぃぃィ゙ッ!!」
【告白させた男を殺したいモンスター】の腹の肉に5本の傷が整列して並ぶ。
腹をなぞって通り過ぎた一つの影。遅れて行き先に視線を向かわせ、そして捉えたのは…………一匹の獣。
大きな指先には包丁ほどの刃渡りのある爪を携え、樹立する硬質な毛の群れからは淡い光を放ち、雪山を駆けるオオカミのような凛々しい顔立ちをそれは構えている。
人の美的感覚を軽やかに転がし、両足を広大な大地にくぎ付けにしてくるかのような、恐ろしい程に美しい、そんな獣がそこにいた。
しかし、伝わってくるのだ。
美しさの合間を縫うように波を打ち、己の腹の底に干渉してくる、相容れない嫌悪感が。
路傍で一夜を明かした吐瀉物のように、汚らしく悍ましい、奴の本質が。
「オシャレしたってあの子はテメェに振り向かねぇぞゲボカス野郎ォォォ!」
「オレがッッ!!さきにスキになったァんだアアアアアア!!」
格好いい第一印象を瞬時に覆す情けない発言。
告白した男だけでなく、告白をけしかけた男までもレベル4モンスターに化けたのだ。
ラウンド2が始まる。
【告白させた男を殺したいモンスター】と【告白をした男を殺したいモンスター】。双方のけたたましい咆哮がゴング代わりに響き渡る。
「クッ…………ソがっ…………!!正月明けにカスみたいな事案起こしやがって………!!」
「化け物じみてるのは頭の中までにしろ!!バカッ!!」
方や建物を容易く破壊する怪力の持ち主、方や全てを置き去りにする俊足の獣。
両者はその他には目もくれずに、憎悪の対象にその理外の力をぶつけ合う。
食べかけの食事が乗った机を何の躊躇もなく吹っ飛ばし、壁や天井、床にひびを入れながら暴れ狂う。
しょうもない殴り合いが始まった辺りから細々と始まっていた避難も、モンスターが2体出現した事で本格化。
ただ今は昼の最も混み合った時間、つつがない避難を行うには人が多すぎる。まさしく今のような、有事の際に備えて扉は複数あるものの、席をすべて満たす程の人数を効率よく逃がせるほどの数はない。
背後で巻き起こる圧倒的な暴力の嵐に背を押され、扉に一気呵成と集まり、互いを押しのけ合うように逃げていく。
「わるくない………私はわるくない…………」
告白を断った女がそんな阿鼻叫喚の地獄絵図を見て崩れ落ちる。
この台詞で本当に非がないケースは相当レアだろう。
「大丈夫ですか………?立てますか…………?」
カルトネは床にへたり込む彼女に声をかけ様子を伺う。返答はなく、変わらずに涙をポロポロと溢しながらうなだれており、色々とショックがでかすぎて逃げる気力がわかないようだ。
彼女をこれ以上傷つけては駄目だ。
自らが原因で泣いてる彼女を気にもとめず、喧嘩し続けるクソ野郎共にムカつきすぎて、午後の授業が身にはいらなくなるから駄目だ。
腰に下げた箱に手をかけ、クレイを抽出する
クレイとは人の想いに呼応する化質のこごり。
淡く光ることを除けばただのスライムのようだが、自あらの化質を注ぎ想像を膨らませる事で、思い描いた形に自在に変形する。粘度を強め維持を促せば拘束具に、硬化させれば即席の武器に。
武器といってもレベル4モンスターへの有効打となる程の物は作れない。クレイは人の思念から捻出される物質である以上鈍器として充分な重量がなく、また刃物のような殺傷力のある形状が技術的に困難であるからだ。
多くの場合、クレイで武器を賄うときにはカルトネ同様に長い円柱の棒を作る。
求められるのは危険な間合いから敵を遠ざけるためのリーチのみである。
「いつまでもTOP5におんぶにだっこされたままでいられるかよ…………!!俺達だけでコイツら討伐するぞ!!今年の抱負はTOP5の劣悪な業務体制の改善だーッ!!いけーッ!!」
一般的なモンスターチームの陣形は、身体能力が高く、加えて弱点を突かれなければ死亡することがない
実力が足りないというのならば、基礎に律するのは不可欠だ。
『せーのっ!!』
猛烈な光と音、そして化質を乱す効果を持つBOMBの爆撃を受け、モンスターが一瞬怯む。
その隙に
しかし───
「お前らまでオレのこと傷つけるのォ!?いつの間に世の中は腐り果て善人を虐げることがまかり通るように
なったんだァァァァァ!!虐げ返してやるゥゥゥ!!」
