「ごめん、その日は妹がレースにでるんだ。」
「妹さん、ウマ娘なんだ。」
遊びに誘ってきた友人は驚いた顔をした。
大学のカフェテリアで空きコマの暇つぶし。一緒にいるのは金髪の同級生。構内で迷子になって初回の授業に全て出られなかったという面白い女だ。
「高校生?」
「いいや、中等部。足が速くてとびっきり可愛い。」
自慢の妹たちである。ほしいといわれてもあげないよ。
「名前は?」
「ひみつ。」
「ケチ。似てるの?」
「全く似ていないよ。あの子達は似ているんだけどねぇ。」
「まあ予想はついているけどね。中等部っていうところで察したわ。」
え、と顔をあげると友人はニタリと笑った。
「妹さん、三人でしょう?」
「黙秘権を行使する。」
「そう言っている時点で認めているようなもんよ。あんた分かりやすいのよ。」
どうしてわかったのだろう。心当たりが全くない。
いや、別に隠しているわけじゃないけど。
「参考までにどんなところで。」
「教室でよく雑誌を読んでいるじゃない。ご丁寧に付箋までつけてさ。誰だって、あ、この子はレースが趣味なんだなって思うわよ。」
ジーザス、神よ。
この愚か者のために入学式の日に時間を巻き戻してください。
「でもまさか、ヴ三姉妹の姉だとわね。」
「ちょ、誰かに聞かれたらまずいって。」
「私達しかいないわよ。てか、否定しなかったわね。」
「だって、あの子達の姉であることを否定することはできないよ。自慢することはできるけど。」
羨ましかろう?羨ましかろう?
「ウザい。その顔。シスコンは身内だけにしなさいよ。」
「いや、こうなったら聞いてもらおう。私がどれほどあの子達を愛しているかを。」
「え、やだ。」
「え、そんなもったいないことするの?めっちゃ可愛いあの子達の話を聞かないっていう選択肢がこの世に存在するの?いいやしないね。そんなやつは人生損している。つまり、あなたの人生の彩りが失われるよ。それでもいいの?」
「めんどい、めんどい。シスコンはお呼びでないよ。」
「シスコンじゃないよ。限界オタクなだけ。」
「妹のオタクってすなわちシスコンじゃん。」
げんなりした顔の友人。
でも、席をたたないところをみると聞きたくてたまらないのだろう(そんなことありません。)仕方ないな、ツンデレさんめ(そんなことはありません。)とびっきりの話を聞かせてあげよう(いい迷惑です。)
その後、私は空きコマの時間いっぱいまで語り続け、授業というインターバルを挟み、5限まで力説した。友人の顔はうんざりした顔から虚無になり、ふつうの顔に戻った。おい、もっと喜びなよ。至高の天使たちの話だぞ。
「じゃあ、私デートだから。おつ。」
「え、ちょっと待ってよ。まだ幼稚園の半分もいっていないんだよ?」
「しかも長女さんだけでな。」
友人は鼻で笑った。
そんなことしなくたっていいじゃないか。
ん?長女?
「長女は私だよ?」
そう言うと友人はしまった、という顔をした。
君、クールぶってるけど意外と表情豊かだよね。
「今のは、ファンたちの呼称というか。」
「わかってる。わかってる、私も知ってるって。ちょっと揶揄っただけ。」
「いや、でも。」
「ちょ、あなた優しすぎ。え、本当は私のこと大好きなんでしょ。でも、ごめん私にはすでに最愛の子らが。」
「だから、」
私はピッと人差し指を向けた。気分はエルビスプレスリー(令和で通じますか?)
「恋人と仲良くね。」
友人はため息をつくと、
「わかったよ。」
と呟いて去っていった。
いけないな。気を使わせてしまった。あの調子でデートなんて大丈夫だろうか。お相手さん、心配するのではないか。いや、そうなるとかえっていいかもしれない。落ち込んでいる恋人を慰める。これほどいいシチュエーションはないでしょう(余計なお世話です。)
よし、気持ちを切り替えていこう。しまっていこう。
スマホのカレンダーには、明日のところに花丸がついている。この前、妹たちに4人でお茶をしようと誘われたのだ(えっへん。)
こんなに幸せなのにどこにケチをつけられる?
