バンタンランジャン•フランケーン─表象モンスターとその弱点。彼らの日々は激務で埋まる─ 作:御幸己 ねぎみそ
新世界保全連盟 〝Oliver〟
モンスターの討伐、管理を担い、人による人のための世界を保護する事を目的とした組織。その存在はモンスターの存在諸共秘匿されており、世界各地で人知れず活動している。
Oliver によって管理された表象モンスター達は、世界中のあらゆる場所で日夜モンスターの討伐に勤しんでいる。しかし、モンスターの発生は場所も人種も選ばない。限りある表象モンスターの力だけで、各地に現れるモンスターを事後対処で抑え込むのは非常に苦しいやり口だった。
それを解決したのは至って単純な施策。
モンスター適性の高い人間を選別し、一箇所にまとめる事である。
ここ〝フリムホーツ州〟はそんなモンスターになりやすい体質の者達が集められた、北アメリカ大陸の〝ボルテックス〟。
基本的に〝ボルテックス〟内のモンスター討伐は化質の漏出量の多い未成年の表象モンスターが中心となり、一部の成年の表象モンスターが主力として活躍する体勢になっている。しかし、北アメリカ大陸の表象モンスターは他の地域と比較して輪をかけて表象モンスターの人数が少ない。
故に現在、〝フリムホーツ州〟の主戦力となっているのは、ソフォモアの学生10人、チーム換算で5チームの表象モンスターと弱点達であった。
成人のモンスターチームを凌ぐ強さと、過酷な業務をこなすその献身を評され、彼らはTOP5と呼ばれ脚光を浴びていた。
「速いわね」
「寝ぼけた目にはちょっと荷が勝ちすぎるな…………」
【俊足のモンスター】がチーム【ミイラ男】の周囲を駆けて回り、高速で走りながら彼女らの隙を虎視眈々と狙っている。
強く握りしめたマミィの拳が、前兆もなく白い筒で覆われた。
「ふん!!」
そしてその拳を、離れた位置を駆けている【俊足のモンスター】目掛けて振るった。その推力に乗っかって、拳の筒…………紙コップが弾丸の如く放たれる。
紙製とは思えないほどの威力を孕んだそのコップは、真っすぐと【俊足のモンスター】に向かっていき……………ギリギリその引き締まった尻を削る戦果を上げ、テーブルの海に呑まれた。
「ふん!!ふん!!ふん!!ふん!!ふん!!」
当然攻撃はまだ終わらない。拳を振るって引いた側から再度紙コップを纏い、飛翔する紙コップを5連射。
しかし手数に注力した攻撃というのもあり、5発すべてかすりもせずに、テーブルと食べかけの料理を蹴散らすのみに終わった。
「当たらないわね……………ダメージなし。食べ物を粗末にしてしまった事実で、私の心の方が痛いわ」
マミィは自分の拳をわざとらしく胸元にあげて、心苦しそうに瞑目する。とりあえず雑な飛び道具は通じない手合いなのがわかった。となれば次手は直接殴るに限る。
「パイロ…………もう動けるかしら?」
「ふぁ…………悪いまだ眠い…………ちょっと待ってくれ」
昨日の任務での徹夜がまだ尾を引いてるらしい。まぶたは重りを括られているかのように閉じかけており、足取りも覚束ない様子だった。
「まったく……………つくづく惰弱な男ねあなた」
パイロのあくびを隙と見たのか、【俊足のモンスター】が急転換。パイロの背中に向かって駆けより、その鋭い爪を掲げる───
「私を見なさい元気モリモリでアグレッシブよ。どうやらあなたは私のように強くないみたい」
【俊足のモンスター】のアクションの変化に即応し、マミィも転換。軸足を回転に際してパイロの靴と一瞬だけ接触させつつ、右ストレートを【俊足のモンスター】に食らわせた。
「ギャッ…………!!」
恐らく彼のモンスター史上初めてのBSSの関わらぬ発声。頬を凹ませ内側の牙を砕くマミィの鉄拳を受け、悲鳴を上げた。
「認めるよ。うるせぇ無線の嵐の中、一人平気で5時間眠れるお前の心の強さには敵わない」
結構正当性のあるパイロの悪態を、マミィは涼し気な表情で聞いている。
【俊足のモンスター】は手痛い一撃を受けながらもすぐに復帰。周回を再開し、隙を狙い直す。
「俺、お前の代わりに起きて無線聞いたことは数え切れない程あんのに、お前が俺の代わりに起きてた瞬間はあんまないなのおかしくないか…………?」
パイロは寝不足で若干機嫌が悪いのか、マミィへの不平不満が吹きこぼれるように溢れてくる。
「仕方がないじゃない。夜更かしは肌にもメンタルにもにも悪いわ」
「俺に悪いとは思わないのか?」
「ええ、あなたは私じゃないじゃない」
マミィはパイロの疑問を凄まじい程にクソったれな理屈で返す。もしかして自己愛とパイロへの扱いとの差で何かしらの均衡を保っていたりするのだろうか?