「先に好きだったのはオレだァァァァァ!!」
【巨躯のモンスター】の豊満な肉体は一斉攻撃を物ともせずに弾き。
【俊足のモンスター】の目にも留まらぬ機動力はほとんどの攻撃を躱し、一部かすめたものの傷を残した手応えがない。
モンスターはそれと同等以上の出力の化質を帯びた攻撃でないと負傷させられない。
多くの在校生がレベル4モンスターを討伐する事ができない大きな一因である。
力足らずの彼らが討伐を成功させるには、複数人でのたゆまない連携で、レベル4に通用する火力を持つ者の一撃を通すしかない。
今この場でその役目に適しているのは………
「〝グリフォン〟………モンスターのうちの片方は恐ろしく速い。合図は俺が出す。合図を聞いたら直ちに産んでくれ…………!!まとめて
「御意」
チキントラスは混戦に背を向け腰を下ろし、したっぱらに力を込めて排卵砲を構える。
「こけっ………こぉっココッ………!」
「まだだ…………!!耐えろ〝グリフォン〟…………!!」
愛おしい卵達が産道を抜けていく。それらを腹の踏ん張りを駆使し、肛門の間際でせきとめ、大技を放つその時まで耐える。1個1個と、卵の装填を進めるにつれて理性が解れていき、〝グリフォン〟の頭を担う鶏の本能の殻が剥けだす。さながらゆで卵のように…………!!
「おいデブ!!こっち向いてみろデブッ!!」
「なぁんだとぉおおおおお!!!!」
その攻撃は鈍重、というほど粗末でないが、回避を主体としたステップワークであれば直撃の心配はない。
「こっちも向いてみろデブッ!!」
「なああああにいいいいいいい!!??」
このモンスターの思考は実に単純。何か別のものを狙っているときでも、害意を示せばヘイトが更新され、攻撃の対象を移り変える。
使いまわしの悪口だけでも、充分に時間稼ぎと足止めが可能であった。
そんな【巨躯のモンスター】とは対極に、【俊足のモンスター】は煽りやこちらの攻撃に対し取り付く島もなく、食堂中を駆け回り【巨躯のモンスター】の裏を取っては引っ掻いて、そして去ってまた隙を探し直す。
デカブツとは違いこの畜生は随分と一途な性格をしているらしい。
となればその性質に合わせたアプローチを取るまでだ。
「デブを囲むように展開して待ち伏せろ!!」
「オレは太ってなんかなああああああああい!!!」
ヘイト買いを担っていない
【俊足のモンスター】のスピードは現場にいる
だが何も追いかけっこをする必要などない。ゴールが分かっているのならば───
【俊足のモンスター】は室内を縦横無尽に駆け回っているが、攻撃する時には必ず【巨躯のモンスター】の背後に現れる。
ゆえに注視すべきは【俊足のモンスター】の動向ではなく、【巨躯のモンスター】の向いている方向。
己と奴の背中が顔を合わせたその時だけ、【俊足のモンスター】を警戒する。
机と料理を蹴散らしながら床を蹴り、グルグルと【巨躯のモンスター】の周りに軌跡を残し続ける【俊足のモンスター】。
突如としてその足取りを変更。
【巨躯のモンスター】の背中めがけて直進し、唾液が溢れる鋭い牙を剥き出す。
その動きに、【巨躯のモンスター】の背になっていた表象モンスターが即座に反応。
血に飢えた獣に堂々と立ち向かい、そしてすれ違いざまに、胴に一撃を食らわせる。
その
即ちダメージも微量。
だが、スプリントの最中にノーガードで横撃を受け、その猛進を保持し続けれる程の体幹は【俊足のモンスター】には無かった。
体制を崩した【俊足のモンスター】はゴール地点の【巨躯のモンスター】の背中から数メートルずれた地点に、その身を滑らせるようにして到着。
そして奇跡的にも、そこは〝グリフォン〟の射程圏内であった。
「撃てぇええええ !! 」
「コケコッコオオオオオオオオオオオオ !!! 」
卵達は、肛門の間際で白日を浴びるその瞬間を待ちわびていた。
彼らは黙々と、産声を上げるその前から卵管から注がれる化質を蓄え、与えられた役目を果たすための力をひたむきにつけてきた。
そしてその勇者達は本懐を遂げるために…………いや、本懐を遂げるためだけに生を賜る。
母親の号令を耳にした、開門の時を終始その目で見届ける。
生き抜いて死のう兄弟。
宿命に沿うのが俺達の生き様。
命を火花に変えて、愚かな敵どもに目にもの見せよう!!