友人よ。
私は全く気にしていないよ。
「うーん。」
爽快な目覚めとは言い難い朝だった。
時刻は4時。
暗い窓には滝のように雨が滴り落ちていて、パジャマの裾から冷たい空気が身体を冷やした。
悪夢をみたわけではない。
どちらかと言えばよい夢だ。
初めてヴィルシーナと対面した日のこと。いつもだったら幸せな気持ちでおわるのだけれど、今の私には苦々しいものだった。おもえば、あの時私は自分が望んでいたものと世間が私に望むものとのギャップに気づいたのだ。
幼い私は気づいた。昨日までとは違う自分に。目に見えるものが全て意味をもつ別の何かにみえて、色鮮やかに光をはなっているように感じた。何が私を変えたのか、その答えは「妹」がいること。私は「姉」になったのだ。何もなかった私に意味が与えられた。ヴィルシーナが役割をくれた。
私の心は喜びに満ちて、この小さな妹を大事にしようと誓った。でも、父さんも母さんも困った顔をしている。
どうして誰も喜んでくれないの。
今、私はとても嬉しいのに。
小さくて柔らかい温もりがこんなに愛おしいのに。
とても不思議だった。
そして悲しかった。
ヴィルシーナでさえもこう言った。
「お姉さまはいつも私のことを優先して。」
ある時、私はヴィルシーナの看病のために遊びにいくことをやめたことがあった。風邪をひいた妹を家に一人残していくことなんてできなかった。遊園地にいったとて気に病んで暗い顔をしているだろう。だから、家に残った。
でも、それは優しいあの子の心を苦しめて、
「お姉さま。私はお姉さまが大嫌いです。」
そう言わせてしまった。
泣きながらしゃくりあげる妹。
私は拒絶されたことがショックで、これ以上あの子に嫌われたくなくて、部屋を出た。そして、丁度帰ってきたお母さんに後を頼んだ。
母さんは、
「あまり気にしないことよ。」
といったけど、私は罪悪感からあの子達に前のように近づけなくなった。
周りの大人も、ヴィルシーナも、私が妹ばかり優先して我慢しているのではないかと邪推した。そんなことはない。やりたくてやっているのだ。そう言えばよかったのに。いつも私は曖昧に笑って誤魔化してきた。そのツケがようやくまわってきたのだ。
寝汗を流しに着替えをもって廊下にでると、台所に電気がついていた。
「あら、おはよう。」
お母さんが料理をしていた。おかずが沢山のタッパーに詰め込まれていて、コンロやレンジはフル活用されていた。しゃがんでいて気づかなかったが、お父さんはコーヒーを淹れているようだった。両親たちはこれから三泊四日の旅行に行ってくる。
「自分で作るから心配しないでっていったじゃん。出かける前くらいゆっくりしてよ。」
「いいのよ。今日はあなたも出掛けるんでしょう?」
母さんはフライパンをクルクルさせて卵焼きを作っていた。甘くない卵焼き。これに大根おろしと海苔の佃煮をのせて食べるのが好きだ。
「ヴィルシーナたちがいるとあの子達の好物ばかりになるからね。」
「私はどの料理も好きだよ。」
「でも、好みはあるでしょう?」
綺麗にまとまった卵焼きが白いお皿のうえにのせられた。湯気がたっていていい匂いがする。包丁で切るついでに切れ端を口の中に放り込んだ。
「まあ、あなたの好みに合わせたら地味な食卓になりそうね。」
「そうはならないでしょ。」
「そうかしら。」
母さんは笑いながら食卓の上にあるタッパーに蓋をして、冷蔵庫や冷凍庫にしまっていった。愛されているなと思う。旅行に行く前だというのに娘の、しかも成人済みの大きな娘のために台所にたつなんて。親って大変だと思う。
「おはよう。今日は早いな。」
食卓のほうでは父さんが静かに珈琲をいれていた。香ばしい匂いが辺りに漂っている。私の喫茶店好きは父さんの影響だろう。
「おはよう。久しぶりにあの子たちと出かけるから嬉しくてちょっと目が覚めて。」
「そうか。父さんたちは7時に家をでるよ。」
「そうなんだ。じゃあ、送るよ。」
「いいよ。もうしばらくしたらタクシーを呼ぶ。」