焦っているのか、【俊足のモンスター】が早くも攻撃態勢。今度は背後ではなく横から。マミィとの間にパイロを挟む位置関係で突撃。動きのいいマミィを狙うのは一旦断念し、気怠そうなパイロに襲いかかる。
マミィは攻撃から逃れさせようと、パイロの服を掴もうとする───
だがその動きを、パイロは片腕を挙げて制止した。マミィは服を掴む代わりに挙がった手のひらを叩く。
「お前は本当にムカつくやつだよ。ただただ話してるだけで、目が冴えてきたわ」
【俊足のモンスター】の薙ぐように放たれた爪を、ひょいと飛び上がり楽々と回避。そして跳躍からすかさず繋がる右足の蹴りが、獣の間抜け面を吹き飛ばす。
「ッ…………!!グルッ…………!!グルルッ…………!!」
ハイレベルな闘争に当てられて【俊足のモンスター】 の理性が獣の時代まで退行していく。そしてその変化に対応するように、そのスラリとした肉体が膨らみ、目の輝きがより鋭く輝きだす。
自らに立ちはだかる【ミイラ男】を倒したい。構え直した願いが、元ある力をさらなる高みへ押し上げる。モンスターの〝進化〟だ。
進化した【俊足のモンスター】の速度とパワーは、既に常識破りであったそれに、更に勢いが上乗せされた恐るべきものであった。【俊足のモンスター】は【ミイラ男】の周囲の残像と轟音を残しながら、強化された爪の一撃の披露目を待つ。
進化はモンスターの本領の発揮。新たな願いに基づき最適化された肉体は、更に強力な異能を奏でる。
レベル4モンスターとの戦闘が早期決着が望ましいとされる理由の一つである。
しかし、本領を見せていないのは【ミイラ男】も同様のこと。
「睡眠欲がはけてきたら今度が食欲が主張を始めやがった。罠をしけマミィ。とっととケリつけて飯にしようぜ」
「何よ………私の方がお腹が空いているわ!お腹と背中はくっついて今にも癒着しそうよ!!」
未だ顔色の優れないパイロであるが、能力を問題なく行使できる位には体調を取り戻してきているようだ。つまり、本気を出すときが来た。
マミィはよくわからない文句を言いながら、数枚の大きな厚紙を召喚。そして厚紙を自分達の周囲に輪を組むようにして床に伏せ、待機させる。
準備はそれだけ。後は待つのみだ。
【俊足のモンスター】が加速を続ける
「足速いのに、アイツ来るのおっそいわねぇ…………」
「な、スマホいじって待っててもいいか?」
まだまだ速度が足りない。【俊足のモンスター】の足が忙しなく回り続ける───
「はぁ………やっぱまだ本調子じゃないなぁ………今日もカルタ先生へのリベンジは果たせそうにないなぁ………」
「夜勤あるんだからあなたは3、4限バックれた方がいいんじゃないかしら……………」
【ミイラ男】の雑談を横目に、隙の品定めを続ける───
「今私、すごくサラダが食べたい気分だわ…………レタスにトマト、アボカドもいいわ………今日が好みのドレッシングの日だといいのだけれど」
「なんでお前健康志向な女の子みたいなこと言ってんの?」
「私が健康志向の超究極美少女だからよッ!!まだ眠たいようねあなた!!今、目が冴えてないわ!!」
歓談のボルテージが挙がったその瞬間を、【瞬足のモンスター】は絶好の隙と見た。
加速を殺すことなく、前兆すら作らず。
【瞬足のモンスター】の自慢の足は、風の如く身を躍らせて【ミイラ男】の間合いに踏み込んだ。
そして一歩。殺意滴る爪と牙を振るうための一歩を前に送る。
爪を構え、牙を剥き出し、そして肉を切り裂く感触を刹那の内で想起した。加熱を止めない闘争心。本能に身を投げ打つ、そんな第一歩が。
地を這い滑る厚紙に巻き込まれ、崩される。
踏み切る動作にジャストで合わされた厚紙の動きは、容易く【瞬足のモンスター】のバランスを打ち壊し、転倒へ誘った。
成すすべもなく、力学の原則に抗えずに、【瞬足のモンスター】の腹が床に引き寄せられていく
「最早私は健康意識が高じすぎて、森羅万象の健康にまで気を使うようになってしまってるわ…………!!」
【瞬足のモンスター】の鳩尾に走る。爆発的な衝動。床に吸い込まれるような感覚が急激に逆転し、上へ上へ、天井と口付けを交わすまで上へ行く。
厚紙で体勢を崩した後、マミィは瞬時に【瞬足のモンスター】の背後に回った。そして目にも留まらぬ速さのまま、マミィは【瞬足のモンスター】を蹴り上げたのだ。
「私は今からビーガンよ」
「あっそ」
自慢の瞬足も、踏み込む足場がなければ宝の持ち腐れ。宙に打ち上げられた【瞬足のモンスター】は無力にして無防備そのもの。いち早い着地を、走行の継続を───
兎にも角にも大地に沿わねば勝機はない。
しかし打開の機会はとうに───
宙に置き去りになった【瞬足のモンスター】の周囲に白い帯が舞いだす。帯というか、トイレットペーパーだ。
浮遊する多数のトイレットペーパーが桂剥きのように紙を吐き続け、モンスターに飛び掛り巻き付いていく。
そして、瞬く間にミイラのようにトイレットペーパーでぐるぐる巻きになった【瞬足のモンスター】を、パイロがは見上げた。
パイロ•アンバー【弱点:着火】
パイロは目視した紙に、種類を問わず火をつけられる。その火力は紙を、トイレットペーパーを燃やせる程度の、精々軽い火傷を与えるのが精一杯の物。しかし、マミィの能力と強く協調し、共鳴させることで驚異的な火力を実現。最大火力をもってすれば鉄塊すらも容易く溶かす。火力を絞ったこの一撃でも、生物の息の根を止めるのに事足りる。
巻きついたトイレットペーパーに火をつけられた【瞬足のモンスター】は、その火力を直に浴び、肉体に引火した。
進化を果たした【瞬足のモンスター】の出力を上回る、圧倒的な化質の炎。
その火力は一瞬にして肉体の機能を損壊させ、モンスターの無力化を果たした。炎に巻かれたモンスターは重力に従い床に叩きつけられる。既に【瞬足のモンスター】にはかつてのような機敏な動きがない。髄まで届く加熱は、モンスターの肉を焼いて香ばしい香りを生み続ける。
「…………お肉食べたくなってきたわ…………緑黄色野菜なんてしゃらくさい。動物性タンパク質を食らって腹を満たしたいわ」
「正気………?焼いてるの人間だぞ………?」