絞りきった尻の穴を一気に弛緩。
意思とは無関係の腹の躍動が、卵管の内容物を勢いよく押し出し、卵達がやにわに産み出され宙空を駆け出した。
チキントラス抱える想いの本質は卵を食らうこと。
そのため彼の尻より出でる卵は、とても美味しいという点以外はごくごく普通の食用卵であり、言うまでもなく殺傷力は無に等しい。
そこでチキントラスは卵管から卵に化質を込める術を確立し、旅路を経てその至上の美味さを爆薬に代える力を手に入れた。
排卵砲と名付けられたその技の瞬間火力はTOP5にも比類し、大半のモンスターに通用するチキントラスの十八番である。
放たれた卵がモンスター達に襲いかかる。
総勢19個の卵爆弾は全弾命中すれば充分にモンスター達を弱らせれる威力があった。
だが…………
「先に好きだったのはオレエエエエエエエエエエ!!」
先の一撃は素早い動きにミートさせた見事なそれであったが、威力不足はやはり手痛かった。【俊足のモンスター】は崩れた体勢から即座に復帰。
自慢の足で卵爆弾の脅威から間一髪逃れる。
「人をいじめるんじゃなアアアアアアアアアいッ!!」
そして不運にも【巨躯のモンスター】は何よりも憎い【俊足のモンスター】の姿を視認してしまった。みなぎる悪意の行く先が移り、その剛腕を振りかぶる。
【俊足のモンスター】が走り出したのは丁度そのタイミングだった。宿敵が目の前で消え、視界に残ったのは向かってくる卵の雨のみ。
止めきれない攻撃の標的を変える余裕も充分にあった。
強烈な風圧を伴う腕の薙ぎ払いが、卵を巻き込み吹き飛ばす。
4つ程腕に着弾し爆ぜたものの、大きく毀傷させるには足りていない。
その他19個のうち、8つはひび割れ宙で爆発、5つは床に落ちて瓦礫を生む。
残り2つは近くの
自爆を使命とした卵達の産声は虚しく響いた。
「けっけぇー………こけっこぉココッ」
排卵砲は威力こそ並外れているが、その分産卵の副作用である知能の低下も著しい。
「〝グリフォン〟!!」
完全に脳みそが野生に戻ってしまったチキントラスは、床に散らかされた残飯を落ち着きなくついばみ、卵料理じゃないからかぺっぺと吐き出す。
言い逃れのしようもない程に畜生のような振る舞いをするチキントラスに、一筋の大きな影が差した。
「〝グリフォオオオオオオン〟!!」
「コケ?」
【巨躯のモンスター】の容赦ない振り下ろしによって、チキントラスは床の残骸ごと階下に落ちていく。野生レベルの知性で逃れられるような破壊力ではない。確認の必要なく、チキントラス•バンダバンは戦闘不能になった。
討伐は絶望的だ。
チキントラスの脱落から始まる陣形の瓦解。決定打も、それを導く人員も、失ってしまった。
「畜生ッ………!!」
彼らはどうしようもなく無力であった。荷を請け負う事もままならず、力を削る事も、有益な補助をする事も叶わない。
「オレがアアアアアアアアアアアア!!」
ふと【俊足のモンスター】の視界に、己が愛する告白された女性が入った。その時モンスターが何を感じたかは定かではない。少なくともろくでもないのは間違いない。
そうでもなければ、彼女に向かってその殺意を体現した鋭い爪を掲げ飛びかかるだなんて事はしないだろう。
「さァァァァァきぃにイイイイイイイイ!!」
醜い声を上げながら彼女と、カルトネに肉薄する【俊足のモンスター】。
その動きを予見し咄嗟にBOMBを移動先に投げるも、速度を正確に計算できておらず、かすりもせずにモンスターの背後で炸裂した。
「ッ…………おんどりゃああああああああああっ!!」
カルトネはクレイで作った棒を構えて【俊足のモンスター】に立ち向かう───
「まったく、どうして避難がこんなにも進んでないのよ…………」
研ぎたての刃物のように鋭い牙が、すらりとした長い前腕とトイレットペーパーによって阻まれる。肉に食い込み血を滲ませるもそれまで、食い千切るには程遠い………驚異的な硬度。
「ああ…………そんなのマミィちゃんの戦闘シーンが見たかったからに決まってるじゃない…………まったく罪な魅力の持ち主ね」
見当違いかつ行き過ぎた不遜な発言。顔を見るまでもない、声質を取り逃しても誰だか断言できる。
「マミィい〜………!!」
マミィ•ベンキー
フリムホーツ州の治安維持と防衛の要、TOP5表象モンスターの一人である。