「いいから。顔を洗ってくる。」
そうか、と言った父さんは嬉しそうだった。
「お前も珈琲を飲むか?」
「ほしいな。」
父さんは分かったといって、ケトルをゆっくり回しながら傾けた。お湯は細い線を描きながら粉の上に降る。私がやるとケトルが重すぎて線が太くなったり細くなったりする。でも、父さんの太い腕ではそんなことにはならない。母さんや妹たちの腕でも。だから、私が珈琲をいれるのは自分の為だけだ。
脱衣所で、ふと鏡をみると貧相な身体が目にはいった。
うすい頼りない身体。
脚は細くて、蹄鉄みたいな重りをつけたら走るどころか歩く事さえままならないだろう。
あの子達より劣る身体能力。
ただのヒトであるこの身では、ついていくことさえ難しい。だから、あの子達と運動することはない。一度だけ、キャッチボールのときにシュヴァルの球を受け損ねたことがある。グローブみたいに真っ赤に腫れて病院へ行ったら骨がやられていた。
恐ろしいと思った。
力の差ではない。あの子達に危機が迫った時、私が助けてやれることなんてないんじゃないかと思った。
目元の黒子を指先でさわる。
一つ下の妹と唯一同じもの。
「私もウマ娘だったら。」
馬鹿げた妄想を頭をふって振り払う。
大丈夫。ヒトでもウマ娘でも姉妹であることには変わりはないだろう。そう自分に言い聞かせる。
「酷い顔だ。」
いつもより念入りに洗わなければ。
こんな顔で会ったら心配される。
「このお店だよね。」
電車を乗り換えて、着いたのはトレセン学園の最寄り駅。
待ち人たちはこの駅の改札の外で待っているらしい。
「久しぶり!マサ姉ちゃん!」
元気よく飛びついてきたのはヴィブロス。
「こら、そんなに勢いよく飛びついたらマサ姉さんが転ぶだろう。」
心配してくれるのはシュヴァル。
「そうよ。いくら嬉しくても淑女たるもの優雅にね。」
優しく窘めるのはヴィルシーナ。
ああ、此処が桃源郷か。
「ごめんね。マサ姉ちゃん。」
「大丈夫だよ。シュヴァルもヴィルシーナも心配してくれてありがとう。」
手をのばしてヴィブロスの頭を撫でる。そこ、背が低いとか言わない。妹より小さい姉がいたっていいだろう?黄金の暴君さんのところとか。
「ふふん、マサ姉ちゃんに頭撫でてもらった!」
ん、心臓が。
危ない危ない危ない。不整脈を起こしかけた。
「さあ、早くお店にはいりましょう。ここでは目立ってしまいます。」
ヴィルシーナの言葉に辺りを見渡すと、
「ヴ三姉妹だ。可愛い。」
「美人!え、顔ちっちゃい。」
「オーラが違う。」
周囲の通行人も三人に気づいているようだった。仕方ない。天使が三人もいれば注目をあつめるのは自然の摂理だ。許す。ほれほれもっと褒めるが良い(鼻高々。)
「マサ姉さん。これから行くお店はさ。珈琲が美味しいんだって。」
はにかみながら教えてくれるシュヴァルのなんと尊いことか。
「そうか。楽しみだな。」
「姉さんが見つけてくれたんだよ。」
え、ヴィルシーナが。
もちろん誰が選んでくれても嬉しいのだが、三人の中でもっとも距離を感じるヴィルシーナが私のことを思って(ここ重要)選んでくれたというのはなにものにも代えられない。
「ありがとう。ヴィルシーナ。」
「滅多にないのですもの。今日は私たちにエスコートさせてくださいな。」
「そうそう!いつもケーキもらってばかりだもん。」
「ぼ、僕も知ってる店だから。案内させてね。」
いつの間にこんなに立派になったのだろう。
父さん、母さん。貴女方の娘は本当に最高です!
「では先導を頼もうかな。」
うん、と元気よく返事をしたヴィブロスを呆れた様子でシュヴァルが追いかける。それに微笑ましそうにヴィルシーナがつづいた。
「一緒にいるのは誰だろう。」
「トレーナー、ではないよね。前に雑誌で見た。」
「マネージャーじゃない?」
三人に気づけば当然私のことも目に入るわけで、距離の近い謎の人物に様々な推測が飛び交う。
前をはしゃぎながら歩く妹たちの耳にはいらないように足音をならして追いかけた。