燃え上がる【瞬足のモンスター】の焼ける匂いを嗅いで、マミィがよだれを垂らしている。
人が焼ける臭いというのは鼻の奥に粘着質の刺激物を塗りたくられるような、名状しがたい悪臭だ。ただこの【瞬足のモンスター】は獣をモチーフにしているからか、牛肉や豚肉を焼いてるときのような香ばしい匂いを放っている。とはいえ匂いを出しているのは人間。倫理的な拒絶心でパイロはマミィを糾弾する。
「何よ!!美味しそうな匂いなのは事実じゃない!!じゃああなたは!?あなたは何が食べたい気分だって言うのよ!?」
マミィはあくまでも3大欲求の一角の意向に従っただけというスタンス。人格否定される筋合いはないと意義を申し立て、パイロの意見を聞くことから抗弁を始める。
パイロは香ばしい肉の香りを脳の奥まで送り、腹の底まで落とし、自問自答。己の倫理観と本能とのすり合わせの如何を問い合わせてみた。
「……………やっべぇ、俺ステーキ食いたい…………」
「そうよ!!それが正しい人のあり方よッ!!」
人倫にもとろうがなんだろうが、肉は美味いから食いたくなる。腹の意見は非常に端的でわかりやすかった。脳が翻すのにも納得がいく。
「はぁ…………やむを得ないとはいえ、人間に危害を加える行為には線引をするよう心掛けてたんだけどなぁ……………」
血なまぐさい職についてるからには、日常生活の領域では常識人を演じていたい。可愛い!!と思った女の子が女装男子だった時のような、そうでもないような感じがしてきてパイロは落ち込む。
【瞬足のモンスター】の化質の陰りを感じる。
それを見て、【ミイラ男】の二人は合図もなしに同時に片手を挙げる。
「マミィ…………俺達が適当に焼いた肉よりも、食堂のおばちゃんが調理した肉料理のが美味いから…………飛びつくなよ?」
「何よそれ愚弄じゃない!!そいつ食いたいわけじゃないわバカ!!!」
大迫力のオーケストラを導いた指揮者のように、【ミイラ男】は掲げた片手を大げさに握りしめた。
そして、その握力を受けたかのように、火柱がやにわに消え去る。
残る黒煙が時間と共にはけていくと、そこにいたのはつい先程まで猛威を振るい、暴れに暴れた【瞬足のモンスター】ではなく、力なく床に倒れ伏したただの人間であった。
所々肉の炭化が見受けられるものの、モンスターに化けた直後であるならば跡が残ることなく全快するだろう。
『【瞬足のモンスター】の討伐を確認』
化質反応の消失をオペレーターが確認。後は【巨躯のモンスター】の討伐が終われば修復作業に移れるのだが……………どうやらそちらの戦いはまだ続いているらしい。
***
「加害を厭わぬクズ共がッ!!みぃいいんな殺してやるウウウウウウウウ!!!」
【巨躯のモンスター】の腕の振りおろしが【フランケン】に迫りくる。
「このモンスター打撃が通りにくい肉質です。多分化ける直前まで向こうのと殴り合いしてましたよ…………」
「じゃ、一旦急所狙いで行こう行こう〜!!」
小手調べを踏まえてざっと方針を計画。バンタンに左手を返し、ツナグは掌中に残された彼女の五指をポケットに詰め、モンスターの裏に回る。
「ん〜…………」
バンタンは【巨躯のモンスター】の攻撃の対処をするため、迫る巨腕の威力を値踏み。【巨躯のモンスター】を引き離す際に、バンタンはこのモンスターが空けたであろう大穴を逃さず見ている。修復自体は容易なものの、わざわざ人の仕事を増やすことを容認する意味はない。建造物の損傷が影響し、戦いにくい環境を作ることに繋がる可能性考えると、この一撃はなんとか上手くいなしたい。
故にバンタンは値踏みをしている。やり過ぎてかえって建物を損壊させる結果にならないよう。
脳天めがけて落ちてくる腕の攻撃範囲からヒョイッと外れ、手を広げた右手だけ宙に残す。そしてバンタンは跳躍。【巨躯のモンスター】と目線が合うくらいの高さを難なく跳んでみせる。
「よいしょよいしょ〜」
振り下ろされたモンスターの左腕に、急激にして強力なパワーがかかる。床に向かう力が天井の方へ浮上する力に。バンタンの左手を引き戻す力は、床を大破した【巨躯のモンスター】の力を軽く上回り、モンスターの攻撃を跳ね飛ばして巨体をのけぞらせた。
「痛いの痛いの得意得意?気絶《トン》じゃえ
モンスターにむけて構えた五指のない左手は銃口。モンスターの背後に回りツナグが投げた五指は銃弾。狙うのはゼリー状の肉体の中心に位置する、モンスターの人間の身体。
引き寄せる力を火薬とした五指の散弾が、人間部分の腹を貫き5つの血の出口を作り出す。
臓器の損傷は確実。出血は常人を死に至らしめるのに充分量。
しかし───
「人に暴力を振るうのは悪いことだアアアアアアアアア!!」
「ありゃありゃ」
「はぁ……………」
【巨躯のモンスター】の勢いは弱まるどころか、激昂を伴い苛烈になる。基本的にモンスターは強い痛みを与えると望みが塗り替えられ、化質のたぎりが落ち込む。モンスター討伐における攻撃は、それを狙った手段の一つだ。
しかし、ただ戦う事を目的としたモンスターの場合、それに特化するために痛覚のない生態になる事がある。
この生態の厄介な所は戦闘の長期化によって引き起こされる、討伐後の失血死のリスク増加だ。
モンスターが討伐された後に体に残った怪我は、残留する化質によって、骨が折れようが内臓が潰れようが3日あれば全快する。しかし回復にも優先順位があり、臓器や大きな傷口の回復に大きくリソースを割いてしまったまでに、血液不足で死亡するケースがある。
これ以上【巨躯のモンスター】に同じような失血与えることは、その最悪の事態を起こす可能性を上げてしまうことに他ならない。
とはいえモンスター討伐後の死亡事例というのは滅多にあることではない。先述の通り、モンスターの失血死というのは戦闘の長期化が最大の要因。つまり実力差があればそのような事は起こらない。
当然、ツナグら【フランケン】には打つ手が残っている。
一つはこのままモンスターの肉体を二人がかりでタコ殴りにすること。あくまでも打撃は通りにくいというだけ、無効化されているわけではない以上、5分〜10分殴り続ければ普通に倒せるだろう。