「今は私の尊顔に見惚れてる場合じゃないわ。早くこの子を連れて避難誘導を手伝ってきなさい。私の美貌をと一挙手一投足を観察するよりも、自らの命を守る行動を取ることが優先………と皆に伝えて頂戴」
マミィは床にへたり込んだカルトネを、手を引いて立ち上がらせる。避難する人の数も多少落ち着いてきていて、告白された女性を担いで連れて行っても人波にもみくちゃにはされないだろう。
何より今この現場にはチーム【ミイラ男】がいるのだ。
この場の人間の安泰は約束されたようなものだ。
「………痛ってぇ………!!マミィてめぇ!!人を床に投げんじゃねェッッ!!」
「綺麗に着地できなかったあなたが悪いわ」
「お姫様抱っこでか!?猫じゃねぇんだぞ俺はァ!!」
マミィのヒーローのような格好いい登場の裏側では、ぞんざいな扱いを受けた小男の嘆きがあった。
いかなる時でも人命を最優先し、余念なく救助の一手を取れるマミィだが…………自らの
いち早く窓ガラスを蹴破り食堂に入ったマミィは、丁度襲われているカルトネを発見し即座に助けに向かった。その義勇溢れる好判断と並行して行われる、抱えていたパイロを投げ捨てるという蛮行。
当たり前のことだが、パイロは投げられると分かって抱えられていたわけではない。安全に、問題なく、ちゃんと現場に運んでくれていると信頼していたからこそパイロは背中を強打したのだ。ただまぁ、パイロ程の
「どっちも怪我がなさそうで良かったわ」
「ご気遣いどうも。慈しんでくれてありがとよ」
別にマミィはパイロを嫌っているわけではない。パイロへの粗暴な対応の数々は、裏表なくただただ雑に扱っているだけなのだ。実際に怪我をさせたことは少なくともここ数年ではないし、だからこそこうも冷然とした顔つきを保てているのだが……………熱のこもった皮肉を投げられまくってるのは至極当然のことである。
「あーもうクソが!!服ん中にガラス片が入った ! だからツナグの後に続けってあいったのに………!!」
「大丈夫ですか………?」
マミィがパイロを投げ出した直後ツナグは同じく窓から食堂に到着した。ただマミィと違い、真っ先にガラスに触れたのは足でなく掌。
窓ガラスと窓枠を〝解体〟する事でツナグはガラスを割らずに迅速に入室をした。
【解体】を受け空中に放り出されたガラスが床に迫る。そのガラスが床に接触するよりも前に、ツナグに続いたミサカラカが、ツナグの前に回り込みガラスをキャッチし受け止めた。
遅れてバンタンがシジミを抱えてかつて窓であった四角い空洞を通ってくる。
「バンタン」
「あいよあいよ〜!!」
バンタンの左手をツナグのメイスに握らせて、【巨躯のモンスター】めがけて大きく振る。タイミングよくメイスを離した左手は勢いを物にして、真っすぐ【巨躯のモンスター】に向かっていく。
そして左手は【巨躯のモンスター】の頭を掴み、バンタンがその真横を飛び去る。
「後は任せて任せて〜!!」
バンタンは左手さんを起点とした引き寄せで【巨躯のモンスター】に接近、そして勢いを利用してそのまま通り過ぎることで、【巨躯のモンスター】との距離を作った。そして今度は左手を引き寄せ、【巨躯のモンスター】を横倒しにしながら牽引し、【俊足のモンスター】から強引に離す。
「じゃはは!!本当にいいのかぁ?忘れてることがあるだろぉ………最強はオレだ!!オレたちだ…………!!随分と仕事熱心じゃあねぇかオイ。頑張り屋共が………!!」
どうやらミサカラカは道中での話し合いの決着にまだ納得がいっていないらしい。
「
「じゃはは!!お優しいやつだなパイロてめぇ」
ミサカラカは高らかに笑いながらそう言った。多分パイロはその系統の台詞で皮肉じゃないなんてことあるんだなとか思ってるだろう。
「だがよぉ………やはりてめぇら忘れてる事があるぜ………!!この街にいる人間の多くはモンスター適性が高いという理由だけで、元いた土地を離れ、この州に拘束されている哀れな連中だ!!」
ミサカラカは片手を広げて弁論を続ける。
「コイツらは世のために自らの生活を一変させ、不自由を受け入れて。モンスターの脅威と隣り合わせの日常を送っている………オレらにはそいつらが安心して暮らせるよう迅速にモンスターを討伐する義務があんだろうがぁ。ならば今この状況に最も適している能力を持った【酒呑童子】が出るべきだろぉ」