ただ問題は───
「…………時間と場所が悪いですね。長引かせた分だけ昼食を取らない選択肢を取る生徒が増えるでしょう。こういうストレスを重ねさせる事がモンスター発生に繋がってしまいます。…………あと僕お腹すきました」
「…………………」
バンタンは口を噤んで横目で見上げている。なんとな〜く、自分の頭にもよぎっている、ツナグが行き着かない筈もないその考えが、言葉としてにじり寄ってくるのをじっと見ている。
そして、その予見通り───
「…………刃物を使いましょうバンタン」
「イヤああああああああああああ刃物ーーーッ!!」
己の恐怖の対象──刃物の使用宣言に、バンタンは泣き叫びながら走って距離を取りうずくまりだした。
「待ってくださいバンタ──ああもう」
バンタンが戦闘を放棄しようがどうしようが、モンスターが待つ道理はない。一つ覚えのように腕を振り下ろす姿勢に入った【巨躯のモンスター】。
ツナグは咄嗟に【巨躯のモンスター】の顔面に向けてBOMBを投げて攻撃を止める。そしてすかさず裏に回り、膝に一撃をみまって転倒させた。建物の負担と蹴散らされた席と料理は仕方がないと割り切る。
「バンタン!!右腕さんと左腕さんを貸してください!!そうじゃないと僕が代わりに戦ってあげられません!!」
モンスターが倒れた隙にバンタンに駆け寄り、最低限のサポートを要求。罪悪感はあるらしいバンタンは細々とした震え声で応える。
「…………ご、ごめん………わたす……………だからだから…………それこっち向けないで…………」
「まだ作ってませんよ…………」
右腕と左腕がツナグの肩につかまり、背中にもたれかかる。その間に、【巨躯のモンスター】もその大きな体を時間をかけて起こし、立ち上がっていた。
「ツナグ•アマネク………テメェ…………!?バンタンちゃん引っ込めて一人でオレに立ち向って…………カッコつけてんのかァ…………!?ああン!?……………いや、息してるだけでカッコつけてるみてぇなもんだなァその顔じゃあ……………」
【巨躯のモンスター】の戯言は聞き流し、モンスターの次のアクションを待って立ち止まる。
「………白のロングコートなんてもんがバリ似合うゥゥ…………その面ァキライだアアアアアアアアア!!潰して人類の平等に貢献してやるゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!」
床を舐めるように振られる腕の薙ぎ払いが、椅子と机 を撒き散らしながらツナグに向かう。迫力抜群の光景だが、ツナグに取ってはただただ躱しやすいだけの見かけ倒し。
攻撃を飛び上がり回避しながら、ついでに跳ね上げられた椅子を受け止め【解体】。椅子の足を回収する。
そして手にした4本の棒を、メイスで弾き飛ばし【巨躯のモンスター】の首元に、後々で足場として使いやすい様に突き刺す。
「っ…………このッ!!」
本当に技のレパートリーが少ないことに、【巨躯のモンスター】は右腕を掲げ、アームハンマーの体勢に入る。
「…………?どこだ…………!?」
モンスターが攻撃の準備を始める前に、ツナグは【巨躯のモンスター】の足元に潜り込んでいた。
「…………ッ!?てめっ!?」
足元にいるツナグに気づいた【巨躯のモンスター】は、たどたどしくツナグを踏みつぶそうとする。濃い化質はある程度の物理法則を無視させることができるが、あの巨体のバランスを保ちつつ意のままに操れる程都合のよいものではない。必死に、それはもう頑張ってツナグをぺちゃんこにしようとしているものの、転ばぬよう体幹を駆使するのでいっぱいいっぱい。
得物を作る片手間でも簡単に躱しきれた。
「どこに行ったアアアアアアアアア!?!?!?」
「もう後ろにいますよ」
クレイで創造した剣は、丈1m程の刃の両端を簡素な持ち手で挟み込んだヘンテコな造り。何も常用し幾度も振るうわけではない。構造はこの後の動きただ一度に合わせた特注品だ。
剣を別のクレイを用いてギターケースに接着したら、後はもう立ち回るだけ。ツナグを見失った【巨躯のモンスター】を呼びつける。
「………ああ………肉体のバランスが劣悪なんですからもう少し落ち着いて振り返ってください。ちゃんと足元を見て…………そうそうゆっくり」
「バカにしやがってッ!!」
これ以上転んで建物に負担をかけぬよう指示しながらモンスターをこちらに向かせる。後は敵の次の手を狙い通りのものに誘導すれば準備完了。後ろ歩きでモンスターとの距離間隔を調整しながら───
「貴方の得意技は…………大体このくらいのレンジでしょうか?全て不発に終わっててさぞかし無念でしょうから。最後に挑戦権をあげます。ぜひ頑張ってください」
煽りを添えて腕の振り下ろしを要求する。
冷たく言い放ったツナグと対象的に、【巨躯のモンスター】は怒りに燃えて震えていた。モンスターの顔に表情を作るパーツはなく、中心部の体も機能はしておらず無表情、だがデカい肉体の振動だけで感情は伝わってくる。
【巨躯のモンスター】が猛々しく右腕を上げる───
「そんなに楽しいかよ………!?人をコケにするのア”アアアアアアアアアア!?!?!?」
「別に………ずっと退屈ですが」
ツナグめがけ振り下ろされる右腕の拳を見つめながら、彼は右手に握り込んだBOMBを、下に投げつける。強い弾性力を供えたツナグのBOMBは床で跳ね返り敵の拳に肉薄。内包していた爆発性の化質がその特性を発揮した。
爆ぜた化質が輝きを伴いながら【巨躯のモンスター】の化質を乱し、化質でできた肉が弛緩。その威力が削がれる。
それと同時、ツナグは左手に持ったメイスを右手に投げる。
そして、両肩から供給した右腕と左腕の化質とツナグの化質が、メイスの内側で落ち合い、【巨躯のモンスター】の一撃を打倒する力を成す。
迫る巨腕。逃げの選択肢はない。腰を落とし、構えたメイスをもって、その常識を超えた破壊力を迎え入れる───
「は…………?」
5倍近くの体格差。常識的に考えて、その巨躯に裏付けられたパワーと打ち合うなどあり得ないこと。
ただし、常識破りはツナグも同様なのだ。
【巨躯のモンスター】の全霊。限りない程の怒りを加えたその一撃が、潰す筈だった男一人の…………片腕とメイス一本によって防がれた。間の抜けた声が漏出するのも無理はない。
メイスに更に左腕の力もかけ、動揺で緩んだ巨腕の重みを跳ね除ける。
「右腕さん、左腕さん」
声掛けに反応し、バンタンの両腕達は手首から先のみをツナグの肩に残し、床に降りる。
そしてツナグはモンスターの肉体に飛び移り、さっき突き刺した椅子の足でできた階段を駆け上がって、モンスターの頭上斜め上に飛んだ。
【解体】
バラバラにしたのはギターケースと、それに付着させたクレイの剣の2つ。
「えっと…………?あっ、ありがとうございます」
視界外にバラけた剣の位置をバンタンの右手に指差しで教えてもらい、それをキャッチ。刃をモンスターの首に向け、刃を挟み込む2つの持ち手それぞれをバンタンの右手と左手に握ってもらい、そしてツナグも手を添えて刃を化質で強化する。
「ではお願いします」
床に置き去りになった両腕達が、あるべき姿への回帰を求める。引き寄せられた両手達が、握りしめた剣を連れて両腕達のもとに舞い戻る。
「………ァ……………ッ!!ガッ…………!!」
両手達の帰路に、【巨躯のモンスター】の首はあった。 モンスターの頭をささえる野太い首は、両手が手にしていた剣が通過し容易く両断。その大きすぎる傷口から、巨躯を形作る化質はとめどなくあふれていく。
化質の凝りは例えるとするなら、人の体にできるできものだ。触れると手応えがあり硬いが、一度傷を入れると内容されていた体液が噴き出し、瞬時にくたびれた皮と皮膚の凹みに生まれ変わる。
これ程の大きな傷を、それも一方的に打ちのめされ敗北を体感した今、修復する事はできないだろう。
「ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙!!!!」
討伐はほぼ完了。残るはこの死に体の後始末である。ただ、大量の化質がこぼれ出しているとはいえ、レベル4モンスターの化質量は膨大。プールの水を抜き切るのにも時間を要する様に、しばらくはその脅威たる異能を抱え続ける。
だからこの後は、ひたすらに殴りまくって化質を押し出す。
「バンタン!!」
化質の大量放出で暴走を始めるモンスター。空中にいる状態で、その見境なく振り回された腕をかわすのは難しく、乱暴に振るわれた腕直撃したツナグはテーブルの山に突っ込み、一瞬の戦線離脱を余儀なくされる。
そんなツナグと入れ替わるようにして、復帰したバンタンがモンスターに殴りかかった。
拳を引く際手だけを宙に残し、〝戻る力〟を応用したバンタンのパンチは、モンスターを大きく仰け反らせ、その少しづつ萎み続ける巨躯を地に倒す。
しかし、尚もモンスターは暴走を止めない。仰向けになった状態から手足をバタバタと動かし、そのパワーによって部屋は振動し、ぶつかった机と椅子は跳ね上がった。
そして、宙に弾かれた机と椅子の一部が、バンタンのはるか頭上を越えて、戦いを見物していた群衆への所へと落ちていく。
『!!』
戦いの余波による被害の除去、群衆の前に立ち待機していたモンスターチームの役目が回ってきた。彼らは落下地点を一瞬の内に見極めて、すぐさま助けに行こうと、一歩を踏み出す。
その一歩よりも、片足が地から飛び立ちまた降り立つ、その一連よりも早く。
「ッ!!………危な……ッ!!…………い……………?」
こちらに向かってくる戦いの余波に気がついた男は、強く放った言葉を萎ませた。
今この瞬間まで、弓なりの軌道を描いてやってきた椅子と机の群れが、急激に速度を失い、そして重力の指示に従ってただただ鉛直方向に落ちていく。その物理法則とは違う、奇妙な現象を目の当たりにしたからだ。
更には、床に追突するその瞬間。横倒しだったり、ひっくり返っていたり、想定された向きに逆らう自由な体勢を謳歌していた机と椅子達が、着地の動作も見せず綺麗にその4足を床につけていた。……………音もなく。
『?????』
とにかく意味がわからなかった。常識で解説するのは間違いなく無理筋のおかしな現象に、それを前にしていた生徒達はひたすらに困惑の声を上げていた。
何が起こったのかを一瞬の内に理解する事はできなかった。ただ自分達は助かった。その事実から、何が起こったのかは類推できた。
「じゃはは!!〝危ない〟………だぁ?このオレがいるのにか?おこがましい事この上ないぜ」
シジミが伸ばした右手の向こう。それに腰で触れ、腕を組んで立つのは、ミサカラカ•ジャンジャジャーン………………〝酒呑童子〟。今まさに、人々に襲いかかる椅子と机総計8つ全ての衝撃を殺しきり、そして落下していく椅子と机総計8つ全てを、静かに床に置いて元の場所へと帰ってきた…………最強の男であった。
「決め台詞言いたいなら助けた人らの前で言えばいいのに」
シジミが静かに放った言葉は、ミサカラカの顔面を不敵な笑みのまま凍てつかせる。そしてミサカラカは───
「……………………………」
シジミの方に顔を向けたまま言葉を探し続け、諦めて再度特に見る意味のない場所を見つめ出した。
***
「………待たせてしまいましたね」
「2、3分だし気にすんな」
「強い方を相手してくれてたんだから当然よ。まぁどちらにせよ私達が相手してた方が早く終わっていたでしょうけど」
【フランケン】より早く討伐を終えた【ミイラ男】は戦闘の様子を傍観していた。加勢という選択肢が無かったわけではないが、そうした場合、公正な収益分配をする為に参加者の貢献度を報告しなければならず、面倒くさい。だからTOP5は不必要な助力をしないというルールを当人たちの間で設けている。
「お疲れ様だ【ミイラ男】、そして【フランケン】」
戦闘終わりに一息ついていた所に、チキントラス………【グリフォン】の2人がやってくる。
「いつもの事だが、後片付けは私達でやっておく。
「………悪いですね。ありがとうございます」
校内で発生したモンスター被害の後片付けは、付近にいる生徒が手伝うというのが原則。ただ、日頃きつい労働に勤しんでいるTOP5の面々は、暗黙の了解で片付けには参加しないことになっている。