「確かに貴方達がこのシチュに強いのはそうなんですが………これだけ近くに人が多いと結界も大掛かりにする必要がありますし。まだ昼食が済んでいない人が多数いる以上、後始末に時間がかかる【酒呑童子】の力を発揮するのはあまり良くないかと」
ミサカラカの主張に対し、ツナグもツナグなりの意見で返す。ミサカラカはどうやらツナグの理屈の方が筋が通っていると感じたのか、体面を保つ次の言葉を考え始める。
「つーかそれ言ったら俺達
「……………………」
パイロのごもっともな発言にミサカラカは言葉を失う。常に酔っていて頭の回転がにぶいというのもあり、ミサカラカには論破されると黙り出すという習性があった。
「オレが先にスキになったんだアアアアアア!!」
「思い上がらないでちょうだい………!!最初にこの私を好きになったのは、他ならぬ私自身よッ!!」
【俊足のモンスター】に相対するのは、下着姿にトイレットペーパーを巻き付けた別世界のファッションセンスの長身の女。
マミィ•ベンキー【ミイラ男】
そしてその後ろからやってくるのは、小柄な黒人の少年。
パイロ•アンバー【ミイラ男の弱点】
突如として、マミィの周囲に現れる折り紙の輪飾り。ふわりと浮かぶそれをパイロに渡し、2人の前腕にツタのように巻き付ける。その直後、油を飲み干した火炎が如く、マミィとパイロ双方の化質が爆発的に高まった。
「!?」
【俊足のモンスター】の野性的直感が告げる、眼前に立つこの二人は、自らの人生において随一…………かつてないほどの脅威であると。
怪しい光を放つ毛並みが波を打ち、見開いた瞳孔がその二人に釘付けになる。
『チーム【ミイラ男】現着。【俊足のモンスター】に応対する』
そこから離れた食堂の端っこ。
【巨躯のモンスター】は苛立ちを通り過ぎ、自己憐憫を目の前の少女にさらけ出していた。
その少女は紫の蛍光色のショートボブを可愛らしく決めており。ノースリーブとホットパンツ、露出多めの着こなしは、どこぞのほぼ半裸女と色気で大きく差をつけている。
バンタン•ランジャン【フランケンシュタイン】
「いっつもこうだ…………オレだけが貧乏くじを引き、オレのみが失敗のつけを払わされ、オレばかりが悪意の標的になる…………どうしてオレはこんなにも哀れなんだろうか…………慰めてくれよバンタンちゃん………わざわざオレと二人っきりになるってことはさぁ…………オレの事スキだってことだよなァ!?そうだなァ!!」
聞くに耐えない言葉のオンパレードである。強力なモンスターに化けた者は往々にして化質に狂わされ、誇張された思想に基づく世迷い言を吐くものだ。故にあくまでもその言葉の数々は高ぶりすぎた感情で増幅されて出てきたもの。ただそれでもクソみたいな考え方のタネが普段から心境に埋まってると考えると、やっぱり嫌な気持ちになってくる。もっともそういう人間が大半なのだが。
「えぇ……………んまぁ確かにアタシより背が高い所はタイプと言えなくもないかも………… ? かもかも…………」
自分より遥かに高い位置にあるモンスターの顔を見上げながら、歯切れ悪くバンタンは言う。
【巨躯のモンスター】のテンションが目に見えて上がっている。モンスターの討伐は殴る蹴るでしか成し遂げられないわけじゃない。時として、その不満を言葉を駆使してほぐして上げる事が再発防止にも繋がってくる。だからバンタンは一旦考えてみる。どのような言葉が彼にとって耳心地よいか……………考える、考える………考えて───
「けどなんかどっかしらが生理的にヤダ!!ムリムリィ!!」
そして諦めた。
多分このモンスターの願いの源を埋めるには、自身のプライベートを切り離す必要が出てくるのでまぁ妥当な結論だろう。
「みんなしてオレをいじめるんだアアアアアアアアアア !! 」
取り戻しつつあった機嫌が一転して激昂。怒りに身を任せ、その剛腕を振り上げる。その動きに合わせるようにして、バンタンもまた左腕を掲げた。
否、正確には左腕を大きく振って、自らの左手を真上に投げたのだ。投げられた左手は指を広げて待つ。メイスを握りしめたツナグの左手を───
メイスを握る手を更に上から握りしめるようにして、バンタンの左手はツナグの左手に取り付く。そして跳躍の勢いと、バンタンの化質を乗せた打撃を、【巨躯のモンスター】の被害者面に浴びせた。
ツナグ•アマネク【フランケンシュタインの弱点】
『チーム【フランケン】現着。【巨躯のモンスター】に応対します』