「それは私達から君達に伝えなければいけない言葉だよ。君達は私達には背負えない重荷を背負っているんだ。だから肩代わりできるものは、片っ端から引き受ける。それが然るべき私達の誠実さというものさ…………コケェェェェッ!!」
理智的で公徳心に溢れる彼らしい言葉である。知性を感じさせぬ畜生の奇声で結ばれた所含めて実にチキントラスらしい。
片付けをする人を見ながら食べる食事は、申し訳なさで味に抑揚を感じなくなる。ただ、TOP5以外のモンスターチームの面々は、少なからずTOP5に負い目を感じているらしい。ならば、彼らからの厚意を受け入れる事こそが、正しい対応であるとツナグは考えている。
「ではお任せします」
「チキンソテーが食べたくなってきたわ。鶏肉ってヘルシーな上、美味いわよね」
先を急ぐようにしてツナグらは昼食を取りに向かう。
「ミサカラカァ!!シジミィ!!あんたらっ!!なぁにやってんのよォッ!!」
背後から【酒呑童子】の2人に向けた大声が聞こえてくる。声の主は
「じゃはは!!カルトネぇ………テメェこそ何言ってんだぁ?アイツらは間違いないなくこの戦いの貢献者、だがオレ達は紛うことなき傍観者だ!!………であればオレ達がやるべきはいち早くこのしちめんどくさい後片付けを終わらせ、午後の授業に響かぬよう性急に生徒の食事を再開させることで───」
「うるっっっさああああああい!!うるさいッ!!あんたホントうるッッさああああああああああああい!!!」
ミサカラカの長々しい御託がカルトネの怒声に両断される。カルトネはシジミが差し出してきたモップを丁寧に受け取り、ミサカラカの握っていたモップはすこぶる乱雑に奪い取る。
「あんたらはいつも忙しそうにしてて!!そんでいつ呼び出しくらうか分かんないからッ!!休めるよう無理させぬよう私らは仕事代わってんの!!周りの奴らみんなすごく居心地悪そうな顔してんのに………!!床の残飯掃くのに夢中で気づかなかったのかなァ!?!?」
カルトネの激昂を前にして、ミサカラカはいつものように腕を組んで不敵に笑っている。………が、間違いなく内心は萎縮していることだろう。どうしたらいいのか分からないのか、黙りこくったままアクションをしない。
「ミサ」
シジミの諭すような一声を受け、ようやくミサカラカは凍りついた思考を動かしだす。
「じゃはは!!そこまでいうなら…………飯食いに行ってやろうじゃあねぇか」
そう言ってミサカラカは、いつものように肩をいからせ、腕を組みながら大股で場を後にする。しかしやっぱり掃除に加わりたいのか、後ろ髪を引かれた様子でチラチラと背後を見ている。
***
料理をよそったツナグらは窓際にあるTOP5席につく。思えばこの6人が揃って食事を取るのは久しぶりだ。
「う〜ん…………やっぱりピザが一番美味い美味い!!」
「あら、フライドチキンを差し置いてかしら?度胸は買うわ」
「二人の味覚はつくづくタメリカンなのだわ………」
女子達の会話を耳にしながらツナグはおにぎりを頬張る。今日のおにぎりの具は凝縮BBQ。ステーキ、ウインナー、ピーマン、コーン───定番の食材をソースを和えて米で包み込んだ邪道おにぎり。当然まずいわけがないのだが、普通の具材で作ってくれというのもありまた本音だ。
「今日は平和だな…………無線から悲壮感も慌ただしさも漂ってこないいい一日だ…………午後の授業終わったら久しぶりにチェスとかリバーシでもしようぜ」
「じゃはは!!負け越した雑魚にはジュースを奢らせようぜぇ………!!」
「負け戦に自ら罰を設けようとするのやめましょうよ…………」
無線はTOP5とは切っても切れぬ間柄。授業中だろうが遊んでいる最中だろうが眠っている時ですら、所構わず語りかけてくれるとても親しい関係だ。故に彼の機嫌の良し悪しは、ツナグらの機嫌の良し悪しといっても過言じゃない。こうやって彼が穏やかに出現したモンスター生態や被害状況について喋っている間は、あたかも自分達が普通の学生かのように思えて、ツナグは少しだけ気分が良くなってくる。
やはり平和とは素晴らしい。このままこの安寧を貪って親しんで、あわよくば腐ってしまいたい。
気の置けない友達と過ごすこの一時を、噛み締めるように享受していく───
アラートが鳴る。その旋律は耳の中に刻みこまれた跡を綺麗になぞり、現実というものを丹念に教え込んでくる。ハザードレベル4の……………事件が発生したのだ。
一同は食べる手を止めて、無線から綴られる事件の概要を謹聴する。一同といってもマミィは例外。彼女だけは平気な顔でフライドチキンをガツガツと食っている。これでも一応無線はしっかり聞いてるらしく、目線もそちらにやってるし、彼女の人柄からして実際そうなんだと思うが……………とはいえ皆が真面目に話を聞いてる中、当然のように食事を継続できる胆力は真似したくない。
事件が起きたのはノースタス…………学校近辺にあるスーパーマーケット。タイムセールを逃したマダムが苛立ちで【触れた物を安物に変えるモンスター】に化けたらしい。そのモンスターは店の商品を尽く劣化させ、台無しにした挙句、それらを手当り次第カゴに詰め込んでいるようで、現在はレジ待ちをしているという。
このモンスター自体はお得にショッピングしたいだけ故に攻撃性が低く、人的被害は皆無。少なくとも今すぐに大暴れして怪我人を出すことはないだろう。
問題はモンスター発生に触発されて化けた二次的モンスター…………【逃げ惑うマダムのモンスター】である。そのモンスターは突如として現れた【触れた物を安物に変えるモンスター】への恐怖心から化けたようで。四肢を車輪に変え店の入り口を大破してその場を去り、そして邪魔な車をどかしながら道路を駆け抜け、現在は信号待ちをしているという。
この破壊規模のモンスターを野放しにしていたら、死人が出てもおかしくはない。
『出動要請!!出動要請!!チーム【酒呑童子】!!チーム【フランケン】に出動要請!!』
穏やかなランチのムードをぶち壊したアラートは、そのまま本当にツナグらの平穏を打ち崩した。
「行くよミサ」
「……………あぁいくか………」
シジミはモーニングやランチの際にはいつも手で持てる料理を選択する。こういう食事中の緊急招集に備えての事だ。シジミは要請を聞いて即座に皿のおにぎりを取り1個はタッパーに、もう1個はミサカラカの背に乗ってから、茶碗から溢れてくるしじみ汁で流し込むようにして食べる。
取り置いたおにぎりはミサカラカ用。ミサカラカもシジミにならって手で持てる料理を選ぶようにしているのだが、こうして友達とご飯を食べれる時には嬉しくなってしまい、ついつい食べたい料理を選んでしまうようだ。
「も〜!!ご飯中に呼び出しとかホントにヤダなぁ………ツナグ〜終わったら買食い行くぞ行くぞぉ……………」
「…………はい」
ツナグら【フランケン】も渋々席から立ち上がり、【酒呑童子】同様窓に向かう。
「また【酒呑童子】と【フランケン】〜?偏り過ぎよ!!指令部の連中に舐められたりしてるのかしら!?私達!?」
「妥当な人選ではあるだろ…………いらん気遣いかもしれんけど気をつけてけよ。お前らがモンスター討伐している間、留守番の俺達は微力ながらフードロスを撲滅してっからさ」
呼ばれていない【ミイラ男】の二人は居残り。校内でのモンスター発生に備えて待機する。そしてツナグら【酒呑童子】と【フランケン】は窓から飛び降り、各々の現場に向かう。
「………何よピザも滅茶苦茶おいしいじゃない…………やるわね炭水化物」
「そーだな…………」
バンタンの皿にあったピザをしがむマミィは、しみじみとその味わいを楽しむ。パイロもまたマミィと同様ピザを口にするも、心ここにあらず。悔しげな目つきで、窓の奥を見つめていた。
食後トイレに入ったマミィは便器への用事を済ませ、長々とした化粧直しに勤しんでいた。自らの容姿に絶対の自信を持つマミィはビジュアルの維持と向上を怠らない。パイロを死ぬほど待たせてしまっているのだが、マミィはそんなことはお構いなしに化粧を続ける。
「………流石にもう赤くはないわね…………あのヒョロガリ…………!!私の額が赤くなるくらいのチョーク投げを放つなんて………イカれてるんじゃないかしら!?」
呼び出された【酒呑童子】【フランケン】の残り物を胃袋に放り込み、計4食分の料理を平らげたマミィ。モンスター故に過食が生活の足を引くことはないが…………やはり普段の4倍の食事量には流石に苦しさを覚える。といっても腹に入れたものが逆転する沙汰が展望できない程度。波打つ感情の矛先は嫌悪するアラボネに向けられている。
「まったく…………折角次は戦闘実習なのに………本気で殴れる相手がいないだなんて…………いっそアラボネ本人に殴り込みに行こうかしら…………!!」
既に事から2,3時間経つというのに、未だマミィの怒りの炎は轟々としている。苛立ちの行方は所作に現れ、床を踏み鳴らしながらトイレを後にしていく
ふと、マミィの脳に直感が走る。
その導きに従いマミィは踵を返し、扉の閉まったトイレの個室で足を止めた。
「もしかしてあなた………………紙がないんじゃないかしら?」
「えっ…………えぇ!?な、なんで分かったんですか…………?」
「ふっ……………スーパー美少女マミィちゃんの勘よ…………!!女の勘の完全上位互換ね……………」
マミィの直感が伝えたのは、トイレの紙が切れ困り果てた女生徒の存在。ちょっとキショすぎる事柄をドンピシャで見抜かれた当人の心境としては驚きというよりも、恐怖心の方を強く感じているだろう。
「上からトイレットペーパーをゆっくりと落とすわ。私が出す紙類は時間経過でも私の意思でも消せないから………ホルダーに入れたらそのまま放置していいわ。ああ、念のためもう2、3個予備があったほうがいいわね。同じように落とすから後ろのスペースに置いといてちょうだい」
「あっ……はい!」
トイレの女性は前触れなくパッと浮かび、そして水に沈むかのようにゆっくりと降りてくるトイレットペーパーを受け取る。一つは空っぽのホルダーに、残り2つは後ろの段差に置いておく。
マミィ…………〝ミイラ男〟の能力の本質はかつて手にした紙類の再現。トイレットペーパーやティッシュペーパー、本ですら表紙付きで具現化させることができ、視界内であれば周辺環境を問わずにどこにでも出現させられる。更には自らの意思で念動させることも可能であり、能力の幅広さだけで言えば群を抜いた性能だ。
ただ一つの欠点は、出現させられる紙類は何の変哲もないただの紙であるということ。とどのつまり殺傷性は皆無。今のような日常的な場面では活躍を見せるものの、こと戦闘においては陽動や目眩ましの役割しか果たせないとされてきた。
「ふふっ…………悩み苦しむ人間の存在を目ざとく察知し、更には後から来て困るであろう人を気遣うこの私……………やはり素晴らしいわ…………!!最早褒められ飽きた頃合いよ………………マミィちゃんは世界一優しく気立てが良くて可愛らしいと言いなさい」
「あっ…………はい。マミィさんは優しくて…………とても端正な顔立しています………」
「その通りよ!!」
マミィは個室のトイレットペーパーを確認、ほぼ壊滅状態のトイレットペーパーを数えながら能力で補充し、そして趣向を凝らした自画自賛で悦に浸る。トイレの女性は慣れ親しんでいないマミィの習性を前にして困惑気味。だがそれよりも気がかりなのは
「あの…………すみません………お疲れなのに手を煩わせてしまって…………ついさっきまで戦ってたのに…………」
フリムホーツ州に住んでいて、TOP5の名と活躍を知らぬものなどいない。その異常な職務体制と、学生には重すぎる責任の重圧までもが周知の事実だ。
トイレの中の彼女は、兼ねてより人を頼る事に一抹の抵抗を感じていた。頼る、というのは大げさに言えば自分の弱さを担わせる事。ましてやその相手が激務の渦中に立ち、重責の依代となっている人間となれば、頼る事に二の足を踏むのも納得のいく思考だろう。
「別にいいわよ。私ちょっと疲れてる位でを優しさを怠る人間でありたくないわ」
マミィはそうトイレの女性の謝罪を切り捨てた。
マミィベンキーは徹頭徹尾自分の為に生きている。ひたすらに己の尊厳を守り、何よりも己の価値観に即し、そして己が望む姿と展望の為のみに命を行使する。まさに自己中心的思想の権化。彼女は自己と、自己より発生するそれらを断固として譲らない。
そして彼女にとって、人助けもまた自己を取り巻く理想の一つ。故に彼女は人助け惜しまない。己を第一に尊ぶがために彼女は他者も尊ぶのだ。
「気持ちはわからなくないけれど、躊躇なく助けを求める心構えがないのは褒められたことじゃないわよ。人間一人で何でもできるわけではないのだから、できないことは迷いなく誰かに頼るべきよ。………私だってパイロがいなきゃさほど強くないわ。いかにもなスーパー超人であるこの私ですら、他人ありきで成り立っている事があるの」
マミィの語り口はどこか重苦しい感情を沈めたような、涼し気ながらも澄んでいないものであった。トイレの扉越しからは表情など読み取れようもないが、不思議とその姿形を手に取れたような気がしてくる。
「ま、借りを返したいとでも思うのなら。目についた困った人にでも手を差し伸べてなさい。そっちの方が美しくていいわ。この私みたいに」
トイレットペーパーの補填を終えたマミィは、そう言い残しその場を去っていく。
「…………あ、ありがとうございました………!!」
遅れてトイレの女性の感謝の言葉が女子トイレに響き渡った。
***
「なぁマミィ。お前がお前の性格くらい頑固者なクソの退治と、首から下の惨状を解決する為に首から上に手を加えるわかりやすい愚行をこなしている間に、チャイムがけたたましく授業開始を知らせてきたわけだが…………そんでもってその便りを見届けて早10分…………即ち俺はお前を待ち続けていたわけだが……………そんな俺に対し言うべき事があるんじゃあないのか?」
「これ以上の遅刻はあまりにも先生に失礼だわ。チンタラしてないで行くわよパイロ」
「お前の誠実さにはいつも感服させられるよ」
死ぬほど待った時間を使い、恐らく推敲に推敲を重ねたであろうパイロの皮肉に対し、堂々たる姿勢で立ち向かい、見事競り合いに勝つマミィ(人としては敗北)。
といっても【ミイラ男】の喧嘩など茶飯事に過ぎない。10年の付き合いになる彼らの仲は、キツめの罵倒を交わし合った次の言葉で食べてる菓子の感想を平然と語り合える位に仕上がっている。
「あぁ、そうそう…………トイレットペーパー23個よ」
「……………報告書くらい自分で書けよ…………」
「あなたのほうが記憶力がいいから委託するのよ。ただの合理的思考だわ」
【ミイラ男】の能力で生み出す紙類は時間経過でもマミィの意思でも消えない……………即ち、マミィが自由に能力を使えてしまうと紙類の需要を奪ってしまう事になりかねない。そのため
この報告書は【ミイラ男】自ら記入し提出するのがルール。普通に考えれば、紙類を使用しかつ残す判断を下したマミィが書くべきものだが……………そもそもマミィの頭自体が普通でないのだ。楚々とした表情のまま面倒くさい報告書を押し付けるなど彼女にとって造作もないことである。
「つくづく私の能力は便利だわ…………便をしたあとに紙がないことに気づいても、即座に紙を生み出した尻を拭く………………この危機的事態を見事に自分の力のみで解決してみせたわ!!…………懐かしいわね」
マミィ•ベンキー…………【ミイラ男】の
当時のマミィは院の中でも群を抜く問題児。冬場ですら衣類の一切を着用せず、口を開けば奇声を、動きだせば奇行を始め、毎日のように暴力と破壊を繰り返していた。どれだけ説教をしても取り合わず、自らの意思に従い平然と悪意を振り回す彼女は、孤児も職員も大挙する院内一の嫌われ者であった。
彼女がモンスターに化けたのは何でもないある日のこと。不意に訪れた便意に誘われトイレに入ったマミィは、排便を終えたあとホルダーに紙が入っていない事に気がついた。
常に全裸の原始的思想の持ち主、掛け値なしの異常者であるマミィであったが、常識の全てが欠乏しているわけではなく、便を拭き取らず歩き回ることには抵抗があった。
だがそれよりも、己を嫌い、そして己が嫌う孤児達や職員達に頭を垂れ助けを乞う事に強い拒絶心を覚えていた。
故にマミィは自らの力で状況を打破する事を望んだ。誰にも頼ることなくお尻を拭き上げることを───
しかし、下着すら着ていない彼女は代わりになるものを持ち合わせようもない。できたことは、ただ望み願うことだけであった。
その願望はモンスターとしては平素。表象モンスターとしては異色の瑣末事。
お尻を拭きたい。紙が欲しい。
マミィ•ベンキー【表象:ミイラ男】
独力で些細な困難を解決することをひたぶるに望み。素寒貧から紙を呼び出し操り扱い、見事お尻を拭いたモンスター。
「お前はこのクソみたいな能力をいつまで保持し続けるつもりなんだ……………」
「永久によ。こんな普段使いSティアの能力。手放すわけないじゃない………ずっと言ってるでしょう?」
マミィは常軌を逸した自己中心的思想の持ち主。些細なきっかけで掴んだ些細な力を、今日まで衰えさせることなく維持してきた恐るべき我の強さを持つ、異能以前の異端者である。
「今はコントロールに自信がついてるからいいけどさ。ティッシュとか使うたびボヤ起こしちまうんじゃないかおっかなびっくりとしてたんだからな?昔の俺」
「体が小さいと心まで小さくなってしまうのね…………哀れ」
「能力がクソだと性格までクソになっちまうのか…………」
彼女の
だが、パイロはこの先も、今と同様彼女の横を歩き続けるだろう。それは使命などという冷えたものでなく、己の意思でだ。
「ほんっっと……………俺お前のこと嫌いだよ」
パイロはこれから先何百と綴り、そして何千と刻むであろう言葉を、マミィに吐いた。
「勿体ないわね…………パイロ。自分に正直になればあなた両想いだったというのに………………」
「…………!?………うわ、うわ…………オーエッ!!オエッ!!…………キッモ!!おまっ………今のキンモッ………!!食後だぞふざけんなテメェ!!」
「そうね…………今の今際の際で悔いる大失言よ………………撤回撤回………もう私もあなたが嫌いって事でいいわ」
不覚にも気色悪いやりとりをしてしまった2人は、青い顔をしながらトボトボと教室に向かう。